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骨抜きの受動喫煙対策にがん患者が訴え 「死んでいく年間1万5千人の声聞いて」

がん患者団体の代表が反対する中で、改正法案は衆院厚労委員会を通過した。

受動喫煙対策が骨抜きとなった政府の「健康増進法改正案」が6月15日、衆議院厚生労働委員会を通過した。

委員会に参考人として呼ばれたがん患者団体の代表2人が強く反対を訴えたが、原案通り可決した。ただし、付帯決議で、施行後、速やかな見直しの必要性などが盛り込まれ、患者の声がわずかでも汲み取られた。

日本肺がん患者連絡会理事長の長谷川一男さん(47)は、議員らの前でコルセットを外して訴えた。「病気で背骨が脆くなり、少し力がかかると潰れて下半身不随になる」ステージ4の肺がん患者だ。

その危険を冒しても訴えたかったのは、受動喫煙の害。自分がタバコを吸っていなくても、健康を、命を失う残酷な現実だ。

「受動喫煙によって病気になったと思う」

長谷川さんは喫煙歴はないが、父親が1日に2箱吸うヘビースモーカーだった。父親は「なぜたばこの害をきちんと教えてくれないのか」という言葉を残して肺がんで死亡したという。

父からだけでなく、職場でも受動喫煙を経験した。長谷川さんは参考人質疑で、こう切り出した。

「受動喫煙によって病気になったのではないかと思っている人間です」

「今回の政府案に私は強く反対します。塩崎前厚労大臣の案においては『受動喫煙をなくす』『国民の健康と命を守る』という姿勢が明確に示されていましたが、現政府案はその姿勢が大幅に後退している」

学校に喫煙場所を設ける矛盾

この政府案では、学校の敷地内に喫煙場所を設ければたばこを吸うことを認めている。国は、学校教育でがんを正しく理解し、予防や早期発見へと繋げることを目指している。長谷川さんはこれは矛盾だと指摘した。

「最大のがん予防は喫煙しないことです。それだけでなくたばこには他人を傷つけることもあること、受動喫煙も学びます。そうした中で、学校で喫煙場所を設けることをこの法律は認めようとしている。言っていることとやっていることが異なる。大人として絶対にやってはならないことを認めようとしています」

「自分を大切にし、他人も大切にすることを教える学校で、自分を大切にせず、他人を傷つけるたばこを吸えるようにする法律が進められようとしています。これはおかしい」

コルセットを外して・・・被害の深刻さを見せる

「ちょっとこれを見てください」と、長谷川さんは身につけていた白いコルセットを外した。

「私は病気で背骨がもろくなっていて、少し力がかかるとつぶれて、下半身不随になります。それを守るためにコルセットをつけています。今日、ここに来る時も電車はラッシュです。そうすると、恐怖を感じます。そんな生活です」

コルセットを脇に置きながら、こう続けた。

「だからと言って嘆き悲しんではいません。病気が悪くなっていっても、できることは必ず残されている。それをやり続ければいい。そんな風にしていれば、いつかがんという病を誇りに変えられるのではないかと本気で思っています。受動喫煙で死んでいった1万5000人も同じことを考えていたと思います」

「でも最近、こういった考えこそが受動喫煙対策を遅らせる原因ではないかと考えるようになりました。限られた命を全うしたいなら、原因探しは無駄。誰かを攻撃する時間に使うなんて馬鹿馬鹿しいです。つまり、受動喫煙の被害の声は上がらないということになります。患者が懸命に生きようとすればするほど、受動喫煙の被害は置き去りになる」

「被害の声が上がらないことで、もし軽く考えられているのだとすれば、やりきれません。年間で(受動喫煙によって)死んでいく者が1万5000人です。その声なき声にぜひ耳を傾けていただきたい」

法案を通すとしても・・・早期見直しを盛り込め

自身も悪性リンパ腫を経験した全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介さん(44)も、治療の甲斐なく亡くなった仲間たちのことに触れながら改正法案に反対の意見を述べた。

「私たちがん患者会が受動喫煙対策の推進をお願いするのは、多くのがん患者や家族が経験した、身体的、精神的、社会的な痛み、悲しみ、苦しみを経験する人が一人でも減って欲しいとの強い思いがあるから」

「第一歩を踏み出すことが重要ではありますが、第一歩を踏み出しさえすれば良いのでしょうか? 私たちが本当に目指すべき”北極星”、目標はどこにあるのでしょうか」

天野さんは、改正案の問題点として3点をあげた。

  • 経過措置として、客席面積が100平方メートル以下などの店を例外としていること。
  • 有害物質が出る加熱式たばこについて、専用の喫煙室を設ければ喫煙できるように経過措置を設けていること。
  • 学校の敷地内喫煙を可能としていること。


その上で、付帯決議で早期の見直しを図るよう明記することを求めた。

また、そもそも職場では上司やお客さんに喫煙をやめるように言いにくい状況があることを指摘した上で、こう述べた。

「がんをはじめとする様々な疾病を抱えながら仕事をし、生活をする方々にとってはなお言いづらいことです。働く人たちの健康と命を守るためにも、今回法律を成立させるのみならず、さらなる実効性のある受動喫煙対策を推進していただきたいと考えます」

「国会の控え室にも灰皿があった」指摘後すぐに撤去

続く質疑では、立憲民主党の初鹿明博議員が質問に立った。当初案では屋内全面禁煙だった国会が、政府案で対象外になったことを指摘し、どのように考えるか尋ねた。

天野さんが「本日、参考人として控え室に通されましたが、灰皿が二つありました。大変驚きました。これでいいのかと思いました」と答えると、議員らから苦笑のような笑い声が上がった。

参考人の一人、東北大学環境・安全推進センター教授・統括産業医の黒澤一さんは「私は産業医ですので、ここの産業医だとすれば、即時喫煙所を撤去していただくという意見を責任者に伝えると思います」と話した。

終了後、委員長職権で、控え室から灰皿がすぐに撤去されたという。

「受動喫煙をなくす気があるなら、こうはならない」

BuzzFeed Japan Medicalは、参考人質疑を終えた天野さんと長谷川さんに改めて取材した。天野さんは付帯決議が全員一致で決議されたことを評価した。

「まずは一歩、進めるということ。ただし、店舗面積の経過措置の部分など、法案は非常に不完全で、それを認めているわけではない。付帯決議で早期の見直しを盛り込んでいただいたので、今後は一歩に止まらず、二歩目、三歩目の受動喫煙対策を進めていただきたい」

長谷川さんは、この法案について不信感を拭えない。

「議論が誰に向けたものなのか、それが一番の気がかりだ。本当に受動喫煙をなくす気があるなら、こうはならないはず。年間1万5000人が亡くなっているというその命の重みを、理解していただけているのか」