再び新規感染者が増え始めている新型コロナウイルス。
通勤を再開する企業も増える中、東京都の小池百合子都知事は「職場内クラスターがここのところ問題になっている」と注意を呼びかけました。
多くの人が毎日通う職場で起こり得る感染をどうしたら防ぐことができるのでしょうか?
『企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル』(東洋経済新報社)を緊急出版したばかりで、公衆衛生や産業保健を専門とする国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんにお話を伺いました。
【職場での感染対策のポイント】
- 発熱、咳、喉の痛み、下痢があったら休む
- 2mの距離を空ける、3密を避ける、手洗いの基本を徹底
- 地域の流行に応じて対策に強弱をつける
- 感染対策は一人1日100円以内
- 出張、都道府県をまたぐ移動は感染拡大状況をみながら慎重に
- 会議や朝礼、懇親会、接待など人が集まる機会はなるべく控えて、オンライン会議も導入
- 無症状の従業員の検査を事業継続のために、という考えはすすめられない
※インタビューは6月27日にZoomで行い、この時点の情報に基づいている。
発熱、咳、喉の痛み、下痢 1〜3日様子をみて
ーー「職場内クラスター」という新しい言葉が話題になっています。
どのように感染したのか詳しい情報がわからないのですが、職場で懇親会があったという話もあります。これまで新入社員の歓迎会などもできていないですから、この機会にと思っている職場も多いと思います。でも、特に都心は要注意な状況です。
ーー在宅勤務から通勤を再開する会社も増えていますから、感染リスクはありますね。これから職場での感染が増える可能性はありますか?
企業における感染症対策では、「特定の多数」と接するのか、「不特定の多数」と接するのかで大きく変わります。
多くのオフィスは「特定できる多数」だと思います。そういうところで一番呼びかけなくてはならないのは、「体調の悪い人は出勤を控える」ということです。これを徹底しなくてはいけません。
でも、時間が経つにつれ、だんだんこの原則も崩れてきますよね。
「体調の悪い人」とはどういう人なのかと言うと、特に、
- 発熱
- 咳
- 喉の痛み
- 下痢
という、ウイルスを排出する可能性の高い人たちです。こうした症状がある人はやはり休んでほしいのです。
ここに頭痛や倦怠感などが入ると他の病気の可能性もあるかもしれないので難しいところです。
嗅覚・味覚障害は新型コロナの感染では1割程度に出るとされています。たしかに特徴的な症状の一つといわれていますので症状があれば休んでいただくのがよいかもしれません。ただ、嗅覚・味覚障害がある人が感染力が高いかはまだわかっていません。
まずは上記4つの症状がある人は最低限休ませるように徹底しましょう。
また、その日でなくても、前日にこれらの症状があって、朝起きたら回復していたとしても、最低24時間以上は症状が再び出ないか様子をみる必要があります。
さらに気にしてほしいのは地域での感染状況です。
過去1週間に感染者がまったく出ていない地域と、東京のように一定数出ている自治体では対応も変わります。
東京や埼玉は感染者の増加が報告されています。こうした地域では症状があった場合にはより慎重に48時間か72時間ぐらい様子をみて症状がないことを確認してから出勤してほしい。
ーー熱があった場合には、下がってから72時間後に出勤ですか?
そうです。流行地域で熱や咳が数日出たならば、感染している可能性がなきにしもあらずなので、完全に収まったことを確認してほしい。24時間では短いようです。
これまでのクラスターの分析でも、発熱があった人が24時間ぐらいで下がったので出勤したらまた体調が悪くなって、その後陽性が確認されたということもありました。
新型コロナでは比較的経過が長いようです。診断された場合の退院基準でも72時間程度、症状が消えた状態を条件の一つにしています。
もちろん、感染者がこの1、2週間に出ていないような地域はこの基準を当てはめる必要はありません。例えば岩手県や島根県などで同じ警戒をする必要はありません。
地域の流行の状況に応じて、対策は強弱をつけなければいけません。今は東京で作った基準をそのほかの地域に転用していますから、やや厳しくなっていることがあります。
地域の流行状況に応じて対策を変える
ーー具体的には何を気をつけるべきなのか改めて教えてください。
まず、一人一人が基本的にやることは同じです。人との距離をできれば2m以上、最低でも1m空けて、十分間隔が取れない時はマスクをする。そして、手洗いを徹底する。
さらに、職場では、先ほど言ったように、熱、咳、喉の痛み、下痢などが出たら出勤しない。
そして、職場内で人が集まる機会を減らしてほしいのです。例えば、朝礼や会議などはなるべくやらないでほしいと考えています。特に地域での感染が見られているときはぜひ徹底してください。
ーーしかし、会議はせざるを得ないですね。
患者さんが確認されている地域では、方法をこの際見直してほしいのです。オンライン会議は、中長期を考えると導入しておくことは事業継続にも必要と考えます。
そして、企業での対策はもう少しメリハリがあってもよい。職場での感染リスクというのはその地域での流行状況によって決めるのです。
でも、これがなかなか理解が難しいようです。だから全国一律の対策をやるという企業もありますが、新型コロナがある状況が2年から3年続いたとして、それが本当にできますか?と問うています。
もちろん、事業が継続でき、職場での納得感があるというならそれでよいでしょうけれども。
特に全国に展開している会社は、
- 平時からやっておくべき新しい生活様式
- 地域で感染が広がってきた場合に強化する対策
- さらに流行が拡大した場合に追加する対策
と、3段階に分けて対策を考えておいてほしいのです。
ーー平時は、人との距離を取り、三密を避ける、手洗いを徹底するなどを行うわけですね。
逆に、地域で流行がない場合はあまり神経質に守る必要はないということも強調しておきたいです。もしあまり徹底できていない人がいてもあまりうるさくいう必要はありません。周りに誰も感染者がいないのですから。
互いの距離が空いているオフィスなら本来であればマスクもつける必要はないです。
ーー地域で少し流行してきたら何を上乗せすべきなのですか?
流行してくると、うつす確率、そしてうつされる確率も上がってきます。だから、これまで実践している対策を徹底しているか、皆に改めて呼びかける必要があります。
あまり流行っていない段階からやれやれと言っていると、疲弊してきます。地域で感染者が出てきた時にはギュッと警戒を高められるように、ポジティブに緩急をつけてほしいのです。
ーーポジティブにというのはどういうことですかね?
できていない人を責めるのではなくて、感染拡大があった時に、感染対策も事業継続もみんなで頑張ろうと声かけをする。
朝会社に来たら必ず手洗いしようね、人と話す時はマスクをつけるんだよと声をかける。
そして、テレワークもやってみる。できればテレワークは、少し流行が落ち着いているときに導入してみた方が良いと思います。またきっと必要になる日が来るでしょう。
さらに流行した時に上乗せする対策としては、換気の強化などがあるかもしれないですね。
私たちには経験がある 締め過ぎない、開け過ぎない
最近対策を議論していると、空気中に飛沫よりも小さな粒子がしばらく浮遊する「エアロゾル感染」「マイクロ飛沫感染」というリスクを気にし過ぎていることがあります。
この経路に対しては換気が対策になるのですが、オフィスビルは窓開けができないことも多く、設備導入などの費用もかかります。
大声を出すような職場でマスクをしないような人がいれば換気も必要ですが、職場の基本の対策はやはり接触感染と飛沫感染を中心に考えています。
私は1日100円以上を感染対策にかける必要はないと常々言っています。職場で対策を持続するためにもお金をかけ過ぎたらもちません。
マスクが30〜40円。アルコールも30〜40円。あと20円ぐらいはウェットティッシュです。100円以上かけなくていい。
ーーもし流行が広がってきたら、そこは強化していけばいいと。
そうです。もし地域での流行が始まったら、出勤はしないでテレワークにするとか、事業の一部を止めるなどしなければいけません。東京で言えば、4月1日ぐらいの状況を思い出して、強化しなければならない。
場合によっては自治体からまた、「なるべくテレワークに切り替えてください」と呼びかけられるかもしれません。
既に我々には経験があるので、前例を参考にしながら「次はどうするか」を自分たちで考えられます。経験を元に次はもっとうまくやりたいわけです。締め過ぎないことも大事です。逆に開け過ぎないことも大事なのに、今は緩むスピードが早過ぎると感じています。
先生ならどうする? 通勤電車、バスの中では?
それぞれの職場でガイドラインも作っています。それを実践する中で、だんだんやり過ぎなところもわかってきています。
例えば、それほどしゃべらない職場で、換気をそこまで頻繁にやるべきか。換気設備にはお金もかかりますし、エアコンの効率も下がる。ある程度メリハリをつけて、過去1週間で地域に感染がなければやらなくてもいいのです。
手袋、フェイスシールドも一般の人が必要とする場所は極めて限定的です。
手袋はあくまでゴミを捨てる時などに手を守るためだけに必要です。フェイスシールドはマスクをしていない人と対面で話をしなければならない場合に考慮するぐらいです。そもそもフェイスシールドは使い方が難しい。医療従事者は訓練を受けています。
ーースーパーでもレジの人が手袋をやっていることがありますが、あれは意味がないですね。
ないです。大手の小売り店も当初はガイドラインに盛り込んでいましたが、外すように提案して外していただきました。手袋をしていることで安心して顔を触ればかえってリスクを高めるだけでなんのメリットもないです。
基本は手洗い、そして顔をなるべく無意識に触らないということです。
片や不安だ、片ややり過ぎだという声がある中で、まずはやってみておかしいなと思うところがあれば話し合って修正していけばいい。
最近では「先生ならどうしますか?」と相談されることが増えました。「一般的にどうしたらいいのですか?」と聞かれると、専門家は防護的に厳しい対策を言わざるを得ません。
でも「あなたはどうしているの?」と聞かれたら、私も具体的なところが話しやすいです。
ーー先生は出勤はどうしていますか? 電車などではどのように対策を取られていますか?
私は毎日電車に乗っています。
電車に乗っている時には、つり革は持ちます。転んだら危ないですからね。でも必ずやっていることとして、降りたら出来るだけ早いタイミイングで手を洗うようにしています。なるべく顔は触らないように気をつけています。
ーー通勤時にマスクはどうしていますか?
電車では基本的にしゃべらないので、マスクはいらないと思っています。でも、私の住んでいる自治体では感染者も出ており、他人にうつすかもしれないという危惧があるので、一応つけています。
ーー感染者のいない地域なら通勤時につけなくてもいいわけですね。
2m周辺に誰も人がいないような環境ならいらないです。地方で全然人が乗っていないようなバスで通勤するならばいらないでしょうね。窓も開いているでしょうしね。
出張は? 都道府県をまたぐ移動はどうする?
ーー先生もよく行くでしょうけれども、出張はどうしていますか?
出張に関しては、今はできるだけ控えるようにしています。
行かなくてはならない時は、まずはオンラインで参加できないかを尋ねています。
出張するとなると1週間以上前から調整を始めますが、流行や感染の拡大は数日の間で大きく展開するのが普通です。行けなくなる場合も考慮して、講演などは受けるようにしています。
今の東京や関東周辺を考えると、少しずつ市中感染が始まろうとしている兆しがあります。すごく広がっているかというとまだそうではありませんが、1週間後にどうなっているかはわかりません。いつでも起こり得ると考えて行動します。
都道府県を越える移動は、行った先で発症すると迷惑をかけます。またいったん発症すると、帰るのが大変になります。公共交通機関を使えなくなりますから。
今のところは不要不急の出張は避けるようにしていますし、どうしても行くならば、健康ダイアリーのようなものを作って、出張1週間前から体温を測っておいて、体調を確認してから行くようにしていますね。
会議は? 懇親会は? 接待は?
ーー会議はどうしていますか?
できるだけオンライン会議にしています。どうしても集まらなければならない時には互いに2m距離をとって、お互いマスクをして、窓を開けてやっています。衝立は使っていません。
ーー何人ぐらいまでと決めていますか?
それは部屋の広さと、人数によります。主催者は、もしその中から感染者が出たら、リスクをどう取れるのかを考えて開催する必要があります。責任者が全員出ないなど、リスクを分散する必要があります。それは会議に限らず、懇親会や飲み会でも同じです。
いわゆるお酒を伴う食事会はどうしても3密になるし声も大きくなります。今のところ私はできるだけ行かないようにしています。
ちなみに家族が「飲み会に行く」と言ったら「しばらくやめといたら」と言いますね。でも人間関係もありますから、止めることは難しいこともあるでしょうね。
ーー職場で「帰りに一杯やっていくか」というのもお勧めできないということですか?
まず、その地域によります。感染者がいない地域であれば、お互いに具合が悪くないことを確認して距離をとって行けば飲みに行ける地域はあると思います。
東京都でオフィスワーカーの人が行くとなると、地域にもよります。東京都は地域での感染の詳細があまり公開されないので、どうしていいかわからないのが困っています。
最近、企業から相談を受けているのは、企業同士の接待をどうするかなんです。私だったら行かないですが、他人へのアドバイスですから「大丈夫です」とは申し上げられません。
そういえば緊急事態宣言の間に真面目な企業は接待をしなかったわけですが、逆にそういう時に接待した方が連帯感が高まったという話を聞きました。
でも、それは感染者がたまたま発生しなかったらかよかったとなるわけで、そこで広がっていたら大問題になったでしょう。
もしその中で一人でも発症した人がいて、1m以内の距離で15分以上マスクなしで話をしながらお酒を飲んでいたならば、濃厚接触者となる可能性があります。そういう可能性を考えても「大丈夫」というならば、それはもうご自身で責任をとっていただくしかないでしょうね。
ただ、東京では徐々に感染拡大の兆しが見えてきているので、産業医の立場から言えば、「出来るだけ避けた方がいい」と伝えます。自分もそのように行動しています。
感染したらどうする?
ーーいざ感染したら、または家族から感染者が出たら休みますね。会社で感染する可能性もあります。会社ごとに休みをどうするかは違うかと思いますが、賃金補償はあるべきなのでしょうか?
それは会社のルールで考えることになります。
感染症は私病だと考えれば、有給休暇を使うのが基本だと思います。
職場で感染した場合は労災となるかもしれません。一般のオフィスで働く人だと難しいかもしれませんが。
ーーしかし、非正規雇用で働く時間によって給料が変わってくる人だと、休みたくなくて隠してしまう可能性がありますね。
そうなんです。だから安心して休めるようにしなければなりません。
今、ホストクラブなどに勤める人たちが検査を受けてくださっています。検査で陽性になったら場合によっては2週間働けないということを理解して受けてくれているのでしょう。
逃げようと思えば逃げられるかもしれない検査なのに、ちゃんと受けてくれることについては一定の評価が必要です。そういう人たちに賃金補償をどうするのかは大事です。感染した方に公の負担で見舞金などを出すことができないものかなと思います。
例えば、クラウドファンディングのような形も考えられるでしょうか。一人、1日1万円として、14日間、14万円あれば生き延びることはできるでしょう。
指定感染症として行政の勧めで検査をして、結果が陽性で、仕事を長く休まざるを得ないならば、なんらかの方策を考えた方がいい。国だけでなく企業も含めて生活補償を考えた方がいいと思います。
私も含めてだれもが感染する可能性があるのですから。
さらに、一番大事なことは、感染してもその人を責めるような職場環境を作らないことです。普段から職場の人間関係を良くしておくことはすごく大事です。
今は落ち着いていますが、この秋から冬にどうなるかはわかりません。流行してテレワークに進んだ場合、新入社員や転職したばかりの人は戸惑いを感じながら働くことになります。
新しい人たちを大事にしないと、長期的に色々な問題が起きると思います。テレワークができない職種もあって不公平感も募るでしょう。とりあえずこの1年をどう乗り越えるか、会社と従業員はみんなで議論しながら決めていってほしいです。
企業での検査、どう考えるべきか?
さらに今、社会経済活動を維持するために、企業でPCR検査や抗原検査をどんどん活用すべきなのではないかという人がたくさんおられるようです。
無症状の従業員にも検査をしろと言っている人は、自分が陰性だと思って言っているのかもしれませんが、陽性の場合、指定感染症ですから入院になってしまいます。入院しないまでも、一定期間、ホテル療養や自宅療養になります。
ですから、社員全員に「みんなやれ」というわけにはいかないのです。
PCR検査をしてウイルス量を見れば、たくさんウイルスを持っている人とそうでない人がわかります。そこで入院すべきかどうかを線引きをすることも検討されています。
しかし、無症状ですから、これからウイルス量が増えて発症するのか、それともすでに発症してなおりつつあるのかわかりません。ですので、やはり今は入院ということになっている。
優先順位も考えなければいけません。医療が逼迫している時に、全員に検査をやって、無症状の人への医療提供ニーズが高まると困ります。
一方、高齢者施設や障害者施設に入る時に、中に持ち込まないための検査をすべきだという議論もあります。医療者やインフラを整備する社会機能維持者も優先的に検査を行うべきではないかとも言われています。
しかし、検査でわかることはそうないのです。その時点では陰性であるという以上の証明にはならず、持続的な陰性証明にはなりません。検査の精度の低さもあり、流行していない時期に検査をすれば、間違った結果が出る可能性も高くなります。
個人的な見解としては、検査で出社の可否を判断するよりも、症状の有無を確認して、症状がある場合は休む。地域の流行がある時には、感染対策を徹底する方が合理的ではないかと考えます。
既に感染したかどうかを確認する「抗体検査」も企業活動に取り入れる動きがあります。しかし、精度に課題がありますし、抗体が確認されたからといって、その後再び感染しないということは確かめられていません。
今の段階では、特段の意義を見出せませんので、おすすめしていません。
【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学国際医療協力部長、医学部公衆衛生学教授
2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。
『企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル』(東洋経済新報社)を6月11日に出版。