私は一般読者向けに記事を書く医療専門の記者です。2018年、厚生労働省の「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」(座長=渋谷健司・東京大学大学院国際保健政策学教室教授)に参加し、「『いのちをまもり、医療をまもる』国民プロジェクト宣言!」をまとめました。
厚労省では今、「医師の働き方改革に関する検討会」の議論も佳境を迎えています。医師の過重労働を減らし、私たちがこれからも安心して医療を受け続けるためには、私たちのかかり方も変えていくことが必要です。
なぜ今、こうした議論を行う必要があるのか、お伝えしたいと思います。
※医学書院の「週刊医学界新聞」に寄稿した記事を、出版社の許可を得て転載しています。なお、BuzzFeedに掲載するに当たって、少し加筆修正しています。肩書きは当時のままです。
日本の医療は危機に瀕していることが知られていない
医療の取材をしていると、こんな不満を患者さんから聞くことがよくあります。
「3分診療でじっくり話を聞いてもらえない」
「待ち時間が長い」
「夜間や休日に具合が悪くなった時にかかるべきなのか、どこにかかればいいのかわからない」
それだけではありません。患者と医療者のコミュニケーション不足が医療不信につながり、治療拒否や代替医療への傾倒、クレーム・訴訟など、双方に不幸な結果をもたらす状況もよく見てきました。
一方、「医師の働き方改革に関する検討会」で国は医師の過重労働を見直そうとしていますが、話題にしているのは医療関係者ばかりで、自身が関わる問題として考えている一般の人は少ないと感じます。
軽症なのに救急車を呼んだり、大病院や夜間・休日診療にかかったりすれば、病院や医師の負担は重くなります。患者も質の高い医療は受けられないでしょう。
「勤務医の就労実態と意識に関する調査」(2012)によれば、ヒヤリハットを経験した医師は76.9%、日本医師会の勤務医1万人アンケートによれば、「抑うつ中等度以上」が6.5%、「自殺や死を毎週または毎日考える」が3.6%もいる異常な状況です。
過労から医療ミスを起こす可能性がありますし、一人の患者に割ける時間も減り、医療現場の崩壊は結局、患者に損なことばかりもたらします。
医療危機やそれによる患者の不利益を招いている要因の一つが、患者が行っている受診行動。それに気づいてもらい、安心して上手に医療にかかれるように情報を届け、社会環境を整えよう――。
そんな問題意識から、2018年10月5日、厚労省の「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」が始まり、新聞とネットメディアの両方を知る医療記者として私も構成員に加わったのです。
患者はワガママか? 必要な情報は驚くほど届いていない現実
この懇談会、デーモン閣下やコミュニケーションディレクターの佐藤尚之さんをはじめ、役所の検討会としては珍しい人材が集められました。
「一般社団法人知ろう小児医療守ろう子ども達の会」代表の阿真京子さんや、医療事故で息子を亡くし患者と医療をつなぐ活動を続けるNPO法人架け橋理事長の豊田郁子さん、乳がん経験のあるマギーズ東京代表の鈴木美穂さんら、患者視点のメンバーを多く入れたことも特徴でしょう。
こうした問題を論じる時に、よく「コンビニ受診」「救急車のタクシー化」という言葉に代表されるような、「ワガママで身勝手な患者像」が持ち出されます。初回に阿真さんが乳幼児の保護者向けに開いている子どもの病気を学ぶ講座について発表し、こう訴えたのがその後の議論を方向付けました。
「上手な医療のかかり方を伝える時に大切なのは、あなたやあなたのお子さんを守るためだということです。問題ある受診行動をとる人も、勉強熱心な人もわずかで,大半の人は病気について知らないだけです」
一般読者と医療者の情報格差はとても大きいです。「風邪はウイルスが原因だから抗生物質は効かない」ということも、医師だけでなく、療養方法については看護師、薬のことは薬剤師、食事療法は管理栄養士など様々な専門職種に相談できることも、医療業界を知っていれば「常識だろう」と思ってしまうことが、全く知られていません。
また、受診すべきか事前に相談できる「#8000(子ども医療電話相談事業)」は9割の人が知らず、「#7119(救急安心センター事業)」が整備されているのは10県に満たない上、整備されている場合も電話を受けてもらえるのは3本に1本程度だということをこの懇談会で初めて知りました。
さらに、平日の日中に受診したくても休みづらく、体調が悪くても休めない労働環境があり、診断書や治癒証明書をもらうための無意味な受診があることも指摘されました。
つまり、適切な受診に必要な情報がきちんと伝わっていないし、相談できる窓口も十分整っていない、そして、適切な受診を促す社会環境も整っていない。
患者側に情報を届けることはもちろん大事ですが、医療機関、民間企業も現状を知り、様々な方向からみんなで改善に取り組まないと患者は上手に医療にかかれないことがわかったのです。
伝えなければいけない、現場の疲弊ぶり
もう一つ、広く伝える必要性を感じたのは医療現場の疲弊ぶりです。
ヒアリングした医療関係者の中で特に強いインパクトを残したのは、救急救命センターで働く研修医、赤星昴己さんの話でした。週99時間働き、疲れから左右を間違えて検査を依頼しそうになったエピソードを明かし、こう訴えました。
「私たち救急医も一人の人間です。睡眠時間が全く取れないこともあるし、朝から一度も食事を取れないことがあります。その結果、無意識に集中力が低下していることもあるかもしれません。それでも患者さんが来れば、全力で診ています」
「国民の皆様の医療ニーズに応えるために、我々は必死に頑張っています。どこのドクターも医療へのフリーアクセスを実現すべく、人数もギリギリで、勤務時間も長くして頑張っています」
「それでも、労働時間の厳しい上限規制が課されれば、提供する医療の質を低下させざるを得ない。なので、労働時間の是正の話は不可欠ですが、国民の医療への考え方の転換や医師への理解が必要不可欠なのです」
当直が多い救急や産婦人科などの診療科の医師たちと話をしていると、「どうせ何も変わらない」という諦めや怒りを感じることがよくあります。
まずは医療現場が崩壊寸前だという危機感を共有すること、自己犠牲的な働き方で必死に踏ん張っている医療者に感謝しながら、この問題を放置しない姿勢を強く示すことが必要だと懇談会の意見は一致しました。
「国民総力戦」 患者も医療者も孤立させずみんなで取り組む
こうして5回の議論を経て、まとめたのが「『いのちをまもり、医療をまもる』国民プロジェクト宣言!」です。
最初に、こう宣言しています。
病院・診療所にかかるすべての国民と、 国民の健康を守るために日夜力を尽くす医師・医療従事者のために、 「『いのちをまもり、医療をまもる』ための5つの方策」の実施を提案し、 これは国民すべてが関わるべきプロジェクトであることを、ここに宣言します。
国民の命を守るためには医師・医療従事者の命も守らなければいけないし、それが医療を守ることに繋がる。そしてこれは誰もが当事者なのだと国民全員に参加を促す宣言です。
続いて、医師の疲弊ぶりを示すデータに1ページ割き、「こういう現実を放っておくと、 確実に医療の現場は崩壊します」と強調しました。
勤務医1万人アンケートによれば、勤務医の中で、「抑うつ中等度以上」が6.5% 、「自殺や死を毎週または毎日考える」が3.6%もいる。
そして、最後に、市民、行政、民間企業、医師/医療提供者がそれぞれどんなアクションを取るべきか、例示しています。
まず、市民のアクションの例をご紹介します。
夜間や休日に受診を迷ったら、「#8000」「#7119」の電話相談を利用し、なるべく平日の日中に受診する。風邪をひいても抗生物質をもらうための受診は控える。日頃の体調管理は看護師に、薬のことは薬剤師に聞くなど、医師ばかりを頼らずに上手に「チーム医療」のサポートを受ける、などです。
さらに医師/医療提供者側のアクションも提案しています。
待合室や母子健診などあらゆる機会をとらえてそれぞれの属性に応じた上手な医療のかかり方を伝えていただき、患者や家族の判断に役立つ医療情報サイトや電話相談の質を保つために協力していただく。
医療の質を上げ、患者の満足を上げるためにも、タスクシフト・タスクシェア(業務の移管・共同化)を推進する。そして、医療従事者自身も患者の安全のため、健康管理に努め、きちんと休暇をとる、などです。
そんなこと現状ではできないよ、と腹を立てる医療者もいるかもしれません。
管理者が働き方を見直し、きちんと休暇を取れるようにすることとセットです。
もちろん、これは医療だけでできることではありません。病院の集約化、複数主治医制の導入、働く人が平日日中でも受診できるようにする柔軟な働き方の導入など、国民を巻き込んでの大改革が必要です。行政、市民、民間企業などがそれに呼応するアクションをとるのが前提です。
それぞれが少しずつ、今すぐできることから
これからこの提案を実行に移す事業がそれぞれの現場で始まります。懇談会のメンバーは、提案が絵に描いた餅に終わらぬよう、来年度以降もどういう事業を行うか、どういう業者に発注するかなどに関わり、進捗状況をチェックします。
私は議論の経過をその都度発信してきましたが、その後も風邪には抗生物質は効かないという啓発やインフルエンザの時の適切な受診など、上手なかかり方を広めるための発信を続けています。この寄稿もメディアとしてのアクションの一つです。