「性同一性障害(GID)」「トランスジェンダー」は病気なのか?
厚生労働省のウェブサイトで「性同一性障害」は病気であるという説明がなされているのに当事者がクレームを入れ、削除するという騒動があった。

厚労省に質問文を送った、自身もFtM(女性として生まれ、性自認は男性)トランス男性の浅沼智也さんは戸惑いを見せる。
「WHO(世界保健機関)も国際疾病分類で精神疾患から削除する方針を決めています。なぜ、このような説明を残すのか」
現在、表現の改修作業中だという厚労省精神・障害保健課の寺原朋裕課長補佐は、「まずはしっかりとご指摘を精査して、現状の知見を元に記述内容の見直しを図りたい」と答えている。
そもそも性同一性障害は「病気」なのか、そうでないのか。この説明の何が問題なのか。様々な関係者の取材で考えてみたい。
国が性同一性障害を「病気」として説明する記述
問題が起きたのは、厚生労働省が心の健康について正しい情報を発信しようと運営しているサイト「みんなのメンタルヘルス」の記述だ。
この中の「こころの病気を知る」というところで「性同一性障害」を選ぶと、以下のような説明が書かれていた。
女性なのに、自分は「本当は男なんだ、男として生きるのがふさわしい」と考えたり、男性なのに「本当は女として生きるべきだ」と確信する現象を「性同一性障害(gender identity disorder,GID)と呼びます。このような性別の不一致感から悩んだり、落ち込んだり、気持ちが不安定になることもあります。性同一性障害については、まだ理解が進んでいるとはいえず、診断や治療ができる病院も多くはありません。そこで、性同一性障害とはどのような病気であるのか、その症状や治療法、法的側面等について解説します。
これに7月8日夜に気づいた浅沼さんは厚労省にこの説明がどんな資料をもとに作成されたのか、WHOが性同一性障害を精神疾患から外したことを認識しているかなどをただす質問文をすぐに送った。
うげ。厚労省のHP。 #トランスジェンダー #transgender
それと共に、Twitterにこの説明文のスクリーンショットを投稿して問題提起すると、厚労省の記述に対して批判の声があちこちから上がった。厚労省はその日のうちに記述を削除した。
厚労省「多くの国民の声を受け止めたい」
厚労省のもとには8日夜から数多くの意見が寄せられ、数十件になっているという。
精神・障害保健課の寺原朋裕課長補佐によると、主にクレームの内容は大きく二つに分かれた。
一つは、「女性なのに、自分は『本当は男なんだ、男として生きるのがふさわしい』と考えたり、男性なのに『本当は女として生きるべきだ』と確信する現象」という記述が説明として好ましくない、というもの。
もう一つは、「病気」と記載していることだ。
これについて寺原課長補佐は具体的に何が問題と認識して削除したのかは示さなかったものの、「まずはしっかりとご指摘を精査し、現状の知見も参考にしながら、記述を見直していきたい」と話す。
ところで、健康保険上は、性同一性障害はどういう扱いなのだろうか。原則、病気でなければ健康保険は適用できない。
2018年に性別適合手術は保険適用となった。しかし、多くの人が受けているホルモン療法は保険適用外で、その上、ホルモン療法を受けていると「混合診療」として性別適合手術も自費となる使いにくさが残る。
「一部の治療に保険が適用される場合もありますが、それをもって直ちに病気と表現していいかはわからない」と寺原補佐はいう。
また、WHOは2018年6月「国際疾病分類」の最新バージョン(ICD-11)を約30年ぶりに公表し、性同一性障害を「精神疾患」の分類から外すことを決めている。代わりに「Gender incongruence(性別不合)」という項目が設けられた。
これについては「ICD-11は2022年からの発効です。現在適用されているのはICD-10であり、現時点では精神疾患の一つに位置付けられています。それでも、それをもって病気と表現していいと判断しているわけではない。現状ではどういう記述が望ましいか考えたい」とする。
性同一性障害はスティグマ(負のレッテル)を貼られやすく、差別や偏見の目で見られやすい。公的な分類や表現がそれを後押しすることがあってはならないのではないかという指摘についてはこう答えた。
「おっしゃる通りで、その問題は認識しています。当事者の方たちのご意見を受け止めた上で、必要な改修を加えたい」
GID(性同一性障害)学会理事長「社会の理解が進めば『疾患』という必要はなくなる」
それでは、性同一性障害の当事者を診療している医師は今回の問題をどう見ているのか。
BuzzFeed Japan Medicalは、GID当事者を数多く診てきたGID(性同一性障害)学会理事長で岡山大学医学部保健学科学科長の中塚幹也さんに取材した。

そもそも日本では性同一性障害はどういう取り扱いなのだろうか。
「現時点で、ICD-10では、性同一性障害は疾患として扱われています。しかし、『障害』『病気』という言葉の持つイメージがよいかどうかは別問題で、日本でもよく参照されているアメリカ精神医学会の定める精神障害の診断基準『DSM-5』では『性別違和』とし、障害という言葉を外しました」
前述したように、WHOの最新の国際疾病分類「ICD-11」では、名前も「性別不合」となり、精神科疾患から外れた。
中塚さんも「障害(disorder)・疾患というより、医療が必要な状態、あるいは病態(condition)の中に入りました。ただ、日本での正式な採用は2022年からの予定です」とし、現時点では「疾患・病気」と分類するのは致し方ないのではないかと理解を示す。
ただし、厚労省のウェブサイトという国の公式見解でそう書かれる意味の重さは指摘する。
「『病気』と書いてあったのであれば、その言葉の響きの問題はあると思います」
その上で、今後、どのような取り扱いになるのが望ましいかという問いに対しては、性同一性障害の当事者が置かれた立場と、医療上不利な扱いをされないための工夫の間で、ジレンマを持ち続けてきたことを明かす。
「10年以上前から、私の立場としては、教育、企業、行政に対しては、多様な性のあり方の1つと話し、そのような啓発・教育を求めてきました」
「しかし、医療的対応を求める方も多く、医療により心身の状態が改善する方も多いため、医療が必要な状態として取り扱うことが必要なことは確かです。それにもかからず、健康保険の適用がなく、自費で多額の費用を払わなければならない状況があり、健康保険の適用を求めてきました」
「このときに『趣味で手術しているなら自費でよいでしょ』と言われるため、『疾患です』と主張することになります。このことを丁寧に説明していくことが重要と考えています」
その上で、「病気」としなくても必要な医療を受けられる社会を実現するために、こう求めている。
「社会の理解が進み、必要であれば保険適用で治療ができる時代になれば『障害』『疾患』と言う必要はなくなります。そこまでのことを知っていただいたうえで報道していただくことをお願いしています」
当事者は訴える 「早急に更新を」
最初に問題提起した浅沼さんは、性同一性障害が「疾患・病気」かどうかという議論については、複雑な考えを抱いている。
「『疾患』とされているうちに、関連する全ての治療を保険適用になんとかしてもらいたいという気持ちも正直あります。一方で、そろそろ病気としてくくるのはやめてほしいという気持ちがあります」
「『性別違和がある人は病気だから治療することが必要なのだ』という説明をされると、私たちがそのままでは異常であるかのように見えてしまいます。性のあり方は多様であり、必ずしも精神病理や治療の対象とは限りません」
「治療をするかしないかは当事者が決めることだと思っています。トランスジェンダーの立場から言いますと、個人の性は個人に属するものであり、社会や制度や医療や他者などから強要されたり、押し付けられるものではないと考えています」

ただ、前半の説明は現時点でもどうしても違和感がある。
「出生時に割り当てられた性別に違和感や不快感を抱く当事者が多い中で、『女なのに、男なのに』など、割り当てられた性別を連想させるような表記の仕方は、当事者を深く傷つけるとともに、社会に差別や偏見を助長する可能性があります」
「 厚労省の文章は、自治体や公共団体などに参照されることが多いため、国内外の状況を加味し、早急に更新されることを望みます」
その上で、現在改修中の文言がどう変えられたのを確認して、さらなるアクションを起こすことも考えている。