日本で接種率が激減して久しいHPVワクチン(※)。このままの状態を放置していたら1日1日将来の死者が積み上がってしまうーー。
そんな危機感を強く持ち、知事仲間に働きかけて厚労省に積極的勧奨の再開を要望した人がいる。
伊原木隆太・岡山県知事だ。
国が改定したリーフレットよりもはるかに早く、科学的根拠に基づいた独自のリーフレットを作って県内の市町村に配布し、県内の接種率を順調に回復させている。
どんな思いでこの政策を推し進めてきたのか。

BuzzFeed Japan Medicalは伊原木知事に単独インタビューし、HPVワクチン問題にかける思いを聞いた。
※子宮頸がんや肛門がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐワクチン。日本では2013年4月から小学校6年生〜高校1年の女子は無料でうてる定期接種となったが、接種後に訴えられた体調不良をメディアがセンセーショナルに報じたこともあり、同年6月に厚労省は積極的勧奨を差し控える通知を自治体に出した。接種率は70%から1%未満に激減し、現在も回復していない。
積極的勧奨の差し控えが市町村の予防接種事業に「悪影響」
ーー岡山県は前からHPVワクチンについて熱心に取り組んでいますが、知事も含めた中国地方知事会が9月9日に厚生労働省にHPVワクチンの積極的勧奨を再開することなどを求める要望を出しましたね。なぜこのタイミングで出したのですか?

今回、ようやく田村憲久厚労大臣が「積極的勧奨の差し控え」というわけのわからない状態を、ちゃんと元に戻すかもしれない検討をすると表明したわけです。
これまで歴代の厚労大臣が、「一時的」な差し控えを動かせずにいたところ、ようやく再検討すると言いました。
ずっと待っていたわけですから、「そうですか。勝手にやってください。結果だけ教えてください」ということにはなりません。ここで、地元の産婦人科医の先生や私も含めて強く思っている人の気持ちを伝えておかなければ後悔します。
中国地方の知事のみなさんとは普段から密接に意見交換していますから、みんなでまとまって意見書を出すことになりました。
ーー知事が働きかけたのですか?
そうなんです。私はHPVワクチンとスギ花粉のことになるとえらく熱くなるよなと言われています。
ーー二つの要望を出しています。一つは積極的勧奨の早期の再開、もう一つが9価ワクチンの定期接種化です。市区町村が予防接種事業は担当していますが、積極的勧奨が差し控えられていることで自治体の予防接種にどういう差し障りがあるのでしょう?

「一時的に積極的勧奨を差し止めているだけ」とも言えるし、引き続き定期接種の対象ではあるわけですから、それがどうしたという話です。
でも、事実として、一時的に差し控えることになってから、定期接種になって7割ぐらいあった接種率が飛行機が墜落するように1%以下になってしまいました。事実上やっていないのと同じ状態になってしまったのです。
つい1年前(2020年10月、2021年1月)に厚労省がそれぞれの市町村に対して、通知ぐらいは(定期接種の対象者に)個別にやってくださいねと、ようやく言ってくれるまでになりました。
岡山県が市町村に「子宮頸がんで毎年2800人もの方が亡くなっているし、全部ではないけれども9価ワクチンなら9割、2価、4価ワクチンなら3分の2ぐらいは防げるという事実を伝えてほしい」と県が作ったパンフレットと一緒にお願いしても、応じてくださらない市町村の方が多かった。
その根拠が、副反応を心配する方々の存在であり、(薬害を主張して国や製薬会社を相手取った)訴訟です。
そして、我々が健康問題に関して意見を聞くべき厚労省が一時的に積極的勧奨を差し控えているものを自分たちが紹介するのはどうか、という考えに結局行きついてしまう。
WHO(世界保健機関)の事務総長が積極的にメッセージを出そうが何をしようが、市町村は国連でもWHOでもなく、厚労省の言うことを聞きます。
とにかく一時的な積極的勧奨の差し控えというのが、私から見るとものすごく悪影響を及ぼしているのですね。
ーーその「悪影響」の一つが、市町村の個別のお知らせに積極的な情報が載せられていないということですね。
それも一つの具体例ですが、市町村にしても、当事者の若い女性にしても、親御さんにしても、結局、厚労省が腰が引けているということでいろんなことが止まっています。接種率が1%を切っているのが全てです。
再開を延ばせば延ばすほど死者が増える
これ(積極的勧奨再開)は1年延ばせば延ばすだけ、確率的に2000人ぐらい余分に死ぬことになります。これは結構すごいことです。
例えば飲酒運転で家族みんなが亡くなりました、とか、歩道を歩いていたら暴走車に轢かれましたというと大騒ぎして、日本中の歩道を点検したりします。
全国知事会の全員出席の会合が年に数回あり、だいたい1日に1回発言が許されます。そのうちの1回をHPVワクチンに使ったことがあります。私以外の人が知事会でHPVワクチンについて発言したのを聞いたことがありません。
その時にお願いしたのは次のことです。
毎年2800人死んでいて、全員防げるわけではないけれど2000人防げるとする。2000人を12ヶ月で割ると、200人弱の定員の飛行機が30代、40代のお母さんを中心にぎっしり乗せて、毎月墜落しているのと同じことが起きている。
世界中の先進国で使われて、非常に効果が出ている。先進国で子宮頸がんが減り始めている、前がん病変も確実に減り始めている。
そういう良いワクチンができているにもかかわらず、我々がデータの扱い方をきちんとできていない、もしくは説得できていない。健全なリスクを取ることを怖がって、行動を起こしていないことで、近い将来、それだけの人を殺している。
岡山と東京を結ぶ飛行機の便はだいたい200人弱ぐらいの中型機です。

子宮頸がんのことを考えたら、岡山から東京に向かう便が毎月毎月落ちているのと同じ数の死者が出ている。それについて声をあげないのは信じられないーー。
そんなことを知事会で言ったのですが、「そうだ。そうだ」と賛同の声が上がらないことに私はむしろびっくりしました。
諦めきれないのでお昼ご飯の時に、女性知事のところに資料を持っていってお願いしたのですが、「私も頑張ります」というお手紙はいただいていませんし、声をかけてもらったこともありません。
それぞれの地域にとって、これはリスクの高い、あまり関わりたくない問題なんだなということをこの5〜6年ひしひしと感じています。
人の命を救うためにみんなが工夫して努力している中で、これほどたくさんの、これから子育てをしよう、これから結婚しようという人が亡くなる病気に対して、私はもっともっと関心を持つべきだと思います。
もっと議論すべきだし、ちゃんと議論して勉強したら、「これは進めるべき良いワクチンだ」となると、私自身は思っています。
ーーそれに加えて9価ワクチンについて定期接種化を要望しているのは、効果を上げるためでしょうか?
やはり2価、4価ワクチンだと、(がんについては)16型、18型しかカバーしないわけですから、それ以外の型にかかった場合、「9価ワクチンをうっていれば掛からなかったのに」と非常にもったいないことになります。
田村大臣は決断を 早ければ早いほどいい
5人の知事で要望書を出すときは、5人が合意していなければ出せません。正直言って、要望は私の言いたい表現よりも丸くなっています。
色々なことを言いたくなるのですが、今は積極的勧奨を再開するかどうかの大事な時です。あまりあれもこれもお願いして「訳がわからない」と思われるよりは、とにかく再開してくださいということに絞りました。
ただ9価の問題はとても大事なので、入れました。
ーー積極的勧奨については「結論を早期に」と書かれていますが、知事個人はどれぐらい早期に判断することを求めていますか?
「すぐさま」です。私からすると1日1日が重い。1ヶ月で(ワクチンをうっていれば防げたかもしれない)170人ぐらいの人が死ぬ運命になるわけですから。それを30で割ると、毎日6人ぐらいです。私からすると1日も早い方がいい。日数×6人分の命がかかっているということです。

ーーそういう意味では田村大臣の、「コロナが落ち着いたら検討する」という先送りとも取れる意思表明には知事はがっかりされたのでしょうか?
ただ、歴代の厚労省の幹部に「出来るだけ早く再開してください。その検討を具体的にしてください」とお願いしていたわけですけれども、皆さんにとって関わっても得にならない案件だったらしく、少なくとも外から全く動きは見えませんでした。
でも田村大臣が、ご本人が(積極的勧奨を差し控える)引き金を引いたこともあるのかもしれませんが、この問題について関わると表明したことは大変歓迎しています。
当然、早ければ早いほどいいのですが、文句を言うよりも、踏み出されたことを高く評価したい。田村大臣も他の知事も、人の命を救えるのであれば、しっかり頑張りたいと思われているでしょう。
しかし再開するのがいいことなのか100%の確証を持てないとか、訴訟などでトラブルになっていることにあまり関わりたくないとか、色々な思いがあるのだと思います。
100人に聞いて100人が「こちら(がいい)です」ということであれば、事務的に進めればいいのですが、まだ色々ある。でもどう見てもここは決断すべきだろうということを決断するのが選挙で選ばれた政治家の役割です。ぜひ政治家たる田村大臣に決断していただきたい。
当然、決断するなら早い方がありがたいです。
地方の負担増を大臣は言い訳にするが......
ーー田村大臣はいますぐ決断しない理由の一つとして、予防接種を担当する地方の負担増をあげています。補正予算を組まないといけないし、今コロナ禍で大変だろうから、と地方自治体への配慮も理由に「コロナが落ち着いてから」という言い方をしています。地方自治体の長としてどう受け止めましたか?
実際にコロナのワクチン接種でも、体制が整うまでは本当に大変なドタバタがそれぞれの地域でありました。
このHPVワクチンも積極的勧奨を再開すれば、すぐスムーズにいくことにはならないと思います。いったんドーンと1%まで下がったわけですから。
ただ、色々ご心配いただくのはありがたいのですけれども、そういうことで日々一定の数の人が確率的に死んでいってしまう。
それを考えれば、そういうロジスティクス的なこと(物資の調達など後方支援業務)、予算のことなどはこちらでなんとかするから、そこはぜひ大事な決断を先にしてほしい。
例えば、3年前に西日本豪雨で岡山県も酷い目に遭ったわけですが、国から「救助を本気でしようと思ったら予算がかかるでしょうから、(その手続きの負担を考えて)救助は待ってあげるよ(先送りしましょう)」と言われたとしたらどうでしょう。
命がかかっているのですから、予算や残業分(の費用)などは後からなんとか解決しましょう、となるはずです。
私からすると、そんな感じに聞こえます。
(続く)
【伊原木隆太(いばらぎ・りゅうた)】岡山県知事
1966年生まれ。岡山県出身。1990年3月、東京大学工学部卒業。外資系経営コンサルティング会社で働いた後、1995年6月スタンフォード・ビジネススクールを修了し、MBA取得。岡山県を中心にデパートを経営する株式会社天満屋代表取締役社長を経て、2012年11月、岡山県知事就任。現在、3期目。