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「活動の源泉は音楽」 繰り返すリズムが運んでいく健康や希望という場所

絵画、音楽、執筆活動と肩書きが定まらない坂口恭平さんの源泉には音楽があるという。そこから川のように広がる活動や、5年後、20年後に目指す夢について伺いました。

執筆、音楽、絵画、畑仕事、編み物、料理など、なんでも興味を持ったことはやってしまう坂口恭平さん(42)。

ただ、「全ての活動の源泉になっているのは音楽だ」と言う。

SPACE SHOWER MUSIC / Via youtube.com

新譜『永遠に頭上に』に収録されている「松ばやし」のPVより。昨年から通っている畑で歌う坂口さん

新作アルバム『永遠に頭上に』をリリースした坂口さんに、音楽や音楽とつながる様々な活動についてもお話を伺った。

音楽は全ての川の源泉

ーー音楽を作るときと文章を書くときは全然違うのですか?

ほぼ一緒なんですけど、その源泉になっているのは音楽です。湧き水は音楽なんですよ。そこからいろんな川に流れていく。

例えば今、俺の頭の中にある世界は、ちょっと松江っぽい場所なんです。綺麗に削られた白い石が並んでいて、両脇に白い玉砂利がある。その奥に出雲のような日本家屋が建ち並んでいて、柿渋もだいぶん濃いめになっている。

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SPACE SHOWER MUSIC / Via youtube.com

新作『永遠に頭上に』に収録されている「松ばやし」のPV

そんな風景と、こちら側に堤防のようなものがあって、草がいっぱい生え、川面に雲が映ってる。もう止まらないんですよね、僕の場合。自分がバルブを外したときに見えているものがどんどん繋がっていく。

それが音楽になって、ギターがあればそれが歌になる。その時、白砂や松の木も見えたなというと、白砂や松の木もそのまま歌詞になっていく。

それが絵になると、以前は抽象画でした。長編小説を書いた後に気づいたのですが、今、描いているパステル画は、ほとんど全て小説に書かれていると担当編集者に指摘されたことがあるんです。

既にそのビジョンがあって、それと現実が合体したときに、もっと詩情を感じて作品になる。ただ綺麗とか、美しいというだけじゃなく、僕がかつてビジョンとして見ていた映像とリンクすることに驚いたり感動したりしてる時に、表現する側になるようです。

そしてその浮かぶビジョンは全部家の近所の風景なんですよ。それは興味深いことです。

ーー面白いですね。以前、ツイッターに書かれてましたが、坂口さんのおばあちゃんは地元の風景について「ここには何もない」と言っていた。けれども、坂口さんは東京で暮らした後、熊本に戻った時に、そうじゃないと気づいて創作のインスピレーションにされています。

坂口恭平さん提供
坂口恭平さん提供

そう、おばあちゃんは「退屈だ」とずっと言っていました。僕は戻った時に、先祖巡りをしながらその土地を全部調べました。16世紀にどれほどすごい場所だったか知っているんです。重要な貿易港だったので、港などの絵が全てすごいのには理由があるんですよ。

それまで調べたあげく、それでもそれを飛び越えるぐらいに日常で感じた綺麗、気持ちいいという感覚に従うという感じです。

坂口恭平さん提供

生活リズムと音楽と

ーー『自分の薬をつくる』(晶文社)の中で、「気まぐれな力」と「安定した力」という2種類の力の作用を書かれています。双極性障害で「気まぐれな力」に翻弄され過ぎていたから、日課で安定した力を強めるとのことでした。昔から目になじんできた故郷の風景に身を置くことや、決まった日課をこなすことは安定した力ですね。安定した力が創造力を抑え込むわけではないのはなぜなのでしょう。

西洋音楽だと4分の3拍子とか、拍子というものがありますね。でも、音楽はライブ演奏してると、拍子だけで進めません。

タンタンタンと演奏していくうちに、急にダダダダーンとなっていく。それが突然の勢いによって起こる、いわゆる気まぐれなリズムです。安定している力を出してる時から、強弱が出てくる時に、変わっていくわけですよね。

全部それはリズムなんです。「生活リズム」って言うでしょう。

みんな生活リズムというと、毎日同じことをしなくちゃいけないと考えるけど、そうではなくて、音楽はターンが変わったら同じじゃなくなります。同じ音が流れても、2ターン目は倍音(周波数の違う別の音の成分)が生まれる。それが共鳴する。

今回の新譜も倍音が結構入っています。録音してるはずのない音がいっぱい入ってる。エンジニアに聞いたら、これは倍音だと言ってましたね。

ーー音楽以外でも、日課の繰り返しからそういう変化が出てくるということでしょうか?

僕の生活に倍音が出てるのをみんな感じてるでしょう? パステル画を繰り返し描いているうちに、モノクロ写真を撮ろうと考え始めたりするのはそういうことです。そうやって変化していったり成長したりする。42のおじさんがですよ。

なぜ俺が17歳の子たちに、「続けていたら変わるんだよ」と言ってあげなきゃいけないのか不思議です。お前こそ、知っていたんじゃないのかと思う。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

音楽と日々の生活リズムを重ねて語る坂口さん

生活の倍音っていうのはすごく重要なんです。生活に倍音をもたらすために、いわゆるバイオリズムじゃないけど、もう本当にギャグみたいですが、「バイオリズム」から「倍音リズム」をつくる。そういう感じにしていく。

みんな理解が平面的すぎるんです。バイオリズムは単調だと思っている。そうじゃなくて、音楽的なリズムとして考えてごらん、と思います。

音楽は、波になって立体的にもなるということは、体の皮膚が感じているものです。繰り返すうちに、その感情のリズムと、いろんなものが倍音になって、可能性や希望が生まれ、そのことに喜びを感じてるはずなんですよ。それを僕が見せているつもりなんですよね。

それを証明したくてやっている。つまりこれが、人間の健康なんです。

だから、そういう喜びを感じないで、なぜみんなつまらないことを続けているのだろうと思います。うちの妻じゃないけれど、すぐに「食えなくなったらどうするの」とか言う。

今、楽しければいいじゃんと思います。それは刹那主義で言ってるわけじゃなくて、生活の倍音というのは蓄積されながら、さらに自分を分裂させてくれるものです。

もし、自分の今の生活リズムで倍音が出ていないのだったら、なぜその生活を続けるのかと思う。「好きなことだけやる」というのはそういう意味です。

僕のTwitterの8万人のフォロワーにはそれが伝わってるという感触があるんです。生活の中にある希望を、伝えられている可能性がある。僕は今、希望をちゃんと伝えられている人を他にあまり知らないです。

「好きなことだけやっては生きられない」と思っている人へ

ーー「いのっちの電話」にかけてくるような、「死にたい」と言っている人は、自分に合った生活のリズムや日課のようなものがうまく見つけられていないのでしょうか? 希望や喜びを感じるようなリズムをうつことができなくなっている状態ですかね。

そうですね。でも逆に「考えろ」と思うんです。声だけ変えれば全て変わるんだぜって思う。その声を変えるだけでいいんです。

だって僕はいのっちの電話で「声」しか聞いていない。相手が仕事をしようが仕事をやめようがどうでもいい。

それでやっぱり、キルケゴールの言葉に向かうわけです。

「人生とは、解決すべき問題ではない。味わうべき神秘だ」

この「神秘」を「音楽」に変えてごらんと思う。味わうべきは音楽でしょう? みんな問題を解決することで頭がいっぱいです。

坂口恭平さん提供

ーーしかし、一般の人は、やりたくないことはやらないでいいと言われても、「そうもできないんだよな。明日からの会社員生活が...」と思ってしまいますね。その生活が長期的に自分を蝕むとしてもなかなかそこから抜け出せません。

そんな時、「子供が怖がっている自転車に乗っている時に、何て声かけてあげますか?」って尋ねるんです。

「怖いだろうから絶対自転車乗るなって言う?」と聞くと、たいてい「さすがにそれは言わないですね。自転車に乗ったら楽しいですし」と答えます。「それそれ! それを教えてあげようよ」と僕は言います。

なぜ、そういうことは簡単に言えるのに、自分の人生になると大きく考えるんだろう。「自転車が連なったものが人生だぜ」って言う。みんな壮大すぎます。自分にとっては「壮大」はいいイメージですが、みんな深刻になっている。「壮大な深刻」になっちゃっているんです。

ひっくり返す、逆転の発想

ーーそういうものの見方がひっくり返るような驚きが坂口さんの発信にはありますね。例えば、調子の悪い時や滞ってる時こそ、新しいものや想像力が出る時、アウトプットする時だという言葉や、自閉することは悪いことではないという言葉です。

逆転ですからね。赤塚不二夫先生だって、「賛成の反対なのだ」と逆のことしか言わないでしょう? 十返舎一九も滝沢馬琴もみんなそうです。そういうのが好きなんですよね。常に逆のことをやる。

逆のことをやるというのは、子供のようなふざけた行為と言われますが、僕にとってはそれが最高。一番こけちゃいけない時にコケるとかが一番楽しい。人が笑うし、焦る。焦り笑いが一番好きなんですよね。

それはもう、幼少の時から培われたいたずら心でしかない。真面目な奴らが超つまんなく見えていたから。後ろから落とし穴に全部落としたいですよね。全てを小馬鹿にして笑い飛ばす、危ない悪魔みたいなところがあります。

そういう精神でやっているので、「人々に優しさを持って何かを提供しよう」なんかではない。逆からツンツンつつかないとペンギンでも飛び込まないから、「お前行っちゃえ行っちゃえ」とバンバン蹴り上げるような奴なんですよ。

ーーただ、それで気持ちが楽になったり、がんじがらめになっているところから解放されて楽になってる人もいるわけですね。

うちの嫁さんもカフェで働いていてパワハラに遭っていた時、「辞めればいいじゃないか」と言ったら、「そういうわけにいかない。シフトもあるし」と悩んでいました。

子どもを呼んで、「母ちゃんがいじめられてるぞ。それで大丈夫?」と言ったら、娘からも「ママ、辞めたほうがいいんじゃない」って言われてました。結局、自分で辞めましたが、穴にはまっていると何が必要かわからなくなるのだと思う。

それがその「声」の恐ろしさで、シフトに穴を空けてはいけないと思うと辞めますと言えない。でも、声が変われば変わってくる。そこから外れると、「なんで私あんなとこで働いていたんだろう、私」と気づく。

それだけです。なぜ、みんな「できない」というか知ってますか?

面倒くさいからですよ。それだけなんです。いつも言っているんです。「それ楽しい?」って聞いたら、みんな「いや、楽しくはないですね」と言う。楽しくないってことが前提で大丈夫なのかと思います。

楽しいことが前提であるべきです。楽しくないが前提で続けていたら、それは自殺者も増えるだろうと思います。

「いのっちの電話」の直接会える場所を作る

ーー新型コロナの流行で、人が自由にすること、コロナが感染するようなリスクのあることをすることが許せないという監視社会の傾向が強まっています。人のすることが気になるというのは、鬱になる症状の一つだと指摘されていますね。

そういう文句を言っている奴らの方がうつ状態なんです。

生活が充実してる人はSNSをやりませんね。健康な人はSNSをやっていない。SNSをやってる人全員、何らかの異常なものがある。みんな何かちょっと病んでいるんですね。俺も含めてやってる奴は全員おかしいです。

だからこそ俺は健康になる姿を見せつけようと思っています。そして、これはいつかどこかに抜けるしかない。いつかTwitterを辞めるしかないんですよ。

ゆっくり5年かけて、ネット上で宣伝をしないでもやっていける環境を作りたい。

そして、次は直接会う場を作りたい。「いのっちの電話」に加えて、「その僕はここにいます」という「場所」を作ろうと思ってるんですね。次の僕の目的は、熊本に「病院」を作りたいということです。

いつでもコミュニケーションが取れる、いつでも寝られる、いつでも食べられる。何もかも全員一切お金がかからない。何人来ても大丈夫という場所を5ヶ年計画で作りたい。そうするとみんなが抱えている問題が全部断ち切れるはずです。

それを税金をもらわないでやりたい、全てみんなからのお金でやりたい。俺が稼いで、全部自腹でやりたい。そこまでやりたいです。

ーー病を経験した坂口さんが「お医者さん」になって、みんなのために「病院」をつくるというのは面白い発想ですね。

逆に言えば、「病を得る」というのは、そういった「医学部入学」の資格を得るということなんですよ。そんなことがない限り、病の意味なんかない。そんな面白いことがない限り、何のために病を得たんですか。

ーー健康と言われる人の方が病んでいる人に対してすごく冷たい。先日起きた医師による難病患者の自殺幇助事件でも、どうやったら生きられるかという議論に向かわず、「死にたい人は死なせるべきだ」という声がすごく多いです。

出てくるでしょうね。医者の極論があれですよ。死にたい人は死なせる。治すつもりなんてないんですから。

やっぱり大事なことは生かす方向に向かうことです。

例えば、いのっちの電話で、痛みがつらいと訴える線維筋痛症の人と話をして、今、言ったこと面白いから3ページ書いてきてと僕は勝手にオーダーします。それを書いてきて「めちゃくちゃ大変でした」と言うから「今、痛いですか?」と聞くと、「痛くないです」と言う。

僕だったら、強い痛み止めを与えるよりも、ガチンコで夢中になることをしてもらう。夢中じゃないことが前提の退屈な生活はきついし、病自体もきつい。

それ以前にストレスがかかってて、そのストレスというのが退屈なストレス、夢中になれていないストレス、生きることに夢中になれてないストレスです。それを解決すれば、多くのことが良い方向に向かうと思います。

ーー坂口さんも「死にたい」という思いを抱えている期間が長かったわけですね。それでも死ぬより生きているほうがいいと思われたのは、なぜですか?

たぶんほとんどみんなと一緒だと思うんですけど、自分のことをすげえと思っているからでしょう。たぶん。

すげえと思っているからすごくないという評価で落ち込む。充実できなくて落ち込んでいるなら、それを充実させる以外ないでしょう。死んでなんかいられないですよ。本当は。

だけどやっぱりその悩みを自分の中でこじらせていくので、自殺は「極度の退屈による死」ということでしかないと思います。極度の退屈による発狂死です。

ーー人生を充実させる「自分の薬」を作る時に、理解者や聞いてくれる人がいることが大事なのはなぜでしょう?

これは単純な話で、1人ではできないのではなくて、1人じゃなくて2人になると、容易に日課を継続できるよってだけなんですね。日課をやるのが薬なんですから、一緒にやる誰かがいると薬を続けやすくなるということです。

ーーだけど好きなことをやろうとすると、否定する人が結構多いですよね。「そんなことやって何になるんだ」とか言う。

そういう自分を否定する人たちを、身近な友人だと思ってる人が多すぎることが問題なんですよ。家族もそうです。「お前のことを否定しているやつは家族と思うな」とみんなに言っています。

音楽は記憶 音楽を呼び覚ますケア

ーー11月には画集も出されますね。

左右社

11月2日に発売されるパステル画集『Pastel』(左右社)の表紙

僕の絵を今一番買ってくれているのが音楽家の葉加瀬太郎さんであるように、やっぱり音楽をやっている人が反応する絵は、それだけ音楽的な表現ができているということなんでしょうね。

つまり、波を表現できているということですよね。光と影も波ですからね。色も波でしょう。そういうものをちゃんと表現できていると、音が鳴り始めるわけですよね。

坂口恭平さん提供
坂口恭平さん提供

ーー一般の人の感想で、空気が映ってるとよく書かれてますね。

面白いですよね。なんか見えないものを見ている。

それが結局、俺が思う「声」という概念なんですけどね。つまり目に見えないものなんです。言葉で表現できないもの。

新譜の『永遠に頭上に』のタイトルも、頭の上になんかずっとその音があるよっていうことなんです。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

新譜『永遠に頭上に』のジャケット。自身で作詞作曲した4曲の他、THE BLUE HEARTSの「TRAIN-TRAIN」のカバー、石牟礼道子の詩に曲をつけた「海底の修羅」の全6曲を収録している

5月に「Forever Overhead」というタイトルの展覧会をやったのですが、そのタイトルの元になったのは、村上春樹さんが翻訳しているデイヴィッド・フォスター・ウォレスというアメリカの小説家です。

その人の事を全然知らなかったのですが、僕がある日、街を歩いてたら外国人から、「お前はデイビッド・フォスター・ウォレスみたいだ」って突然言われたんです。

調べたら自殺で亡くなった人だと知り、文章も近いものがあった。衝撃を受けて、そのタイトルがすごい好きで、村上春樹さんが『永遠に頭上に』と訳しているのをいただいたんです。

その展覧会の場所を作った人は亡くなっていて、その人の奥さんが遺志を受け継いで運営していました。奥さんは僕が展覧会をすると夫を思い出すと言ってくれて、「Forever Overhead」というタイトルを見ながら、その人のことをずっと考えていた。

言葉が詩に変わった瞬間、それぞれが音楽を感じていたわけです。

僕は音楽は結局、「記憶」だと言っているんです。記憶を呼び覚まされるのは、その人の音楽が呼び覚まされるという考えなんですよね。

認知症になった人に北国の春を歌うのはそういうことです。認知症で記憶を失っても音楽は取り戻せる。記憶が戻っているわけじゃないんですよ。音楽が取り戻されると記憶などどうでもよくなる、という感じでしょうか。

先日も終末期ケアを受けているおばあちゃんが「もう本当につらいから音楽が聞きたい」って電話をかけてきて、「星に願いを」をずっと歌ってあげたことがありました。新幹線を待っている間。その瞬間、おいおい泣いてました。

僕のことを新聞で知って、今80歳代の人たちの連絡もすごく増えています。その人たちのケアも、今後していくことになりそうですね。

音楽による都市計画 ハーモニーを作りたい

そして、(当初目指していた)建築に戻ってくるのですが、次は都市計画をやりたい。そのベースとなるのは音楽です。知事や市長とは違うやり方で、呪術師の仕事としてやりたい。

それをやる時が来たという確信の年が、この2020年。作品が過去最高に自分の中で全て収まってきているのと、躁鬱が寛解したというか、躁鬱という概念を僕の中では卒業したことが大きいです。

修行が終わって、次は自分の考えでの音楽都市を作って人々を癒したい。目的がかなり明確になってきています。僕の中ではコロナが続くからこそ、社会が変わらなきゃいけなくなっていると思います。

ーー新型コロナの危機は、これまでの社会のあり方を変えるチャンスでしょうか?

これはもうチャンスでしかないでしょう。もちろん経済も崩れますけど、助け合うという感覚を持ってる人たちがちゃんと都市計画をするようにならないといけない。

「誰も助けてくれないならもう知らない」という諦めが強まっています。

今の自殺の問題に関してもそういうことが影響している。日本人の場合は、「助けてくれないなら諦める。死ぬ」という形で抵抗をするわけですよね。日本人が昔からよくやってた方法でもあるわけです。

ーーそうではなくしたいわけですね。

そうですね。僕はあまり近年の日本の影響を受けてない。聖徳太子が病院を作ったような、ああいうことを考えたい。いろんな知識を持ってる人たちは僕にアイディアを投げてほしいんですよ。

たぶん僕はスポンジとしてはピカイチなんで、投げられた球は半端なくいい感じで取る。かつこれ税金をもらわないでやる。お布施に近いですけど、みんなで持ち寄った形でやっていく都市計画で、ベースとなる信条は音楽だったら面白い。一番、戦術的に美しい感じがします。

音楽の調和を僕は感じてる。和音、ハーモニーはわかっている。

こういう活動で僕は20年後に自殺者ゼロを達成すると決めています。2040年には、自殺者をゼロにしたい。楽しみにしていてください。

【坂口恭平(さかぐち・きょうへい)】

1978年、熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年に路上生活者の住居を撮影した写真集『0円ハウス』(リトルモア)を出版。以降、ルポルタージュ、小説、思想書、画集、料理書など様々なジャンルの書籍や音楽を発表している。2011年5月10日には東日本大震災の原発事故での政府の対応に疑問を抱き、故郷の熊本で新政府を樹立、自ら初代内閣総理大臣に就任した。

双極性障害と診断を受けていることを公表し、2012年から死にたいという気持ちに苦しむ人と対話する「いのっちの電話」を自身の携帯電話(090-8106-4666)で続けている。

近著に『まとまらない人』(リトルモア)、『自分の薬をつくる』(晶文社)、『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)など。

最近の音楽アルバム『永遠に頭上に』を9月に発売。10月にはパステル画集『Pastel』(左右社)も出版予定。

Contact Naoko Iwanaga at naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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