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3時間に1人が子宮頸がんで亡くなる現状で「事実上の先送りは遺憾」 MSD幹部が語るHPVワクチンを届けたい女性への思い

HPVワクチンの積極的勧奨再開について、田村厚労相の「先送り発言」に遺憾の意を表明した製薬会社MSD。10月の再開に向けて準備してきた担当幹部にインタビューしました。

子宮頸がんなどの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。

国が積極的勧奨を差し控えて8年以上経つが、ここに来て再開への気運が高まってきた。

MSD

定期接種の対象となっているMSDの4価HPVワクチン「ガーダシル」

ところが、今年10月にも再開、または審議会での議論を始めるという流れができていたのが、田村憲久厚労相がコロナ対応を理由に先送りの態度を示した

製薬会社としては異例の警告文書や、遺憾の意を表明する声明を発表した製薬会社MSDはどんな考えでいるのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、HPVワクチンの4価ワクチン「ガーダシル」、9価ワクチン「シルガード9」を製造販売するMSDの執行役員、医薬政策部門統括で公衆衛生を専門とする医師の橘薫子さんに話を聞いた。

※HPVは200種類程度あり、4価ワクチンは特に子宮頸がんになりやすく進行が早いハイリスクな16型、18型、良性のイボである尖圭コンジローマを起こす6型、11型の4種類のウイルス感染を防ぐ。9価ワクチンはこの4つの型に加え、がんになりやすい31、33、45、52、58の5つの型も含めた9つの型への感染を防ぐ。4価は子宮頸がんの6〜7割程度、9価は9割程度を防ぐとされている。

「10月の再開」厚労省との緊密な協力関係で出ている

ーーMSDは田村憲久厚労相らに、「積極的勧奨再開が延びてワクチンを廃棄するようなことがあれば、国際的な批判は免れず、今後のワクチン確保にも悪影響を及ぼす可能性がある」と警告する文書を出されましたね。なぜこのタイミングだったのですか?

この文書は正式に提出したものではないので、この内容の質問については答えを差し控えさせていただきます。

ーー9月1日に発表した「HPV ワクチンの積極的な接種勧奨再開に関する厚生労働大臣の発言についてMSD 株式会社のステートメント」に絡めて伺います。今年10 月の積極的な接種勧奨の再開、2022年4月より前のキャッチアップ接種開始について厚労省との合意を前提とした動きです。この合意はあるのですか?

元々、予防接種法でワクチンの確保は国の責務ですし、我々企業はその供給に協力する責務があるということで、緊密に協力し、話し合いをするのは普通のことです。

今回につきましても、国との信頼関係の中で対話をして、我々としては10月の再開のために準備をしてきたというところです。緊密な協力をしてきたということです。

ーー10月という具体的な数字が警告の文書にもステートメントにも書かれているのは、厚労省との緊密な協力の中でその数字が出ているということで間違いないわけですね。

そういったコミュニケーションは協力関係の中でしております。

ーーキャッチアップ接種(※)の開始については、2022年4月より前にという表現ですが。

※接種のチャンスを逃した人に再チャンスを与えて公費で接種させる制度。

我々はキャッチアップを含めて積極的勧奨のために必要な量のワクチンを準備してきております。

ーー積極的勧奨再開に向けたワクチンは既に準備済みということでよろしいのでしょうか?

各国の配分は必要なタイミングで決定し、日本向けはだいぶん前の段階で決めることです。我々としては必要な量を確保して準備を進めてきたところです。

ーーもし積極的勧奨再開になると、今までの分量ではない量を確保する必要があると推測します。8年間積極的勧奨が差し控えられていた間の量ではない多めの量を確保していると考えていいですか?前年比でどれぐらいでしょうか?

確保している具体量については公表していません。

我々としては積極的勧奨の再開をした後に見込まれる接種率の伸び、積極的勧奨を控えていた間に接種を逃した方のキャッチアップ接種の必要量、公衆衛生学的観点からの必要性も考えて、欠品が起こることのないように十分日本向けに確保しています。

3時間に1人が亡くなる現状で「事実上の先送りは遺憾」

ーー8月終わりのタイミングで積極的勧奨再開が延びれば廃棄処分になる可能性があるという今までにない情報が急に出てきました。なぜこのタイミングでこういう話が出てきたのでしょうか?

我々10月の再開に向けて準備を進めておりますので。

ーーそろそろ厚労省の副反応検討部会で議論を始めないと10月には間に合わないというスケジュール感があったのか、他の要素があったのか。

我々から申し上げられる「こういうことだから」という理由はないです。

ーー田村大臣が8月31日の記者会見で話した言葉は、MSDにとっては想定外だったと考えていいですか?

想定しているわけではないのですが、我々としてはまず積極的勧奨再開の方向性を明確に表明されたことは一歩前進したと受け止めています。

一方で、タイミングが何も言及されていないことについては事実上の先送りとも取られる状況になっているのは遺憾に思います。

ーー本来、期待していた言葉ではなかった。

期待というか、弊社の願いとしては1日も早い積極的勧奨の再開をずっと8年間願ってきているわけです。エビデンスも蓄積していることもあります。

我々としては1日も早く、毎日3時間に1人(子宮頸がんで)亡くなっているこの状況で、なんとか有効なワクチンを女の子に届けたいという気持ちがあります。

それが事実上の先送りと取れる発言だったことについては、ステートメントにもあるように遺憾です。

ーー厚労省との緊密な協力関係からすると、10月には再開されるはずだというスケジュールで動いていたのに、はしごを外されたような感じですか?

「遺憾」以上には申し上げられないです。

ーーそのスケジュールで企業として動いていたのに、なぜ大臣の発言は違うのだと思われませんでしたか?

事実関係としてタイミングを言及されなかったことは先送りとも取れるので、それだと我々は準備もできません。きちんとしたスケジュールが示されること、具体的な計画を示していただくことが供給する企業としては望むことですので、そういう意味で遺憾に思います。

ーー大臣は会見で「10月は物理的に難しい」とまで言っています。どう受け止めましたか?

我々はそのために十分準備をしていますので、できるだけ10月から再開していただければいいのですが、とにかく速やかに再開していただきたいと強く要望いたします。

ーー発言を撤回してもらって、改めて10月に再開を希望しているということですか?

撤回してほしいとまでは申しませんが、1日も早い再開を願っています。

「日本向けのワクチン、困難な交渉の結果、確保」

ーーMSDの作っている4価ワクチンのガーダシル、9価ワクチンのシルガード9は、世界の需要に対してはどの程度不足しているのでしょうか?

数字は申し上げられないけれども、4価にしろ、9価にしろ、世界的な需要と供給のバランスという意味では供給が逼迫している状態です。その中で日本を優先して今回確保しなければいけないということです。

ーー日本を優先して確保したのは、積極的勧奨が再開されることを見越して、かなり無理をしたということですか?

そうです。今までも供給を確保するためには、積極的勧奨の差し控えがされていても、定期接種のワクチンを供給する義務があります。

先ほども確保するのは国の責務、それに協力するのはワクチン製造業者の責務と申し上げました。それを果たすために、グローバル本社に対して「日本に持ってこなければならない」と言い続けて、やってきたわけです。

積極的勧奨の再開に向けた準備でも同じです。需要の方が供給を上回る中で、日本向けの十分な量は、グローバル本社と困難な交渉の結果、確保したものです。

ーーこの8年も同様だったのですね。

今回は特に。

ーー積極的勧奨が差し控えられてきた8年間、HPVワクチンの販売に関しては日本はとても不利な状況でした。それをつなぎとめるための努力はどのようにしてきたのですか?

やはりうちたい方がおられるわけです。定期接種では、勧奨していなくてもうちたい方はうてる状態ですので、それについて滞りがないように必要性を訴えて確保してきました。

ーー特に今回は積極的勧奨の再開だから、ということでグローバル本社を説得したわけですね。

そうですね。弊社全体では各国への配分をするにあたって、日本で円滑に積極的勧奨が実現するように、日本での必要性を説得し、信頼してもらって確保したということです。

ーー社内でも供給している海外諸国でも、日本がHPVワクチンをこのように取り扱っていることについてはどのような目で見られているのでしょうか?なぜ世界中のみんなが欲しがるものを欲しがらないのかと不思議に思われているのではないでしょうか。

そうなんじゃないかなと思います。世界的には安全性、有効性のエビデンスがあるワクチンで、WHOも「制圧可能ながん」と言っていることを踏まえて、一般的にそう思われているのではないかと考えています。国際社会では既に認知されたワクチンです。

廃棄したら? 他国で失われた命や健康は回復できない

ーー大臣は新型コロナの対応を理由に審議会が開かれるのはまだ先だと言っています。この理由についてどう受け止めましたか?確かに新型コロナがこれほど長引いて、大規模な影響を与えるとは、誰も予測できなかったことです。コロナを理由に再開のための議論も先送りされることをどう思いますか?

1日も早く国民の皆様が安心して接種できるように、という観点から言うと、私は1人の女性として、医者として、悲しいことだと思っています。

ーーもし再開が遅れたら、ワクチンを廃棄する可能性もあると厚労省に対して告げています。世界中で需要が高まっている時に、日本向けに確保して、大量に廃棄することになると、世界から批判されると書いていますが、どのようなことが起きると考えられますか?

廃棄されたワクチンで救うことのできた命が他国で失われるわけです。他国で失われた命や女性の健康は回復できないと思っています。

ーーワクチンを提供する企業としては避けたいことですね。

もちろんそうですね。

ーーもし廃棄したら日本に対する世界の目はどのように向けられると思いますか?

懸念はあります。我々の供給に関してというよりも、日本という国が大切なワクチンの扱いに関して(廃棄につながることをするのは)、まさに今注目が高まる中であってはならないことだと思っています。

ーー4価ワクチンを無駄にしたら9価も手に入りにくくなる可能性はありますか?

そうですね。9価についても世界的に供給が需要に追いついていません。今、とりあえず9価が定期接種に入っている国に供給するだけでも大変な状況です。

その中で今、製造体制を拡大するなどの対応を取らなければ、全世界には行き渡らせることができません。

その時に各国の配分を決めるにあたっては、定期接種である国には供給していかなければいけませんし、新たに定期接種にする国(※)についてはその国の環境を鑑みて全体の配分を決めなければいけません。

※日本も9価ワクチンを定期接種化するか議論が始まっている。

直接的に9価がどういう配分になるかは言えませんが、グローバルとしては供給が需要に追いついていない状況である、厳しい状況であるということで、製造施設の拡大に今後投資をしていかなければならない状況です。

ーーMSDの警告文書について質問すると、大臣は「契約をしているわけではない」「新たなワクチンを確保する」ということを言っていました。9価ワクチンのことを指しているとしても、どちらもMSDのワクチンです。どう受け止めましたか?

その大臣の発言については申し上げられることはないのですが、そういう意味なのですかね。どういう意味かわかりません。

科学的なエビデンスを伝えて、知識をもとに判断できるように

ーーHPVワクチンに対する日本の取り扱いは世界でもかなり特殊で異常な事態が続いてきたと思います。これに対して、メディアや国、自治体に望むことは何かありますか?

我々MSDとしてはHPVワクチンを提供し、お届けすることで女性を子宮頸がんから守りたいという思いでいます。

HPVワクチンのこと、有効性のこと、安全性のこと、子宮頸がんという病気について、自治体も国民の皆様も正しい知識を持って、インフォームドチョイス(十分に情報を得た上での選択)と言いますか、きちんと接種について判断できるようになればいいなと思っております。

メディアに変わってもらいたいというか、(最近は)かなりきちんと報道するという姿勢でおられると思います。科学的にいろんなエビデンスが蓄積されていると思いますので、それをまずはしっかりと伝えていただいて、受け取る側の女性、ご家族のみなさまが関心を持っていただきたい。

知らなかったことで後で悔しい思いをするのではなくて、知ることから自分で判断して接種するという行動に移っていただきたいなと思っています。

副反応への不安へも配慮を

ーー間もなく積極的勧奨が再開されるとして、副反応への不安が心配です。8年前の騒動の記憶がある人にもこの不安はつきまとっていますし、訴訟も続行中です。このワクチンに不安を抱えている方へのメッセージをお願いします。

岩永さんも、それぞれの立場でその時苦しんでいる人はケアされるべきであるとおっしゃっていましたね。

私も同じ考え方です。「因果関係は別として」ともきちんとおっしゃっていただいていましたが、やはり「副反応(※)」というより「有害事象(※)」ですね。

※副反応はワクチンが原因で起きる体調の変化で、有害事象は因果関係は関係なく接種後に起きたあらゆる望ましくない出来事。

そういう方が次にどこに受診したらいいか迷わないように、接種医が接種の時にきちんと話す。何かあって戻ってきた時にも、地域の「痛みセンター」などに紹介され、適切に対応される体制づくりが本当に大切だと、個人として思っています。

そういう体制を作っていくことが重要です。我々はワクチンを供給している会社なので、まずしっかりとこのワクチンの有効性、安全性について接種医に(情報を)提供するのが大事です。

まずその地域の保健、予防も含めた公衆衛生の体制として、有害事象が疑われる方のサポートや受診の体制を今一度強化する必要があるなと私は思っています。

ワクチン提供企業の立場で言うことではないかもしれませんが、HPVワクチン全体を考えた時に、有効性、安全性については世界で評価が定まったワクチンですから、あとはそれを接種したいと思った方が安心して受けられる体制が重要だと思います。

【橘薫子 (たちばな・かおるこ)】MSD株式会社執行役員 医薬政策部門統括・医師

臨床医、厚生労働省、WHO本部などを経て、2020年、MSD株式会社医薬政策部門ワクチン政策部長。2021年1月より現職。

Contact Naoko Iwanaga at naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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