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「あの騒動も、このワクチンの存在も忘れられている」 東京小児科医会、東京産婦人科医会がHPVワクチンリーフレット作成

HPVワクチンの対象者に個別にお知らせが届かなくなって7年。今ではこのワクチンがあることも忘れられている現状に危機感を抱いた東京小児科医会と東京産婦人科医会が合同で、「伝わる」リーフレットを作りました。

思春期のあなたに”大切なワクチン”があります。それが「HPVワクチン」です。

表紙にそう書かれたHPVワクチンのリーフレットを東京小児科医会と東京産婦人科医会が合同で作成し、ウェブサイトでダウンロードできるようにしている。

毎年世界で新たに報告されるがん患者数は約1400万人で、その15%はウイルスや細菌などの「発がん性感染症」で引き起こされ、予防できるものもある。

だが、子宮頸がんはHPVワクチンという防げる手段があって無料で受けられるのに、日本ではほとんど接種されていない。

作成に当たった東京小児科医会理事で、萩原医院副院長の萩原温久さんはこう願う。

「今、対象年齢のお子さんや保護者は、このワクチンがあることさえ知らずに接種の機会を逃しています。子宮頸がんは予防できる手段があることを知ってもらい、うつかうたないか選択できるようにしてあげたい」

リーフレットは印刷もして、小児科や産婦人科の待合室などにも置く予定だ。

一時差し控えと言いながら7年も...放置しておけない

HPVワクチンは、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐためにうつワクチンだ。HPVは性的な接触でうつり、性交経験のある人の8割が感染する。性的な行動を始める前にうつと予防効果が高まる。

日本では2013年4月に、小学6年生から高校1年の女子を対象に、公費でうてる定期接種となった。ところが接種後に体調不良を訴える声が相次ぎ、それをメディアがセンセーショナルに報道したこともあり、同年6月、厚労省は積極的勧奨を一時差し控えるよう自治体に通知した。

「積極的勧奨」とは対象者に個別にお知らせを送るなど、積極的に接種を呼びかけることだ。

萩原さんの医院では、定期接種となってから差し控えまでの2ヶ月で約180回接種したが、その後はぱったりなくなった。今では月に1〜2回あるかないかだ。

国内の接種率も70%から1%未満まで激減し、実質、中止状態になっている。

「”一時”差し控えと言いながらもう7年。世代交代が進み、今の親御さんはあの時の差し控えの理由も知りませんが、同時にこのワクチンがあることも忘れられてしまいました。まずは防げるがんを防ぐ方法があることを知らせたかった」

東京小児科医会と東京産婦人科医会は2019年10月に協議会を開き、メールなどでやり取りを重ねた上でリーフレットを完成させ、7月8日ようやく公開にこぎつけた。

「前がん病変」は「がんの芽」に どうすれば対象者に伝わるか

リーフレットは、対象者の女子と保護者にどうしたらこのワクチンの意義が伝わるか、表現にもこだわった。

既に厚労省が作成しているリーフレットには、説明の下に大きな文字で「HPVワクチンは、積極的におすすめすることを一時的にやめています」と大きな文字で書かれている。

「通常、最後に書かれていることに人は反応します。これでは、厚労省は本当は勧めていないのではないかと解釈されても仕方ない。とてもわかりにくいし、かえって不安になるでしょう」

だから自分たちのリーフレットの表紙には「子宮頸がんを予防するワクチン」と書き、最初に子宮頸がんがどういう病気か、性交渉でうつるHPVへの感染が原因であること、20〜30代の若い子育て世代の女性に多い病気であることを伝えたかった。

いつも診ている子どもや保護者には「前がん病変」という言葉がわかりにくい。どうしたら伝わるか考えて、「がんの芽」という表現で説明した。

ワクチンさえうてば全て安心と思われたら誤解になる。「がんの芽」の状態で早期発見する検診とワクチンの両輪で100%近くがんを防げることを伝え、保護者が気になる費用も書き込んだ。対象年齢を過ぎると5万円の自己負担になることを知らない人は多い。

現在1%未満の接種率が上がれば、どんな未来が待っているのか、2007年から他の先進諸国に先駆けて積極的に公的な接種プログラムを進めているオーストラリアと日本の比較も示した。

男子接種も導入し、ワクチンを3回全て完遂した率が80%となったオーストラリアでは、「がんの芽」の発生率が半減している。今世紀半ばには子宮頸がんが根絶される最初の国になりそうだとも見込まれている

「脅かしては逆効果ですから、現実を淡々と伝え、あえて接種を勧める記載は省きました。でも、定期接種の対象年齢でなければ自己負担がかかることは伝えなければなりません。まずワクチンがあることを広く知ってもらい、詳しいことはかかりつけの先生に聞いてくださいとつなげる役割を果たすのがこのリーフレットの大切な役目です」

小児科医はよく診ている「思春期の体調不良」

リーフレットには、積極的勧奨差し控えのきっかけにもなった、注射部位に限らない激しい痛み(筋肉痛、関節痛、皮膚の痛みなど)が、ときには長期間続く可能性にも触れている。

「ただし、このような症状はワクチン接種と関係なく思春期の女の子に見られることが最近の研究で分かっています」 と書き加え、万が一重い症状が出た場合には「適切な診療が可能な医療体制が整っています」と伝えている。

萩原さんは今回、産婦人科医会と作業をしてみて、小児科と産婦人科では診ている診察風景が全く違うことを改めて実感した。

産婦人科ではHPV感染によって起こった前がん病変・がん摘出、最悪の場合は死に繋がる姿を診ているため、それをワクチンによって防ごうという思いが強い。

一方、小児科医は、ワクチンを接種する立場なので、思春期の子どもが抱える体と心の問題や保護者の気持ちも配慮する。

「HPVワクチン接種の対象になる思春期の女子は、体と心の両面で発達が加速される時期なので、それに伴う体調不良をよく経験します。私たちはこの年代の子どもを診る時は、その子の体と心の変化を可能な限り知る努力をします」

小児科でよく経験するのが、小学生の5%、中学生の10%程度に起こる「起立性調節障害(OD)」だ。立ちくらみや朝起きられない、動悸や頭痛などの症状が、特に午前中に強く出やすい。約半数で遺伝が関係し、とくに母親に同じ傾向が見られる。

「ワクチン接種前に起立性調節障害の自覚症状をチェックしておくことは必要だと思います。朝寝起きが悪くないか、立ちくらみが起こりやすいか、保護者、特にお母さんに同様の症状や既往がないかを問診します。症状は午前中に強いので、疑われる場合にはできれば接種は午後に、それも寝た状態で行うことをお勧めします」

もちろんHPVワクチン接種後に万が一、重い症状がでた場合には、まず接種した医師が相談を受けた上で、必要に応じて専門医療機関を紹介する。

また、一般に3歳を過ぎると病気での受診が減るので、母子手帳を見る機会が少なくなる。そこで日本脳炎2期(9歳)と11〜12歳の2種混合(DT:ジフテリア・破傷風)ワクチンのタイミングが、HPVワクチンを説明する機会となる。

「実際、2種混合ワクチンの接種後に『先生、これで受け忘れたワクチンはないですか?』と尋ねる保護者がいます。その時にHPVワクチンがありますよと、とお伝えし接種スケジュールを説明します」

そのようにHPVワクチンの存在を説明する機会を作ってほしいと願う。

うたない選択も尊重「まずは正確に知ってもらうことから」

厚労省が積極的勧奨をなかなか再開しないことには、諦めムードさえ漂っている。

「会員の先生方から、それぞれの地域で丁寧に説明して接種する『草の根運動をするしかないね』という声が聞こえます。皆さん、毎月2~3例でも接種を積み重ねています。とにかく説明して理解を深めていただくことです」

「ただ今のままではHPVワクチンの存在を知らない方が多く、私たちが説明するチャンスがない。そこでリーフレットを作り、ご覧になった方にかかりつけ医で説明を受けていただきたい。私どもはそれを強く願いながら作成しました」

メディアにも、正確な情報を伝えてほしいと思うが、いったんネットにアップされた情報やTV番組で報道された「副反応被害」などが消え去ることはないだろうとも思っている。

一方で、最近の「推進派」の過激な発信にも違和感を覚えている。

「『ワクチンをなぜ受けない』『受けなければダメだ』という言い方には抵抗を感じます。喧嘩する理由がないから、わざわざ対立する必要はありません」

「今度の新型コロナウイルスの流行で皆さん十分わかったはずです。私たちは新しい感染症に対しては、ワクチンや抗ウイルス薬など戦う武器を持たないから『病原体』から逃げることしかできない。でも子宮頸がんは、麻しん・風しんなどと同様にワクチンでウイルスの感染を阻むことができるんです」

そして、不安から接種する人がほとんどいなくなった今、医療者がやるべきことは、ワクチンをうつように誘導することではなく、医学的に正確な情報を伝えることだと感じている。

「くどいようですが、私たちは正確に伝えていくしかない。これは交渉して納得させたり、無理強いするものではありません。とにかく説明です。丁寧に説明して、それでも接種しない場合には、その選択肢も尊重する。まずは『正しく知ってもらい』次に『理解する人を増やす』、最後には『ワクチンを受けるお子さんを一人でも多く増やす』ことです」

「毎年日本では、約1万人が子宮頸がんを発症し、約3000人の女性の命が奪われています。そして命ばかりでなく、妊娠・出産の機会を失うことは、取り返しのつかない問題です。これは個人レベルの問題だけではなく、各自治体や国にとってもかけがえのない次世代の問題であることを強く認識していただきたいですね」

UPDATE

一部表現を修正しました