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例え自分で吸わなくても 低収入、低学歴の人ほど危険な受動喫煙

「自己責任」ではありません

飲食店は原則禁煙とする厚生労働省の健康増進法改正案が宙に浮く中、東京都議選で圧勝した都民ファーストの会が公約として掲げ、小池知事が条例制定の方針を明言した受動喫煙防止策。受動喫煙による年間死者数は1万5000人と推計され、交通事故死(4000人)よりも多い。

この議論で見逃してはならないのは、学歴や収入の高い人ほど受動喫煙の害から逃れ、社会的に不利な立場にいる人ほど被害を受ける「健康格差」があることだ。しかもそれは、次世代に引き継がれる。

国は2013年度から10年間の健康推進計画「健康日本21(第二次)」で、「健康格差の縮小」を打ち出している。

社会格差が健康にどう影響を与えるかを専門とする東京大学准教授の医師、近藤尚己さん(社会疫学)は、「受動喫煙をこのまま放置すれば、健康格差はますます拡大する」と警鐘を鳴らす。

非喫煙者の4分の1が毎日受動喫煙 低学歴の人ほど被害

日本では、社会格差がどれほど受動喫煙に影響しているのだろうか。

近藤さんはまず、大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計副部長、田淵貴大さんらの研究を紹介してくれた。

学歴と受動喫煙の関連を調べるために、2010年の国民生活基礎調査と国民健康栄養調査を組み合わせて解析したこの研究によると、職場か家庭のいずれかで「ほぼ毎日」受動喫煙をしている非喫煙者が男女ともに約4分の1いた。

そして、学歴別に見ると中卒では女性30.1%、男性31.9%がほぼ毎日受動喫煙にさらされているのに対し、大卒では女性16.1%、男性16.9%。学歴が低いほど職場や家庭で受動喫煙にさらされる割合が増えていた。

また、女性は20代、男性は20代、30代と若い世代での受動喫煙率が高く、医療保険別で見ると、中小企業の従業員対象の「協会けんぽ」に加入する男性ほど特に受動喫煙率が高かった(注1)。

「若い頃から長期間、煙の害を蓄積することで病気になる可能性が高くなります。受動喫煙で肺がんや脳卒中、心筋梗塞などのリスクが高まることがわかっていますので、学歴が低く、小さな企業に勤めるような人ほど不健康な環境に置かれがちであることは大きな問題です」

学歴が低いほど喫煙率は高く 若い人ほど大きな差に 

そもそも、どうして社会経済的に不利な人はたばこの煙にさらされやすくなるのだろう。受動喫煙の前提となる喫煙状況は格差と関係あるのだろうか。

近藤さんらが分析した結果、やはり学歴が低いほど喫煙率も高い。

特に25〜34歳の若い世代ほど差は大きく開く。中卒男性の喫煙率は68.4%、高卒で55.9%であったのに対し、最も低い大学院卒は19.4%、大学卒は36.5%だった。女性は中卒で49.3%、高卒で23.9%、大卒で6.6%、大学院卒で4.8%だ。

「学歴が低いと就職や収入、結婚などで不利な立場に置かれやすく、自分の力で何かを成し遂げられるという自己効力感も低くなりがちです。心理的なストレスや不公平感から喫煙することもあるでしょう」

「教育を受けた人より健康に対する知識や関心が少ないことも影響するでしょうし、親から引き継いだ喫煙習慣への抵抗感の薄さや友人関係、アルバイト先や就職先の喫煙状況など環境の違いもあると思います。受動喫煙しているうちにたばこへのハードルが下がり、自分も喫煙者になる可能性は高いと思います」

日本では、1970年代までは喫煙の健康被害もまだそれほど知られておらず、8割近い男性が喫煙者だった。

「昔の男性はみんな吸っていたので、高齢世代ではたばこに関する健康格差は目立ちません。今は喫煙の害に対する知識や対策が広まったので、若い世代では社会的に不利な人たちだけが取り残されている状況です」

近藤さんの研究室で、親がたばこを吸っている子供の調査をしたところ、低学歴の親ほど子供の受動喫煙率が高かった。その背景をさらに掘り下げると、低学歴の親ほど喫煙のルールが緩い職場で働いている傾向があった。

「低学歴の人ほど、喫煙が容認される職場で働きやすく、そこでの考え方や習慣が家にも持ち込まれるのだと思います。子供はたばこの煙を吸って健康被害を受けるだけでなく、たばこに対する抵抗感が薄くなって、将来、自分も吸うようになる。社会的に不利な立場にいる人の職場環境は、家という空間、子供という次世代まで影響を及ぼすのです」

社会的な弱者は、選択できる幅が狭い

現在、国や東京都の受動喫煙防止策の議論で焦点の一つとなっているのが、飲食店内での喫煙を規制できるか否かということだ。

原則禁煙を掲げる厚生労働省案に対し、自民党は一定規模以下の店では「喫煙」「分煙」と表示すれば吸える対案を打ち出した。都民ファーストの都条例案は原則禁煙としながら、従業員全員が喫煙に同意すれば喫煙可能とする。

近藤さんは、飲食店での受動喫煙の被害を心配しなければならないのは、「子供」と「従業員」だと指摘する。

「店に禁煙、喫煙と表示したとして、大人の客は店を選べるかもしれませんが、吸いたい親が喫煙可能な店に連れて行けば、子供は拒否できません。また、例えばご近所の集まりの時に、『喫煙する参加者がいるから』とたばこが吸える店が選ばれることがあります。そうなると子供は守られません」

「働く時間は人生において相当長いですから、従業員の受動喫煙の害は深刻です。禁煙の店を選んで働けばいいという人もいますが、自分で仕事を選ぶ余地が狭いのは社会的に弱い立場の人たちです」

「社会的な強さとは、選択できる幅の広さといえるでしょう。弱い立場にある人ほど、職場や外食する場所を好きに選びにくい。パートさんや、学生のアルバイトは典型的。仕事が欲しい時に、雇用者に同意を促されれば断りきれないでしょうし、例外規定を設ければ、社会的に不利な人ほど受動喫煙の害を受ける可能性が高まります」

「健康格差の視点で言えば、どんな条件に置かれた人も健康的な生活を送れるように環境を整えることが大事です。今回の受動喫煙対策の例では店の規模や種類などで喫煙できる店とそうでない店を分けることは、社会的に不利な立場にある人を不健康な職場に追い込み、格差をさらに広げることにつながりかねません」

次世代にも影響する妊娠中、乳児の受動喫煙

さらに、妊娠しながらの受動喫煙は、次世代である胎児の健康にも影響する可能性がある。妊婦が受動喫煙すると、低体重の赤ちゃんが生まれるリスクが高くなることはたばこ白書でも指摘されている。

そして、低体重で生まれた赤ちゃんは肥満になりやすく、大人になってから糖尿病や心筋梗塞などの生活習慣病になるリスクが高まることも世界中で報告されている。

「妊娠中の受動喫煙で、7歳児が肥満になるリスクが1.3倍になるという報告(注2)もあります。出産後も続けて受動喫煙をしているとこのリスクは1.7倍に増えます。受動喫煙以外の貧困の影響を除いていない調査ですが、妊娠中の受動喫煙で子供が不健康になり、将来、生活習慣病になるリスクが高まる可能性を示唆しています」

そして、妊婦であっても、社会的に不利な立場にある人ほど受動喫煙の機会は多くなる。

「妊婦であれ、働く場を選びにくいのは、資格がないなど、就職に不利な方々でしょう。『他のところで働けばいい』と強者の論理を押し付けてはいけません」

「その結果、赤ちゃんに健康被害が及んだとしてお母さんを責めることができるのでしょうか? また、胎児の頃の受動喫煙の影響で大人になって生活習慣病になった人に、『自己責任』と責めることができるのでしょうか?」

さらに、近藤さんの研究室の研究員、斉藤順子さんが、日本で2001年、2010年に生まれた乳児の受動喫煙状況を調べたところ、いずれの年でも両親の所得や学歴が低いほど乳児の受動喫煙率は上がっていた(注3)。

「この10年間で乳児の受動喫煙率は36.8%から14.4%へと低下していますが、社会格差による受動喫煙率の幅は拡大していました。飲食店というよりも、父親だけの室内での喫煙の影響が最も大きいのですが、赤ちゃんは自分で煙から逃げることはできません。社会経済的に不利な立場にある親の禁煙支援や、受動喫煙防止策を進める必要があります」

自分の選択は、心と環境の相互作用

たばこの規制に反対する人はしばしば、「自分で選べばいい」「自己責任だ」と主張する。近藤さんはこの考え方にも懐疑的だ。

「社会の中で生きる我々の選択は、自分の理性的で論理的な判断だけで決まることはほとんどなくて、周りからの圧力や置かれた環境が大きく影響します。例えば、喫煙する上司や取引先から食事に誘われた時に禁煙の店を選べるか。就職先を選ぶ時に禁煙という条件を優先できるか」

そして、今たばこを吸っている人は被害者という側面もあるという。

「自分の選択は、自分の心と環境の相互作用です。自分のせいと思っていることも、多くの部分、その人のせいではない。幼い頃からの家庭環境、友達関係、職場の環境に影響されるので、気づかぬうちに健康に悪い習慣を身につけさせられた被害者である面も大きいはずです」

42歳の近藤さんも、幼い頃はたばこを吸う大人に囲まれて育った。

「僕も大学時代、吸っていたことがあります。父や親戚は皆吸っていて、それがカッコよく見えていましたから。子どもの頃にきょうだい3人で小遣いを出しあって父の誕生日プレゼントに葉巻を買ったこともあって、父がうまそうに吸いながら『ありがとう』というのを聞いて嬉しかった記憶もあります」

「当時はほとんどの大人が吸っていましたから、法事などで親戚が集まれば煙がもくもくなのが当たり前でした。そういう環境で育てば、大人になって吸ってみようかなと思うのは当たり前です。僕は学生のころ親のすねかじりでしたので吸い続けるゆとりがなかっただけ幸運でした」

悪循環を断ち切るために

たばこを吸う環境にさらされ、次世代にも健康被害が受け継がれる流れは、どこかで断ち切らないと延々と引き継がれる。特に、社会経済的に不利な人が陥りがちなこの悪循環をなくすためにも、公共の場所から少しでも受動喫煙の機会を減らさないといけないと近藤さんは訴える。

「『俺の楽しみを奪うのか』と思う人もいるでしょうが、ヨーロッパではその議論は解決済みで、たばこの楽しみ方が変わるだけです。日本では路上喫煙を防止する条例の方が先に広がったので、そことの兼ね合いを整理しなければなりませんが、たばこを吸う時だけ外に出ればお互いにハッピーになれるはずです」

そして、近藤さんは2020年に東京五輪・パラリンピックを控えた今、政治家たちにも注文をつける。1998年以降、スモークフリー(たばこのない五輪)の方針が歴代開催国で徹底されており、WHO(世界保健機関)からも日本に対し屋内の公共の場所での完全禁煙を実施するよう要請があった。

「このタイミングで受動喫煙防止策が作られなかったら、科学的なデータに基づいた政策づくりができない国だと世界に示すことになり、それぐらい幼稚な国だと国際的に評価されます。健康が最上の価値とは言いませんが、議員が自分の首を守るために、一部の官庁の利益、税収のために、大事な価値である健康を踏みにじるのはとても恥ずかしいことです」

「受動喫煙での年間死者数は1万5000人と言われていますが、ここで対策を打ち出さなければ、1万5000人に止まらないダメージを次世代に負わせることになります。それは、たばこ関連の税収2兆円以上の損失だと認識すべきです」


【引用文献】

(注1)Tabuchi T, Kondo N. Educational inequalities in smoking among Japanese adults aged 25–94 years: Nationally representative sex- and age-specific statistics. J Epidemiol 2017;27:186-92.

(注2)Risk of childhood overweight after exposure to tobacco smoking in prenatal and early postnatal life. Møller SE, et al. PLoS One. 2014.

(注3)Saito J, Tabuchi T, Shibanuma A, et al. ‘Only Fathers Smoking’ Contributes the Most to Socioeconomic Inequalities: Changes in Socioeconomic Inequalities in Infants’ Exposure to Second Hand Smoke over Time in Japan. PLOS ONE 2015;10:e0139512