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酒販店の取引停止、金融機関への働きかけ 「居酒屋いじめか?」と批判の多い酒提供停止の政策は法的根拠があるのか?

4度目の緊急事態宣言を出す前に、政府は飲食店の酒提供停止について様々な圧力を加える方針を打ち出しました。これには法的根拠があるのでしょうか? 憲法学の専門家に聞きました。

4度目の緊急事態宣言が出る直前、政府は酒提供停止の要請を守らない飲食店に圧力をかける様々な対策を打ち出した。

酒販店への取引停止の要請。取引先の金融機関の働きかけ要請。さらに、感染対策をグルメサイトを通じて情報を集める制度の導入は「密告だ」との批判を呼んだ。

「居酒屋いじめか?」「法的な根拠があるのか?」

居酒屋経営者や居酒屋愛好家からはそんな悲鳴も上がる。

そもそもこれらの政策には法的な根拠があるのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは憲法学者の慶応大学の横大道聡教授に飲食店をめぐる様々な制限について聞いた。

要請は知事が出すものであり、大臣ではない

ーーまず、西村康稔・経済再生担当相が「(酒提供停止を)協力頂けない店に対し、酒の販売事業者に酒類の提供を行わないよう要請を行い、(飲食店への)要請、命令、過料の手続きを厳格に対応していく」と表明しました。こんなことはそもそも法的にできるものなのでしょうか?

そもそもの問題として、要請を出す権限が「新型インフルエンザ等対策特別措置法」で認められているのは、都道府県知事です。大臣には要請を出す権限はありません。

事業者に対して特措法上の要請を出す根拠は3つあります。

まず、特措法の24条9項です。

都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。(新型インフルエンザ等対策特別措置法24条9項)

次に、まん延防止等特別措置の時に適用される31条6の1項があり、

都道府県知事は、第三十一条の四第一項に規定する事態において、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある同項第二号に掲げる区域(以下この条において「重点区域」という。)における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該都道府県知事が定める期間及び区域において、新型インフルエンザ等の発生の状況についての政令で定める事項を勘案して措置を講ずる必要があると認める業態に属する事業を行う者に対し、営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。(新型インフルエンザ等対策特別措置法31条6の1項)

緊急事態宣言の時に適用される45条2項もあります。

特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項及び第七十二条第二項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。(新型インフルエンザ等対策特別措置法45条2項)

これらは、いずれも知事が要請を出すことになっていますから、西村大臣が要請すると表明するのはおかしいのです。

特措法の範囲を超えた規制は違法

ーー要請を行う主体が違うじゃないかという形式面のほかに、内容の面ではどのような問題がありますか。

大臣と協議するなどして形式的には知事が要請を出すという形にして形式面での問題をクリアできるとしても、次の問題があります。

先ほど触れた特措法31条の6第1項、45条2項は、「政令で定める措置」を「要請」できると定めています。

これを受けて、重点措置の場合における「措置」については施行令5条の5、緊急事態宣言の場合における「措置」について施行令12条に、具体的な定めが設けられています。両方とも、ほぼ同じような内容です。

法第三十一条の六第一項の政令で定める措置は、次のとおりとする。

一 従業員に対する新型インフルエンザ等にかかっているかどうかについての検査を受けることの勧奨

二 当該者が事業を行う場所への入場(以下この条において単に「入場」という。)をする者についての新型インフルエンザ等の感染の防止のための整理及び誘導

三 発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止

四 手指の消毒設備の設置

五 当該者が事業を行う場所の消毒

六 入場をする者に対するマスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の周知

七 正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止

八 前各号に掲げるもののほか、法第三十一条の四第一項に規定する事態において、新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が定めて公示するもの


(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令5条の5)


法第四十五条第二項の政令で定める措置は、次のとおりとする。

一 従業員に対する新型インフルエンザ等にかかっているかどうかについての検査を受けることの勧奨

二 新型インフルエンザ等の感染の防止のための入場者の整理及び誘導

三 発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止

四 手指の消毒設備の設置

五 施設の消毒

六 マスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の入場者に対する周知

七 正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止

八 前各号に掲げるもののほか、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等の感染の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が定めて公示するもの

(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令12条)


特措法に基づき、法的な拘束力のある「酒を卸売するな」という要請を行おうとする場合には、施行令を改正するか、施行令に基づき厚生労働大臣の告示として追加することが必要となります。

ーー酒の卸売業者に対して、命令に従わない飲食店には酒類の販売を行わないよう要請できるという内容を追加したら西村大臣の言っていることは実現できるということでしょうか。

そういうわけではありません。例えば、重点措置の場合、要請としてできることの例示として、「営業時間の変更等」が挙がっているわけですから、同じようなことしかできないと解釈できます。

「営業時間を変えるぐらいのことしかできないのに、お酒を出すのを止めろというのは業種によっては休業要請と一緒だ、だから特別措置の時には休業要請はできない」との批判が出ているのは、そのためです。

施行令の規定ぶりを見てわかるように、そこでは明らかに、人が集まる施設に対する「措置」が念頭に置かれています。また、緊急事態宣言に適用される45条2項は、学校、社会福祉施設、興行場など、「多数の者が利用する施設」を対象に要請ができるという規定になっています。

そうした規定のなかに、「酒を卸売するな」という規定を追加するというのは、法令が想定していないことをやろうとしていると言えないでしょうか。

つまり、「酒の卸売をするな」と施行令や厚労大臣の告示に追加することは、そもそも法律が求めている範囲から逸脱しているのではないかという批判が成り立ちます。

今回の「卸売業者に販売させない」という要請は、法的に権限がない人が要請しており、また、特措法の範囲も超えていると思います。

では、特措法に基づいて「酒の卸売をするな」という要請ができないとすれば、この要請の法的根拠は何でしょうか。

「ない」というのが答えです。つまり、これは「事実上の要請」に過ぎないということに尽きると思います。

酒類販売の免許を握る国税を通じて依頼 

ーー法的根拠がないのに、こういうことを要請はできるものなのですか? 「大臣の私的なお願い」で多くの人の生活を左右できるのでしょうか?

法的な根拠なしの要請は、単なるお願いです。それに従う法的義務はないし、無視しても良い。何も気にせずにこれまで通り営業を続けたらよい、ということです。

仮に今回の要請を、特措法24条の9項に基づいて知事が行なったとしても、法的拘束力はないですから、やはり従う義務はないはずです。

しかし、「従わなくてよい。はい終わり」で済むかと言えば、そうならないのが今回のややこしい点です。

というのは、お酒の卸売業者は酒税法に基づき、免許をもらって営業しています。免許は国税庁が管轄です。国税庁が免許の権限を握っていると言い換えることもできます。

そして卸売業者の免許の要件が酒税法で定められているのですが、例えばその中に、経営の体力がしっかりしているところでなければ免許を出さないという規定があります(10条10号)。経営の基盤が薄弱なところに免許を出すと、酒税を取りっぱぐれて困るということです。

コロナ禍でどこの卸売も経営に苦労して赤字になっているでしょう。「要請」に従わないと、この規定を厳格に適用され、免許更新の際などに不利に扱われる可能性もあるのではないか。業者からすればそう思ってしまうかもしれません。

そこまではいかないとしても、「要請」に従わないと、何か税務関係で面倒なことになってしまうのではないかと考えても不思議ではありません。

ーーそれを匂わせて、従わせることもできそうです。

その証拠として、7月8日に国税庁から酒販の組合に対して卸売を停止する要請が出ています

ーー西村大臣の発言は8日ですから、既に国税庁に根回し済みでの発言だったのですね。

そうでしょうね。内閣官房コロナウイルス感染症対策推進室と国税庁酒税課から、酒類業中央団体連絡協議会各組合宛てに出されている事務連絡という形で依頼が出ていますので。

依頼のタイトルは「酒類の提供停止を伴う休業要請等に応じない飲食店との酒類の取引停止について(依頼)」ということです。国税から卸売に依頼が行っている。

「お願いしただけですよ」と言い訳はできますが、事実上は、かなり強い要請として機能するのではないでしょうか。

ーー従わなかったら免許をいつでも取り上げるよと匂わせての「依頼」ですから、脅迫のようです。

もちろん表立ってそういう行為をする可能性をちらつかせることはないでしょうし、実際にやるかどうかも分かりません。ポイントは、従わなければ何らかの不利益を受けるかもしれないと業者に思わせて、自主的に従わせようとしていることです。

取引先の金融機関にも働きかけてもらう要請 

ーーさらに、8日の会見で、西村大臣は飲食店の取引先の金融機関に、要請を守らない飲食店の情報を提供して、遵守するよう働きかけてもらう要請も行うと表明していました。これは結局撤回されましたが、資金繰りが苦しくなっている飲食店への脅しにしか見えませんでした。

これについては省庁間の根回しもちゃんとできていなかったのでしょう。西村大臣のスタンドプレーだとして撤回されましたね。

ーーこれは法的根拠はあり得ますか?

どういう根拠で打ち出したのか考えてみましょう。まず、命令を出しているのに守らないけしからん飲食店があって、それをどうにかしたいということがあります。

これに関して、特措法では「公表」という手続きがあります。

緊急事態宣言下の場合は、特措法45条の5項です。

特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は第三項の規定による命令をしたときは、その旨を公表することができる。(新型インフルエンザ等対策特別措置法45条5項)

重点措置の時は、31条の6第5号に同様の規定があります。

都道府県知事は、第一項の規定による要請又は第三項の規定による命令をしたときは、その旨を公表することができる。(新型インフルエンザ等対策特別措置法31条の6第5号)

要請した場合や命令を出した場合は、その旨を公表することをできるという規定です。

法改正する前に休業要請に従わないパチンコ店の名前を公表するなどして騒ぎになったことがありましたが、それは改正前の公表規定に基づいて行われたものです。

あえて法的根拠を考えれば、この公表の一環として金融機関に情報提供するのだ、という説明の仕方になるのではないかなと思いました。

飲食店を反社会勢力扱い? 取引停止をちらつかせる手法は失礼

ーー守らない業者の名前を公表すること自体は法的にもできなくはないということですね。

そうですね。ただ、通常、公表する場合は国民に対して行うわけであって、金融機関にだけ伝えるのはおかしいではないでしょうか。そもそも公表は制裁が目的ではありません。国民に注意を促すための情報提供という理屈のはずです。

金融機関だけに情報を出すのは、公表の趣旨にも合わない。

そして金融機関からどの業者もお金を借りているわけですし、そこに働きかけを依頼するということは、その優越的な地位を使って金融機関から圧力をかけることを期待しているとしか受け取れません。

これは独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に当たり、普通はできないはずです。なお、「優越的地位の濫用」の問題は、先ほど触れた、酒類の卸売業者と飲食店との間でも成り立ちますね。

いずれにせよ、国としては「取引停止をしろとは一言も言っていない。コミュニケーションを取れと言っているだけだ」と逃げると思います。

ーーまさに西村大臣は、「日頃からコミュニケーションを取る一環として、感染防止を働き掛けてもらいたいという趣旨だった」「融資を制限するということではなく、優越的地位の濫用にはあたらない」と釈明していました

金融機関が取引を停止するように要請されるような業態は、反社会勢力ぐらいではないでしょうか。飲食店の経営者を反社会勢力扱いしているような気がして、そこまで敵視しているのかという印象は受けました。

ーーこれまでコロナ禍でかなり痛みを伴いながら協力を続けてきた飲食店に大変失礼な話だと思います。

そう思います。

(続く)

【横大道聡(よこだいどう・さとし)】慶應義塾大学法科大学院教授

1979年、新潟県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。鹿児島大教育学部准教授などを経て2018年から現職。専門は憲法、比較憲法。