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新型コロナワクチン報道でHPVワクチンと同じ失敗を繰り返すな 疫学者がメディアに注文したいこと

新型コロナワクチンの接種が間もなく日本でも始まりますが、恐怖を煽る報道が続いています。なぜその報道はまずいのか。疫学者の立場から批判していただきました。

日本でも2月中旬から接種が始まる見込みの新型コロナウイルスワクチン。

一定数以上が接種することが、感染拡大を予防する鍵を握るが、メディアでは不安を煽る報道も目立つ。

統計データを扱うエキスパートの疫学者、名古屋市立大学公衆衛生学教授の鈴木貞夫さんに日本のメディアのワクチン報道を評価してもらった。

日本のメディアが発信する「ワクチンうちたいか」意識調査は意味ある?

ーー例えば、先日オリコンニュースから、『新型コロナワクチン、6割超「受けたくない」女子高生100人にアンケート』というアンケート記事が出て、毎日新聞などが掲載しました。まず、女子高生100人に接種希望をアンケートするのは意味があるでしょうか?

意味というのをどう定義するかによっても違うでしょうけれど、まず良くないなと思うのは、女子高生がワクチンに対する知識や興味があるかどうかと考えると薄いと考えるのが妥当でしょう。基本的に、今の感覚で答えるはずです。

特に彼女たちはほとんどが重症化もしませんし、コロナで死ぬということが念頭にない人たちです。天秤にかけるのは、自分と全く関係のない人の死亡と、ひょっとしたら自分に一定の割合で現れるかもしれない副反応です。

そのあたりの天秤のかけ方を考えると、女子高生のアンケートではワクチンをうたない方に傾くのは最初からわかっていることです。

これがもし、「老人ホームの高齢者100人に聞きました」だとまた違ってくるかもしれません。

ーーもし、老人ホーム100人へのアンケートだったら、ある程度、重症化や死亡のリスクを切実に感じる集団でしょうから、意味はあるのですか?

女子高生100人に聞くぐらいならば、高齢者100人に聞いた方がいいのではないかという気はします。

それでは医師へのアンケートは?

ーーでは、AERAの『医師1726人の本音、ワクチン「いますぐ接種」は3割』で行われた医師へのアンケートはいかがでしょうか? 医師は女子高生よりもワクチンの効果や意義はわかっていそうです。医療機関は新型コロナで業務が大変になっていますから、切実さもありそうではあります。

これも個人的な感想を言うと、かなり雑な調査だと思います。「医師」と言っても一枚岩ではありません。専門も違うし、診療している患者さんの層も違います。今コロナ診療の最前線で働いている医師と、それ以外の医師でもかなり違ってくるでしょう。

医師だったらワクチンのことをある程度知っているだろうと思われるのは当然ですが、実は全くそうではありません。医師になってすごく時間が経った人の認識は、一般人とあまり変わりない場合もあります。

疫学も知らないでしょうし、データも見ずに「なんとなく危なそうな気がする」という気持ちで動くのは、一般人も医師もあまり変わらない気がします。

医師にアンケートと言うならば、もう少しちゃんと、医師全体の回答ではこういう分布だったけれど、コロナの最前線に働いている人だと「うちたい」という人が9割を超えました、という戦略的な調査なら意味もあるかもしれません。

しかし結局、出口戦略としてはワクチンしかないわけです。ワクチンが今どういう位置付けになっているかについて、メディアはもう少し客観的な事実を伝える必要があります。

意識調査をやるなら、医師だろうが女子高生だろうが、ワクチンの客観的事実を知らない人に聞いても仕方ないと思います。

結果は、コロナ患者と濃厚なお付き合いがあるかどうかが決め手になるでしょう。そこでお付き合いがあまりなければ、女子高生であろうがお医者さんであろうが、うちたくないという方向に偏るのは調査をしなくてもわかることです。

コロナと患者のお付き合い具合で分けて結果を比較するとか、もう少し実のあることを考えた方がいいのではないでしょうか。

意識調査はそもそも意味がない

そもそも僕は、ワクチンをどうしていくか考える材料として、「うちたいか、うちたくないか」を聞く意識調査はあまり意味がないと思っています。

HPVワクチンをどうしたらうつかについて、大阪大学の上田豊先生たちがお母さんたちにアンケートをした時、一番関係があったのは、「周りや知り合いが接種する」でした。

ーー半数以上は、「同世代の多くの子が接種しないと接種しない」と考えていましたね。

日本では、隣の人がうったかどうかが意思決定に影響を与えるわけです。

それに11月段階でうちたくないと言っている人と、今うちたくないと言っている人はおそらく数が違うと思います。これから接種が始まり、どんどんうつ人が増えていくことを考えると、「足りない!」という話にならない方が不思議です。

日本人は、どちらの方向にも傾く可能性があります。菅首相が「率先してうちます」と言ったら、「優先順位を繰り上げるのか!」という文句が出ましたね。

だから僕も、「順番が回ってきたらすぐうちます」という言い方をしています。順番を繰り上げてほしいというわけではなくて、順番が来たら躊躇なくうちますよという言い方をするわけです。

ーーそもそもまだ接種が始まっていない段階で、メディアが「うちたいかうちたくないか」を聞いて提示することは、今後の状況で変わってくる可能性もあるから意味がないということですね。

そうだと思います。状況は日々変わるし、おそらく自分がうつうたないも、半径3m内でうつ人がどんどん増えていけば変わる。意思決定も変わっていくでしょう。自分の知っているAさんもBさんもCさんもうったけれども、みんな元気で過ごしているとなると、うつ方に気持ちは引き寄せられる。

おそらくどこかの時点で、「ワクチンをうった人はマスクを外していいですよ」となるはずです。お酒も飲める。うった人はカラオケできますよ、居酒屋行けますよとなる。そうなってくると、ワクチンをうつかどうかは損得勘定になっていきます。

学校はどうなるかわからないですが、アメリカの大学などはワクチンをうっていない人は保険にも入れないし、入学もできません。だからうたざるを得ない。

それぐらいまでは僕は許容範囲だと個人的に思いますが、日本はそういう強制はしていません。今後も、アメリカのようなことにはならないでしょうね。

様子見をしたい、という考えがあるのはわかるが......

ーー予防接種は努力義務ですから、うちたくない人はうたない自由がありますね。

ただ、ワクチンをうった人にメリットや利益があるということがわかればどんどんうつ方向に傾いていきます。何十万分の1の有害事象と、目の前の利益を比べての損得勘定になると思います。

おそらく多くの人は、そうなるまで待つのでしょう。

ーーしばらくは様子見するという人が多いですね。

様子見をしてもいいと思いますが、僕は個人的に、そういう態度には若干、抵抗感があります。

薬や治療法のエビデンスは、過去の人の協力の恩恵を受けてできあがったものです。日本人は恩恵を受けたがりますが、それを作るために自分が協力するのは嫌、という人が多いように思います。私は個人的にそれを少し苦々しく思っています。

ワクチンに限らず、色々なエビデンスを固めるため、実験的な研究に多くの人が命や健康を犠牲にしてきました。それを考えると、「よその国のエビデンスができるまで待っている」という考え方自体、私はあまり好きではありません。

もちろんこれは僕の個人的な意見です。個人の健康が何よりも大事ですから、おかしな副作用が出そうなものをあえてうつことはしないですが、新型コロナのワクチンは、現時点で海外では何千万もの人がうっているワクチンです。

致死的な副反応は出ると思えないからうつというのが、私の相場観からみた意思決定です。

ただし、エビデンスから安全そうだと言っている部分と、自分の科学者としての相場感や価値観を絡めて言っている部分があります。エビデンスで言えるのは短期的な安全性だけで、短期的には問題はない。

長期的な安全性は現時点でデータではわかりませんと答えるのが科学的に正しい態度です。30年後の影響は30年経たないとわからない。長期の影響についてどう考えるかは、その人の年齢にもよるし、社会経験にもよるでしょう。個人的な価値観なのでそれをどうこう言うつもりはありません。

ただ、個人の意思決定の参考になるなら、相場観がある専門家としてこう考えますとか、今言えることはここまでだと言うことはできます。

少なくとも今うてば、カラオケや会食に行けるかもしれない。そのあたりをどう伝えていくかは、私の専門ではなく、リスクコミュニケーションの専門家の意見を聞きたいところです。

メディアが見解を聞くべき人、プロは「ちゃんとした相場観」を持っている人

ーーワクチンや感染症、先生のような疫学の専門家が、長期的な安全性はわからないまでも、これまでの専門分野での経験を踏まえて、こう考えられますよと合理的な見通しを示すことは参考になるはずです。

しかし、デイリー新潮が「絶対に打ちたくない」という医学部の名誉教授の言葉を載せたり、TBS NEWSが「実験台にされている」という男性看護師の言葉を載せたりして、医療従事者の「印象」を伝えているメディアも目立ちます。どう思いますか?

もし、危険を煽りたいのならば、「こういう理由で大丈夫だ」と言っている専門家の意見も同時に書くべきです。両論併記でもいいから、怖いという意見だけではなく、僕たちのような立場で「うちます」と言っている医師の言葉も載せるべきででしょう。

ワイドショーの常連コメンテーターも、ワクチンに関しては反対はしないと思います。

プロというのは、結局、ちゃんとした相場観を持っている人だと思います。

そのあたりは、数を数えることを生業とした者のある程度の相場観に敬意を払ってほしい。印象だけで話す素人と同じことはしていないのですから。

しかし、私が専門分野の相場観から見解を示すと、一般の人から簡単に批判を受けます。疫学に関して一般人と同じレベルだったら、申し訳がたちません。もう少し、専門性に敬意を払っていただきたいものです。

メディアへの注文

ーー日本でもワクチン接種の開始が迫ってきました。おそらく日本でも接種後の死亡者や体調不良は出てくるでしょう。それを報じるメディアに対して、注文したいことはありますか?

まず、ワクチンが危ないという前提に立った書き方はしないでほしい。

そして、とにかく比べることです。比べることのできない数字は断定して書いてはいけない。そして、比べ方がフェアかどうかはきちんと考えてほしいです。

僕たちは、ワクチンで助かった命と、ワクチンで亡くなった命や損なわれた健康を比べるわけですが、どう考えてもワクチンで救った命の方が多いです。HPVワクチンでも同じです。

ワクチンで救えるはずの命がたくさんあるはずで、その裏で副反応や有害事象がある。僕たち研究者は、それを比べてものを言うことが正義だと考えています。

「それは比べてはいけないのだ。一人でも命や健康が損なわれてはいけない」という人とは出発点が違いますし、議論も噛み合いません。

こちらはこちらの物差しや正義でものを言っていますが、それが絶対的なものではないこともわかっているつもりです。だから、ワクチンは難しいという自覚はあります。

だけど、こちらの立場からすると、少なくとも比較のないところに因果関係はありません。とにかく、一般の人の受け止め方に大きな影響を与えるメディアには比較なしでものを言うなと伝えたいです。

専門家の選び方は?

ーー話を聞く専門家の選び方についてもご意見をください。相場観のある専門家はどう見分けたらいいですか?

まず、意見が外れた人には、外した言い訳をさせてから次の発言を取り上げてほしいですね。「1週間後にはニューヨークのような悲惨な状態になる」とか、「目を覆うような事態になる」と言った人はそうならなかった理由を説明させるべきです。

あるいは、「いつでも誰でも何度でも」をキャッチフレーズに、不特定多数の無症状者にPCR検査をするとしていた「世田谷モデル」は今どうなっているのかという報道も全くないですね。

世田谷モデルの検証をしないまま、今度は広島に似たような検査政策が飛び火しています。学術的に総括しないままだったから、同じようなことが繰り返される。まさにたちの悪い再放送のようです。

しかも今はもうワクチン接種が始まる時期です。ワクチンをスムーズにうてるように今は努力すべき時なのに、何をしているのでしょうか。

ーー保健所や行政の人は大変ですよね。ワクチン接種だけでも大変なのに。

検査に人手を取られてどうするのでしょう。現場で反乱が起きるかもしれませんね。

ーー自民党本部でも全職員の検査を行うそうです。どう思いますか?

色々なものに迎合した結果でしょうね。国民に変なメッセージを与えることを危惧しているし、分科会の尾身茂先生たちが無症状の不特定多数に対する大量検査はよくないと言っているのですが、遠回しなため伝わっていないのかもしれません。

いまだに無症状の人にも全員検査を、と言っている人が多いですね。

そのあたり、責任をメディアは取らないし、ひどすぎます。どういうエビデンスで検査をすれば感染者が減ると思うのか、示してほしいですね。

例えば、中国では検査は感染者がいない時にやっています。ロックダウンで感染者を減らして、感染者がいなくなってから検査をした国です。検査が感染者を減らしたと言うには、因果関係が時間的に合っていない。

検査で感染をコントロールできた国なんて一つもないのに、それが伝わっていません。

新型コロナワクチンの報道では失敗してほしくない

今度、新型コロナ報道で失敗したら、日本のメディアは笑いものです。HPVワクチンの報道でも既に世界中から批判を受けています。今回は報道の失敗によるダメージの規模が桁違いでしょうから、それだけは避けたいです。

ーー先日、精神科医の斎藤環先生に取材した時に、メディアはHPVワクチン報道を失敗と思っておらず、むしろ政策に影響を与えた成功体験と考えているのではないかと指摘されました。確かにその節はあります。

それはそうかもしれないです。メディアの報道は利害からではなく、正義感からきているのでさらに問題の根が深いです。本気であれを副反応だと考え、薬害を止めたと考えている。成功体験と考えている節はありますね。

だからこそ厄介です。それでも個人レベルでわかっている記者は徐々に増えています。

多くのマスコミは科学やエビデンスがわかってないのに、世の中をどの方向に動かしたいかという考えだけがある。僕ら科学者は科学やエビデンスはわかっているけれども、世の中の方向づけや意思決定は各個人で行うべきだと思っています。そこが違います。

もし、メディアも新型コロナウイルスの報道で方向転換できれば、HPVワクチンの報道も変えていけるかもしれない。ワクチンというくくりの中で、効果や安全性をどう評価するかを改めて考え直してほしいです。

今回のワクチンは新しい技術を使っているので、不安があるのは当然のことだと思います。だからWHOも副反応についてもきちんと伝えるよう報道に促しています。

求められているのは、「このワクチンは良いですよ・悪いですよ」という価値判断ではありません。「科学的に今の状況はこうなっていますよ」という事実を、丁寧に根拠を示しながら伝えていく努力が必要かなと思います。

【鈴木貞夫(すずき・さだお)】名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

1960年、岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(予防医学専攻)、Harvard School of Public Health修士課程修了(疫学方法論専攻)。愛知医科大学講師、Harvard School of Public Health 客員研究員などを経て現職。2006年、日本疫学会奨励賞受賞。