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「全国民のセルフPCR検査」を政府に勧める楽天の狙いは? 厚労省は「非現実的」、医療者は「不安商法の延長」

法人向けに自己採取のPCR検査を売り出した楽天が、政府の会議で「全国民のセルフPCR検査」を提案していたことがわかりました。楽天の狙いは何なのでしょうか?

新型コロナウイルスのセルフPCR検査キットの販売を法人向けに始めたことに対し、医療者から批判を浴びている楽天。

販売開始2日後に、社長の三木谷浩史氏が、政府の会議で「日本復活計画」と称して、「全国民のセルフPCR検査」を提案していたことがわかった。

費用は検査だけでも5000億円に上るこの提案。

PCR検査はもともと精度が低い上、無症状者が自己採取で行えば、陽性なのに陰性と出る「偽陰性」やその逆に陰性なのに陽性とでる「偽陽性」といった間違った結果が出やすくなる問題が指摘されている。

こうした理由で、日本医師会など多くの医療関係者が楽天の検査キットに反対の声を挙げている。

陽性と出た場合の滞在施設も楽天運営の「楽天トラベル」で手配するという、政府に対する企業の営業活動にも見えるこの提案は、いったい何が狙いなのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、楽天と医療関係者の見解を取材した。

自社製品を使って日本人5000万人にセルフPCR検査を

三木谷氏が提言したのは、4月22日に首相官邸で開かれた「第77回高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 第8回官民データ活用推進戦略会議 合同会議」。

政府が「接触機会の最低7割、極力8割程度の削減」を新型コロナ拡大防止のための目標として打ち出しているため、「ITやデータを総動員した取組が必要」として政府のIT戦略をたてるために開かれた。

この会議で三木谷氏自身が発表した「日本復活計画」と題する発表資料冒頭には、楽天のロゴと三木谷氏が社外取締役を務める遺伝子検査会社「ジェネシスヘルスケア社」のロゴを並べている。ジェネシス社は楽天が販売する法人向けのセルフPCR検査キットを開発している。

資料では「日本の経済を一早くフルパワーに再開させ、来年オリンピックを開催するためにも、国民全体のコロナ陽性・陰性分析完了が必要不可欠

と政府の悲願であるオリンピック開催を目標として示した上で、

「オールジャパンで一刻も早く全国民のセルフPCR検査(無料)を実行するべき」と提案する。

三木谷浩史・楽天会長から全国民へ“セルフ“PCR検査実施の提案、坂村健・東洋大学情報連携学部長から日本政府の“国民を信頼する感染症対策”にはAPI整備による広報が不可欠、平野未来・シナモン社長はシンガポールのナショナル・デジタルIDの有意性についてなど、とても時宜を得たご意見を頂きました。

@norihiron

費用は5000億 陽性となった場合の滞在施設も「楽天トラベル」で

当初は医療・介護・配送事業者を中心に優先して検査し、まずは5月中旬に5000万人まで検査を拡大するという計画を提案している。その費用は5000億円で、無料で検査が受けられるよう、政府が負担することが前提の提案だ。

さらに、それで陽性と出た場合のフォローも抜かりない。

「家庭内感染を避けるためにも、ホテル等宿泊施設への隔離は必須」とし、行政の問い合わせに応じて、楽天が運営する「楽天トラベル」で、受け入れ可能施設の選定から利用者の退去まで支援するという流れだ。

一方、楽天が4月20日から法人向けに売り出している無症状者向けのセルフPCR検査キットには、日本医師会も含めた医療者から多くの批判の声が上がっている

「自己採取では適切に検体が取れない」「誤って陰性と判定された人が安心して行動して感染を拡大させる恐れがある」「陽性と出た人が無症状でも医療機関を受診し負担を増やしかねない」などの声だ。

楽天の広報担当者はこの提案について、「楽天やジェネシスヘルスケアの商品を売り込んでいるわけではない。ジェネシス社の名前を入れているのは、検査のことをよく知るので提案内容の作成を手伝ってもらった」と説明する。

また、楽天トラベルについては、新型コロナ対策での受け入れ施設の手配について、「これまでも無償で行なってきた」とし、「この提案が通った場合も会員宿泊施設につなげる手配は無償で行うつもりだ」とした。

また、医療者から批判の声を浴びている無症状者への自己採取検査を国民全体に広げるという構想についての見解を質したところ、「政府への提言につきましては、日本全体として取り組むべき方向性を提案するもので、日本の経済を一早くフルパワーに再開させ、来年オリンピックを開催するためには、国民全体のコロナ陽性・陰性分析完了が必要不可欠という考えに基づくものです」と回答した。

内閣官房、厚労省の見解は? 「非現実的」

この提案について、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室の参事官補佐はBuzzFeedの取材にこうコメントした。

「このPCR検査について、医師会などから批判の意見があることは報道で承知をしている。これはあくまでも有識者の意見を聞くという会議なので、医療者の声も聞いている厚労省と連携しながら、様々な意見を踏まえて方針を決めていきたい」

一方、厚労省の結核感染症課は、法人向けの楽天の検査キットについて、医療機関を通じて行う検査とは別のものと考えるように注意を呼びかける。

「一般に自己採取では検体採取が甘くなる可能性があり、偽陰性が多くなる結果になるのは確か。一民間企業の取り組みについては、法律の規制対象外のものでもあり、厚労省として見解を出すのは避けたい」

「ただ、一般の皆さんには、国が陽性者の把握のために医療機関で実施していただいている検査のスキーム(枠組み)とは別物と考えて、混同しないように注意していただきたい」

その上で、全国民に検査を広げる今回の提案については、「希望する人に検査するというものではなく、限りある医療資源なので必要な人にやるべきで、誰かれ構わず検査するものでありません。全国民が対象というのはそのために必要な医療資源を考えれば非現実的」と完全に否定した。

最前線で患者を診ている専門医はどう見るか?

楽天の法人向けPCR検査キットについて、yahooニュース個人で「個人でのPCR検査キットの使用は控えましょう」という記事を書いた国立国際医療研究センターの感染症専門医、忽那賢志さんは、今回の楽天の政府への提案についても厳しく批判する。

「非医療従事者が適切に検体を取れるのか、という問題は、法人向けに販売したPCR検査キットと同様です」

「それに加えて、今の時点で例えば鳥取県とか患者がほとんど出ていない地域で全員PCRをやるというのは、検査前確率(その集団で陽性者が出る確率)が低すぎて、真の陽性よりも偽陽性の方が圧倒的に多くなります。やることによる弊害の方が大きいと考えます」

「PCR検査が神格化されているように思いますが、偽陽性や偽陰性が起こり得るものであり、完璧な検査ではありません」

「 もし陽性と出た場合にどうするのかについても十分に考えられていないのではないでしょうか。検査だけして後は病院でなんとかしてくださいと言われると医療従事者の負担になります」

米国FDAが承認したセルフPCRキットと何が違うのか?

楽天は、政府への提案に際し、米国FDA(食品医薬品局)が在宅での自己採取PCR検査キットの使用を承認したことを引き合いに出しているが、米国国立研究機関博士研究員で免疫学を専門とする峰宗太郎さんは以下の解説を寄稿してくれた。

三木谷氏がプレゼン資料で引用しているニューヨークタイムズ紙(NYT)でとりあげられている自己採取式のPCR検査キットは、LabCorp 社の販売するキットであり、FDAのEUA(Emergency Use Authorizations)という緊急承認を得ているものです。


「この承認は体外診断薬の審査を(緊急の措置であり最低限の審査でなされているとはいえ)受けているもので、日本でいえば(医薬品の承認審査をする)PMDA(医薬品医療機器総合機構)による承認に近いものです」


F.D.A. Authorizes First In-Home Test for Coronavirushttps://www.nytimes.com/2020/04/21/health/fda-in-home-test-coronavirus.html

https://www.fda.gov/medical-devices/emergency-situations-medical-devices/emergency-use-authorizations


このNYTの記事にもあるように、LabCorp社の自己採取キットは、医師の判断で指示があった場合に購入可能であり、医療従事者と地域も限定されて販売されています(自身の医療資格を提示することが必要)。


そもそも LabCorp 社はアメリカでの大手二つにはいる大規模検査会社であり、FDAの承認を受けたPCR法による「SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)」の病原体検査を1日に3万件以上実施しており、信頼性も高いといえます。さらにこのキット自体が承認を受けているということは重要です。


NYTの記事を引用しますと、自己採取式キットの売られている状況として、このように述べられています。


“As the virus spread in the United States, several companies rushed unauthorized home kits to the market, even though the F.D.A. had said it had not evaluated whether they worked properly. … Many of those companies then suspended their marketing of the kits. “


つまり、「アメリカにおいて感染がひろがり、複数の会社が拙速に無認可の自宅検査キットを作り販売した。FDAが、検査は正しく機能するかについて評価されたものではないと述べていたにも関わらず。…それらの会社の多くはキットの販売を停止している」のです。


そういう状況であったのですが、アメリカでは医師の判断に基づくPCR検査のキャパシティも不足しており、そういったこともあり医療従事者、地域を限定してこうしたキットを承認したといえます。


楽天が行おうとしている検査キットは、アメリカでいえばこの無認可の自宅検査キット(unauthorized home kits)に相当するものであり、どこの審査も受けていないという意味で非常に危うく、問題が起こる可能性もあります。

このような検査を実施するのであれば、まず体外診断薬として認可を得るにふさわしい基礎的な検証を行い、データも公開したうえで審査を受けて承認をうけ、検査実績を積み上げISO(国際標準化規格)等を取得した検査施設において実施することは最低限必要でしょう。


アメリカのホームキットはFDAによって管理されており、検査の実績も全くことなること、そして、医師の判断によって購入可能となることが大きく異なる点でしょう。


日本でも検査の性能・品質、そして確実性を担保するためには、最低でもPMDAで体外診断薬の承認を受け、実証試験を経たうえで、検討することが必要でしょう。実施するのであれば医師の判断による指示での購入にするのがよいと思われます。


そもそもPCR検査では、「まさにいま」感染していることしか判定できないわけですから、過去の感染歴もわからず、さらには検査の翌日にも感染する危険性は当然ありますので、用途は限定されるわけです。


PCR検査については、広くスクリーニングに用いるよりは、医師の判断によって実施される保健所経由または保険診療による民間検査会社での承認を得た検査体制をより拡充し、キャパシティを十分に上げることが重要です。それが、求められている検査であるといえるでしょう。


アメリカとは感染者数等の流行についても、診断薬の承認や販売などについても状況が全くことなるものです。日本でのこのような提案は不安商法の延長にあるとも言え、意義が乏しく、むしろ役に立たないデータを作り出すだけの無駄な「検査」の提案であると受け止めざるを得ません。

追記

楽天広報の回答を追記しました。