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ピルを飲みたいけどお金がない 無料プロジェクトを始めた産婦人科医が見た現実

産婦人科医の宋美玄さんはピルを飲みたいのにお金がない人のために、無料プロジェクトを始めました。1年続けて見えてきた生活に困っている女性の現実とは?

ピルを飲みたいのに、性感染症が心配なのに、お金がない。

経済的な理由で、自分の体を大事にしたいのに産婦人科にかかれない女性はたくさんいます。

そこで、産婦人科医の宋美玄さんが昨年度から、無料でピルなどを提供する「無料プロジェクト」を始めています。

手応えを感じた宋さんは、一緒に取り組む女性の支援団体や医療機関、資金提供者を募っています。BuzzFeed Japan Medicalはこのプロジェクトについてお話を聞きました。

生理はハンデ 「ピルは高い」という声に応えたい

——このプロジェクトを始めたきっかけは?

SNSでは何か女性の健康に関する問題が話題になる度に、「日本は女性のリプロダクティブヘルス / ライツ(性や生殖の健康や権利)やバースコントロールの取り組みが遅れている」という議論が起きます。

「そもそもピルが高い!」という声が上がる度に、「こんな安いのもあるよ。最近はジェネリック(後発医薬品)も増えているよ」と紹介してきました。また、産婦人科医側の問題もあって、「『生理痛がある』と訴えているのに、ピルを保険適用にしてくれなかった」と自費診療でピルを飲まされている人もいます。

女性が不満を持つ要因は様々なのですが、「ピルは高い」と言っている人がまあまあいるので、これは何とかしたほうがいいなと思いました。「無料だったら、みんなピルをちゃんと飲むのかな」と考えたのです。

私自身もピルを飲んでいたし、「おかげで本当に楽になりました」と喜んでくれる患者さんもたくさんいるので、日本でももっと飲まれてもいいはずです。

しかし、10年近く啓発活動をしても、日本ではピルがメジャーな選択肢の一つになっているとは言い難い。タダなら飲むのか試してみたいと思いました。

最近では「生理の貧困」という言葉ができ、生理用品を買えない女性を支援する動きも出ています。生理用品はトイレットペーパーと同じぐらい必要不可欠なものですし、誰もがきちんと手に入るようにすることは人権を守るレベルの話だと思います。

しかし話がそこで止まっています。

毎月生理に煩わされたり、血が出たりするだけでも、子宮を持って生まれたハンデだと思うのです。ピルという選択肢を選ぶことでその煩わしさから解放されますし、ナプキンを買う負担を減らすこともできる。

そういう選択肢が日本でもあるのに、「お金が出せないから無理」という人がいるならば、リプロダクティブヘルス / ライツにもとるのではないかと思い、何とかしたいと思いました。

55人にピル、アフターピルなどを提供 持ち出しは約70万円

——具体的には、どんなことをしているのでしょう?

うちは個人クリニックなので、私一人の裁量で身軽なことができます。ピルを無料にしようと考えましたが、誰でも無料にすることはできません。

誰を対象にするか考えて、実際に生活に困っている女性を支援している複数の団体に相談しました。

今のところ、産婦人科医療が必要な女性たちを紹介してくれたのは、家庭に居場所がなくて街を徘徊している若い女性に声をかけて支援している一般社団法人「Colabo」だけです。

LINEでチャットグループを作り、「こういう子が生理痛でピルを欲しがっています」「彼氏に中出しされた子がいて、アフターピルが欲しいです」などと連絡してもらい、予約を取ってもらいます。

最初はピル無料プロジェクトだったのですが、結局は産婦人科医療の無料プロジェクトになりました。

健康保険証のある方は、保険診療も選択肢とし、生活保護の方や無保険の方、親バレが怖くて健康保険証を使いたくない方には自費診療で行っています。

保険診療の場合は、窓口で支払っていただきますが、私も寄付している団体が患者の自己負担相当額を援助してくれています。

全て弁護士に相談しながら実施しています。

——どのぐらいの利用があったのですか?

昨年4月から今年3月までで、55人からのべ99回の予約が入りました。自費診療52万920円分と保険診療の自己負担分17万3090円を合わせた計69万4010円を、クリニックからの持ち出しで提供しています。

内訳はアフターピル19回、ミレーナ(子宮内避妊器具)1回、保険適用ピル(低用量エストロゲン・プロゲスチン製剤など)のべ100か月分、自費ピル53か月分です。ピルは30人に処方し、17人が継続中です。

痛み止め、妊娠検査、エコー検査、性感染症検査、血液検査、性感染症治療等も自己負担なしで提供しました。

保険証を使ったら親にバレる、公の機関にはかかりたくない......

——どんな困難を抱えている人が来るのですか?

家に帰れない状態で保険証を使ったら親にバレるのを怖がっている人もいました。また、生活保護の方もいて、受診できる医療機関が限られているため自費診療を求めている人もいました。

——生活保護で受けられる医療機関はピルを出してくれないのですかね?

出してもらえはすると思うのですが、色々と問題があるようです。

例えば、性感染症の検査も保健所に行けば無料でできますし、性暴力被害者のためのワンストップ支援センターに行けばアフターピルをもらえるわけですが、そういうところには行きたくない人がいるのです。

——なぜでしょう?

公の機関はハードルが高いし、あれこれ聞かれたり、説教されたりするイメージがあって嫌という子もいます。そういう機関に頼りにくい人がいるのです。

Colaboは、そんな困難を抱えた女性たちの目線でケアできているから、そういう子も頼りやすいのだと思います。

既存の公的な支援があるのは知っていても、以前そこで嫌な思いをしたとか、そこでは頼りにくいと思っている女性たちが「ここだったら行ってみようかな」と思ってもらえる場にしたい。私も一般の患者さんと同じ対応をしていますし、本人からお金をもらっていないだけの違いです。

昔から私はセックスのようになかなか人に言いづらい問題でも「この人になら言ってみようかな」と思ってもらうことで、相談を受けてきたのです。話しやすいと言ってもらえるのは嬉しいことです。

——学校や社会からさんざんはじかれてきた経験を持つ人たちにとって、お医者さんは上から目線の怖い存在に見えるのかもしれないですね。先生は同じ目線に立ってくれて話しやすいですよね。

同じ目線にはなれなくても、なるべく患者さんの置かれた状況を想像したいなとは思っています。

——診療の際に何か工夫していることはありますか?

性感染症の治療薬を処方箋薬局で買おうとするとお金がかかるし、保険証も必要になります。うちのクリニックは基本的に院外処方なのですが、ここで性感染症治療を行う女性のために、治療に使う抗生物質を少ない量で仕入れてクリニックで渡すようにしています。

例えば、援助交際をしていた10代の女の子は、最初はどの性感染症の検査でも陽性にならなかったのですが、性器のただれが酷くなってしまって、梅毒の検査を繰り返したところ陽性になりました。そんな子の治療のために、薬を置いておくようにしています。

必要な支援って何? 感謝を求める慈善活動では続かない

——実際に診療してみて、女性たちの反応はどうですか?

私は慈善活動をしているつもりはありません。慈善活動のつもりで支援している人は、かわいそうな人に「ありがとう」と言われたくてやっているのだと思います。

でも、私が無料プロジェクトで診ている女の子の中には、ブランド品を持っている子もいるし、「この人は本当に支援の対象なのだろうか」と少し接しただけではわからない人もいます。不規則な生活をしていて、予約時間に来なかったり、予約をすっぽかしたりする子もいます。

でもブランド品を持っていたとしても、親子で父親のDVから逃げていたり、様々な事情を抱えているのです。

「助かります!ありがとうございます!」と感謝してもらうケースもありますが、そんなに多くはないので、それを期待している「支援者」からすると期待外れになるのかもしれません。「支援」というものについてこちらがすごく勉強になる診療です。

無料で医療を提供することにどこまで意味があるのか、こちらもすぐに実感できるケースばかりではありません。

医療の支援者の中には、そんな子たちに説教をしてしまう人や、「命は大切に」と、余計なことを言う人もいるようです。すぐに職業訓練につなげようとしてしまう医療者もいるようですが、その何段階も前にいるような人にそんなことを言えば、逃げてしまうだけです。

私はそういうことは一切言いません。

支援する側も根気が要りますし、相手がどういう状況に置かれているのか、想像して、理解する努力がこちらにも必要になります。

仲間を募集中 女性の支援団体と医療をつなぐ仕組みが作れないか?

——今、仲間に加わってくれる産婦人科医や資金提供してくれる団体を募集中なのですよね。

私一人でやっていても限界がありますし、一緒に取り組んでくれる仲間がほしいのですが、今話したような事情で、誰でもすぐにできることではないかもしれません。

対馬ルリ子先生の作った日本女性財団が、資金の一部を出してくれることにはなりました。対馬先生の女性ライフクリニック新宿も診療に加わってくれています。

困っている女性を支援する上で、医療へのアクセスや福祉や公的機関の敷居の高さが壁になることが多いので、そういう女性たちに手を差し伸べる活動をしている民間団体と医療をつなぐ仕組みやネットワークが作れないか。

そしてそれにかかる費用を財団などの助成や自治体の予算で賄うことができたら、活動を続けやすくなります。

——課題はありますか?

ピルはずっと飲み続ける人も多いですが、いつまで無料で提供するのか、まだ要件は考えられていません。

アフターピルも「タダだったらもらっておこうかな」という人もいるようで、バックに男性がいれば悪用される可能性もあります。うちのクリニックの方針では、飲まずに取っておくことを防ぐために目の前で飲んでもらうことはしないので、なおさらです。

だから毎回、Colaboの方で女性に事情を聞き取ってもらって、「この人は今日出してあげてほしい」とつないでくれる人に限っています。女性に信頼されている団体を挟むことで、運用がスムーズになっています。

——困っている女性からも信頼されている団体というとハードルが高そうですね。

とはいえ、日本にはたくさんNPOがあります。例えば、シングルマザーを支援している団体なら、もし生理が重くて仕事を休まなければならないシングルマザーがいるとしたら、無料のピルで症状が軽くなるなら飲むと思うのです。

若い女性に限らず、対象は費用を理由にピルなどを選べない人たちです。もっと広い範囲の女性に関われる可能性があります。

費用面で自分の健康を守るためにホルモン療法を選べない人を少しでも減らしたい。一人で初めてみて、費用の心配がなければ産婦人科にかかりたいと願う人の需要も見えてきたので、取り組みを広げていきたいです。

患者さんを紹介してくれる団体、診てくれる医療機関、費用の提供を考えてくれる団体などがありましたら、ぜひ声をかけてください

(続く)

【宋美玄(そん・みひょん)】産婦人科医、医学博士

丸の内の森レディースクリニック

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業し、2021年4月から生活に困難を抱える若い女性たちにピルや性感染症の診療などを無償提供する「無料プロジェクト」を始めている。

追記

費用負担の部分を追記しました。

追記

その後、女性財団が初年度の2021年度分も含めて全面的に費用負担することになった。2022年度は一般社団法人「Colabo」だけでなく、「特定非営利活動法人 風テラス」や「認定NPO法人CPAO」とも連携している。

追記

運用方法に変更があったので、追記しています