• hpvjp badge
  • medicaljp badge

風向きが変わってきたHPVワクチン 国、医療者、メディアはどう動くべきか?

日本では実質中止状態が7年以上も続くHPVワクチン。しかし、日本でも少しずつ風向きが変わってきました。国、医療者、メディアはどう動くべきか、横浜市大教授の宮城悦子さんにお話を伺いました。

子宮頸がんや中咽頭がん、肛門がんなど様々ながんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を予防するHPVワクチン。

日本では2013年4月から小学校6年生〜高校1年生の女子は無料でうてる定期接種となっているが、接種率が1%未満と実質中止状態となって久しい。

ところが今年は浸潤がんを減らす効果がスウェーデンの大規模な研究で示され、日本でも効果の高い9価ワクチンの承認や4価ワクチンの男性への適応拡大などが進み、定期接種対象者や保護者への個別のお知らせが始まるなど風向きが変わってきた。

ワクチンで防げるがんを防ぐために私たちはどうしたらいいのか。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

「国は積極的勧奨を早く再開すべきだ」と訴える宮城悦子さん

横浜市立大学産婦人科主任教授で、日本産科婦人科学会特任理事(子宮頸がん検診・HPVワクチン促進担当)の宮城悦子さんにお話を伺った。

インパクトの大きい浸潤がんを減らすというスウェーデン研究

ーー今年はHPVワクチンについて色々動きがありました。スウェーデンから浸潤子宮頸がんの減少に効果があったという大規模な研究報告が示されたことは大きな出来事でした。このワクチンの主目的が現実世界でも証明されてきたことになりますね。

インパクトは絶大です。

宮城悦子さん提供 / Via kanagawacc.jp

スウェーデンの10〜30歳の女性167万2983人を解析した結果、対象年齢全体では浸潤子宮頸がんを63%減らし、16歳未満で接種した場合は88 %も減らしたことが示された

以前にも、フィンランドからHPV関連の浸潤がんが減っているという報告(Letter to the editor)もありました。規模が小さく、子宮頸がん以外のがんも含まれていたためインパクトが弱く、あまりメディアには取り上げられませんでした。

しかし、今回は権威ある医学誌「The New England Journal of Medicine」に大規模な疫学調査データが掲載され、理想的な接種年齢より高い17歳から30歳までにうった人でもがんを半減させる効果が示されています。

そして16歳までにうてば88%がんが減る。これはすごいデータです。世界各国で粛々とHPVワクチンの公費による接種をうまく進めている国はみな「よし!」と施策に自信を深めたことと思います。

2013年に国会でHPVワクチンの副反応問題が論じられた時に、「本物の子宮頸がんを減らしたという実績はあるんでしょうか?」と質問されて、厚生労働省は「最終的に子宮頸がんを減らしたというエビデンスについてはございません」と答えました。

その時に、「今は(エビデンスは)ないけれども、10年後には出ます」と言ってくれたら良かったなと思ったことをこの論文を読んで思い出しました。でも、その効果を裏付けるエビデンスが10年かからずに出ました。

ーーウイルスに感染してから子宮頸がんになるまでは時間がかかりますから、すぐにワクチンの効果を示すデータは出ないと誰もがわかっていましたね。

私たちから見れば、「科学的に考えればこのデータが有益性の決定的証明である」というインパクトがあったと思います。

ーー医療者の一部は、「これは一つのデータに過ぎない」とこの研究を評価することに慎重です。

動かしようのない罹患率・死亡率の減少が、これに付随して数年のうちに世界各国から出てくる可能性が高いと思います。

日本でも接種率の高い世代は同じことが起こると予想できます。

HPVワクチンをうっていない世代ではうった世代と比べ子宮頸がんにかかる率が高いというデータがこのままだと出てしまいます。それまで何もしないで待って、その間にたくさんの人が亡くなってもいいのですか?という議論になるのだと思います。

宮城悦子さん提供

日本では子宮頸がんによる死亡者が50歳未満の若年者で増えている。子育て世代とかぶることから「マザーキラー」と呼ばれている

ーーこの研究はHPVワクチンの効果を示すには十分な材料だと受け止めていらっしゃるのですね。

そうです。産婦人科医だけではなく、公衆衛生に関わる研究者や行政にとっても同じだと思います。

進むワクチンの承認 日本は世界標準に追いつくか?

ーーワクチンについても、厚労省が前向きになってきていて、これまで承認されていた2価、4価ワクチンより効果の高い9価ワクチンを承認しました。また、男性への適応拡大も審議会で了承され、今月中にも正式承認される可能性があります。日本は世界の標準にようやく追いついてきたと考えていいのでしょうか?

追いつき始めたというのは、やはり接種率が1%よりも少なかったのが、10%、20%、50%と上がってから初めて言えるのかなと思います。

まだ再スタートがやっと切れた段階です。コロナワクチンとは比べものにならないぐらい、安全性や効果の科学的根拠はあるわけですから、国には、副反応疑いとして報告された機能性身体症状への対応にも一定のコンセンサスが得られているので、積極的勧奨の差し控え(※)をそろそろやめましょうと宣言していただきたい。

宮城悦子さん提供

世界各国のHPVワクチン接種率。日本は断トツで低く、1%未満

※HPVワクチンは2013年4月から小学校6年〜高校1年の女子は公費でうてる定期接種となったが、接種後に体調不良を訴える声が相次ぎ、同年6月に積極的に勧めることを差し控えるよう厚労省から自治体に通知が出された。その結果、対象者にお知らせが届けられなくなり、接種率は70%台から1%未満に激減した。

そうすれば、国民のワクチンへの関心や理解は新型コロナで深まっているので、HPVワクチンの信頼も回復するのではないかなと思います。

また、信頼回復のためには、「副反応」を訴える患者さんへの対応も重要です。ワクチンとの因果関係は不明で、体調不良の原因が検査などでは見つからない「機能性身体症状」が出たとしても、適切な対応がなされ、「これだけ回復した」と公表できることが大事だと思います。

2014年に接種後の症状に対応する協力医療機関を47都道府県に設置していますが、その時に診られると手を挙げた先生たちが全員対応できているかわからないので、厚労省ももう一度、きちんと整備する方向性になるのではと関係者は考えています。

苦痛を訴えるご本人の症状、考え方や行動パターンを把握し、多職種連携でバランスを整えていく「認知行動療法」をなるべく早く、正しく行うことがどれほど重要かが、当時はなかなか理解されていませんでした。

ーーただ、協力医療機関の一覧を見ると、HPVワクチンの薬害を主張している医療機関も並んでいます。治療内容もバラバラで、そういう意味では対応が一貫していないという問題も感じます。

そうですね。ある大学で高額な独自の治療が行われたり、適応外のアルツハイマーの薬を少女に投与していたり、治療方針が適切であったのか疑問のケースもあります。

ただ、そういう先生は今後、激減すると思います。

積極的勧奨を再開して、メディアも取り上げるようにして

ーー2013年6月に厚労省が積極的勧奨を差し控えてから、自治体から対象者にお知らせが行かなくなり、このワクチンの存在さえ知らないという人も増えています。厚労省がようやく今年10月、対象者へお知らせするよう自治体に通知しましたが、まだ一部に留まります。先生も若い女性にどう伝えるかという研究をなさってきましたが、どういう風に伝えることが望ましいと考えますか?

宮城悦子さん提供

厚労省はHPVワクチンの啓発リーフレットをわかりやすく改訂し、今年10月には、対象者と保護者に個別にお知らせを送るよう自治体に通知した

何も知らない世代が増えてしまったので、まずはこういうワクチンがある、というところから伝えなくてはなりません。実はあなたは無料接種の対象者なんですよ、というところから始めないといけないのですね。

そのためにはメディアの力がとても大きい。今はコロナ報道ばかりで、HPVワクチンもこんなに新しい動きがあるのに、どこも取り上げてくれていません。

実は子宮頸がんを防ぐこういうワクチンがあるということ、自分は無料でうてるのだということに気づいてもらうところからだと思います。

厚労省が自治体に出した通知に対して、今年度中が最後の無料接種のチャンスとなる高校1年生にしかお知らせを送っていない自治体が多いのではないかというのが懸念材料です。

ーー確かに、11月中に1回目をうたないと、来年3月までに3回全てを無料では接種できなくなるので、まずは高校1年生だけ送った自治体が多い印象です。小学校6年生から高校1年まで全ての対象者に早く知らせるべきだということですね。

そうです。

厚生労働省では正林督章さんが、(予防接種を担当する)健康局長になられました。正林さんは医師であり、国際的な感染性疾患対策の状況も熟知されており、ワクチンの重要性をよくわかっています。よくわかった上で、機能性身体症状対策も含めて、動いているはずです。

参考:HPVワクチン 厚労省はいつ積極的勧奨を再開するのですか?

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

現在、正林督章さんが予防接種を管轄する健康局長となった

ただ、積極的勧奨の差し控えをとにかく終えて、国が勧める定期接種ですからみなさんうってくださいと言えるようにならなければいけません。

そうなったら、国とアカデミアと現場の行政担当者、メディアが、(反対運動で接種率が激減したが国をあげた接種率回復のためのキャンペーンをした)アイルランドのように、SNSやテレビなど色々な方法で啓発するようになることが重要だと思います。メディアの役割は重大です。

ーー積極的勧奨の再開はメディアがHPVワクチンを取り上げ始めるきっかけになると思いますか?

思います。あとは日本人の性格ですが、他の国に比べたら厚労省に言われたことは信じてきちんとやる国民性なので、それだけに厚労省もきちんと判断し、有効な情報発信をしていただきたいです。

ーーアカデミアは今後、何をするのでしょうか? 日本産科婦人科学会はこれまでも何度も積極的勧奨の再開を訴える声明を出してきましたね。

来年2月に、メディアセミナーをやる予定です。いくら声明をホームページに貼り付けても、あまり効果がなかったことはもうわかっています。厚労省と日本産科婦人科学会やその他の関連団体が同じ方向を向いて、同じメッセージを出すというところまで行きつきたいです。

ーー2月には厚労省も積極的勧奨再開に向けて足並みを揃えてもらいたいということですか?

その時までに、厚労省の副反応検討部会(積極的勧奨の差し控えや再開を議論する検討会)も正常に戻しましょうとなっていたら嬉しいです。そうなれば、セミナーの話題は「じゃあどうやって接種率を上げて行きましょうか」ということになります。

ただ、残念ながら2月もまだ今の状態だったら、「科学的な情報を国民にしっかりと伝えて下さい」という議論になると思います。

当事者にどう伝えるか? 

ーー先生も横浜で女子大学生と手を組んで、この世代にどうHPVワクチンを伝えるかという活動をなさっていましたね。最近、医療者有志の会「HPV Vaccine for Me」も接種のチャンスを逃した大学生と組んで、その人たちにも再チャンス(キャッチアップ接種)を与えるよう訴える活動を始めています。

「私たちを見殺しにしないで」 HPVワクチンをうつチャンスを逃した大学生が訴える2つの困りごと

「対象年齢を過ぎても、HPVワクチンを無料でうてるようにして」 医療関係者有志が署名活動をスタート

HPVワクチン議連で産婦人科医 「接種を逃した若者に再チャンスを」

高橋幸子先生たちが行なっている活動ですね。これはすごく大事な活動です。2月のメディアセミナーにもご登壇いただきます。

他にHPVワクチン接種後に原因不明の体調不良を起こしている「機能性身体症状」のお子さんを数多く診察している先生にもご登壇いただきます。HPVワクチンをうたなくても、まったく同じ症状のお子さんたちがいることにびっくりされると思います。

ーー個別のお知らせが行かなくなって自分が対象者であることも知らずにうち逃した女子へのキャッチアップ接種は、子宮頸がんを減らす意味でも大事な政策になるのですね。

HPV Vaccine for Me

「HPV Vaccine for Me」署名サイトのトップページ

学会も要望も出しています。HPV Vaccine for Me署名活動をして厚労省に出す予定だそうですね。

女子大生が、「私たちはこんなワクチンの存在を知らなかった。今からでも無料接種させてください」と声をあげるのは大きいと思います。

医療従事者ではない人の声はとても重要なのですが、子宮頸がんに限っては患者会の人たちが活動することで誹謗中傷に遭うリスクも高いです。大変理不尽に攻撃されるようです。

自分が子宮頸がんサバイバーだと伝えるだけで心無いことを言われるそうです。「自業自得」と言われた人までいます。そういうことで、なかなか患者会の声が上がらないということは厚労省にも伝えています。

宮城悦子さん提供

一度でも性交渉の経験がある全ての女子はHPVに感染した可能性があり、子宮頸がんのリスクが生まれる。ほとんどの場合は感染しても免疫で排除されるが、一部は持続的に感染し、細胞が壊れる前がん病変を経て、浸潤がんに進行する

ーー性的な活動が活発な人が感染してかかるという誤解が広がっていますね。性交渉の経験のある8割が感染するありふれたウイルスで、初めての、1回だけのセックスでも、相手がウイルスを持っていたら感染する可能性があるのに。

そうなんですね。そういう意味で、ご自身が子宮頸がんになったことを公表しながら、議員連盟を作り、このテーマで積極的に活動している三原じゅん子さんはすごい方だなと思います。この病気についてみんなが知らない、という状況から変えていかなければいけません。

メディアへの注文は?

ーー正確な知識を伝えるという意味で、メディアの責任は大きいと思います。メディアへの注文はありますか?

メディアの人たちとお話をすると、(HPVワクチンによる「被害」をセンセーショナルに報じ、その後どうなったかの報告もないので、積極的勧奨が差し控えられた)2013年の自分たちの報道内容や印象をみんなトラウマとして引きずっているように感じます。

スウェーデンから画期的な研究が出たからといって、すぐに方向性を変えるのを悩むメディア関係者も多いようです。

上司のところに企画を持っていくと、「これはまだ今はやめておいたほうがいいんじゃない?」と言われて、差し戻される。そんなことを、今の状況がおかしいと思っている多くのメディア関係者は経験しているようです。

宮城悦子さん提供

WHOが発表した子宮頸がん排除のための世界戦略。2030年までに、15歳までの少女が90%以上HPVワクチンを接種することが目標として掲げられている

だからその上司の人から理解していただいて、客観的な情報を伝えてほしい。今年、WHOは子宮頸がん排除のための世界戦略を発表しました。15歳までに90%が接種することを掲げています。こうしたこともほとんど報道されていません。

少しずつでもいいからメディアも態度を変えていっていただくことを切望しています。

もし、新型コロナのワクチンが有効だったとしても、数人が何か症状を起こしたということがセンセーショナルに報じられて、みんなの接種が止まってしまえば本末転倒です。HPVワクチンと同じことが起きてしまいます。

やはり情報を国民に届けるプロとして報道してほしいと思います。

ーー当初、危険かもしれないと注意喚起したとしても、その後新しい知見が積み上がってきているのに、それを伝えないのが問題ですね。

そうです。新しい情報が伝わっていない。

アメリカの大学生との討論の際に、一人の学生が言っていたことですが「テレビやインターネットで流れたりする情報の多くは、はなから信じないで、自分で調べて納得するようにしている」ということでした。

HPVワクチンについても、テレビや新聞の報道を丸呑みにしないで、自分で調べて、海外の情報も見て、「ああそうなんだ。うったほうがいいんだな」という結論に自然に導かれるものではないかとアメリカの大学生には言われました。

ーー情報の受け手も情報を選び取る力があるといいですよね。また、予防接種をする現場の医療者の方や保健所の方も「まだ厚労省は積極的には勧めていないから」と、問い合わせてきた人を止めてしまうことがあるようです。医療者にもきちんとした情報が行き渡っていないことについてはどう思われますか?

そうですね。接種から1週間以上経って、腕の腫れは収まったのに身体中が痛いとか、学校に行けないということになれば、即、協力医療機関に連絡して、かかれるようにすれば早い回復につながる方もいます。そういうバックアップ体制を確立することが必要だと思います。

迷っている女子、親御さんに

ーー最後に、このワクチン受けるのどうしようかなと迷っている女子や親御さんにメッセージをお願いします。

客観的、科学的な情報や先進国の動きをなるべくわかりやすく皆さんに伝えて、当事者や保護者の方が「このワクチンについて全く知らなかった」ということがないようにしたいと思っています。

その上で、家族で議論をして、その結果として、「やっぱりこのワクチンはうたないで、20歳になったら子宮頸がん検診をきちんと受けよう」という結論を出されるならそれはそれでいいと思います。

副反応についても、かかりつけ医とのコミュニケーションが重要です。

でもお嬢さんの気持ちを無視して、保護者がうたないことを決めることはないようにしてほしい。

安全性や有効性の研究は世界中で蓄積されています。世界中の女子はどんどんうっていて、男子の接種も進んでいるワクチンです。そのことを知ってほしいです。

※宮城さんの研究グループがHPVワクチンの最新情報を伝えるためのサイト「YOKOHAMA HPV PROJECT」でも詳しい情報を得ることができる。

宮城悦子さん提供

YOKOHAMA HPV PROJECTでも詳しい情報が得られる

Contact Naoko Iwanaga at naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here