• knowmorecancer badge
  • factcheckjp badge
  • medicaljp badge

発信力を高め、育て合う医療情報 インチキ医療を駆逐するために

科学的根拠のない医療発信を正す活動を続けるがん患者団体代表、片木美穂さんインタビュー

正しくわかりやすい医療情報を届けることを目指し、7日に船出したBuzzFeed Japan Medical。私たちが医療専門の取材チームを作ったのは、インターネット上には科学的根拠のない情報が溢れ、必死で医療情報を探す患者や家族を惑わせる事態となっているからだ。

初期は自覚症状がなく、検診による発見が難しいため進行してから見つかることも多い卵巣がんの経験者で、卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂さんは、10年以上前から怪しい医療情報を追及する活動を続けている。

医療情報の質の底上げを図るため、患者団体、医療者、メディアを集めて有害なニセ医療を追及する勉強会を主宰する片木さんに、ネット時代に医療メディアの果たすべき役割について伺った。

テレビ、ネットから発信され、口コミで広がるインチキ情報

片木さんは、桜井なおみさんの指摘と同様、病気の疑いを持った時、一般の人がまず頼るのはインターネット検索だと指摘する。

「私の周りの患者さんは、『お腹が張る』『病気』などのキーワードで調べる人が多いです。卵巣がんという情報が出てきても、最初は打ち消します。がんになったら痩せるはず、こんなに働ける状態じゃないはずと、怖い情報は否定します。それでもなかなか治らず、進行してから病院に行き診断を受けるのです」

診断を受けた後も、ネットだけではなくテレビ、雑誌、健康本など、様々なメディアが発信する情報に患者は右往左往する。

「先日、胃がんを経験したお笑い芸人さんが出ていたがん保険のテレビCMも、彼が人参ジュースを手作りしながら保険の大事さについて語っていました。人参ジュースはがんの予防効果があるとうたう、有名なエセ食事療法がありますが、CMを見て、患者さんは『やはり人参ジュースはがんに効くんだ』と思い込み、影響を受ける。最近多いのは、糖質制限でがんが予防できるというデマです。『がんは糖質を栄養にする』という情報が出回っているからですね」

そして、そうした情報は、「これが効くらしいよ」「こういう情報を見たよ」という口コミで広がっていく。

「ブログやフェイスブックなどのSNSで拡散され、あっちでもこっちでも見た、と信憑性を増していく。最近では無責任な口コミを書いているブログに、免疫を高めるとうたうヨーグルトやサプリメントなどに誘導するバナーが貼ってあることが多い。それを転送された人が信じて手を出してしまうのです」

原因探しをする患者たち 「私が何か悪いことをしたから?」

「玄米菜食」や「赤身肉を避ける」など、がん予防、再発予防をうたう食事療法に惹きつけられる患者は多いが、アルコールや塩分などが一部のがんに影響する以外、そのほとんどに科学的根拠はない

それなのに、患者が食事療法に熱心に取り組むのは、「生活習慣のせいでがんになった」と、自分を責める患者が多いからだという。

「卵巣がんであれば、肥満や妊娠経験の少なさがリスクを上げることがわかっていますが、要因がある人が全員がんになるわけではありません。それでも患者は、『なぜ自分ががんになったのだろう』と答えの出ない問いを続け、『何か悪いことをしたからでは?』『残業が多くてストレスが溜まったからではないか』と原因を探し、生活習慣を改めようと考える人が多い。不安だからでしょうね」

そして、そういう不安を持つ人につけ込むニセの医療情報がネットには罠のようにあちこちに仕掛けられている。

「サプリメント、フラワーエッセンス、ホメオパシー。手が届く数万円ぐらいでできそうなことには、宣伝文句にがんの因果応報論を散りばめています。先日は、あるがんの患者さんが、『あなたは他人に対して厳しい姿勢を取ってきたからその罪が自分に返ってがんになった』と言われたそうです。そして、『性格を変えないとまたがんになる』と脅されて、がん封じのお守りを買わされました。そういうものがネットや口コミで広がってしまうのです」

ネットの医療情報は危険か?

検索結果で上位になるように操作し、いい加減な医療情報を垂れ流していた医療サイトWELQの問題以降、ネットの医療情報を警戒する人は増えた。

「本音では、『ネットの医療情報は危ない』ぐらい言いたいですが、有益な情報とも出会うので、ネット禁止論は唱えられない。本当にいいなと思うものと、これは命を脅かすと思えるひどいものが混在していて、それを見分けるすべを患者さんは持ち合わせていません」

「科学的根拠のない免疫療法クリニックのサイトなどを見てしまうと、『副作用がないならいいな』と惹かれてしまう人はいるし、『がんは免疫が関わる』と考えている人が多いから、『もしかしたらこれで治るかも』とまで思ってしまいます。私のところにはがんになった医師も相談に来ますが、医師でさえ信じてしまっています。一般の人はなおさら無理ですよね」

さらに科学的根拠のない免疫療法や高濃度ビタミンC療法、温熱療法などを宣伝するクリニックや医療サイトは、医師が行なっていることを前面に打ち出して、患者を信用させようとしているものが目立つ。

「有名ながん専門病院や大学病院の幹部だった経歴や、華々しい留学歴などをホームページに書いて、患者を騙す情報も多い。先日も、がん専門病院の部長だった先生がホームページで推薦しているからと免疫細胞療法の効果を信じてしまった患者さんから『受けることにした』という連絡をいただいて、止めたのですが、手付金を払っており間に合いませんでした。患者を惑わす方法はよりしたたかになり、私たちも頭を悩ませています」

発信力を高める 吟味された情報を確実に届けるために

それでは、玉石混交な情報が溢れるネット空間で、正しい情報を届けるためには何をしたらいいのだろうか?

「今、広告なのかどうかがわかりづらい記事がネットでもテレビでもあふれていて見分けがつきません。また、患者さんは結局、自分に都合のいい情報を探すので、真面目に正しい情報を書いても心に届かない。これからのメディアは必要な人に必要な情報を届けるための方策も真剣に考えた方がいい」

そこで片木さんが期待するのが、個々の記者の発信力を高める戦略だ。

「BuzzFeedの記者がやっている手法は面白いと思うのですが、個々の記者がフェイスブックやツイッターに『私が書きました』と投稿しているでしょう? その記者の取材を信頼している読者は安心してシェアできる。このやり方は地道ですが正しいと思います。読者は日々の署名記事を読むことで、メディア単位というよりもこの記者なら大丈夫と個人の記者をブックマークしていきます。その信頼を築く努力、発信力を高める努力がこれからの記者には必要なのだと思います」

片木さん自身、取材を受ける時に記者を選ぶ。

「過去に取材を受けていい加減な情報を書かれたり、嫌な思いをしたりした場合、その後は一切受けないことに決めています。誤った情報発信に加担したくないからです。大新聞だからとか大手の出版社だからとメディア単位ではなく、個々の記者がどういう取材をしたか、情報をどう吟味して、どういう記事を書いたかで判断しています。私が主宰する勉強会に呼ぶのも信頼できる記者だけ。そういう記者が投稿する記事なら大丈夫とこれからは、個人の記者の能力を判断して情報を受け取る時代になっていくと思います」

質のいい情報は質のいい読み手が拡散する

そして、SNSを通じて情報が拡散される時代、片木さん自身も患者に正しい情報を拡散するためのプレイヤーであることを意識し始めた。

「以前は知り合いだけに限定していたフェイスブックも、患者さんたちを承認するようにしています。それは、私が勉強して患者さんの情報のハブになればいいと思ったから。情報を吟味する力を持ち、正しい情報だけをより分けて拡散したら患者は騙されない。周りの人も『あれだけ勉強している片木のシェアする情報なら、信頼できる』と思ってくれたら、つながってくれます」

そして片木さんは、メディアに対して、「情報を吟味する力のある読者」をフォロワーとして増やしていくことを提案する。

「先日、ビタミンCを吸引できるとうたう電子タバコ型の商品を芸能人などのインフルエンサー(影響力がある人)が宣伝していたステマ疑いをBuzzFeedで報じていましたが、真っ当なメディアが目指すべきは、お金でおかしな情報を宣伝してくれる人ではなく、情報を吟味する力がある人。医師でも患者団体の人でもいい。質の良い情報を、質の良い読み手が拡散するという形を作るのが、怪しい情報を淘汰する一番の近道かもしれません」

BuzzFeed Japan Medicalでは、自分たちが取材した医療・健康記事だけでなく、他社の報じた正しい医療情報も、フェイスブックツイッターで拡散する方針だ。

「お願いしたいのは、その情報のどこが良くて、どこがダメなのかコメントをつけて拡散すること。読んでいる側は、その記事を良いと思ってシェアしているのか、悪いと思ってシェアしているのかがわかりません。なぜその記事を評価するのか、なぜその記事に問題があると思うのか、医療情報の見方も記者さんたち、特にウェブメディアの人たちには発信してもらいたいと願っています」

質の良い読み手、発信者の条件は?

影響力のある著名人が怪しい医療情報を発信して、読者に拡散させる手法は後を絶たない。最近も、ハイパーメディアクリエーターを名乗る人が高濃度ビタミンC療法のがんに対する効果を書いたり、少し前には著名な経営者が胃がんの原因の99%はピロリ菌という誤った情報を発信したりしていた。

最近、国に無届けの臍帯血移植が摘発され、治療の一時停止命令が下ったクリニックが提供している「血液オゾン療法(血液クレンジング)」。「がんの予防効果」をうたって提供されているこの科学的根拠のない治療を、有名ブロガーがネットで宣伝していた時は、片木さんは徹底的に誤りを指摘した。だが返信はなく、未だにそのブログは掲載されたままだ。

「彼らは発信力だけはすごくあるため、私の周りの患者さんたちも再発予防のために行ってしまいました。臨床試験もしていない、安全性も不明な医療行為が、影響力のある人によって拡散されているのは非常に危険です」

そうした危うい情報拡散も見ている片木さんとしては、医療や健康情報を発信し、拡散するメディアとして最低限どんな要件を求めるのだろうか。

「誰もが記者になった時は医療の基礎知識は持っていないと思いますが、社内で研修を行うか、国立がん研究センターの行なっているプレスセミナーなどには参加してほしい。医療取材の経験が豊富な先輩記者が後輩を指導して育てていくのでもいい。最低限の質の担保を図ってもらいたいのです」

「私たち患者会や患者の立場で取材を受ける人も意識を持って取材を受ける。記事を書かれた時に、一般の人がどう受け止めるかまで責任を持ちたいです。先日、不正な臍帯血移植について取材を受けた時も、不勉強な記者が『厚労省の怠慢で起きた』というストーリーを描こうとしていたので、1回取材を止めてもらいました。生物製剤を使う時は国に届け出をするというルールを設けたから摘発できた快挙なのに、誤った批判をしたら、医療を適正化しようとしている人のモチベーションが下がります。患者側も勉強し、お互いに正しい医療情報を発信できるように育て合うことが必要だと思います」

BuzzFeed Japan Medicalに望むこと

BuzzFeed Japan Medicalは全ての医療情報を網羅できるわけではなく、テーマをもって1本1本書いていくしかない。正しい医療情報の発信と共に、怪しい情報の検証も続けていくつもりだが、長年インチキな医療情報と戦ってきた片木さんが、我々に望むことは何だろうか。

「とにかく、骨太になってください。デマ情報に異議を唱えると、必ず有象無象が攻撃してきます。腫瘍内科医の勝俣範之先生と根拠のない免疫療法のクリニックの批判を10年前から始めましたが、その頃から脅迫は続いています。昨年の日本癌治療学会が共催する市民公開講座で根拠のない治療法を紹介しようとしていたのを事前に止めたら自宅にまで脅迫が届き、精神的なダメージで3ヶ月ほど熱が下がらない状態が続きました」

「それでも、メディアはそういう脅しに屈せず、正しいと信じることを貫いてほしい。保身に走るメディアも多いですが、相手にしない強さを持ってください。そんな報道姿勢を持ち続けて応援団をを増やし、インチキな医療で不利益を受ける患者を少しでも減らせればと思います」