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「命を守るのに躊躇はいらない」 子宮頸がんを経験した政治家がワクチン再開を訴える理由

「これ以上、何を検証するのか」

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。厚生労働省が積極的に勧めるのを“一時中止”してから4年半が経った。

このワクチンを誰もが受けられるようにすることを目指して女優から政治家に転身し、公費で受けられる定期接種化を推し進めた政治家の一人が自民党の参議院議員、三原じゅん子氏だ。

自身も子宮頸がんで子宮を全摘した経験から、「同じ辛さを後に続く女性たちに味わわせたくない」と活動してきた。

三原氏は子宮頸がんやワクチンとどう向き合ってきたのか。そして、定期接種でありながら、「国は積極的には勧めない」というねじれた現状をどう考えているのか。BuzzFeed Japan Medicalは単独インタビューをした。

流産を2回経験した後の子宮頸がんという告知

三原氏が子宮頸がんと診断されたのは2008年、44歳の時のこと。人間ドックで引っかかり、子宮頸がんの中でも特に転移、進行しやすい種類の「腺がん」であることがわかった。

過去2回流産したことがあり、いつか母親になりたいという夢を人一倍強く抱き続けていた。子宮全摘をすることになったが、わずかでも「子供を授かる可能性を残したい」と、再発のリスクが高まる卵巣を残す決断をした。

「入院中、隣の病室からは赤ちゃんの泣き声が聞こえるし、退院してからは街中で小さな子供を見かける度に傷ついていく自分がいました。当時は独身だったのですが、女性として中途半端な人間になったのかなというネガティブな発想が常に頭の中にありました」

当初は子宮頸がんになったことは伏せていた。

「女性にとって子宮という臓器は特別なものでしたし、10年前はまだ著名人ががんになったことを公表することは稀でした。医師の説明にしても、ネットでの検索にしてもネガティブな情報がほとんどで、がんというものへの認識が不十分だったことがあると思います」

原因となるHPVが性感染でうつることから、子宮頸がんへの特殊な「偏見」があることも、公表を躊躇させた。実際には、相手がHPVに感染していれば、たった一人としか性交したことがなくても感染し、発症する可能性はある。

「後に患者さんからメールをいただいたことがあります。『私は地方に住む子宮頸がん患者ですが、ご近所や家族にバレてしまったら家を追い出されて、離婚されてしまう。男性との経験が多かったからじゃないかと思われてしまうのが怖くて、病院にも行けないし治療も受けられないで命を縮めている』という内容でした」

「そんな苦しみが付きまとう人もいるとたくさんご相談を受けて、間違った情報をどうやったら正せるのかということも考えました」

そして、現在に至るまで再発への恐怖はずっと心の奥底に棲みついている。

「取ってしまえばそれで終わりではなく、転移・再発に常におびえて暮らしてきました。ずっとずっとです。何か体調の変化があったら、すぐにそれ(再発)と結びつけてしまう。私は腺がんで卵巣も残したので、その後も万が一の時に仕事で迷惑をかけちゃいけないと思って、なるべくレギュラーの仕事は入れないなど、仕事の仕方もすっかり変わりました」

手術翌年にHPVワクチン承認 「みんなに受けてもらいたい」と政治の世界へ

がんの患者仲間と子宮頸がんの撲滅運動に関わるようになっていた手術翌年の2009年10月、日本で初めてHPVワクチンの一つ「サーバリックス」が承認された。ワクチンの承認を目指して運動を続けてきた仲間たちは、今度はワクチン接種の推進に力を入れ始めた。

ところが、子宮頸がんについてもあまり知られていなければ、3回の接種で5万円近くかかる高額な費用負担がネックになって、広がりは鈍かった。政治家への陳情を続ける仲間たちから「三原さんが議員になってよ」と声をかけられることが増え、初めて新しい道に進むことを考え始めたという。

「初めてがんが防げるワクチンができたわけですから、守れる命は守るべきだと誰もが普通に抱く感情を強く感じましたよね。私はサバイバーの一人ですから、みんな打ってもらいたいという気持ちは当然大きく、強く芽生えていました」

「しかし、非常に高額で、裕福な方はいいけれども打ちたくても経済的に打てない人がいる。経済的なことで健康に差が出るなんて非常におかしなことではないかと義憤が湧きました。みんな受けられるようにしたいという強い気持ちが、政治の道へ私の背中を押したのだと思います」

当時は野党だった自民党から立候補し、選挙戦ではHPVワクチンの無料化を訴えて当選した。当選後はさらに活動に熱が入った。

「厚生労働部会でHPVワクチンの公費助成について質問をしたり、関連議員にもお願いをして回ったり、HPVワクチンに関するプロジェクトチームにも参加したりしていました。子宮頸がんの予防措置を推進するための議員立法の動きにも関わりました」

「あとは国民の皆さんへの啓発活動が大事だと思っていましたから、講演活動には力を入れ、全国を飛び回りました。特に中学生、高校生のお嬢さんがいる親御さんたちや、医療関係の人向けの講演会や勉強会には力を入れました。自分の子宮頸がんの体験を話しながらです」

定期接種化の実現、直後に一時中止

そうした活動の甲斐もあり、2010年12月には公費助成が生まれ、2013年4月には念願の定期接種化が実現した。

「嬉しかったですね。私はこれで選挙を戦ってきましたから、これで一つクリアした、達成したという思いは強かったです。ここにこぎつけるまでかなり時間がかかりましたから」

ところが、その2ヶ月後には、ワクチンを打った後に痛みやけいれんなどの体調不良を訴える声が相次ぎ、厚労省はこのワクチンを積極的に勧めることを中止した。つまり、対象年齢となった女子に個別にハガキなどでワクチン接種を受けるように促すことをストップしたのだ。

三原氏はこの中止措置に納得がいかなかったという。

「なぜ日本だけ、こういう事態が起きているのだろう、その真相を知りたいという思いでいっぱいでした。あの接種後の痛みがワクチンのせいだと思ったことは一度もありません。(安全性を覆す)データや科学的根拠が示されていないので、そこまでの事態になるワクチンではないと信じていましたから」

「ここでやめていいのかという思いが強くあり、そのせいで守れる命を失うかもしれないという恐怖の方が強かったです」

一方、ワクチンを推進してきた三原氏のもとには、被害を訴える人たちからのクレームが殺到した。

「『推進したんだから責任を取れ』という内容が、メールやファクス、面会、SNSなどでたくさん来ました。それは未だに続いています。私としては、だったらワクチンをしっかりともう一度科学的に検証して、正しい答えを出してほしいという考えしかありません。その検証が出る前に政治家が動くのはお門違いだと思いました。医学で証明することを委員会などでも何度も申し上げました」

「ただし、ワクチン云々とは関係なく、体調が悪くなってしまった人に対しては、手を差し伸べること、寄り添うことの方が大切だと思っていました。ワクチンのせいかどうかはまだわからないから補償できないというのではなく、疑わしきはグレーゾーンでも守って差し上げるべきで、それが大事じゃないですかという指摘は何度もしてきました」

一方、積極的に勧めることを中止した後の、国民への説明は不十分だったと感じていた。

「(ワクチンの成分との因果関係がある)副反応と、(成分とは無関係に打った後に起きた全ての体調不良を指す)有害事象を一緒くたにしてしまったことは問題でした。それを国民に丁寧に説明をしないで、報道だけが“危険なワクチンだ”と先行してしまったことは、何よりも大きなミスだったと思います。国民の不安を煽ってしまったのは大きかった」

長引いた「納得できない状況」

最近では、三原氏はHPVワクチンの問題について発信するのを控えていたように見える。これは、クレームを避けるためだったのだろうか?

「私がこのことにノータッチになったような書き込みをSNSなどで見ることがありますが、とんでもないです。厚労省とのやり取りも、勉強会も医師との話し合いも色々とやってきました。しかし、どれ一つとして納得できる説明はなく、これでは国民も納得できないだろうと思ったので、私から発信はしてこなかったかもしれません」

何に納得できなかったのか。

「定期接種なのに積極的には勧めないとなれば、どの親御さんだって、誰だってどうしていいのかわからない。こういう分かりにくい状況を続けることが理解できませんでした。100歩譲って止めるならほんの一時的なものにしなければならず、すぐに再開しないと長期化する。またワクチンギャップ(海外では無料で受けやすくなっているワクチンが受けづらい状況にあり、特定の病気が予防しにくくなっていること)を日本が作るきっかけになってはならないという思いがありました」

さらに、「被害」を訴える女子たちへの対応も問題があったと指摘する。

「どういう症状で何人いるのか、治ったのかなど色々調べて、報告を受けました。治療も色々あって、それで出た答えが、『※1 機能性身体症状』でしたね。その説明も、たぶん当事者を傷つけてきたのだろうと思いました。また、当時の健康局長が、『※2 子宮頸がんを減らしたという証拠はない』と答弁したのが、がんには効かないと誤解されました」

※1 血液検査や画像検査などどんな検査を受けても、身体症状に見合う細胞や組織の異常が見当たらず、原因が特定できないような心身の反応のこと。

※2 子宮頸がんはがんになる一歩手前の前がん病変を経てがんに進行するが、がんになるまでは時間がかかるため、当時報告されていた研究では、前がん病変までを防ぐ証拠しか示されていなかった。2017年12月、フィンランドからHPVワクチン接種が子宮頸がんも含めたHPV関連の浸潤がんを減らしたことを示す初の報告が出た。

「私はその答弁を聞いて、何を言っているんだと思いました。がんを防ぐ証拠のデータを出す、ということは、ワクチンを打っていない人たちががんになるまで待って比較するということです。倫理的にどうかとも思いますし、そういうことについても丁寧に説明ができていません」

また、米国やオーストラリアでは既に男子に対する接種も始まっているが、女性だけの問題とされていることにも疑問を抱く。

「子宮頸がんの予防だけが言われてきましたが、咽頭がんなどHPVが原因となる色々ながんが防げます。そういうワクチンであるということも、名前をつけるところから丁寧に考え、説明していくべきだったと思います。厚労省の様々なミスの積み重ねが、今の不信感の強さにつながっていると思います」

検証は尽くした これ以上何をするのか

積極的な勧奨をストップしてから4年半、国内でも安全性や有効性の研究が積み上がり、再開を判断するにはこれ以上何が必要なのか疑問の声が強まっている。

「厚労省の副反応検討部会の報告も見てきて、厚労省に対しては、これ以上何があったら再開するのか示せと問いたいですね。もうそこまで来たと思います」

ただ、再開しても、このままでは誰も打たないのではないかとも感じている。

「ワクチンの安全性について心配している人はたくさんいます。未回復の子たちには今どんな症状があるのかきちんと公表した上で、この4年半で色々調べて来たけれども検証は尽くした。だから再開するということが自然な判断だと思います」

「薬害」を訴えている人たちが国や製薬会社に対して集団訴訟を起こすなど、HPVワクチンの問題は社会問題化した。科学的な検証や判断とは別に、政治決着が必要なのではないかという声も上がっている。

「定期接種化する時にも自民党内に反対の声がありましたし、一般にもまだ納得できていない人が多いと思います。そういう人たちにご理解いただくためにどう説明するか厚労省も政治家も考えないといけない。そういう意味で、回復した方たちの意見や経験をみなさんに広めていくことも大事だと思いますし、何より治っていない人がいるならばその人たちを回復させるのが先決です。やるべきことはいっぱいあると思います」

再開は待ったなし 声を発していく

「ただ、子宮頸がんになる人は年間1万人いて、そのうちの3000人が毎年亡くなっている。それを考えたら、再開は待ったなし、治療も待ったなしです。それを考えて、政治家も厚労省も色々と判断しないといけない。人の命や健康を守るのが、厚労省や政治家の仕事なのですから」

そしてこう言い切った。

「ここまで厚労省が検証してきたことを全部並べたら、もうここが限界でしょう。これ以上何を検証するのかと考えれば、私はここがベストな時期だと思います」

「風当たりは強いでしょうね。受動喫煙対策も風当たりは強かったですから。でも人の命を守るのに躊躇なんてない。選挙に落ちるからやらないとか、バッシングが怖いからやらないとか、それを言っていたら何も変わらない。将来、日本だけが子宮頸がんがいる国にしないためにも、一人での発信には限界がありますから、一人でも多くの仲間や理解者を増やしたい。私はもう、声を発していかなければならないと思います」