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「緩和しても流行は終わらない」イギリスの教訓から探る、日本の選択肢

コロナの対策緩和を推し進める日本で、この先、どのような状況がやってくることが予測されるのでしょうか? ひと足先に全面緩和を進めた英国の状況を見ながら、日本ではどのような緩和への道を探るべきか、西浦博さんと考えます。

新型コロナ第8波はピークを打ったようだが、政府は感染症法上の位置付けを2類相当から5類にしようとしていたり、屋内でのマスク着用原則を廃止しようとしたり、全面緩和に動き出している。

対策緩和を推し進める日本で、この先どのような状況がやってくることが予測されるのだろうか?

ひと足先に感染対策の全面緩和を進めたイギリスでは何が起きているのかを見ながら、日本で何が起こり得るのか、理論疫学者の西浦博さんに解説してもらおう。

※インタビューは1月18日夕方に行い、その時点の情報に基づいている。

ひと足さきに全面緩和した英国 人口の4〜6%が陽性

——政府はこのタイミングで感染症法上の位置付けを2類相当から季節性インフルエンザ並みの5類にしようとしていたり、屋内でのマスク着用原則を廃止しようとしたり、全面緩和に動き出しています。今後日本では何が起き得るのでしょうか?

それを考えるには、ひと足先に全面緩和に踏み切った英国が今、どのような状況になっているかを見ることが役立つと思います。

こちらは1月11日のアドバイザリーボードに出した資料です。

英国ではボランティアの国民に1か月に1回PCR検査を受けてもらって、人口の中でどれぐらいの割合の人が感染しているのかを追いかけている調査(ONSサーベイ)を続けています。

英断だったのはどれだけ緩和が進んでもその調査をしっかりしたサンプル数で続けていることです。日本でもやりたいと言ったのですが、大変高額な調査でもあり、これまでにお金は出してもらえませんでした。

12月下旬の段階で4〜6%ぐらいが陽性になっています。ということは15人から25人に一人が常に感染している状態であることを示しています。これは流行状況が悪い時の調査ですが、低い時は1〜2%で、高い時は7〜8%です。

例えば南アフリカとか他の国のサーベイランスデータでは、緩和後に新規感染者や死亡者がなくなったかように見えるところがありますが、それは単に陽性者を全数把握しなくなったので数字として上がってこないだけです。

英国はこうした調査をしっかりやる疫学的な基盤があるので、実態が明らかになるのです。その結果、この感染症は高い感染割合で、エンデミック期(常時感染者がいる流行状況)が推移するのだなとわかるわけです。

対策緩和以来、英国の救急は常に逼迫

この状態になると何が良くないかと言うと、もちろん若い人でも後遺症が残るなどの負債を抱える影響もありますが、一番問題なのは救急の逼迫です。

こちらのグラフの縦軸はいわゆる心筋梗塞や脳血管障害などですぐ治療をしなければならない人が、救急車で搬送されるまでにどれぐらいの時間がかかるかを示しています。

目標とされているのは18分です。イギリスのNHS(国民保健サービス)は、これぐらいで運べるシステムを作ろうと目標を掲げています。

コロナ流行前の2018、2019年はなかなか達成できないというレベルだったのが、コロナ流行が起きて、対策緩和が進んでからそんな甘いレベルではなくなりました。だいたい1時間ぐらいで推移しています。

ここで気づかなければいけないのは、英国も日本と同様、流行の波を繰り返しているのですが、救急の状況はずっと悪いままであることです。良くなった時期がない。悪い状態がずっと続いています。

2022年1月に全面緩和しましたが、2021年の冬ごろからデルタ株で再感染が起こる流行が始まってから、感染コントロールに前向きではなくなっていました。その流れでオミクロン株が2021年11月頃から置き換わっていき、その頃から救急は慢性的に悪い状態が続いています。

心筋梗塞や脳卒中は治療開始までにどれぐらいかかったかで命が分かれる「ゴールデンアワー」がある病気です。脳梗塞だったら早く血流を回復しなければなりませんし、心筋梗塞は発症してから6時間以内の処置が生死を分けると言われています。

その中で、救急搬送されるまでに1時間かかってしまうのはかなり大きなダメージです。循環器疾患の死亡が容易に起こり得る状態になっているということです。かなり厳しいです。

日本は英国と同じ厳しい状態になるかどうかの分岐点

——イギリスと同じことが日本でも起きかけているのですね。

日本は英国のこのグラフの上がりかけぐらいのところにいると思います。まだ上がり切っていない。

日本で献血の検体からこれまでコロナに感染した人の割合を調べた調査では、高齢者は昨年11月時点でまだ20%未満しか感染していませんでした。

英国では2021年の緩和のプロセスで高齢者の多くが感染して、2022年の全面緩和を介して同年冬までに高齢者の8割が感染しました。そんなことがありながらも、状況は良くならない。ずっと慢性的に悪い状態が続き、抜本的に解決する手段が今のところないのです。

エンデミック化する途上に日本は今、います。

これはSIRSモデルと言われている数理モデルの解ですが、感染して、免疫を獲得して、回復して、また免疫を失って、感染することを繰り返すことを示したモデルです。

縦軸は人口の何%が感染しているかですが、再生産数(※)が高いと、人口内の陽性者は同じような割合でずっと推移します。

※一人の感染者が平均して生み出す二次感染者数。

今、日本ではすごく低かった再生産数が少しずつ高くなっています。その過渡期にあります。

高い感染割合のままエンデミック化してしまうのか、何とか踏みとどまって低い感染割合で続けられるように社会で協力して過ごすのか、今後の状況を考えるのに、今は重要な局面にあります。

対策を緩和しても流行は終わるわけではない

——英国から日本が学べることは何でしょう。

専門家の皆さんは英国のこうした状況を知っているのですが、政治・行政の皆さんがわかっているのか、医療者や救急隊員がみんなわかっているか、不安になるレベルの流行になっています。

緩和が進めば「継続的に高い感染レベルで伝播が続く状態に至る」ということを最低限、共有しておくべきです。「そうなるとは知らなかった」「流行が終わると思っていた」では済まない問題です。

だから以下のような資料を作りました。

まず、エンデミック化(感染症の常在化)が進んでいる国では流行が終わっているわけではありません。でも「対策を緩和すると、この感染症は終息だ」と思っている人が世の中に結構いると思うのです。

1回みんなで忘れてしまえば終わりだ、と思っても、この感染症は再感染しますし、進化して新たな性質を持つ亜系統が繰り返し出てきます。エンデミック化する過程で、繰り返し流行が起きているのです。

特に問題なのは、日本は今まで医療が逼迫するからということで流行を制御してきたのですが、医療や救急の慢性的な逼迫がエンデミック化した国で続いています。救急車の搬送困難事例が増えていて、ずっと関連死による超過死亡が起こりやすい状況下にあります。

いったんそうなると、再度、行動を制限することは難しく、そうなった時の抜本的な解決策が今のところ見つかっていません。

予防接種も進みましたし、治療法も普及しました。医師の中にコロナを診れない方が多数いるという構造なわけですから、医療制度を少しいじったところで抜本的に変えられるリスクでもなさそうです。

今、日本で緩和が加速すると、高いレベルの流行状態がずっと続くことになります。今、そういう状況に陥るかどうかの重要な分水嶺にあると思います。

完全ノーガードか、対策しつつ緩和か、日本にはまだ選択肢がある

——今、政府としては2類相当から5類にとか、屋内でもマスクは外しましょうとか、どんどん緩和策を打ち出しています。この緩和策を急ぐ政策は、高いレベルでの流行が慢性的に続くことを後押ししているように見えるということですか?

はい。緩和をすると言っても、どのレベルまで緩和するかがしっかり議論されていません。

英国ではエンデミック化が起きていますが、慢性的な医療逼迫に対する抜本的な解決策はない。その状況を日本にいる私たちは今知ることができています。

どれぐらいの感染レベルでエンデミック化に向かうか、どのぐらいのスピードでそこに向かうか、という選択肢がまだ日本には残っています。

緩和をするにしても英国のように完全ノーガード状態にすると、医療逼迫は慢性的に起きるし、後期高齢者がたくさんいる日本では間接的な死亡が相当増えると思います。

一方で、一定の感染対策をしっかり行って、ファイティングポーズを取りつつ緩和することもできるわけです。流行が厳しくなった段階でファイティングポーズをしっかり取れば、一定のリスクを下げながら進むことができる。日本にはそんな選択肢もまだ残っているのです。

その選択は極めて重要ですし、今後、日本で医療のサービスが継続できるかにも関わってきます。

これから起き得ることを説明しながら、社会でどこまでやるのかの合意形成を図るべき時だと思います。

救急や感染症関連の診療科だけに持続的に負荷がかかる状態に

——第8波では救急やコロナ対応の診療科が逼迫している印象ですが、特定の診療科に負荷がかかる状態になるわけですね。

救急隊員が苦しんでいるという報道が盛んになされていますが、おそらく今後も苦しい状態が続きます。そして、これが慢性的に続きます。

診療科の中でも、例えば眼科や産婦人科など直接的にコロナウイルス感染症の患者さんばかりを診るわけではない診療科は、コロナが流行してもそれほどのプレッシャーはかからないでしょう。

一方で、救急、感染症、呼吸器、総合診療など一部のところへ診療の負荷が慢性的にかかる状態になります。ずっとザルに水を流すような際限のない患者対応をしなければならず、夜明けもなかなか見えません。

その時、それら診療科の医療サービスの持続可能性をどうするのか、バーンアウト対策をどうするのかもかなり真剣に考えなければいけません。

英国では救急の部署から、ずっと続く忙しさや不条理に耐えかねて、どんどん人が辞めていっています。東南アジアまで来て専門職を雇用しようとしてもいます。

日本でもこの状況が特定の診療科でずっと続けば、その診療科を選ぶ人は減るはずで、大きな危機に至る可能性があります。若い方が敬遠する傾向が極端になってしまうと、救急医学や感染症学の未来が心配な状況に陥ることすらあり得るわけです。

そういう診療科の専門家たちは、この先考えられる流行状況についてどう対処してもらいたいのか、今の時期に明確な意思表示をしておかないとおそらく時期を逸してしまいます。

少なくとも救急医学会や感染症学会は、年単位では済まないかもしれない切迫が持続する可能性について、どのような対処をしてほしいのか表明した方がいい。

かなり大切な時期に僕たちはいるのだと思います。

——仕事の負荷がかかり過ぎてきついのに加え、世の中の緩和ムードと自分達のきつい状況のギャップにも苦しんでいる印象があります。

感染症の診療関連の人たちから、今後もそういう声が痛々しいまでに聞かれ続けるものだと思います。

残酷なことですが、疫学データが指し示しているのは、エンデミック化のプロセスにおいて、元々から医療体制が専門医療別に細分化され、キャパシティが低めに設定されている日本では、特定の診療科で厳しい状態が続くと思われます。

——その人たちの負荷を下げるには、今のうちに低い流行状況に抑える道を間に合ううちに探るべきだということですね。

その通りです。ある程度、皆で合意できるレベルで次のステップに進みたい。ではどうしたらいいのか、次に考えてみたいと思います。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。