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ワクチンへの期待とハードル HPVワクチンの苦い思い出「科学が踏ん張れるかどうかが正念場」

新型コロナの感染対策を変えるかもしれないと期待がかかるワクチン。西浦博さんは感染症疫学者の立場から、日本に導入された場合、集団免疫ができるまでのハードルについて語ります。

全国で新型コロナウイルスの感染が拡大し、危機感を強めている理論疫学者、西浦博さん。

海外からは、続々とワクチンが開発されたというニュースも届いているが、感染対策を変えるゲームチェンジャーとなり得るのだろうか?

ワクチンの期待とハードル、日本という枠に止まらない研究体制についても伺った。

※西浦さんの著書の刊行に合わせて出版社が主催したグループ取材が、11月25日に行われた。前半は参加媒体が事前に出した質問のうち共通する項目に答え、後半は各社1問ずつの個別質問に回答する形で行われた。追加取材し、読みやすいように構成を変えている。

ワクチンへの期待とハードル

――現在、ワクチンの開発が進み、新型コロナとの戦い方を変える「ゲームチェンジャー」になる得るのか期待がかけられています。日本に導入された場合、数理モデル上、どれほどのインパクトがありそうでしょうか。効果が現れるのは、接種からどれぐらい経ってからですか?

この「効果が現れる」というのは、おそらく人口レベルの効果のことだと思います。個人レベルだと1週、2週間で免疫ができるという話なので。

予防接種については、これから不確定要素がたくさんあって、どこまでうまくいくのかはわかりません。

今のところ、(承認のための治験の最終段階である)第3相試験のアメリカの研究成果を見ていると、一人当たりの効果に関するエフィカシー(有効性)と呼ばれる予防効果は高いと示されています。

コロナウイルスに関してこれまで、動物向けの毒性をなくした不活化ワクチンがありました。犬の赤ちゃんがうつ混合ワクチンの中に、コロナウイルスのワクチンがあるのです。

生ワクチン(病原体の毒性を弱めたワクチン)も不活化ワクチンもコロナウイルスに関しては世界は経験がある。その経験からすればパーフェクトではないだろうと考えられてきましたが、効果がある可能性が示されている。

でも、もし日本でも承認されて、これから接種が始まるとすると、医療従事者はいいとして、まず高齢者がうちます。その後、他の人口に接種するわけですが、多くの人が免疫を持って感染拡大を防ぐ状態になる「集団免疫」に至るまでにいくつかのハードルがあると思います。

1つ目のハードル「副反応問題」 HPVワクチンの苦い思い出

1つ目のハードルは副反応問題です。

これだけの数の人口が接種するワクチンはなかなかないです。そこまでの数の人が接種すると、いくら安全性に気を使っていても絶対に何かが起こると思っておく必要があります。

その事象は軽いものから重いものまであると思うのですけれども、今、厚生労働省などで新しいプロジェクトを立ち上げられていると思います。

副反応データベースというものをちゃんと準備して、何らかの有害事象があった時に因果関係を調べられるようにする。

例えば、韓国で最近、インフルエンザの予防接種後に亡くなった高齢者が多いというニュースがありました。その時も韓国CDC(疾病予防管理センター)はすぐに動きました。

データをかき集め、それぞれの予防接種歴と過去の他の予防接種歴と比較して因果関係があるのかどうかを暫定でもいいからすぐ突き止めるような手段を作る。

それがうまくいくかどうかという問題が新型コロナのワクチンで重要になるものと思います。

日本ではHPVワクチン(※)という、女性の子宮頸がんを予防するワクチンで苦い思い出があります。

※子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を防ぐワクチン。2013年4月から小学校6年生から高校1年生の女子は公費でうてる定期接種となっているが、接種後に体調不良を起こしたという声とそれをセンセーショナルに伝えた報道をきっかけに国が積極的に勧めるのをやめ、ほとんどうつ人がいなくなった。

HPVワクチンは必ずしも因果関係が立証されていない中で接種の勧奨を中止していますので、ワクチンに関してはとても後進国だと思います。

コロナワクチンでも世論が形成されると、それに押されて政治が変わってしまう可能性がありますので、その中で科学が踏ん張れるかどうかは一つ正念場だと思います。それが1つ目のハードルです。

2つ目のハードル 接種率を上げられるか?

その上で、次の問題はおそらく勧奨の話になると思います。

集団免疫を作る上で、人口の何%が接種をしなければならないかというのは、それぞれの年齢群や、接種が優先される対象の順に算出していくことがおそらくできると思います。

そして、積極的勧奨があるなしに関わらずその必要な割合を達成するかどうかが1つの問題になってくると思います。医療従事者に引き続いて、まず、高齢者がその達成度を判断することになります。

この達成度、つまり接種率には、コロナウイルスの問題が特に社会的には問題として注目されなくなるとか、副反応への不安などが影響します。

自分が新型コロナに自然に感染した時のリスクと比べて、予防接種に伴うリスクを皆さんがどのように天秤にかけるか。それによってだいぶん変わってくると思います。その接種率問題が2つ目のハードルです。

最後に3つ目は、若者問題になると思います。

高齢の人たちや優先接種をすべき人が先にうてたとしても、重症化のリスクが低く、うつ動機が少ない20〜40代の接種率が高くならないと、集団免疫が達成されない可能性があります。

予防接種をした上で集団免疫を達成して、という道のりを真正面から疫学的に考えていても、いくつかの高いハードルがあるわけです。

世界各国の研究者はみんなつながっている

――なぜ日本では欧米と比べて感染者が少ないのか説明する要因「ファクターX」の解明などには国際共同研究が欠かせないと考えられます。各国の数理モデルや感染症疫学の同業者とはどのように協力していますか?

数理モデルや感染症疫学の研究者とは相当つながりが強いです。

流行が始まってすぐの時から、非公式で3密の概念などをWHOのメンバーらに伝えていました。

押谷仁先生もそうですが、僕らが若い時に一緒に研究していた人たちは、今、同年代でジュネーブで頑張っていたり、アメリカの大学とか各国に散らばって頑張っていたりという人たちが多い。

そんなに人数が多くないので、世界でアクティブにやっている感染症の数理モデルの専門家たちは200人いるかどうかです。

今回の新型コロナの影響で研究者人口は10倍以上になるでしょうけれども、今はそんなにいるわけではないのです。

その人たちとは流行状況のシェアはいつもしています。

そのための連絡ツール「slack」があったり、メーリングリストがあったりします。

アメリカの気温と二次感染との関連を見る研究後、いろんな海外の研究者から言われます。「日本は北海道から沖縄までいろんな気温の場所があるね」って。

そういうポジティブなつながりから共同研究に持って行こうと今相談しているところです。

別のプレイヤーからも予測モデル「ありがたい」

ーーグーグルの予測モデルなど、数理モデルに類したようなもので将来の感染状況を予測するものが出ています。どのように評価されていますか?

グーグルなどについては特にすごくありがたいと思っています。

私たちも今まで流行予測を水面下でやりつつ、各所に報告をあげてきました。しかし、色々な社会的影響もあって、公表する手段や経路がなかなか確保できない状況がありました。

また、そういった予測が一つの研究グループだけで行われているのはなかなか不健康な状態でした。

グーグルのモデルというのは、科学的妥当性の検証もちゃんとできる構造になってアメリカの研究者が作ったものを日本に適用して出しているのです。

わかりやすくいうと、われわれもやってきた予測の対案になるようなモデルをやっと第三者が出してくれる仕組みというのができてきている。それが一番健康的な方法だと思います。

残念なのは、それを主体的にやっているのは日本人ではないということです。ちゃんと研究者を育てて、何年か越しにやってもらうようにしないとしょうがない。それでも複数の予測ができる状況にはなってきたと思っています。

例えばコロナの患者に占有される病床数の予測をやっていたわけですけれども、厚労省の中から表に出すとなると、相当に時間をかけて出さねばならなくて、各所の調整も大変です。

そんな中で、グーグルなどが一般公開した予測モデルが実装されて、常に公開された状態になるのは大きな意味を持っています。私としては本当にありがたいなと思っています。

4月、5月の8割の接触制限の効果検証も

――4月、5月に西浦さんの予測データを元に行われた8割の接触制限など強い行動制限の効果や検証について、現状ではどう考えていますか?

今後、査読(他の研究者が検証、評価すること)を受けた論文が発表される予定です。

難しい話なので噛み砕いて話しますけれども、1人の人が生み出す二次感染者数である「実効再生産数」が1を下回って持続できるような状態というのは、あの時しかありませんでした。

おそらくこの冬もこの問題に向かい合うことになると思います。流行状況のステージはこれから都道府県が判断することになるということが、11月25日の新型コロナウイルス感染症対策分科会で議論されています。

感染状況を示す4段階の指標がステージ3になって、爆発的な感染拡大の段階であるステージ4になると緊急事態宣言を考えることになる。

ステージ3においてブレーキを踏みつつ適切に接触を削減しなければならないということは、厚労省のアドバイザリーボードなどででまとめています。

まずやるべきことは、今回の流行状況に合わせた接触削減の対策です。そこで不安視されるのは、1人当たりが生み出す二次感染者数が1を下回るかどうかです。

根拠として、いま個人的に分析しているのは、第2波のデータです。緊急事態宣言を発出せずにいったん流行が下火に向かったのはあの時だけです。

その時の政策を打った時に再生産数がどれだけ減ったかを見ると、東京で時短営業をした時には、再生産数は0.85倍ぐらいであっただろうという報告がアドバイザリーボードの他の構成員から出されたことがあります。さらなる分析が必要なため、資料は机上回収として取り扱われました。

元の再生算数が1.1とか1.2であれば、0.85をかけると1をギリギリ下回るかどうかになります。ゆらゆらと新規感染者数が減少に転じることになります。

4月の流行と状況は変わっている 有効な対策を打てるか?

しかし、今推定しているような関東地方の1.5というレベルだったり、2に至りそうなレベルだったりすると、これまでの対策では1を切るには足らない可能性が危惧されます。

かつ、より問題なのは9〜11月の感染者数が多い状態の中で政府の政策はアクセルを踏む状態でしたか。クラスターが多様化していて時短営業等の行き届く効果がより低いかも知れず、実際の効果を推し量るのは極めて難しいです。

そういう時に社会全体の接触に影響を与えずにどうして減らしていくかは、現在までに政府が抱えている問題です。それもあって、リモートワークの推奨を働きかけたり、不要不急の往来の自粛などが呼びかけられているのだろうと理解しています。

要するに、4月の時の研究でわかったのは、緊急事態宣言下では再生産数が1をしっかり下回って、それが持続するーー。その時の対策で、その目標を達成できた、ということです。

第1波の宣言がなされたタイミングだけを見ると、宣言前から実効再生産数が1を下回っていたので効果がないように見えるかもしれません。それをもとに、経済学の研究者などから簡単に「宣言は効果がなかった」と評価されることもありました。

けれど、しっかり1を下回って持続しているというのはおそらくこの時しかなかった。

それに準ずるような効果のある対策をステージ3でどう作るのかは、極めて重要な話になると思います。既に言及した対策で実効再生産数を1未満にすることができるかは、国と地方自治体と各関係者が連帯して対策できるかどうかにもかかっているのです。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。