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食の世界はニセ情報だらけ おいしく健康的に食べるには何が必要か?

水素水で健康に、海外セレブもオススメのグルテンフリーでダイエット、体にいいから赤ワイン・・・。全部信じてはいけません。

「農薬は危ないからオーガニック食品が安心」「『トクホ(特定保健用食品)』のコーラの方が体に良さそうだ」。特段、食に気をつかっていなくても、こんなことを思いながら買い物をしたことがある人は多いはずだ。

だが実は、こうした食の健康情報は科学的根拠が薄い。それどころか、健康効果をうたう食品や食事療法の中にはかえって有害なものさえある。

なぜ食の世界にはニセの健康情報があふれているのか。『効かない健康食品 危ない自然・天然』(光文社新書)で健康食品や自然・天然食品にまつわる情報を一つ一つ検証した科学ジャーナリスト、松永和紀さんに話を聞いた。

「自然は体にいい」という思い込み

あれに効く、これは悪いなど、食と健康を結びつける情報はテレビや雑誌、インターネットなどで常に発信され、拡散されている。その中でも幅広く浸透しているのは、「自然や天然のものは体に良い」という考え方だ。

「白砂糖は体に悪い」と蜂蜜や精製されていない砂糖を甘味づけに使う人は多いが、今年4月、蜂蜜を与えられた乳児がボツリヌス菌中毒で死亡したのは記憶に新しい。蜂蜜や黒糖はミネラルが豊富に含まれる一方で不純物が多く、時には自然界に存在するボツリヌス菌も混ざることがある。

「科学者は、精製された白砂糖の方が不純物は少ないので安全で、自然は時に怖いものだと認識していますが、多くの人の受け止め方は逆。このずれに、食の情報を正しく伝える難しさが凝縮されています。『自然は安全』というイメージは、『人工合成物は危険』という感覚と表裏一体」と松永さんは指摘する。

科学的に考えると、合成保存料は食中毒を防ぐ効果もあり、米、ひじきなどの食品にも発がん性物質は含まれている。農薬にしても、病気を招く微生物やカビを防ぐ効果があり、「そうした天然のリスクへの手立てを講じていなければ、オーガニックは農薬を使ってなくてもむしろ、安全性が低い」という。

一般の人が情報を得る手段は増えているが、食の健康情報の混乱には拍車がかかっている。いったい何が起きているのだろうか?

インターネットで拡散されるニセ情報

食べ物と健康を結びつける言動は今に始まったわけではない。

「食べ物の健康影響は、古くから言われていますが、戦前は食べることに必死でそれどころではありませんでした。戦後、化学工業が急ピッチで発達し、強い毒性を持つ農薬や食品添加物が多く使われて食料が増産されました。1960〜70年代には農薬や工場の廃棄物などの化学物質による食の汚染がメディアや市民団体によって問題になり、多くの人にショックを与えたのです。増産から人工合成物大批判、自然・天然物礼賛という流れは、人々の心に強く焼き付いたと思います」

2000年代半ば頃まではテレビなどのメディアで、「○○ダイエット」「○○で高血圧予防」など、一般受けを狙ってわかりやすく加工された食の健康情報が紹介され、一般の人が買いに走るという一方的な発信が繰り返された。

これが、インターネットの普及で一般の人が発信する側にも回るようになると、真偽も確かめられないまま、怪しい情報が拡散されやすくなる。

「2000年代後半からツイッターなどのSNSが普及し、東日本大震災が重なって一気に広がりました。放射能への不安と、政府やメディア不信があって、自分で安全な情報を探そうという気持ちが強まった。ここ数年で、WELQ(ウェルク)のようなサイトが検索対策をして読者を集め、科学の知識がない素人同然の人たちがわずかな謝礼でいい加減な記事を書き、それが拡散されるようになりました」

それにしても、なぜ食の健康情報はこれほど人を惹きつけるのだろうか?

「食べ物は健康対策の中でも一番自分でコントロールしやすいものですし、少子化も大きく影響していると思います。子供が口にするものは誕生後しばらくは保護者が決めるので、責任重大と感じてしまう、子供が生まれると食に対する意識が先鋭化する母親が多い、という印象があります。子供が多くて、貧しければこだわっていられませんが、子供が一人しかいなくて余裕があるなら、より安全なものを食べさせたいという方向性に行くのは頷けます」

食の安全性は格段に高まっているが・・・

食の安全をテーマに15年間取材してきた松永さんが見る限り、この間、食の安全性は格段に高まったという。

「2000年代初めにBSE(牛海綿状脳症=狂牛病)問題が起きて食に対する不信感が大きくなったことをきっかけに、リスクアナリシス(リスク分析)という食の安全を守るための考え方が導入され、食品安全委員会の専門家が厚生労働省や農林水産省とは別に、食の安全に関する評価を行うようになりました。その結果を受けて、厚労省や農水省がリスク管理を行います。これ以降、両省ともに食に関する情報をきちんと提供するようになりました。食の安全は市民がそれほど神経質にならなくても確保されるようになったと言えます」

しかし、それでも食に対する不安は解消されていない。

「団塊世代は『天然はいい。人工合成物は悪い』とされた時代のイメージから抜けられず、団塊ジュニアも親が『コーラは骨が溶ける』などと言って手作りや天然の食べ物にこだわるのを見て育ちました。その感覚が再生産されています」

団塊ジュニアよりさらに若い世代になると、二極化が進む。

「食の安全にすごくこだわる人と、日本が再び貧しくなる中で食べていくだけで必死という人たちです。私は、いくつかの生協広報誌で連載し、講演をしながら、お母さんたちの話を聞く機会が多くあり、二極化を強く感じます。こだわっていられない人も気にしていないわけではなくて、強い不安を抱いています」

「健康に良い」商売の裏にあるメッセージ

食の安全が確保されている時代、消費者に求められているのは、「自分で選んで、バランスよく栄養をとる」ことだと松永さんは言う。ところが、このメッセージは特定の食品の健康影響を強調する経済活動によって歪められることがある。

「国が認める機能性表示食品は国の審査がなく、産業振興目的が前面に出ています。特定の食品を取ることが体に良いわけではないのに、結果的に持ち上げられている。その一方で、国は食事バランスガイドなどで様々な栄養素をバランスよく食べる重要性も啓発していますが、『特定の成分が健康に良い』というメッセージに比べ情報として少ないし、弱いのです」

国のお墨付きがあるから体にいいと信じてしまいがちなトクホや機能性表示食品だが、強い科学的根拠を持っているわけではない。

松永さんが調べたところ、トクホとして健康効果の表示が認められている乳酸菌製品の「プロバイオティクス」や、脂肪の吸収を抑え血糖値を下げるとうたう飲料に入った「難消化性デキストリン」は、欧米では「科学的根拠が確立されていない」として食品表示が許可されていない。「健康的なコーラ」は日本だけのものなのだ。

「○○は危険だ」は多くの場合、「だから、○○を使っていないこの食品を」というセールストークとセットになっている。「○○は健康に良い」というアピールと根は同じだ。買い物の現場のいたるところに、そのわなが潜む。

「大手スーパーは、『選択肢を提供するならいいでしょう?』と、添加物を使った商品と、無添加の商品を両方売っています。大手のコンビニチェーンになると差別化をアピールしようと合成保存料フリーなどの方針を打ち出しているところもあります。踏み込んで考えると、『合成保存料を使っていません』というアピールは、『合成保存料は体に悪い』という裏メッセージの発信にもなります」

こうした裏メッセージが刷り込まれ、健康にいいと宣伝されている食品を買えない人たちが不安や罪悪感に苛まれているのではないかと松永さんは危惧する。

「若いお母さんから、『添加物や農薬を使ったものしか買えないのですが食べさせていいのでしょうか』とか『ほんだしを使ったらダメ?』という悩みをよく聞きます。何ら問題がないのに誤ったメッセージによって罪悪感を持つのは大きな健康被害であり精神被害です。食い止めるために正しい情報を伝えたいのです」

誤った情報を発信するメディアの不勉強

松永さんは、これまでメディアが日々発信してきた食の健康情報がいかに根拠がないものだったか、この本で一つ一つ検証し明らかにしている。

女性誌などでよく紹介されるグルテンフリーは特定の病気にしか効果はないし、週刊誌が「危ない中国食品」としてよく特集を組む中国産の輸入食品は、他国のものよりも違反率は低い。赤ワインが心疾患予防に効果ありという説は研究で否定され、二日酔いに効くとされるウコンは肝機能障害を起こす恐れさえある。

本来、情報を吟味してわかりやすく伝え、誤った情報を正すのがメディアの役割。しかし、松永さんはメディアに情報を検証する力が不足していると厳しく批判する。

「今の時代、医療や食品の健康情報を書く人は科学論文や資料を読むことが必須です。その食品が体にいいか悪いかは、本来、科学的根拠を確認しないと書けないはずなのに、それをしている記者はどれほどいるのでしょうか」

メディアは、「○○でダイエット」「○○で高血圧予防」など、特定の食品の健康影響を過大に評価する情報を繰り返し流してきたが、情報の作り方は問題だらけだ。

「最初に結論ありきで都合のいい研究成果をつなぎ合わせ、成分の量や条件も無視して効果のあるなしを発信する態度は非科学的。人の体で効くかわからないのに、試験管の研究や動物実験の結果を根拠として示す発信も多い」と指摘する。

そして食の健康情報を発信するメディアは最低限、厚労省や農水省、食品安全委員会がウェブサイトなどで提供している情報を読み込むことが必要だと言う。

「役所が出す情報はある意味、国内外の科学研究を統合して解析した結果で、信頼度は高い。食の問題は国際化が進んでいるので、日本の役所も欧米の当局が言っていることと大きく違う、国民をごまかすような情報は出せない時代です」

「私はまずしっかりと行政情報を把握しますが、頭から信じ込むことはしない。海外の政府機関や学術論文等と付き合わせて検討し批判することもあります」

食品メーカーや生産者団体が特定の食品の宣伝目的で発表する健康情報を検証することもなく、そのまま垂れ流す記事も目立つ。

「バイアスがかかっていないか吟味もしないし、吟味すべきだという意識もない。おそらく英語の壁とバックグラウンドの知識がないという二つの問題が相まって、日本の食と健康に関する報道は困った状態になっています」

一般にも求められる情報を読み解く力

一方、情報を受け取る側のリテラシー(情報を読み解く力)はどうだろうか。

「現在の理科教育は知識を教え込むばかりで、科学的な考え方を教えていません。こういう根拠があるからこういう結論が言えるのだ、と論理的に考える方法を子どもたちが身につけていないのです」

例えば、「加工食品や食品添加物をよく食べるようになったから、がんで亡くなる日本人が増えた」という説を唱える人がいるが、これは正しくない。

「Aが増えるのと呼応してBも増えたことを『相関関係あり』と言いますが、だからと言ってAが原因でBも増えたという『因果関係』があるわけではありません。がんが増えた大きな要因はがんになるほど人が長生きできるようになったから」

「『食品添加物が増えたから、キレる子供が増えた』など因果関係があるように説明し、無添加食品を売る商売がありますが、これは典型的なニセ科学商法です。そもそも、添加物の摂取量が増えたのか、キレる子どもが増えたのかも確認されていない。統計の調べ方や相関関係と因果関係が違うことなどは、学校で教えることが可能なはずなのに教えていないから、簡単にだまされます」

「食品安全委員会で教育の重要性が議論となりましたが、文部科学省は『教える時間がない』と消極的だと聞きます。教員の中でも理解している人は少ないでしょうし、教育に関しては悲観的にならざるを得ません」

専門家の責任は?

それに加えて、日本では専門家の発信も不足していると松永さんは指摘する。

「日本で決定的に足りないのは、科学者による『この情報は間違っている』という発信です。もちろんブログやSNSでやっている方はいますが、海外では、科学者や市民団体、国の機関が組織的に情報を正す活動をしています」

イギリスの「国民保健サービス(NHS)」のウェブサイトでは、「Behind the Headlines(見出しの裏側)」というコーナーを設け、大手のメディアが発信した健康情報の間違いを指摘したり、正しい情報を補足したりしている。

また、イギリス発祥で各国に広がる「サイエンス・メディア・センター」という活動では、話題の論文に複数の科学者が評価のコメントを寄せ、正しい報道のために参考にできるようにしている。日本版もあるが、資金不足で一時停止中だ。

「日本では科学者が名前を出して報道や別の科学者の仕事の論評をするのを避けがちです。また、正しい情報発信に貢献することが社会的に評価されません。費用も出ず、社会的な功績にもつながらないので取り組む人がいないのです」

それではどうしたらいいのか?

色々問題があるのはわかった。それではどうしたらいいのだろうか。

「科学的に妥当な情報が圧倒的に少ないのは確かで、メディアや役所、企業が互いに情報提供し、協力して、正しい情報を増やしていく正攻法の取り組みがまず必要です」と松永さんは言う。

松永さんらは科学的根拠に基づいた食の情報を「FOOCOM」というウェブサイトで発信し、食の安全に敏感な生協の広報誌でも連載を続けてきた。今回出版した本もそうした情報提供の一環だ。

「食の安全性がレベルアップしているのは様々なデータから言って間違いないことです。ただし、今も十分に気をつけなければいけないのは、微生物が原因の食中毒。肉を生で食べるのはリスクが高い、ということも知ってほしいです」

「食品中には、天然自然の毒性物質、発がん物質なども含まれますが、バランス良く適量を食べることで、リスクを分散できます。多くの消費者が気にしている農薬や添加物、遺伝子組換えなどは最も気にしなくてよいものだ、と思います」

また、生産や流通のあり方など複雑な要素が絡み合う時代、一つの要素でリスクを排除したつもりでも別のリスクが上がる「トレードオフ」の可能性に目をつぶるべきではないと松永さんは言う。

「野菜を買う時に、見栄えが悪いから値段が安いけれど、味は変わらないだろうと総合的に判断して選ぶのと同じように、食のリスクも全ての側面をゼロにすることはできません。無農薬にこだわってカビ毒(カビから生まれる体に悪影響を及ぼす化学物質)が大量に発生していたらそれもまた健康に悪いのです」

「思い込みにとらわれないで、おいしさと栄養のバランスを考えてほどほどに食べるのが、実は健康や持続可能性のある社会にとって一番いい。食の問題はとても複雑です。この食品はよくて、あれは悪い、というふうにスパッと白黒はっきりつけられないことが真実だとわかってほしいのです」

まずは、

(1)自然・天然は安全、人工合成物は危険という思い込みこそが問題。

(2)特定の食品を食べるだけでは健康にも不健康にもならない。

(3)健康効果をうたう食品には科学的根拠が薄いものも多い。

(4)美味しさと栄養を考えてバランスよく食べることが結局は健康的。

ということを胸に刻み、食事を楽しむのが心身の健康に良さそうだ。