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実際の感染者数を誰も答えることができない理由 立憲民主の福山議員の質疑を検証してみた

新型コロナウイルスについて、参議院予算委員会で立憲民主党の福山哲郎議員が行った質疑が医療関係者らから批判を受けています。何が問題だったのか。米国国立研究機関博士研究員の峰宗太郎氏の協力を得て、福山議員の質疑内容を検証しました。

新型コロナウイルスの検査について、5月11日の参議院予算委員会で、立憲民主党幹事長の福山哲郎議員が行った参考人質疑に、医療関係者らから猛烈な批判が起こっている。

参考人として出席した政府の専門家会議の尾身茂副座長に、実際の感染者数がどれほどいるのか詰め寄る内容だ。

Twitterでは、「尾身先生の回答は適切」「専門家の意見を理解できていない」「専門家に話を聞く態度ではない」と批判のツイートが相次ぎ、ハッシュタグ「#福山哲郎議員に抗議します」は36万件以上つぶやかれ、一時、トレンド1位になった。

後から、「#尾身先生を応援しよう」とするハッシュタグも現れ、こちらも5万3000件以上つぶやかれている。

福山議員が求めた「実際の感染者数」は全世界、どこでもつかみようがない。また、福山議員が提案した「無症状者・軽症者」も含めてのPCR検査は本当に必要なのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、米国国立研究機関博士研究員でウイルス学、免疫学を専門とする医師、峰宗太郎氏の協力を得て、福山議員の質疑内容を検証した。

「日本で陽性者は10倍いるのか?」

まず、質疑内容を振り返る。

尾身副座長は5月4日の専門家会議の記者会見で、「日本ではPCRで捕捉できない無症状の感染者も含めると10倍以上いると推測できる」という指摘に、「当初から軽症者や無症状者が多くて、我々の今のシステムでは探知できないということはおっしゃる通りです」と答えた。

福山氏はこの発言を取り上げて、質問した。

「『今の方法ではやるべき人が検査をやれていないという人がおられますよね』と答えている。陽性者の10倍、日本全体で無症状・軽症の人も含めて10万人程度いるという認識ですか?」

これに対して、尾身副座長は、「10倍ということについて『おっしゃる通り』と言ったわけではない」とした上で、こう回答した。

「10倍か15倍か20倍かというのは今の段階では誰にもわかりません」

「報告された感染者が全てを捕捉しているわけではないというのはおっしゃる通りというのは、この感染症の特徴からして、そういうことだと申し上げました」

また、福山議員は、厚生労働省クラスター班の西浦博・北海道大学教授も、実態は10倍以上いるかもしれないと会見で述べたことに触れた上で、「日本の場合には残念ながら軽症の方や無症状は相談者・接触者外来(帰国者・接触者外来)で弾かれてほとんど検査されていません」と批判。

その上で、「でも世界中はこの感染者の数には軽症者・無症状者の方が含まれています。なぜならこの人たちが感染を広げるからです」との認識を示した。

さらに、「今、抗体(検査)をやっています。大阪で抗体検査(の陽性率は)1%、神戸3%、東京6〜8。ということはこのパーセンテージに入れていけば、少なくとも10万人じゃ下らないということです」と抗体検査(※)での疫学調査に話を移し、こう述べた。

※感染者の体内にできてウイルスを攻撃する「抗体」の有無を調べる検査。陽性なら、感染した経験があるとわかるが、陽性だったからといって今後感染しないかどうかは現時点では不明。

「抗体検査の状況がまちまちなのもわかっていますが、今、いくつかのグループでやっていて、相当安定的に数が見えてきていると思います。そうすると10万どころではないかもしれない」

その上で、安倍首相にも実際の感染者数がどれぐらいいるかわからないという認識か質したところ、首相はこう答弁した。

「日本のPCR検査数は他国と比較して少ないのは事実であるものの、検査陽性率は諸外国と比較して十分に低くなっている。各国と比較しても潜在的な感染者を捕捉できていないわけではないという指摘がなされているものと承知しております」

「他方で無症状の感染者がかなり存在していることも考えると、PCR検査だけで全ての感染者を把握することは困難であることもまた事実であって、そうした点も踏まえつつ、尾身先生も発言なさったのだろうと思います」

一時速記が中断する場面も

福山議員はさらに、院内感染の原因ともなっている無症状や軽症者を補足しないで次の対策が打てるのかと問いかけた上で、「10倍いる可能性も否定もできないし、肯定もできないのですね」と質問した。

答弁に立った尾身副座長に安倍首相が声をかけたことに対し、「なぜ(答弁を)指導しているんですか!」と怒鳴り、一時、速記が中断される事態となった。

それでも尾身副座長は「大切なポイントを指摘していると思います」と丁重な態度を崩さず、東京都の陽性率が7%であったことから説明し始めると、福山議員は「ちょっと短くしてくださいよ」と口を挟んだ。

尾身副座長は「わかりました」と続け、この東京都の7%という検査陽性率は、医療機関にかかっている人を検査した結果だと示し、こう述べた。

「一般のコミュニティのリスクは、医療機関に行く人よりもリスクが低いのではないかと考えるのが普通です。仮に東京都が7%の陽性率だとしますと、地域のコミュニティの一般は、7%を超えることはないだろうと考えるのが今のところ常識です」

何らかの必要があって病院で検査を受けた人の方が、病院に行っていない人よりもリスクも陽性率も高いと推定できる。よって、都民一般の陽性率は7%よりも低い。そういう科学的な見方を示したかたちだ。

しかし、福山議員は実際の感染者数が10倍いる可能性を確認することを求めていたためか、「全く答えていただけませんでした。残念です」と返した。

その上で、院内感染などを防ぐために無症状や軽症者の人にもPCR検査を拡充するよう提案した。

これについては、加藤勝信・厚労相が、すでに手術前の患者などで医師が必要だと判断すれば症状の有無に関わらず保険適用とすることを示した上で、分娩前の妊婦のPCR検査についても検討中であることを述べた。

実際の感染者数はそもそも調べられるものなのか?

以上が質疑の概要だが、そもそも、福山議員が求めたように「実際の感染者数」は調べられるものなのだろうか?

福山議員が拡充を求めたPCR検査は、完全な検査ではない。

流行しているとは言え、集団の中での感染者の割合は少ないと予想される場合、本当は陰性なのに陽性と出る「偽陽性」も、本当は陽性なのに陰性となる「偽陰性」も多くなる(※)。

つまり、必要がないのに医療機関などにかかったり、一定期間、隔離されたりする人が増え、逆に本当は陽性なのに気を緩めて行動し感染を広げる人が増える可能性がある。

※参考記事PCR検査は必要か?」

実際の感染者数を求めることについて、検査に詳しい峰宗太郎氏はこう批判する。

「検査というものはまず原理的にも完璧なものではありません。どのような検査でも偽陰性・偽陽性の問題はありますので、『検査万能論』はいつでも誤りです」

「ある程度の数以上が生じる感染症であれば、全数を正確に把握することは不可能です。この世界はリアルワールドであって想像上のパーフェクトワールドではありません。インフルエンザも定点観測のみで、全数把握ではありませんよね」

そして、尾身副座長が述べた「実際の感染者数は誰にもわからない」という答弁は科学者として正しいと評価する。

「現在の新型コロナウイルスについては、世界中、どの国であっても、『実際の』『正確な』『いわば神のみぞ知る』感染者数はこれまでも誰にもわかっていませんし、現在もわかりませんし、将来的にもわかりません。絶対にわかりません。尾身先生の述べられたことは、その通りであるとしか言いようがありません」

さらに、そもそも実際の感染者数を完全に把握する必要もないと指摘する。

「有効な公衆衛生施策を打てるだけの把握と予測があればいいわけですので、どこまで把握するかは、施策をうつ根拠になり得る程度で十分と言えるでしょう」

無症状者や軽症者に検査する意味はあるか?

福山議員が訴える、無症状者や軽症者に検査する必要があるかどうかについては、これまでも度々議論されてきた。

福山議員も含め、検査の必要性を訴える人は、無症状の人や軽症者からも感染させる可能性があることを指摘し、「感染を確認して隔離しないと防げない」と主張する。

だが、検査のキャパシティ(対応能力)が限られている中で、検査数が増えると、重症者が後回しにされる危険性などが指摘されてきた。

加藤厚労相が答弁で述べたように、病院に入院する患者については、院内感染を防ぐために医師が必要と判断すれば新型コロナの症状がなくてもPCR検査を保険適用する方針が決められている。分娩する妊婦についても検討中だ。

これについては峰氏も厚労省の見解に同意する。

「院内感染などを防ぐために患者に検査を行うことは、目的にかなっているといえるでしょう。今までも、医療機関では患者の同意のもとに、手術前などにHBV、HCV、梅毒、HIV などの検査を行なっています。感染管理の面からは、合理的であり当然許容される検査です」

一方、感染者と濃厚接触した人などを除き、無症状や軽症の人を検査するのは難しいと峰氏は述べる。

「軽症であっても検査前確率(陽性である確率)が高い、つまり新型コロナウイルス感染症らしさがあるだとか、感染者に接触した経験があれば検査を積極的にする意味はあるでしょう。ただ、そういう前提のない無症状や軽症の方であれば、だれを検査するかを決めることができません」

世界中で無症状や軽症者も含めて検査をして実数を把握しているという福山議員の指摘については、峰氏はこう疑問を投げかけた。

「『世界中では無症状者や軽症者も含めた検査の結果を把握している』という指摘については、どこの国のどの話であるか是非お教えいただきたいと思います。そのような話は聞いたことが全くありません」

その上で、新型コロナウイルス感染症で全数を把握する意味については、「特にないと思います」と答える。

「特にこの新型コロナウイルスは無症状者・軽症者の割合も大きく、重症者を確実にすくい上げるという戦略で対応することが重要でしょう。無駄に検査に医療資源を割くよりは戦略的な検査を実施し、重症者の確実な拾い上げがなにより重要であると言えます」

そもそも日本は検査が少な過ぎるのか?

現在、日本では医師が必要だとして発注した検査もなかなか受けてもらえない、検査結果が出るまでに時間がかかる、という問題は確かにある。PCR検査のキャパシティが十分でないからだ。

だが、検査数が海外より少ないと批判を受けながら、感染者数や死亡者数が非常に低く抑えられているのも事実だ。どういうことなのだろうか?

峰氏は海外とのPCR検査数を比較する以下のグラフを作成してくれた。

上記の棒グラフは、日本を含む8か国のPCR検査数を、各国の流行状況を反映させるために、患者数、死亡者数で割ったものだ。一方、折れ線グラフは100万人あたりの検査数で、各国の流行状況を反映していないことになる。

「このPCR検査数のグラフからわかるように、日本は流行状況を加味しなければ確かにPCR検査数は比較的少ないことがわかります。しかし、流行状況を加味した棒グラフをみていただくと、韓国、ドイツの次にPCR検査数が多いことがわかります」

「これは、患者一人または死亡者一人当たりのPCR実施回数が多いということです。つまり、一人の患者を見つけ出すのにどれだけのPCRを行っているかということを示しています」

このような計算を加えた検査数を見ると、「日本は海外と比べて検査数が少ない」とは必ずしも言えなくなる。

「韓国、ドイツ、日本については相当数のPCR検査を実施しており、患者に対する検査数の多さから言えば、より軽症者まで含めて拾い上げている可能性が高い。逆にドイツ以外の欧米各国は流行状況を考慮すると、PCR検査が比較的足りておらず、軽症者等の把握は十分になされていない恐れがあるとも言えるでしょう」

これについて、韓国や日本ではこれまで、感染者の接触者調査が保健所などによって極めて綿密になされてきたことも要因と指摘する。

「濃厚接触者の洗い出しなどで、無症状者も多く拾い上げられていることはよく知られています。欧米各国では流行が酷く、接触者調査が韓国や日本と比べて、十分にできているとは思えません。より無症状の人や軽症者を把握できていないのは欧米各国である可能性が高いでしょう」

抗体検査とPCR検査の意味の違い

質疑で福山議員は、大阪や神戸、東京の抗体検査の値を示し、「相当安定的に数が見えてきていると思います」と述べた。

政府は、日本赤十字社の協力を得て、献血の血液を利用した新型コロナウイルスの抗体検査に乗り出していると報じられているが、その結果はまだ出ていない。

新聞社の世論調査のように、無作為に選んだサンプルの抗体検査の結果から全体の感染者数を推計する疫学調査だが、PCR検査で実数を把握することとは違う。

【参考】実際のところ日本にどれぐらい感染者がいるの? 続々と出てくる抗体検査の結果の意味

これについて、峰氏は「PCR等による病原体検査と、抗体による検査ではみえるものも異なりますし、検査の目的も異なります。それは大前提であり、そこを混同しているのは議論の前提としてまずいように思います」と批判する。

その上で、抗体検査による疫学調査の結果はまだ研究途上だと評価する。

「抗体検査による疫学調査については、まだはっきりとものが言える精度・デザインの調査はないと考えてよいと思います。検査精度、特に特異度については抗体検査も原理的に100%ということはあり得ず、精度が非常に高くコントロールされた方法論を用いての調査が待たれます」

「また、これまでに報告されている調査では、調査サンプルが一般市民からなる集団を代表するという『代表性』が十分に保証されたものがまだありません。ここを解決するためには、特定の地域の全数検査などが必要だと思われます」

「よって、『抗体保有率』を見て、PCR検査による感染者報告数の何倍いそうだなどとは、現時点では言うべきではないと総合的に判断しています。『相当安定的に数が見えてきている』とは到底言えないと思います」

PCR検査をはじめとする病原体検査については、検査時点において病原体に感染しているか否かしか判定することはできないのに対し、抗体検査は感染歴があるかどうかも含めての判定なので、一致はしないとも指摘する。

「そして、いずれの検査においても検査の直後に感染する可能性もあるわけです。何を目的にするかによって、検査は適切になされねばなりません」

結論:全数を把握していないことに問題はない

以上のような考察を経て、峰氏は、福山議員が強く求めた「実際の感染者数の把握」についてこう述べた。

「総合的にみて、全数を正確に把握していないことは特に大きな問題ではありませんし、全数を把握できていないことには大きな落ち度はないでしょう。それは有効な施策を打つのに絶対的な影響を与えるものではなく、ある程度の想定があればいいからでもあります」

また、日本でのPCR検査数も決して少なくないと強調しながらも、PCR検査のキャパシティがいまだに十分でないことについては改善されなくてはならないと述べた。

「たしかに今後の流行の波がくることや、医師の要請による検査が十分にできていないことの問題を考えれば、PCR検査のキャパシティ拡充は重要です」

ただし、それでも、福山議員の検査に対する認識は問題があると指摘している。

「ここまでは、『幸運』も含め、流行が比較的抑えられている日本で、検査数は比較的に十分になされてきていた、と評価するのが妥当でしょう。福山議員が前提に立っていると思われる『検査不足』との認識自体が的外れではないでしょうか」

「国際比較については、他国の状況を本当に丁寧にみているのか疑問です。流行状況も、検査の充足状況も日本よりも劣る国が多いと思われる状況において、他国では云々ということを言うのであればデータを出し、解釈を説明すべきです」

その上で、科学者として、こう苦言を呈す。

「全数が把握できていないことで責めるのは、的外れで勉強不足で理解ができていないように思います。適切な検査とはなにか、検査の目的とは何か、状況把握は何のために必要なのか、施策を打つのに必要な考え方と把握すべき情報はなにか、冷静に学び、把握してから専門家にその状況や解釈を尋ねるべきではないでしょうか」

訂正

予算委員会の日付を訂正しました。