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障害があっても自分らしく生きるために必要なこと 岩崎兄弟が大学で展示と登壇

筋ジストロフィーで生活の全てに介助を受けながら絵や詩の創作活動を続ける岩崎健一・航兄弟が医療福祉系大学で兄弟展を開催。障害をあっても自分らしく生きるために必要なことを来場者に語りました。

筋肉が徐々に衰えていく難病・筋ジストロフィーと生きる岩崎健一さん(50)、航さん(43)の兄弟が10月、「東北文化学園大学」(仙台市)の学園祭で絵と詩の兄弟展を開き、地域での自立生活をテーマとしたシンポジウムにも登壇した。

二人とも人工呼吸器や生活の全てに介助が欠かせないが、2018年6月、画詩集『いのちの花、希望のうた』(ナナロク社)を出版し、多くの読者に力を与えている。

重度障害があっても地域で介助を受けながら生活する人は増えているが、介助者不足や、公的介助の支給時間を決める行政の理解不足などの課題は多く、社会に理解を広げようと企画されたイベントの一環だ。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

兄弟展の会場では数多くの人が語り合いながら鑑賞していた

今は仙台市の実家で両親と共に暮らし、一人暮らしを目指す詩人の航さんは「自分らしい生活を続けるためには介助者さんが欠かせない。関わりを得て生きることが必要」と語り、

病院で暮らす健一さんは、「重度の障害を持っている人が必要十分な介護を得て、命を輝かせて生きることこそが真の心の自由であり真の自立であると思います」と述べた。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

展示を観る岩崎健一さんと妹の佐藤佳苗さん

自分らしく生きるために 当事者の「生」を知る

医療や福祉の専門職を育成する同大学医療福祉学部と、重度障害者の地域生活を支援する特定非営利活動法人「境を越えて」が共済したイベント「『生』を支える人と社会、一緒に考えてみませんか?」の一環として開かれた。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

10月19、20日に開かれた兄弟展では、健一さんがパソコンで描いた花の絵を30点、航さんが地域で介助を得ながら暮らすことをテーマに選んだ五行歌や詩33点を選んで展示した。

ほかに、現役ヘルパーでALSの母親を介護した経験のある写真家の柏原絵美さんが撮ったALS当事者の写真展も開かれた。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

介助を受けながら暮らすALS当事者の写真展も開かれた

それに加え、10月20日には、人工呼吸器ユーザーが地域で暮らす姿を映したドキュメンタリー映画『風は生きよという』の上映と、この映画の監督、宍戸大裕さん、岩崎兄弟、ALS協会宮城県支部長の長尾有太郎さんやヘルパーの学生らが登壇したトークショーも開かれた。

「生き生きと生きていくために支援が必要」

上映会とトークショーでは、まず、「境を越えて」理事長の岡部宏生さんが、介助者の代読でこう挨拶した。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

代読者を通じて挨拶するALS当事者で「境を越えて」理事長の岡部宏生さん

「私たち重度の障害者もみなさまと全く同じようにこの社会で生きています。このことは岩崎ご兄弟の展示と柏原さんの写真からも強く伝わってくると思います。どんな障害があってもこのように生き生きと生きていけることを知っていただければ」

「そしてこのように生きていくためには支援が必要なのです。どんな方でも支援したいと思ってくださればそれが可能だということも今日のイベントで知ってもらえればと切に願っています」

上映された『風は生きよという』では、脊髄性筋萎縮症で人工呼吸器を使い、介助を得ながら一人暮らししている海老原宏美さんら数人の人工呼吸器ユーザーの生活が映し出される。

2015 映画「風は生きよという」上映実行委員会 / Via kazewaikiyotoiu.jp

常に不足する介助者を募集するためのチラシを、車いすで近所の家のポストに一軒一軒入れて回る姿が紹介された海老原さんは映画の中でこう語る。

「(一般の人は)別に自分は何のために生きていくのかと考えなくても生きていけるのに、重度の障害を持っていると、『お金がかかるのに、人手もかかるのになんで地域で生きているの?』と突きつけられる」

「いつも重度障害者はそれを突きつけられていて、『病院にいた方がいいんじゃないの?』って言われてしまうのがきつくて」

岩崎航さん「人との関わりで心動かされ、救われる」

上映後のトークライブでは、様々な障害の当事者や介助者が「境を越えた瞬間」をテーマに語り、岩崎兄弟も自身の経験を話した。

岩崎航さんは、29歳の時、それまで主に両親の介助に頼ってきたのを、「このまま両親も歳を重ねたら、いつか限界が来る」と考え、公的な介助を入れ始めた。

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「人と関わることによる苦しみは、人との関わりによってまた救われていく」と話す岩崎航さん。介助者がマイクを口元に差し出す

「それまでは外にも思うように出られず、家に引きこもって暮らし、人との関わりも家族以外ほとんど持てない状態でした。人とどう関わったらいいかわからないぐらいの状況。そうは言っても、人と関わって生きるのが自分の人生を生きるということだし、私自身もそうやって生きたいと思いが芽生えて来た」

普段、五行歌という詩を書いている航さん。家族以外の介助者という外からの風を入れることは、自分の創作活動にも大きな影響があった。それが境を越えた瞬間だったという。

「いろんな人と関わりを持っていくようになって、自分の心が動き出してきた。こわばった心が、外部の人と会話をしたりしてだんだんと動いていったんです」

航さんも介助者不足で常に悩み、現在も募集中だ。とは言え、常に介助を受けることが必要な身だと、時には疲れてしまう時もあるという。

「時には一人になりたいとか、誰からも声をかけられたくないと苦しい思いをすることもある。何もかも嫌になってしまうこともある。でも人と関わることによる苦しみは、人との関わりによってまた救われていく。そんなつながりに支えられて何とか踏みとどまるという経験を何度もしています」

岩崎健一さん「命を輝かせて生きることこそが真の心の自由」

兄の健一さんの方は、兄弟で同じ病を発症し、弟の病状も進行した22年前、両親の介助の負担も重くなってきたことを考えて、28歳の時に病院で暮らすことを決めた。

この日は6年ぶりの外出となった。

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自身の「境を越えた瞬間」を話す岩崎健一さん。気管切開をして声が出しづらいので、妹の佐藤佳苗さんがそばについて兄の発する言葉を語った

健一さんは在宅での生活から病院に移ったのが最初の「境を越えた瞬間」だ。

「それを決めるまでには悩んだり時間がかかったりして、1年ぐらいかかりました。本当だったらずっと家族と一緒に暮らしたいという思いがありましたが、先のことを考えると介護をしている家族が倒れてしまったら、弟も入院しなければならなくなる。それは本意ではなかったので病院に行くことにしました」

だが、入院生活の中で、絵という生きがいを見いだすことができた。

「絵を描くことは楽しくて充実感も得られ、完成すると達成感もあるし、今ではなくてはならないものになっています。元気の源にもなっています」

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岩崎兄弟の画詩集『いのちの花、希望のうた』

これまで300作品ほど描く中で、当初は悩んで選択した在宅から病院での生活を、「最良の選択だった」と考えることができるようになったという。

「なぜなら、入院生活の中から、心から打ち込める生きがいを見い出せたからです。パソコンで絵を描くことです。命を輝かせて生きていく上でも人ぞれぞれに生きがいを見い出すことが人生でもっとも大切なことの一つではないかと感じています」

「病院で暮らしていても、在宅で暮らしていても、自分の人生が充実しており、生きがいを見い出し、命を輝かせて暮らしていけたならば、暮らす場所がどこであれ良いのではないかと心から思っています」

岩崎健一・岩崎航 / ナナロク社

「重度の障害を持った当事者は介助なしには生きていけません。今の障害者介護制度の様々な不備を早急に改めることも必要だと考えます。重度の障害を持っている人が必要十分な介護を得て、命を輝かせて生きることこそが真の心の自由であり真の自立であると思います」

「1日も早く、障害者自身で自由に自分の生きていく場所を選び、どこにでも自由に行ける社会や環境になり、生き生きと充実した人生を送ることのできるような社会となることを願っています」

Contact Naoko Iwanaga at naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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