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命を守るHPVワクチンを知ってほしい 産婦人科医、小児科医、公衆衛生の専門家らがプロジェクト「みんパピ!」を始動

世界で日本でだけ接種率が1%未満と極端に低いHPVワクチン。最新の正確な情報を伝えて、命を守る手段を知ってもらおうと、産婦人科医や小児科医たちが啓発プロジェクト「みんパピ!」を立ち上げました。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を予防するHPVワクチン。

小学校6年生から高校1年の女子は公費でうてる定期接種となっているが、対象者に個別にお知らせが届かない取り扱いが長引いて、実質中止状態になっている。

この安全で効果の高いワクチンで命や健康を守ってほしいと、産婦人科医、小児科医、公衆衛生の専門家、弁護士らがタッグを組み、「みんパピ!みんなで知ろう HPV プロジェクト」を立ち上げた。

プロジェクトを進める「一般社団法人HPVについての情報を広く発信する会」代表理事の産婦人科医、稲葉可奈子さんは、「詳しいだけでなく、『正確かつ分かりやすい』をコンセプトに、一般の方々に親切な情報提供を心がけていきます」と抱負を語る。

非営利、無償で行うこの活動の資金を、クラウドファンディングで募っている。

安全性や効果は証明されているのに...3つの活動をスタート

ヒトパピローマウイルスは、主に性的な接触でうつり、子宮頸がんだけでなく、男性もかかる中咽頭がんや肛門がん、陰茎がんなどの原因にもなる。セックスの経験がある人の8割が感染するありふれたウイルスで、海外では男子の接種も広がっている。

ところが、日本では2013年4月に定期接種になった頃から接種後に様々な症状が報告され、わずか2か月後に、国は対象者にお知らせを送ることを差し止める通知(積極的勧奨の差し控え)を自治体に出した。

お知らせが届かないから、自分が無料で受けられることも知らないままチャンスを逃してしまう。70%程度だった接種率は1%未満に落ち込み、公費接種を進める海外では子宮頸がんの撲滅も視野に入る一方、日本では予防できるがんを予防できない異常事態が7年以上続いている。

こうした問題をもう放置はできないと、子宮頸がんの患者を診る産婦人科医、ワクチンをうつ小児科医ら専門家有志が集まって、このプロジェクトを始めることにした。

活動内容は、以下の三本柱を考えている。

  1. 小児科外来の待合室に啓発リーフレットを配布し、SNSで情報提供するなど子宮頸がんと HPV ワクチンを多くの人に知ってもらうこと
  2. ウェブサイトの作成など HPV ワクチンに関する正確かつ詳細な情報提供
  3. 具体的な接種方法について詳しく説明するなどワクチン接種の後押し支援

代表の産婦人科医「正確な情報のプラットフォームに」

代表理事の稲葉可奈子さんは、今、様々な分野の専門家でチームを作って発信しようとした理由について、産婦人科医だけで啓発する限界を挙げる。

「HPVワクチンが主に『子宮頸がん予防として』『女の子のみを対象』とされていることもあり、当初は強く問題意識をもっていたのは主に産婦人科医でした。しかし、接種対象者の子たちを普段診療している小児科の先生方や、公衆衛生政策としての予防接種に詳しい公衆衛生の先生方とも連携したいと思っていました」

国の方針変更を待たず、独自の判断で対象者にお知らせを送る自治体も徐々に増えている。

「でも、保護者は自治体のお知らせだけでは『HPVワクチン=不安』という印象は払拭されず、子どもに接種させようとは思いません。病院に相談に来て頂ければ説明できますが、そもそもそこまでする方がほとんどいないのが現状です」

「定期予防接種としてだれもが恩恵を受ける権利がありながら、平等に正確な情報が届いていないことはとても不公平です。解決策の一助として、小学5〜6年生で多くが接種する二種混合ワクチンの時に、小児科医からHPVワクチンを伝えてもらい、『こちらに詳しい情報があります』と紹介してもらえるような情報プラットホームを作ることを目指しています」

行政のスタンス、性教育への疑問

さらに、稲葉さんは、海外と比べて科学的根拠に基づいた政策決定ができない行政の問題、学校での性教育の貧しさが、有効なワクチンがうたれない背景にあると考えている。

「HPVワクチンに対する反対運動は他国でもありましたが、日本以外の国は、行政が毅然とした態度で対応していました」

「薬害の可能性もあるかもしれないという前提で、いったん積極的勧奨を差し控えたのは間違っていなかったと思います。検証は重要です。ただ、その後の研究により安全性が確認され、定期接種でもあり続けながら、『積極的勧奨の差し控え』というあいまいなスタンスを続けているのは、国民に対して不親切です」

また、日本の学校の性教育では性的接触で感染するHPVについて、ほとんど触れられていない。

「海外では、HPVやそれにより起こり得る病気、予防するワクチンについて、 性教育の授業の中で習います。そもそも日本では性教育自体がまともには行われていない。誰もが知っておくためには学校教育の中で教えるのが最も有効ですし、教えるタイミングとしても、定期接種の対象時期に学校でというのがベストです」

日本では、「寝た子を起こすな」とばかりに、性教育でセックスについて触れるのを嫌がる傾向が強い。

「HPVの話をする時、どうしても性交渉の話もしなければならないので、中学生にはまだ早いという意見もあります。しかし、中学生で望まない妊娠をしてしまう子や、20代前半で子宮頸がんにかかる方がいることを考えると全く早過ぎることはないと思います」

「性に対する興味だけがある状態よりも、正確な情報とリスクを教える方が圧倒的に安全ですし、中学生はそれを十分に理解することができます。そして学校教育で教える上で大事なのは、女子だけにではなく男子に対しても同様に教えることです」

海外と比べて大幅に遅れている日本

一方、副代表で公衆衛生修士を取得した医師、木下喬弘さんは、公衆衛生学的な視点から日本のHPVワクチン行政の二つの大きな問題を指摘する。

  1. 定期接種であるにも関わらず、女性に全く接種されていないこと
  2. 男性への接種が保険で認められていないこと

「世界的には女性へのHPVワクチン接種はもはや常識です。WHOによると、ノルウェーやオーストラリア、イギリスなどにおける2019年のHPVワクチン接種率は85%以上と推定されています。一方で、日本の接種率は0.6%とまさに危機的な状況です」

この状況は厚労省が対象者に個別にお知らせを送る積極的勧奨を差し控えていることが背景にあると指摘する。

「この決定は2つの大きな問題を生みました。まず、多くの人に『HPVワクチンは定期接種から外れた』と誤解させたこと。国の推奨する定期接種にも関わらず、『打たない方がよいワクチンなのだ』という印象を与えたことは極めて大きな問題です」

もう1つは、多くの自治体に「ワクチンのお知らせ」を各家庭に送ることを中止させた問題だ。

「本来、自治体には定期接種のワクチンを周知する義務があり、厚労省の差し控えに法的拘束力はないとされています。しかし、不十分な国の説明が自治体の誤解を生み、『ワクチンがうてることを知らされていない』人が続出し、世界に類を見ない低い接種率につながっています」

さらに、日本では男性への接種が認められていないことも問題だ。

「アメリカでは、『HPVが原因と考えられるがん』の年間発症数は、女性の子宮頸がん(11771人)よりも、男性の中咽頭がん(12638人)が上回ったという

報告

もあります」



「世界では、オーストラリアが最初に男性への接種を認め、アメリカやカナダが続いて、2019年にはイギリスでも男性への接種が無料になりました。中咽頭がんは普通60代で起こることが多く、10代でHPVワクチンを接種してから実際の効果を確認するには何十年もかかります」

「上記の国々では『効果を確かめるのをそんなに長く待っていられない』と考え、男性への接種にも踏み切ったわけです。日本もそれにならうべきだと考えています」

集団免疫を作る意義

また、ワクチンに期待される効果は、接種した個人をその感染症から守るだけではない。集団の中でその感染症に免疫を持つ人が増えることで、間接的に免疫を持っていない人も守ることができる「集団免疫」という効果も期待される。木下さんはこう訴える。

「HPVワクチンはHPVに対する免疫をつけてくれるので、多くの人がワクチンをうつことで、稀な免疫の病気などでワクチンを接種できない人も感染から守ることができます」


「実際にこの『集団への間接的な効果』はいくつかの研究で観察されています。例えば、10代の女性に対する高い接種率を達成した国では、10代の男性の尖圭コンジローマ(性器にできる良性のいぼのようなもの)が34%減少したことがわかりました

「また、アメリカではHPVワクチンの普及に伴い、『ワクチンを接種していない人の咽頭のHPV感染』が38%も減少したことがわかっています


「子宮頸がんは95%以上がHPV感染が原因であることがわかっており、HPVワクチンで集団免疫ができると、ワクチンをうっていない女性の子宮頸がんも減るのではないかと推測されます」

「もちろん、ワクチンの意義を考えるときは、『接種した人自身を病気から守る』ということが一番大切です。これに加えて、集団免疫も期待できるため、うっていない人・うてない人の病気も防ぐことができるのです」

「男女問わずHPVワクチンを接種することで、自分だけでなく大切なパートナーも守ることができるというのは、素敵な考え方ではないかと思います」

この活動で目指すところ

代表の稲葉さんは、この活動で3つの大きな目標が達成されることを願う。

一つめは、HPVワクチンについての正確な情報が広く届き、接種するかどうかを誰もが考えられるようになることだ。

「定期予防接種の期間を逃して後悔する人をこれ以上増やしたくないですし、対象の方々にしっかりと検討できるだけの正確な情報を届けたいです」

「もちろん産婦人科医としては、いずれは子宮頸がんでつらい思いをする方が1人でも減ってほしいと願います。それだけでなく、いずれは男子も定期予防接種の対象となって、HPV関連疾患全体の患者さんが減るのが理想です」

二つめは、HPVについて広く知られるようになることだ。初めてのセックスでもHPVに感染し子宮頸がんになる恐れはあるのに、性的に活発な人だけがかかると誤解している人も多い。女性だけに関わる問題だと勘違いしている人もいる。

「いまだに、子宮頸がんに対する偏見があるのはとても悲しいことです。だれもがかかり得る病気ですし、HPVによる病気はほかにもあります。男性もかかります。感染症ですがワクチンで感染予防という理解が広まってほしいと思います」

3つめは、日本の医療政策が科学的根拠に基づいて行われるようになることだ。

「この活動を機に、そういった意識が政治家や行政の間に広がっていくことを願います。国民の健康や命を守ることは国の務めと思うのです。医学研究の賜物であるワクチンも、活用されなければ意味がありません」

「世論で国民の顔色をうかがいながら、ではなく、科学的根拠があることについては、十分な分かりやすい説明とともに毅然と政策を示してもらいたいです」

活動資金を募るクラウドファンディングも8月31日からスタートした。