2022年上半期にBuzzFeed Japan Medicalで反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:1月1日)
生まれた時に脳死に近い状態と宣告された西村帆花さん(14)。
両親やヘルパーがきめ細やかなケアで命を支え、彼女の思いを汲み取りながら生きる毎日には喜びがある。
だが、母親の理佐さん(45)は時折、世間から隔絶されたような孤独感を感じる時がある。

帆花さんと家族の暮らしを追ったドキュメンタリー映画『帆花』(國友勇吾監督)が1月2日から全国で順次公開されるのに合わせ、BuzzFeed Japan Medicalは理佐さんにお話を聞いた。
両親とヘルパー3人で担うケア 制度も担い手も足りない
取材中、帆花さんの介護の様子を見ていると、吸引、排泄の世話、体位交換など、ヘルパーさんが立ったままひっきりなしに手を動かしていることがわかる。

映画の撮影当時は、夜間は夫婦二人だけで帆花さんのケアをしていた。今は両親とヘルパー3人で毎日のケアを担う。
介護時間の支給は徐々に増えていき、今は週40.5時間まで認められるようになった。理佐さんはやっと週3回は寝室で眠れるようになった。
ヘルパーがいない週4日は、昼間、ケアマネジャーとしてフルタイムで働く夫の秀勝さん(45)が午前2時半まで看て、理佐さんが起きてきて交代する。

「本人が寝ていたとしても自分でたんが出せないので、昼間と同じ頻度で吸引しないといけない。夜は静かと言えば静かですが、やらなくてはいけないことはたくさんあるので、夜だから楽になるという感じでもないのです」
「ただ1人でも風邪などで欠けると主に私に負担がかかり、やはりまだ十分な支援ではありません。帆花のケアに特化した熟練の技が必要なので替えが効かないのです。誰かがコロナに感染したらどうなるのか。今も介護体制は綱渡りです」

介護時間数は、役所と話し合いを重ね、少しずつ増えてきた。だが、このような手厚い医療的ケアが必要な子どもが自宅で暮らすための支援制度は薄い。
「施設での医療的ケアにはお金がつくようになったのですが、在宅ではまだ少なく、ヘルパーさんが長時間入れば入るほど1時間あたりの報酬が減る。だから、在宅で子どもの医療的ケアを引き受けてくれる事業所は少なく、担い手もみつかりにくいです」
帆花さんが生まれてから14年間。理佐さんが介護の中心となり、自分の自由な時間はほとんど持たずに生きてきた。
「子育ての部分もあるのですが、ケアする時は、私は母親ではなくケアする人という意識です。私が今担っている分はいつか誰かに渡して引退したい」
「親のためというよりは、あの子のこれからのため。あの子自身がいつまでも親にみてもらうのは嫌でしょうし、私がいなくても生きていけるように、あの子の自立のためにいつかケアを手放さなければいけないと思っています」
関わりを放棄される孤独
「世の中で私と帆花の二人っきりみたいな気分になる時がある」
映画の中で理佐さんはそんな言葉をつぶやく。
「ほとんど眠れずに、すごく疲れていた時でした。買い物に出たい時に自由に出られなかったり、ここに来てくれる人としか接することができず、ベランダから外は別世界のような気持ちになっていました。体調も悪く、私が倒れたらこの子はどうなるんだろうという不安をいつも抱えていました」

帆花さんは愛しく、医療者やヘルパーさんが日々の暮らしを支えてくれている。それなのに、どうしても時折、生きづらさや孤独を感じることがある。
その理由がなんなのか言語化できずにいたが、文筆家、頭木弘樹さんがこの映画に寄せてくれたコメントを見てハッとした。
誰もが考えるのが「もし自分が帆花ちゃんだったら」「もし自分が帆花ちゃんの親だったら」ということだろう。でも、それはとても想像の及ぶことではない。結局、自分はどちらでもないから、一時的に考えるだけで忘れてしまいがちだ。でも、私たちは「帆花ちゃんの周りの人たち」のひとりだ。それは「もし」ではなく、現実だ。映画の中で帆花ちゃんのお母さんが言っていた。「世の中にあたしと帆花の二人っきりみたいな気分になるときがある」と。こういう映画が撮られ、それを見る人たちがいることの大切さを、とても感じた。「多くの人に見てもらいたい」という決まり文句に、本気をこめられたらと願う。(頭木弘樹さんのコメント)
12月18日に都内で開かれた先行上映イベントで、理佐さんは頭木さんの言う「周りの人」の不在が原因だと気づいたと語った。

「『周りの人』とは、違う言い方をすると医療とか介護に関係ない『隣人』。例えば、『うちはこういう子供がいて』と話す機会がありますね。『実はこういう生活をしていて』と話すと、みなさん『よくわからないけど大変ね』と言ってくれる。『でも何もしてあげられなくて...』と言い、最終的には『何もいう資格がないから』と言われてしまう」
「『何かしてください』と言っているわけじゃないのに、フラットに話ができない、ということをいつも感じていたのです。『周りの人』になってもらえない。しかも、帆花も『誰かの周りの人』にさせてもらえない」
「支援者の人たちや関係者たち以外は、帆花との関係を放棄していると感じることがあります。意識的に差別しているとかではなくて、むしろ善意や私たちに対する配慮なのだと思いますが、それが結果的に関わりを放棄しているということになっているのではないか」
理佐さんは映画を見た人から、「あんなにほのちゃんに話しかけるんですね」と感想を言われて驚いた。
「そういう感想を言っていただくと、『話しますよ。子どもだから』と話せるのですが、やっぱり気を遣っていただいているのだと思います。聞いてもらったら『ああそうやってすれ違っていたんだね。でも違うんだよ』とお互いに理解が深まっていくことが実はたくさんあるんじゃないかと思うのです」
「だからまず線引きをしないで、全然資格とかもいらないので、きっかけ、接点を持てればと思います」
私と困りごとのある人との世界は地続きだった
映画の中で、時は帆花さんが生まれる前に遡り、理佐さんと秀勝さんの結婚式の映像が流れる。理佐さんの挨拶の言葉はその後の人生を暗示するかのようだ。
「今まで私は運命というのは自分の力で切り拓いていくものだという風に強気に生きてきたのですが、一生を共にする人に出会うという運命を知って、運命とは私一人の力で手に入れるものじゃないのかもしれないと思いました」
この挨拶の言葉について、理佐さんは今、こう振り返る。
「若かったなと思いますし、恵まれていた。昔から、障害、精神障害の人を理解したくてボランティアをやってみたり、LGBTの勉強会に行ったりしていました。自分の中に偏見があることに気づいていて、偏見のある自分ではいけないのだと思っていたからです」
「『自分の世界』と『その人たちの世界』と自分で線引きしているのに、偏見は持っちゃいけないと思っていた。今思えば偉そうですよね。帆花が生まれ、これまで生きることにつらさも感じずにこられた自分の特権性のようなことに気付かされて、愕然としました」

結婚前は医療事務の仕事をしていて、生活保護を受けている患者の相談にのることはよくあった。仕事として役立とうとは思ってはいたが、自分とは違う世界の人だという意識がどこかにあったと今では気づく。
「まさか自分がこういう子の母親になるということは思っていなかった。けれど、私が知る前から、帆花と同じようなお子さんはいたでしょう。それを知らずに生きてきた」
「だから、最初は『違う世界に飛び込んじゃった』と思いましたが、全然世界は違うわけじゃなかった、地続きだった。無知だったのです。自分がもしかしたら病気になって障害を持つかもしれないと考えたこともなかったし、このご時世ならコロナになって差別されることもあるかもしれない。全て自分に起こり得ることです」

世界の見え方も変わってきた。
「社会は困っている人を助けてくれているものだと思っていたのですが、そのための制度も十分ではないし、何にお金をかけるかは政治も絡んでいます。そんなことも深く考えずに生きていた」
「多様性が大事だと最近よく言われますが、多様性、多様性と強調しながら、みんなが線引きをしていることに気づいていないのではないでしょうか。無意識の差別のようなものが自分の中にあることに気づかずに、大半の人は生きていける社会なのだなと思います」
言葉でコミュニケーションを取れない人を狙って起こされた相模原事件もショックだった。
「ただ私が一番怖かったのは、あの施設に被害者の方々を閉じ込めてしまった世の中の方で、『自分たちとは関係ない障害がある人が殺された』という世間の反応です。善意の隣人が持っている無意識の差別のようなものが明るみに出た事件でした」
「自分も帆花を育てているからといって全ての偏見が消えたわけではありませんし、私がまだ知らない差別を受けながら生きている人について知ることすらできていない。でも大半の人は『自分の中には偏見はない』と思いながら、自分たちの世界とは線引きし、遠ざけている。そういう怖さは増しました」
生きるとは、関係性を育むこと
帆花さんと生きてきた14年間で、理佐さんは「生きる」ということについて、こう考えるようになった。
「『関係性』なのかなと思います。最初は何もできない子なのかなと思ってしまっていた。何をするにもヘルパーさんの力を借りているのを見ていて悲しくなるだろうと思っていたのですが、人に助けてもらいながら生きるのはすごく大変なことだし、立派なことなのだと気づいていきました」

「例えば私が今、怪我をして動けなくなって看護師さんにお世話してもらうことになったら、すごく居心地が悪いし、『それはいやです』となかなか言えないでしょう。だからあの子がちゃんと『いやです、それ』といい、してもらったことに『気持ちが良かった』『ありがとう』という表情をするのは凄いことです」
「『助けてください』と言って、助けてもらったら『ありがとう』と言う。本来、そうやって人間って生きるものなのではないでしょうか。そこで生まれる関係性があって、助けてくれる人が、やがて帆花に愛情を持ってくれたり、この子がもっと頼ったりして、関係性が発展していく。広がっていく」
「関係性の中で育まれていくものがある。まずはそこに命があるということが大事。そして、そこで育まれていく関わりが、生きていくということなのだと思います」
いのちは一人で完結しているわけではない。関わりの中にあるいのちは、帆花さんを育てなければ気づかなかったことだ。
「帆花にかかわることは何をするにも、私の考えでしているというより帆花に動かされているような感じです。今はまだ数が少なくてもきちんと帆花の意思を尊重してくれる人たちに囲まれているのを見ていると、『生きる』ことの最も大切な要素の一つである『出会い』を自分でちゃんと引き寄せ、経験している。『生きている』なあと思います」
帆花さんと3人でいる時と、夫婦二人でいる時は会話も違う。理佐さんが帆花さんに話しかけると、帆花さんの思いを夫の秀勝さんが答えてくれることがある。逆のこともある。夫婦二人のときにはなかった関係性だ。
「帆花がいなかったら出会えなかった素晴らしい人たちがいるし、こんなに助けてもらえるのも帆花のおかげです。私も主人も人付き合いが上手い方じゃないし、二人だったら全然広がらなかった世界をどんどんこの子が広げてくれています」
「出会って、感じたものを掘り下げて」
映画は、帆花さんのような子どもと接したことがない人にこそ見てほしいと思っている。
「とにかく帆花に出会ってもらいたい。いのちや生きるってなんだとか、難しいことを考えなくてもいい。自分も小さい頃、こういうふうに親にしてもらったなとか、親戚で集まったなとか、お花見行ったなとか、そんな思い出を振り返るだけでもいい」
「見てくださった方の心の中にある何かが引っ張り出されるような映画にはなっているかなと思います」

「イエスかノーか、正いか正しくないかをすぐ決めるような世の中ですが、そんな簡単に答えが出ることではありません。帆花の姿を見た時にマイナス感情を持つ方もいると思いますが、なぜそんな感情を抱くのかも掘り下げて考えてほしいです」
理佐さんは帆花さんの母親になれて良かったと思っている。
「あのまま何も知らずに生きていたら、大事なものに気づかないまま人生が終わっていたかもしれない。出かけたり、外で美味しいものを食べたりする楽しみももちろんありますが、それをしなくても楽しい時間が持てて、実りが多い生活がある。そんな大事なことを教わった気がします」
(終わり)