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「五輪開催で死亡者増は許されない」 公衆衛生学者が今、どうしても伝えたい知事の責任

国民の反対をよそに開催に向けて動く東京五輪。「五輪開催によって市民の死亡者増加は許されない。言い訳はできない」。感染対策に関わってきた公衆衛生学者は、開催地の知事の責任を訴えます。

東京オリンピック・パラリンピックの開催予定日まで2ヶ月を切った。

開催地・東京の緊急事態宣言が20日に解除されるかの見通しも立たないまま、一部の国の選手の入国も始まっている。

新聞の世論調査では軒並み反対の声が多い中、国民の命を守りながら安全に開くことはできるのか。もし開くならどんな対策が必要なのか。

国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんに再び聞いた。

※インタビューは6月3日夜にZoomで行い、その時点の情報に基づいている。

「市民の命を守る責任は知事にある」

ーー新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が国会で、「パンデミックでやることは普通ではない」と、現状のオリンピック開催に疑問を投げかける発言をし始めています。近々、五輪が観戦状況に与える影響についても専門家の考えを表明すると言われました。どのように考えていますか?

国内の医療者から開催に反対意見が出ていますが、一般診療とコロナの治療をしながら、そして多くの国民へのワクチン接種を進めている段階では真っ当な意見だと思います。

我々医療者の使命は、市民の命を守るために適切な医療を提供することだからです。

東京五輪についての意思決定を誰が行うのか。政府なのか、IOCなのか、私にはよくわかりません。

ただ、五輪が開かれようが、開かれまいが、期間中の死亡者を最小限にする責任は、これまで通り、都道府県知事にあります。感染症法や特別措置法の下で具体的な市民への要請などの対策をタイミングも含めて考えるのは知事なのです。

今まで、死亡者を最少にするために3回も緊急事態宣言をやってきました。今後は、五輪開催も視野に入れながら、夏の対策をどうするかを考えなければなりません。知事のリーダーシップが求められます。

都道府県内がどういう状態になったら緊急事態宣言を政府に要請し、どうやったらまん延防止等重点措置を打つのか。五輪の期間であっても躊躇なくできるように確認しておくべきです。

GWの北海道データでわかること 少し人の流れが増えれば感染者は急増する

例えば、札幌では、8月5日から8日にかけてマラソンや競歩が開催されます。チケットがなくても外から見えるとなると、今まで以上の人が北海道に行くことも予想されます。また、逆に北海道を離れようとする人がいるかもしれません。

これらの競技を開催するなら、知事は様々な事前の対策をしないといけません。

以下は厚生労働省のアドバイザリーボードで出された資料です。ゴールデンウイークあたりに実効再生産数(1人が感染させる平均人数)や新規感染者数が急激に上がっています。

要は人の接触が増加したということです。

実効再生産数に影響を与えた繁華街の人の動きを見てみると、連休前に少しだけ上がっただけですが、3月以降の人の流れの増加に連休の効果が加わって、これだけ急激に感染者は増えた。

人の動きに伴う英国由来の変異ウイルスの影響は、これまでと比べてとても大きいです。

大阪のデータでもわかる 英国株の怖さ

一時、病床が逼迫して医療崩壊が起きたと言われる大阪のデータも見てみましょう。大阪も英国由来の株の影響を受けました。

大阪は時短要請が昨年の11月27日に始まり、それに伴い夜間の人の流れがグッと下がってます。忘年会の頃に少し上がりましたが、それでも押さえ込んでいました。大阪の方は本当に協力してくれていたと思います。

緊急事態宣言が1月14日に出て、また下がりましたが、2月28日に長い長い自粛期間が解除され、人の流れが一時的に1.5倍程度増えました。こうした程度の増加と変異ウイルスの影響で、あのような大きな流行が起きたのです。

100万人の人の流れが1.5倍の150万人になっただけなのです。その前にもそれぐらいの人の流れはありました。しかしその時は従来株でした。

この1.5倍程度の人の流れだけであの流行が起きたということは我々に大きな教訓を与えてくれます。変異ウイルスは、それぐらい流行が起きやすいと言えます。

7月の4連休 人の流れを止められるか? 北海道、沖縄は一つの国と見立てた対策を

このことが頭に入ると、都道府県知事は市民の命を守るために何をしなければいけないかわかると思います。

人の流れを止めにかからなければいけないということです。

東京オリパラがあろうがなかろうが、7月22日から4連休があります。4連休があり、夏休みがあり、その後にはお盆もあります。

さらに、その上にオリンピックという浮かれたムードが加わりえます。一気に人の流れは加速します。大変なことになることが想定されます。

それを都道府県知事は認識して、北海道や沖縄などは場合によっては航空機の便を制限するなどして、人の出入りを減らしたり、事前の検査などをしたりしなければいけないかもしれません。

北海道や沖縄を一つの国と見立て、訪問前に検査をさせたり、人数制限などをするということも今後は考慮しなければなりません。

ワクチン接種は間に合わない?

ーー今、政府はワクチン接種を加速させていますが、7月22日からの連休にワクチン接種は間に合いませんか? ワクチンの感染予防効果で抑え込めないですか?

これは見通しがだいぶん出てきていて、7月末までに希望する高齢者は一通り接種の機会があると予想されます。それでも7割から8割ぐらいではないかと想定されています。2割から3割ぐらいは希望しない、または、体質的にできないなどの理由で接種しません。

東京都の重症者の数を例に見てみましょう。

優先接種している高齢者の仮に7割が接種すると、65歳以上の医療機関での重症者の数はこれまでの半分以下には減るかもしれません。

しかし、まだまだオリンピックの頃には40代から60代は十分に接種していないでしょう。そこで仮に、オリンピックで市内やメディアもお祭りムードになって多くの年代が動き始めると、64歳以下の中年層の重症者が増加する可能性があります。

この世代の重症者は、医療であらゆる手を尽くすることが求められる年代です。家族を守らなければならず、子どもにまだ学費がかかり、家のローンもあるかもしれない働き盛りの世代です。

ーー政府は企業や大学の集団接種を持ちかけて、若い世代のワクチン接種の前倒しし、加速化を図ろうとしています。間に合わないですか?

7月22日の連休までにはまだまだでしょう。6月21日から始めるとのことですが、最速で1回目を6月21日に接種するとして、2回目は7月12日です。十分な効果が期待できる抗体ができるのはそこから2週間後ですから、7月26日からとなります。

最初の関門は7月22日から25日の4連休です。そして夏休みとオリパラ、お盆をどう乗り越えていくかが重要です。

少なくとも北海道や東京、その他の開催地には大きな試練となります。

ーーワクチン接種の進み具合からすると、すごい賭けですね。国民の命を賭けた大博打です。

知事は、今からでも五輪の時期に市民の命を守るための方策を考えて、市民に示すべきです。五輪の浮かれたムードが広がる中で人の流れを抑えなければいけません。

「移動をやめてください」「飲み会をしないでください」と呼びかける時に、それを市民に聞いてもらえるかどうかを考えないといけません。

その時に「五輪会場に客が入っている」「会場で酒を飲んでるようだ」となれば、なかなか市民に要請を聞いてもらえなくなる可能性を想定しなければなりません。

五輪開催が人の感情に与える影響は?

ーー心配なのは、五輪開催が一般市民に与える感情的な影響です。五輪のような大規模な国際イベントを開くなら、飲み会ぐらいやってもいいだろう、旅行だって行っていいだろうと思うでしょう。心理学の領域なのかもしれませんが、こうした影響は誰が考えるべきなのでしょうか。

「プロ野球だって大相撲だって観客を入れているのだから、五輪も大丈夫だろう」などと考えるかもしれません。

しかし五輪は象徴的なイベントです。「五輪は観客を入れる。だけど、居酒屋は閉めてもらう。都道府県を越える移動はやめてもらう。夜は外出を控えてもらう」という要請が果たして市民に受け入れてもらえるのか。

知事が市民にメッセージを出す時に、聞き入れてもらいやすいようにしなければなりません。それを考えると、五輪はそれなりに模範的な対策になっていることが期待されます。

五輪の会場内を安全に運営する、ということだけではなくて、国内の対策への影響をぜひ組織委員会には考えていただきたい。

ーー「選手村で酒が飲めます、コンドームを配ります」という対策の心理的な影響はどうでしょう。確かに選手たちは予防接種を徹底しますから、感染リスクは低いかもしれません。ただ、一般の人は「私たちは居酒屋を閉めて我慢しているのに、なんで彼らは特別扱いなんだ」という不公平感を抱くことが想像できます。要請を聞いてくれなくなりそうです。

そうですね。私もそういうことを想像します。

ーー感染症学や科学だけで考えていいものでしょうか? 居酒屋を生業としている人の中には、「私たちの生活は蔑ろにして、選手たちは酒をいくらでも飲んでもいいのか」と疑問を抱く人もいます。心理的な影響はどうでしょう?

公衆衛生の政策を進める上で何より大事なのは市民の信頼です。行政、専門家と市民との信頼があったから、この1年半ここまで流行を抑え込んでこれたところがあります。

五輪開催での様々な対応は、その信頼にまで影響を与える可能性があります。小手先だけの市民の誘導ではすぐにバレる時代です。政府や自治体は、こうした時期においてどうしたら市民の信頼を勝ち得るために何をしたらいいか。逆に、信頼はどうやったら失われるかを考えなくてはいけません。

人々が何を疑問に思い、何をおかしいと思っているのか。我々は丁寧に察知して、そこに答えを出さないといけない。

答えが出せないなら、「こういう問題があるが、どうしたらいいか難しい」と正直に共有する。それが信頼関係を生むのだと思います。

なぜ今、オリンピックを開かなくてはいけないのか? 納得いく説明を

ーー最もみんなが疑問に思っているのは、「なぜオリンピックだけ特別扱いなの?」ということだと思います。「人の流れを抑えよう」と政府も専門家も言っているのに、人の流れを促す最たるイベントをなぜ今、開かないといけないのか、納得いく説明がほしいのです。

オリンピック開催の意義は、私が説明できることではありません。

なぜこのタイミング五輪を開くのかは、政府や組織委員会が説明しないといけません。国際的な約束があるという説明は一理あります。

しかし、市民も含めた私たちの目標は、当初から一貫して国内の死亡を最少化することです。

「五輪開催で死亡者が増えることは許されない」 政府や知事は覚悟があるか?

ーー6月21日には緊急事態宣言は解除されそうですか?

それはまだわかりません。福岡、岡山、広島などは解除される可能性が高いでしょうね。沖縄、北海道はまだわかりません。

ーー東京はどうですか?

まだわからないです。20日までで解除できるかどうかは、16日や17日頃までのデータを見て判断します。いつの行動がその頃にデータとして出てくるかと言えば、まさに今週、来週です。

ーー6月に入ってから我が家の周辺の居酒屋も開け始め、酒を出し始めるところが増えています。我慢も限界に近づいています。

開いているところは混んでいるそうですね。今週来週の人の動きにかかっているわけですが、それを意識していない方は増えていそうです。

ーー東京はまた延長もあり得るのですね。

解除するとまた増えるでしょう。ただ東京の中でも感染の拡大状況は地域によって違います。

重点措置を使って感染者の多いところだけを対象にするということはあり得ます。感染の動向については市民に納得されるようなデータと目標が必要です。市区町村のレベルでも対策を呼びかけていただきたいです。

ーー今、最も訴えたいことは何でしょうか。

五輪開催に関係なく、いかに死亡者を最少にするかが一貫した目標です。知事のリーダーシップのもと、市民も協力し、医療者も医療現場で頑張ることが責務です。

「五輪があったから国内の死者が増えても仕方ないよね」とは誰も言うはずがありません。自然災害なら仕方ないと思えるかもしれませんが、五輪は詳細な日にちまで予定を決めて開催されるイベントです。

五輪開催期間においても十分な対策を行い、死亡者を増やすことは許されません。政府や知事はオリパラ開催を感染者や死亡者増加の言い訳にはできません。

そのために政府や知事は今から、大会期間中のことを想定して対策をたて、人の動きを最小限にし、飲食店での感染を抑え込むことを考えなければなりません。

オリパラの関係者、特に組織委員会には、こうした国内の対策や判断が必要となることを理解し、知事や市民の判断や行動にどうしたら影響しないで開催できるかを考えていただきたい。

無観客にするにしてもしないにしても、国内にも世界にも説明が求められます。

開催地の知事は組織委員会を交えた会議体を作り、開催地の自治体同士でも連携するべきです。そして、市民にもリスクを伝え、望ましいこの夏の過ごし方をできるだけいまから伝えていく必要があります。

【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学国際医療協力部長、医学部公衆衛生学教授

2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。
『企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル』(東洋経済新報社)を6月11日に出版。