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ライフラインを止めるな! 猛暑の今年も電気を止められた女性が死亡

文字通り「命綱」のライフラインを止めて死亡する事故は後を絶ちません。

7月末、札幌市で生活保護を受けていた60代の女性が部屋の中で死亡しているのが発見された。死因は熱中症。部屋にはクーラーと扇風機があったのに、電気代が払えずに電気を止められていた。

このニュースを聞いて、憤りを覚えたのは東京大学大学院医学系研究科で公衆衛生学を研究する保健社会行動学分野教授、橋本英樹さんだ。

「電気を切れば死ぬことがわかっているような気象状況でなぜ止めるのか。失わなくてもいい命を日本では繰り返し失い続けている。政府や行政は対策をたてるべきです」

橋本さんに話を伺った。

2012年冬にも札幌やさいたま市で電気ガスを切られた人が凍死

橋本さんがこの問題に関心を抱くようになったのは、厳しい寒さに襲われた2012年の冬、札幌市のマンションの一室で、40代の姉妹が死亡しているのが見つかったことがきっかけだ。

知的障害がある妹と姉の二人暮らしで、妹の月7万円の障害年金で生計を立てていた。料金滞納のために前年末からガスが止められ、姉は脳出血で死亡、妹は凍死して見つかった。

「こんなことがあっていいのかと思いました。翌月にはさいたま市で暮らしていた60代の夫婦と30代の息子がマイナス5度の寒さの中、電気やガスを切られて薄い布団の上で餓死、凍死しているのが見つかったのです。本格的に調べることにしました」

さいたま市に連絡をとったところ、同市は孤立死を予防するために、生活に異変がありそうな家について、電力会社やガス会社、水道事業者などから情報提供を求める事業を始めていた。

「生活のためには誰もがライフラインを使うわけだから、それが止まっていたら危険だと察知できるというわけです。しかし、料金を滞納したらそのライフラインを事業者の方が止めてしまうし、みんなそれをなんとなく当たり前だと思っている。切れば死ぬことがわかっているのにおかしくないかと思いました」

ライフラインの公益性をどう考える? 米国では止めるのに厳しい規制

橋本さんは翌年3月、「孤立と社会的排除にどう立ち向かうか」と題するシンポジウムを行い、この凍死事件を議論した。

事前に海外の例を調べると、米国では50州のうち37州で、料金を滞納していても、気象条件や本人の病気などの条件を考え、電気やガスなどのライフラインを止めるのに規制をかける法律があった。

中でも、驚いたのはウィスコンシン州の対応の徹底ぶりだった。「日本でも同じ問題がある」と問い合わせると、これまでの対応を文書にまとめて送ってくれた。

1974年2月、72歳の男性がガスを止められたのが原因で寒さのために死亡したことに、抗議の声が殺到したが全ての始まりだった。州の公益事業委員会は、寒冷期に電気・ガスなどの公益企業が供給を止めることを制限する緊急事態規則を発令する。

毎年、この規則を発令し、1979年4月には恒久的な規則に改正した。

ところがその後、1986年11月、ガスの供給を停止された二人の市民が、暖を取ろうとトレーラーハウスの中で室内に石炭グリルを持ち込み、一酸化炭素中毒で死亡しているのが発見された。ガス会社が規則に違反して、供給を止めていたことがわかった。

さらに翌年10月には、小型ヒーターの上にかかった毛布による火災で、1歳から17歳までの子供6人が焼死しているのが発見された。親がガス料金を支払っていなかったため、ガス会社が規則に基づく手続きを経た上で供給を停止していた。

これを受けて、州の委員会はさらに規則を強化し、寒い時期の供給停止を厳しく制限した。

橋本さんはこう話す。

「保健や医療だけでなく、親の収入や、それに基づく教育、就労の機会で自身の収入は左右され、そうした社会的な決定要因がその人の健康を決めます。社会的な排除によって、ライフラインが止められ死亡する健康格差を、行政は放置すべきではないのです」

電気・ガス事業の自由化が進む日本で何が起きるか

そして、橋本さんは、公共事業だった電気やガスの自由化が進む日本で、料金を経済的に苦しい世帯が滞納した場合、供給差し止めの判断が民間事業者に委ねられていることを警戒する。

「生活保護を受けていて、猛暑ですからクーラーを設置するところまで行政が補助する自治体はありますが、電気代は保障していません。機械的にクーラーを買い与え、それを使えずに熱中症で亡くなったのを放置するなんて、ふざけるなとしか思えない」

「ライフラインを自由化、市場化するならば、公益性を担保する措置まで行政は考えなければいけません。事業者に『うちで支払えないならば、他の事業者と契約すればいいでしょう?』という言い逃れを許してはいけません。電気やガスを止めて死亡しても、犯人が見えず、誰も責任を取らないため、同じ悲劇が繰り返される恐れがあります」

「災害」とも言われる、今夏の異常気象。悲劇を再び起こさないようにするには何が必要なのか。

「電気事業法、ガス事業法など規制法それぞれに手をつけるのは難しいかもしれませんので、別法なり、通知なりでもいいので、命に危険が生じる夏や冬は料金延滞があっても供給を停止することを規制することが必要です」

そのために、今後、政治家や環境省や資源エネルギー庁などの省庁に働きかけていくことも考えている。

「貧しくて力が弱い人が環境問題で健康を害している状況が明らかになった今、社会正義としてもこれを許すべきではありませんし、環境問題による災害弱者を放置するという意味で人災でもある。放置していれば、所轄官庁の責任が問われるかもしれません。何よりも生き死にが金で決まる国にいて、私たちは幸せかということが問われています」