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なぜ突然、大麻「使用罪」創設の議論が始まった? 薬物依存症の専門家に裏表を聞きました。

世界で非犯罪化が進む大麻ですが、日本では新たに「使用罪」を設け、取締りを強化することが検討され始めました。どんな狙いがあるのでしょう? 有識者会議の構成員で、薬物依存症の専門家、松本俊彦さんに聞きました。

世界では非犯罪化が進む一方、日本では検挙者が増え続けている大麻。年明け、厚生労働省が新たに「使用罪」を設けることを検討すると一斉に報道された。

大麻取締法では所持や栽培は禁じられているものの、使用については規制がないことから、そこにも網をかける考え方だ。

厚生労働省は1月から、有識者会議「大麻等の薬物対策のあり方検討会」を作って議論を始めた。

治りにくいてんかんの治療などに医療用大麻が効果があることはわかっており、医療使用ができるよう法制度を整える意図もある。

なぜ急に今、議論を始めるのか。取締り強化よりも健康被害を最小限にする「ハームリダクション」の考え方が世界で広がる中、使用罪を作るのは妥当なのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、検討会構成員の一人で、薬物依存症が専門の国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、松本俊彦さんにインタビューした。

急に罰則強化が検討され始めたワケ

ーーなぜこのタイミングで罰則強化が検討されるのでしょうか? 世界の流れは、どちらかというと、規制を緩める方向に舵を切っている印象ですが。

もちろん、一番の理由は、難治性てんかんの治療薬として医療用大麻の治験、さらには臨床での使用が急がれているということです。それを可能とするためには、そうした医薬品の管理・流通体制を整備するとともに、不適切な使用を防ぐための法整備も必要となるでしょう。

ただ、治験だけならば、いますぐ法改正が必須というわけではないので、確かに「なぜこのタイミング?」という気はしますね。

これはあくまでも週刊誌的、野次馬的な、私の個人的憶測を述べておきます。

今回の検討会を担当する課は、監視指導・麻薬対策課です。「危険ドラッグ」が大きな社会問題になった時に同課は大いに存在感を示すことができたと思います。実際、たくさん予算がつきました。もっとも、その多くを捜査員の増強や検査機器の整備に使い、再乱用防止や依存症支援にはほとんど回ってきませんでしたが。

そして、表面上、危険ドラッグ乱用は鎮静化し、その結果、再び予算削減の危機にさらされることとなります。そうした事態への対策として、「次は大麻だ」と、予算獲得の根拠、目玉として狙いをつけていたのかな、などと勘ぐっていました。

大麻に寛容な海外の政策の影響もあり、日本への大麻の流入は増えています。危険ドラッグは元々海外で大麻を経験した人が、日本では捕まるので大麻の代わりに脱法ハーブを使って流行しました。

しかし規制を逃れるためにだんだん中身がやばくなってきて、僕の患者さんたちも脱法ハーブを途中でやめて、大麻に変えていました。そうしたら体調は逆にすごく良くなった。

「これからはカリフォルニアで大麻を使いながら暮らすので、もう治療はいいです」と海外に移住した患者さんもいました。

そんな風に大麻の使用者の人口が日本で増えてきたのは確かです。

かつ、将来的には大麻草から抽出した成分、CBD(カンナビジオール)が含まれるCBDオイルや、医療用大麻をどうしても必要とせざるを得ない状況になるのは予測されていました。

大麻取締法は抜け穴だらけの法律であることは事実なんです。

だからこの機会に、大麻で精神作用を起こすTHC(テトラヒドロカンナビノール)を含む物質について法規制を整備すると共に、これまで使用罪がなかった大麻の使用罪を作れば検挙者を増やすことができる。

そのために、危険ドラッグ対策で増強された捜査力を駆使し、一生懸命大麻取締法事犯者を捕まえて、「大麻が深刻な問題になっています」という世論を作って、いつか使用罪の創設につなげようと考えていたのか――。

まあ、これはあまりにもうがちすぎた考え方かもしれませんが、大麻取締法で逮捕され、その保釈中に私の外来に受診した「大麻愛好家」たちを診るにつけ、どうしてもそう勘ぐってしまいます。いずれもやけに健康で、社会的にも活躍している人が少なくありませんでした。

大麻に親和的な安倍政権から菅政権へ 米国は大麻寛容政権へ

もう一つ、政治の動きを考えると、菅義偉首相は薬物に関しては厳罰主義者であるという噂があります。

一方、その前の安倍首相はCBDに寛容だと言われています。奥さんの昭恵さんも「日本文化としての大麻」を擁護している。

ーー確かに私も慢性痛対策の院内会合で昭恵さんが医療用大麻の活用を訴えていらっしゃるのを聞きました。

安倍政権の下では大麻に関する政策は動かしづらかったと僕は推測しています。菅首相ならばそのあたりの配慮は不要ですし、もしも噂通りに厳罰主義者ならばなおやりやすいかもしれない。

もう一つ、日本政府が焦って法改正に乗り出す事情は、12月に国連麻薬委員会で、大麻の規制カテゴリーがⅣからⅠに変わったことがあります。依存性薬物としての危険性はありつつも、医療上の有用性もあると認められたわけです。

これまでは、国連が大麻を「Ⅳ」に分類しているという事実が、大麻禁止政策推進者にとって最大の論拠となっていました。これが変化したというのは、大きなことです。

もう一つ、今までトランプ政権は比較的厳罰主義のスタンスでしたが、それにもかかわらず、アメリカでは15の州で嗜好品としての大麻が合法化されています。医療用大麻を認めていない州は3州ぐらいしかない。ただ、米国の連邦政府としては大麻を認めていません。

ところが、バイデン新大統領の民主党政府は大麻の合法化を党としてうたっています。連邦政府として大麻を合法化し、かつこれまで大麻取締法で罪に問われた人の前科を抹消しましょうという法案をすでに下院では通しています。

問題は上院で、今までは共和党の方が多かったわけですが、民主党が上回るぐらいになっています。おそらくこの法案は上院でも可決されるだろうと言われています。

連邦政府としてアメリカが大麻を合法化してしまうと、日本は相当に困るのではないでしょうか。というのも、日本では大麻の乱用実態がなかったにもかかわらず、第2次世界大戦後にGHQの指導で大麻取締法ができた歴史があります。その米国の指導という根拠がなくなるからです。

だから、バイデン政権が本格的に始動する前、しかも安倍首相がいなくなり、菅政権も解散する前という今が、この規制をいじくるチャンスなんです。ここのタイミングを逃したらまずい。

以上はもちろん僕の推測に過ぎません。

ーーこの検討会開催は急に決まったのですか?

そうですね。結構バタバタでしたね。

ーーいつ頃、先生は声をかけられましたか?

昨年12月上旬ぐらいでしょうか。

ーーそんなスピード感だったのですね。だからそういう推測をされるのですね。

米国政府の態度が変わる前になんとかしないと、変わった後だと難しいと思うのです。

医療用大麻を使えるようにという議論は重要

ーー先生の推測はわかりました。検討会の資料を読むと、今、議論すべき根拠としては若年者の検挙数の増加が強調されている印象です。厚労省の事務局は、なぜ今、改正が必要だと説明しているのでしょうか?

週刊誌的な憶測の話はやめて、ここからは真面目に答えますね。

一番重要なのは、医療用大麻の話なんです。

エピディオレックスという、難治性のてんかんに明らかに効く、他に替えがたいお薬があり、日本でも使わざるを得ないだろうと言われています。

もちろん日本でも臨床研究をしなければいけません。現行の法律でも、大麻施用者としての届出をすれば研究できるのですが、今後、治験で有用性が認められて日本で販売されることになると、やはりもう少し明確な法規制をしなければいけないだろうと思います。

例えば、痛みを抑えるための麻薬「オピオイド」もそうですね。フェンタニルとか、オキシコドンなどと同じように規制をしなければならなくなるだろうということです。

そうすると、適正な使用を整備する裏に、適切でない使用である「使用罪」を作らざるを得ない事情もあるのですね。

今までの大麻取締法は、植物の規制法なんです。植物の部位によって、ここはいいけど、ここはダメ、という規制の仕方なんです。大麻取締法ができた時代には、大麻の薬理成分がTHCということがわからなかった。法律ができてから20年後ぐらいにわかったのです。

だから奇妙な植物取締法になっている。

しかも麻農家の方たちはしょっちゅう麻を取り扱っているので、刈り込みの時期などに「麻酔い」を起こすのです。その農家の人たちに尿検査をすると、やはり成分が出てきてしまいます。

そういうこともあって「使用罪」を作らなかった歴史があります。それが他の薬物規制法と建てつけが違う原因となっています。

だから、国がコントロールした上で、治療上意義のある医療用大麻を使うためには、医療のために認可された人が使うのはいいけれど、みだりに別の用途に使うことに関しては規制をせざるを得ない。そういうことによって悪用を防ぐという意図もあると思います。

それは行政上の必要です。この機会に整備をする。おそらく国としては、大麻取締法ではなくて、THCを「麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)」の枠組みの中できちんと整理したいと考えているのではないか、と僕は推測しています。

ーーその「表向きの目的」には、依存症の方の回復支援をしている松本先生も賛同しなくはないということですか?

これはとても筋が通っていて、反対する理屈を思いつくのは難しいと思っています。医療用大麻として医薬品の中に位置付ける時に、ベンゾジアゼピンのような向精神薬も麻薬取締法の中で規制されています。

ただそのランク付は様々です。特別な資格がなくても医師であれば処方できるけれども、個人輸入はやめてくださいというものがあったり、処方日数に制限があるものがあったりします。

その並びの中で一番規制が厳しいのがオピオイド系鎮痛薬です。処方できる医師も限られています。それから、ADHD(注意欠如・多動症)の治療薬の一部も、覚醒剤原料として、処方できる医師や日数が限られています。

その流れの中で医療用大麻を位置付けるということなんです。それを否定してしまうと、今までの向精神薬の規制とどう整合性をとるのかという話になります。

「乱用」の規制強化は必要か? 刑罰ではなく回復支援を

ーー医療用大麻について一定の規制が必要だということはわかりました。それとは別に、海外では非犯罪化が進んでいる嗜好品としての大麻の規制を強化するということについてはどうお考えですか? 大麻の作用を考えても必要性はありそうなのですか?

大麻取締法の中で「使用罪」を作るのは、僕は反対です。

治療や回復支援に携わる立場からすると、ただでさえ薬物依存症の方たちは、違法薬物を使った犯罪者ということで医療へのアクセスが悪かったり、再使用してしまった時に治療からドロップアウトしてしまったりする問題があります。

これは患者側の勝手な思い込みとはいえない面もあります。実際、依存症治療を専門としない医師のなかには、医師の守秘義務など考えることもなく、患者の違法薬物使用を知るやいなや警察に通報する人がいまだに少なくないですから。

それから犯罪化というのは、社会全体のスティグマ(負のレッテル貼り)にも関係しますし、本人たちの内面的な「セルフスティグマ」にも関係します。

これ以上、規制する法律はやめてほしい。国際的には非犯罪化や合法化が進み、刑罰ではなくて回復支援をという流れが進む中で、日本が国際的な世論に逆らって、より厳罰化しましたというスタンスを取る必要はないのではないかと思っています。

そういう意味では直感的に反対しています。

ーー医療用大麻を法律の中に位置付けるために、大麻取締法を改正する必要はないということですか?

大麻取締法は妙な法律で、植物の法律です。

麻薬及び向精神薬取締法があるのとは別に、あへん法という法律もあります。ケシの花から抽出した植物性のものに関する法律です。そこからさらに抽出したり、精製したりしたオピオイドのような成分を使った薬物に関しては、麻向法で規制されています。

ややこしいのです。植物の法律と、抽出成分の法律が別仕立てになっているのです。

大麻に関しても、将来的にはそうなる可能性がある。植物を取り締まる大麻取締法は前と変わらないけれども、抽出したTHCに関する規制を作っていくということなんだろうと思います。医療用大麻を適正に使用するということです。

THCは規制するほど危険な成分ではないという意見もあるでしょうが、やはり高濃度だと危険ではある。

実際、最近、「ワックス」とか「リキッド」といった、大麻の中から抽出したTHCを高濃度にした樹脂状、もしくは液体状の製品も出回っています。それはそれで成分として規制しようということだと思います。

今回、「使用罪」創設ありきのような報道がなされていますが、そうではなく、この機会に医療用大麻を日本で適切に使うためにはどうしたらいいのか、大麻取締法との関係性をどういう風に整理したらいいのかを議論する。それが公式の趣旨であると思います。

使用する方も「日本には使用罪」がないことをよく知っている

ーーしかし、裏の意図としては、やはり取締り強化や犯罪の範囲を広げる意図もありそうだということですね。ただ、厚労省は「使用罪」を必ず作るというゴリ押しもしなそうだと。

明言はしていないですね。

ーーただ、メディアが一斉に「使用罪」創設について報じたところを見ると、厚労省のそのような意図が透けて見えます。

それはそうですね。厚労省のマトリ(麻薬取締官)がいつも悔しそうに言うのは、明らかに大麻のにおいがして、大麻を吸っていたはずの人に「お前、ちょっと来い!」と言うと、大麻をどこかに捨ててしまって、「何もしてないですよ。証拠があるんなら、捕まえてみろよ」と挑発的な態度をとられる。

「お前使っただろう?」と聞いても、「だって使用罪ないですよね」と反論される。そういう態度に捜査官は腹を立てているし、彼らをとっちめたい。

海外の合法化の流れや、ハームリダクションの流れが日本の独自の薬事政策を変えるのではないか、非犯罪化が進んでしまうのではないか。そういう危機感を抱いている捜査関係者は確かにいるでしょうね。

ーー先生が診療しているような人たちは、日本には使用罪がないということは知った上で使っているわけですか。

それはみなさんよくご存知で、大麻を使っている人たちは大麻に関する情報に精通しているし、海外の英語の文献まで読んでいる人もいます。

そういう知識を盾にして、捜査官に反論し、やり込めるから、捜査官は腹が立って仕方ないのですよね。だから、俳優の伊勢谷友介さんたちのような人を血祭りにあげたくなるのだと思います。

(続く)

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)など著書多数。

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