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緊急事態宣言が効果を上げるか鍵を握る2つの変化 8割おじさんを悩ませる変数

前回の緊急事態宣言で、理論疫学者の西浦博さんは「人との接触8割減」を打ち出しました。今回、そのようなわかりやすい数値目標を示せない理由として、2つの大きな変化を挙げています。効果の鍵を握る2つの変化とは?

緊急事態宣言が間近に迫った今、理論疫学者の京都大学大学院教授の西浦博さんは「確実に効果を上げられるように」とデータに基づいた議論を呼びかける。

前編に続き、BuzzFeed Japan Medicalは西浦さんの作ったシミュレーションを元に、単独インタビューでどのような対策を選択すべきか考えたい。

※インタビューは1月5日午前Zoomで行い、その時点での情報に基づいている。

前回、8割おじさんになったわけ

ーーここまで実効再生算数がどれだけ減らせるかを元に作成したシミュレーションを見せていただきましたが、前回のような「人との接触8割減」のような目標数値は示すことはできないのでしょうか?

前回の緊急事態宣言では、リアルタイムの実効再生産数(1人当たりが生み出す二次感染者数。1を切ると感染者は減り、流行が収束する)はモニタリングしていました。

ただ、直近の数値がわからない中で、全く対策をしていない場合の再生産数はドイツの数値を参考に2.5という想定の下でシミュレーションしていました。

それぐらいなのは今でも変わらないですし、海外の研究で使われる値もそうです。

それに対して8割減をすると、残りの2割だけで感染が起きるので、2.5かける0.2になり、結果として0.5になります。0.5にすれば、15日間で感染者が減って、その後2週間ぐらいで流行がいったん収束するという見込みをたてて、8割減を訴えていました。

今回の青(限定的な介入政策)、黄(中間的な介入政策)、赤のシミュレーション(広範囲な厳しい介入政策)も似たようなものです。

今回も前回に相応するような対策をして、現在の東京の実効再生産数1.1を0.65倍まで減らすには、厳しい対策が必要です。

当時、「8割減が必要ですよ」と研究者側から提案しなければならないと思ったのは、新規感染者数が1日20人ぐらいに減らなければクラスター対策ができないという目標地点も明確だったためです。

今、ここまで感染者が増えた段階では、クラスター対策が満遍なくできるレベルに戻すのはかなり難しい。相当の日数が必要です。

これから分科会の先生方が提言すると思われる、1日当たりの感染者数の目標は、ステージ2相当だと議論しています。東京なら1日あたり2桁の感染者数です。それを達成して、医療の負荷を減らすのが目的になると思います。

4月に「8割おじさん」として接触8割減を言わなければならなかったのは、早く勝負を決めるには、だらだら緩い対策をやっていたのでは長くかかることを誰も理解していなかったからです。

「6〜7割減」とされた場合を想像して下さい。失敗に対する非難や過度な延長に伴う疲弊などのインパクトを考えるとぞっとします。

6割減だったら横ばいです。7割減なら2ヶ月かかります。ある程度の反発があっても、8割減らしたほうがいいと言い続けたのは、わかっているのは専門性のある自分たちだけだったからです。

この過去の経験を踏まえた上で、今回の緊急事態宣言もどうあるべきなのか考えてほしいと思います。

1度目の宣言と異なる2つの変化

ーー 実効再生産数を0.65倍に減らすには、今回も接触8割減ぐらいを目指さなければいけないのですか?

それを専門家内でどういう風に話しているかと言えば、「どれだけやれるかはやってみないとわかりません」ということです。

第1波と明確に違う、2つの変化があります。

  1. 感染リスクの高い場面、低い場面がわかってきたこと
  2. 流行の長期化で感染対策に協力が得られにくくなっていること

です。

第1波の時はこの感染症の特徴もわかっていない段階でしたから、感染リスクが高い場所に焦点を絞った対策もありましたが、可及的速やかに感染者を減らすには、社会全体、全領域を対象に接触8割減をやることになりました。

今はリスクの低い対象もかなりわかってきています。例えば屋外での接触や子どもは感染拡大が持続しないことが明らかです。

ですから社会全体に一律に網をかける対策ではなくなってきています。社会全体で何割減というのは、この感染症の特徴がわかってきた今の段階では、倫理的にも支持されにくい。

もう一つは、流行対策は皆さんの協力が必須ですが、コンプライアンスがどこまで期待できるか、つまり、どこまで要請に従ってくれるかに不安が出てきていることです。

ーー流行が長引いているので感染対策に飽きやうんざり感が出てきていますね。

そうです。Twitterなどの社会学的な分析をしている先生がいるのですが、今、社会の中で若年層の人たちと、中年層以上は考え方が違ってきているようです。

特に感染しやすい・させやすいハイリスク層の人は、単に緊急事態宣言が出たからとか、単にリスクが高いからという伝達だけでは、どこまで聞いてもらえるかわからなくなっています。

少なくとも第1波のように多くの人が協力してくれることは難しそうです。

本当にやってみないとわからないのです。それでも、どこを目指して、どんな対策をするのかは、みんなで考えていかなければなりません。

具体策の効果については日本でも少しデータは得られているのですが、確証できるデータはないです。例えば、電車を午後9時終電にしたとして、どれぐらい効果があるかはわからない。

赤、青、黄の効果について幅を持たせているのも、計算で予測できないところが多いからです。こういうのを不確実性といいます。

罰則と給付をセットにした特措法改正は?

ーー飲食店の営業時間短縮を実効性のあるものにするために、給付と罰則をセットにした措置ができるよう、特別措置法を改正する方針が菅首相によって示されました。第1波と違う二つの要素を考えると、そういうものも必要ですか?

最初の緊急事態宣言の時に「失敗してはならない」と強く思っていたことにその話は関連します。

緊急事態宣言が色々な対策の「プランB(次の一手)」として用意されていて、その時も、罰則は超法規的に検討されていたのです。しかし、超法規的な措置はやはり取れないので、緊急事態宣言を打てばその後打てる対策はなくなる、というのが第1波の状況だったのです。

今、あの頃と同じ対策で進もうとしていることに危機感を抱いているのですが、今回、生ぬるい対策で実効再生産数を減らそうとしているのは、後ろに「プランB」があると考えているからではないかと思います。

ーー先生はシミュレーションの中で、2月1日以降に対策を強化する想定を盛り込んでいます。この強化は、特措法の改正を指しているのですか?

その通りです。国会審議が1月下旬にスタートして、最速に特措法の改正ができるとしたらこのタイミングです。緊急事態宣言を発令した2週間後ぐらいに、効果を評価して、それが不十分であれば、強化するプランがあり得ると思っています。

特措法の改正で強制力を持った対策が2月1日から打てるようになれば、3月中下旬には100人未満を達成することが可能になるという想定です。

必ず懐に次の一手を残しておくことは大事だと思っています。

ーー特措法の改正としては、菅首相は飲食店の営業時間短縮の実効性を上げるために、事業者に減収分を埋める給付と、時短営業を守らない場合の罰則をセットで課すことを検討すると示しています。それで先生が想定している2月1日以降の対策の「加速」になりますか?

いえ。わかりません。要請ベースでの協力依頼がこの街では効果がないと判断した時の追加策を考えていることの言及であって、上記の加速かどうかはやってみないとわからないのではないでしょうか。

ーーどういう強制力を考えているのですか?刑事罰なのか、罰金レベルなのか。それによって反発されるかどうか決まりそうです。

法学者の先生たちも加えて、頭をひねって下さっているようです。事業者側の罰で政府は考えているようです。

ーーヨーロッパのように外出禁止令などに対する個人への罰則は必要ないと考えておられる?

いえ。例えば、東京都などでやっている条例ベースの路上喫煙は個人への罰則ですが、機能しています。路上喫煙はほとんどなくなりましたね。そういう実効性が、それぞれの罰則でどれぐらいあるのかは担当者の中でしっかりと議論してもらいたいです。

信じたい 日本人の良識

僕は、こうした罰則は今すぐに必要だとは思っていません。

ただイギリスの状況などを見ていると、変異株の影響もあって、流行曲線が身震いするような状況です。新規感染者数が縦に上がっていくような状況です。クリスマスの影響とは言われていますが、ロックダウン下でも接触があって、今、さらに強固な外出禁止令が出ようとしています。

そういうことに日本もなった場合のオプションは考えておかないといけません。でも、そこまで強制力を働かせなくても、接触を下げるのだという社会の機運は作れる国民性ではないかと思います。

国民性に頼ることは本当はあまり良くないですが、その効果が大きいなということは相当感じています。

感染防止を軽視する人との間で分断が起こるかどうかはわかりませんが、そこまでみなさんこの流行を軽視していないのではないかなと思っています。

為政者からも、国民に「ここまでは国民の努力が必要なので、どうしても協力してほしい」と腹の底から語りかけることができるといいなと思います。

国民に一定の信頼を置いた上で、オプションも用意しておくのが理想なのではないでしょうか。

ーーところが、為政者の国民への腹の底からの語りかけが日本は極端に弱いです。イギリス、ドイツなどのトップの語りかけを見ると、一番の弱点かもしれません。その影響はどう見ていますか?

厳しいとは思っていますけれども、例えば、政策を統括するリーダーがだめな場合は、尾身茂先生がその役割を果たしてくださると思います。今までもそうでしたね。

次の分科会の提言は相当気合いを入れて準備されているのです。

そういう時に一番届く語りかけができる人をメディアも注目していただきたいなと思います。

打つタイミングは遅かったか?

ーー7日にも正式決定して緊急事態宣言が始まると言われています。打つタイミングは遅かったですか?

いつ打つべきだったかは、科学でなくて政治的判断です。緊急事態宣言が必要なぐらい制御ができていないというところで出すべきですね。

クラスター対策班が北海道でギブアップと言ったのは11月の時点です。東京都でも一つ一つの接触を丁寧に追えないという声が聞こえてきたのは同じ頃です。その時点で有効な策を打たなければいけない中で、残念ながら時間ばかりが流れていきました。

それを今回は1月上旬にやるという決断をしたならば、そこから思い切りやるしかない。遅すぎたことに関しては、今後しっかり検証すべきだとは思います。

緊急事態宣言についてシミュレーション研究をしたのですが、遅く打てば打つほど宣言に必要な期間が長くなります。

しかし、政府だけでなく首長も責任がないわけでなく、飲食の場など急所への対策が可能な時期に見送りをしてきたことは事実です。その判断は遅かったと思います。

でも、前向きに言い換えれば、今より遅くなればもっと長くかかったわけです。

ーー今回、「失敗できない」とおっしゃっていますが、それはどういう意味ですか? 二度と打てなくなるということですか?

二度と打てないわけではなく、失敗すると宣言下にいる期間が長くなります。

延びるとどうなるかと言えば、社会経済活動で辛抱してきた部分も、延長することになります。

それこそこのウイルスによって直接的な被害で死亡する人よりも、自粛でメンタルをやられて抑うつ症状が重くなったり、経済的に苦しくなって自殺したりなどの影響が大きくなることは注意しなければいけません。

いたずらに延びることだけは避けなければいけません。やるならば実効性のあることをやる。みんなの共通の思いです。そのために見通しを出しているのが今です。

都知事の訴えに考えは近い

今、政府が言っているトーンと都知事の言っているトーンがだいぶん違います。

都知事は第1波を彷彿とさせるような接触の削減を明確にした上で、外出の自粛や公共交通機関の終電を早めることなどを積極的にどんどん話されています。

一方で、首相や官邸周辺からは、飲食周りを1ヶ月のみという話が漏れ伝わってきます。それを聞いていると、首都圏に住んでいる人は悩むことになる。

まずそこは政府と自治体の間で合意形成をしっかりしないといけません。やると決めたなら、実効性を高い政策をできるだけ遅れることなく打つ。

目標を作った上で、シミュレーションによれば最短でも2ヶ月かかることを理解した上で、中間評価もしながら進んでいく体制にしなければいけません。

ーー実効再生産数を0.65まで下げる一番厳しい対策というのは、都知事が言っている内容と近いですか?

専門家の中で話している時には、私から明確に「飲食だけでは下がりません」と伝えています。それ以外に打つべき対策は、やはり都知事と近いトーンで話しています。飲食に繋がるような外出自粛や移動自粛ですね。会社のテレワークを徹底することなどですね。今、専門家間では最終調整中ですよ。

自分たちのために協力してほしい

ーー最後に一般の人へのメッセージをお願いします。何を今、一番伝えたいですか?

緊急事態宣言で感染症の流行を下げるのは、本質的に痛みを伴うことです。かと言って、無意味にたくさんの痛みを感じる必要はない。

2ヶ月ぐらいかかると思いますが、妥協せずにやらないと、さらに長くなります。専門家は必死に政策の中に取り入れようとしています。そのプロセスを透明にするために、今回の取材でもお話ししています。

政府には、どうか、日和った対策をせずに進んでいただき、痛みを直視する強さを持っていただきたい。

それを知ってもらった上で、みなさんに協力してもらいたいのは、一つ一つの接触がちゃんと避けられているかが、再生産数がどれほど下がるかに直結します。そこは妥協なく下げた方がいい。

ひとたび外出自粛が出た場合は、自分たちのためにそれを一生懸命に守ってもらいたい。決め手は今も「3密」です。宣言期間はそれを徹底的に避けていただけると、早く宣言から解かれることにつながるんだと理解してほしいです。

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。