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照会書や本人の同意なしに警察へ感染者情報を 警察庁の依頼で厚労省が自治体や保健所に通知 「人権侵害では?」との反発も

警察庁の依頼に基づいて、厚生労働省が自治体や保健所に、感染者の情報を本人の同意や照会書なしで警察に提供するよう求めていたことがわかりました。現場からは「人権侵害だ」などの反発も出ています。

警察業務で新型コロナウイルスに感染している疑いのある人がいたら、保健所はその人のPCR検査結果などの個人情報を、正式な照会手続きや本人の同意がなくても提供してほしいーー。

そんな協力を求める通知が、警察庁や厚生労働省から全国の自治体や保健所に出されていることがわかった。

どこまでの情報が求められるかは不透明で、捜査のために拡大解釈される恐れもある。

ある自治体の職員は、「人権侵害につながる恐れがある。ハンセン病やHIVの歴史を忘れたのか」と反発する。

曽我部真裕・京都大学法学部教授(憲法・情報法)は「必要な情報であれば提供を求めることは可能だと思うが、乱用を防ぐための必要な措置が講じられていないように見える」と懸念を示している。

警察庁「警察力維持のため」に個人情報の提供を

問題となっているのは、まず6月15日、警察庁長官官房企画課長の名前で、厚生労働省結核感染課長宛に送られた「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止と警察力維持のための協力関係の構築について(依頼)」という通知だ。

最初に、「警察は、新型コロナウイルス感染症対策について、『新型コロナウイルス 対策の基本的対処方針』に基づき、『空港、港湾、医療機関等におけるトラブル防止のための警戒警備』や『混乱に乗じた各種犯罪抑止と取締りの徹底』に取り組んでいるほか、各都道府県の知事部局等からの依頼に応じ、必要な協力を行っているところです」と警察業務の公的な性格を強調。

その上で、「警察業務は、その性質上、不特定多数の者と接する機会も多く、また、犯罪の取締りをはじめとして、人との接触を避けたり、対人距離を確保することが困難な場面も数多く想定される」と感染の機会が多いことを示した。

そして、こう述べている。

「各都道府県警察においては、自身が新型コロナウイルスに罹患している旨申し立てる者との接触など、自身の言動や周囲の情報等から感染が疑われるもののその真偽が定かでない者と警察官が接触する場面が生じ得ます」

つまり「俺はコロナだ」などと一般人を脅す事件などの通報を受けて警察官が出動し、接触する機会があると説明している。

それでも「警察の責務を果たすための警察力維持を図る必要がある」とし、「各都道府県衛生主幹部局又は各保健所等に対し、こうした感染の疑いのある者のPCR検査結果等に係る情報を職務上必要な範囲で照会することとなります」としている。

そして最後に、「警察業務の高度な公益性と新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急性を踏まえ、こうした情報の提供について、各都道府県衛生主幹部局又は各保健所等と警察との協力関係構築に向けてご協力をお願いします」と結んでいる。

厚労省「本人の同意がなくとも提供できる」

この警察庁の通知を受けて翌16日に、厚労省結核感染症課長から、各都道府県などの衛生主幹部長に送られた通知が「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止と警察力維持のための協力関係の構築について」だ。

この中で、個人情報の取り扱いについてはこう述べている。

警察官が事案等で対応した個人について、警察官から職務上、当該個人 のPCR検査結果等の情報に係る照会があった場合であって、当該情報を利用することについて相当な理由のあるときには、捜査関係事項照会書の交付がない場合であっても、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成 15 年法律第 58 号)第8条第2項第3号に該当し、本人の同意がなくとも、その職務に必要な範囲で当該情報を提供することができるものと考えられます

通常、警察から行政機関に情報提供を求める時は、刑事訴訟法に基づき、「捜査関係事項照会書」を発行して行うことが基本だ。

ところが、この通知の解釈では、「相当な理由のあるとき」と定める以下の規定に該当するとして、「捜査関係事項照会書」の提示がなくても、本人の同意がなくても、個人情報が提供できるとしている。

他の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律より)

行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律は国の行政機関が対象だが、この法の精神に基づいた各自治体の個人情報保護条例で、同様の解釈ができると通知は続ける。

そして、保健所などに対し、「同様の理解の下、各都道府県等の個人情報保護条例等に従い、適切な対応をお願いします」と警察への情報提供に協力することを求めている。

行政職員「人権侵害ではないか?」「検査拒否や医療につながらなくなるのが心配」

この通知に対して、異議を申し立てているのは、個人情報の提供を求められる自治体の現場職員たちだ。

「警察からの情報照会は、捜査関係事項照会書を提示していただくのが原則のはずです。なぜ必要な手続きを省くのか」

「人権侵害ではないか?」

さらに「相当な理由が何を指すのかわかりません。安易に情報提供して訴えられたら、我々は負けると思います」とも話す。

「個人情報を提供することによって、本人の利益を不当に侵害するおそれが認められるときは提供する必要はありませんが、このような通知が出れば、提供しなければと思う職員も出てくるのではないかと思います」

何より解せないのは、ただでさえ感染症の情報はデリケートで、患者がスティグマ(負の烙印)を負いやすいのが感染症という病だ。

ハンセン病やHIVで人権侵害がおきたことを踏まえ、感染症法の前文にはこのような文言が書かれている。

我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。

このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」前文

「厚労省はこうした歴史を踏まえて今回の通知を出したのか、疑いを持たざるを得ません」

また、度々、集団感染が起きている「夜の街」を想定した通知かもしれないとの疑念も抱く。

「コロナは年齢、性別、属性に関係なく、感染する可能性がある病気で、今後感染した方が、個人情報が流出することを懸念して、受診を控えるかもしれません。適切な医療につながらず、重症化する可能性もあり心配です」

「この通知が出た背景には、感染症予防対策のため以外の警察の理由があるようで、ものすごく警戒しています」

厚労省の見解は?

厚労省の結核感染症課は、こうした現場の懸念についてこう説明する。

「背景としては全国で『自分はコロナだ』と言って脅すような事件が相次いでいるのが背景にあり、確認できるようにするのが趣旨だと聞いている。PCR検査をやっているかやっていないか、やっているとしたらその結果の情報を職務上必要としているから依頼があったと理解している」

その上で「特別な便宜をはかってくれと言っているわけではなく、各自治体で個人情報保護条例ができているので、その範囲内で渡せるものがあれば渡してくださいというスタンス。新しくこれまでできなかったことをできるようにしろと言っているわけではない」と釈明する。

また、「捜査関係事項照会書」を省いていいとした理由については「平成26年にも旅館の宿泊者名簿を照会書がなくても個人情報保護条例の範囲内で出してあげてくれと通知を出しています。前例に則って今回も出しました」という。

「PCR検査結果等」の「等」にどこまでの情報が含まれるかについての基準や申し合わせのようなものは、警察庁と厚労省で作っているわけではない。

「明文化したものを作っているわけではありません。警察庁からそういうお話があって、その文書をそのまま使っているだけです」

拡大解釈される恐れについての抑止策も考慮はしていないという。

過去にもハンセン病やHIVへの人権侵害などがあったが、新型コロナでは医療者さえも偏見や差別に晒されている。それほどセンシティブな情報を本人の同意なく、捜査機関に提供することは人権侵害ではないかと指摘が出ていることについてはこう述べた。

「感染症に関する情報がセンシティブであることはその通りだと思います。一方で、警察が正当な理由があって情報が必要だというのももっともだと思います」

「我々としては差別や偏見の歴史は十分わかっていますし、それを助長するようなことは考えていません。その上で必要な情報については出して行かなければいけない」

さらに、捜査機関にこうした情報提供がなされれば、検査や保健所調査への拒否に繋がるのではないかという懸念についてはこう述べた。

「警察に自分の情報が渡るのではないかと危惧されるということですね。仮定の話なのでコメントは難しいですが、我々はそこまでの影響力があるとは思っていないということです」

BuzzFeed Japan Medicalは警察庁にも質問状を送っている。回答があり次第、追記する。

※警察庁からは6月19日、回答があった。長文のため内容は新たな記事で紹介する。

情報法の専門家「病気の情報は要配慮個人情報」

この二つの通知について、情報法や憲法を専門とする京都大学法学部教授の曽我部真裕さんは、まず警察から提供を求められている情報が「センシティブ情報」であることに注目する。

個人情報保護法2条3項でも、『病歴』は要配慮個人情報となっています。『PCR検査結果等』の『等』が何を指すのかはわかりませんが、病気や感染症情報は容易に差別に結びつく恐れがあるので慎重に取り扱う必要があります」

「配慮の下に提供すべきだし、提供するにしてもやり方や乱用防止についても配慮しなければいけません」

厚生労働省の通知には「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(行個法)」の8条2項3号が提供の根拠として触れられているが(自治体についてはそれぞれの個人情報保護条例に類似の規定がある)、曽我部さんはその後ろの9条も重要だと指摘する。

行政機関の長は、前条第二項第三号又は第四号の規定に基づき、保有個人情報を提供する場合において、必要があると認めるときは、保有個人情報の提供を受ける者に対し、提供に係る個人情報について、その利用の目的若しくは方法の制限その他必要な制限を付し、又はその漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずることを求めるものとする。(「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」9条)

「要するに、提供する側は、乱用されないような措置を提供先に求めることができる、という条文です。これについては、二つの通知には書かれていません」

厚労省は、どこまでの情報を提供すべきかという基準や拡大解釈の抑止策については議論していないし、明文化もしていないと取材に答えている。

「今回はセンシティブ情報ですから普通に考えれば措置を講ずる必要があります。提供先が警察だということも重要です」

「警察にいったん渡した情報がその先、どう扱われるかは一般的にわかりません。『捜査の都合上』を名目に自由自在に使われる可能性があります。国民に向けて一定の説明ができるような措置を講ずる必要があると思います」

人権侵害に当たるか?

こうした感染症の情報を個人の同意なしに警察に提供することが「人権侵害にあたるのではないか」という指摘も現場の職員からあがっているが、その可能性はどうだろうか?

「プライバシー権ですね。人権というのは許される人権侵害と許されない人権侵害があります。今回の情報提供はプライバシー侵害にいったんは当たるかもしれませんが、真に必要な情報提供であって、かつ行個法9条についてお話ししたような適切なセーフガード(安全装置)が定まっているのであれば、許される人権侵害になります」

「しかし、現状はセーフガードに当たる部分が何もない。提供して何に使うか利用目的も明確でないし、提供された後に捜査に流用されないようにするなど情報の取り扱いについても明文化されていません」

さらにこうした情報提供を可能にするならば、検査を受ける時の同意書に、そうした可能性を明記することが望ましいとも言う。

「検査の抑制につながってしまう可能性があるので難しいかもしれません。法的には必要ないのですが、一般論としては同意書のどこかに説明を書いたり、受診者に事前に知らせるようにする方が望ましいと思います」

保健所はこれまでも夜の街で感染者が出た場合、感染者からの情報提供拒否にあってきた。警察への情報提供の可能性があるとなれば、ますます協力を得られなくなる恐れも指摘されている。

「そこが懸念され、本来の業務に支障をきたすことになれば、本末転倒になるので、『相当な理由がない』と判断して保健所が提供を拒否する判断もあり得ます」

今回の問題はまず、行個法8条の提供するかどうかというレベルの話と、9条の提供すると決めた時にリスクを最小限にするために条件をつけるというレベルの話があると曽我部さんは整理する。

「提供するかどうかは、警察がなぜそれを必要とするのか、求める理由がどれだけ説得力があるかが重要です。他方で提供する側の都合もあって、提供で本来業務に支障が出るならば『相当な理由がない』ということになります。両面考えての判断になる」

「提供することになれば、その理由の範囲内で使われているのか、その担保があるかという観点から必要な措置を講じる必要があります」

そして、「必要な措置」は情報を出す各自治体が提供先にそれぞれ求め、明文化する必要があるという。

「情報提供を求める時はどんな目的でどういう情報を提供するのか、警察署長の決裁を必要とするなど然るべき手続きを踏むようにする。提供したとしたとしても期間を決めて廃棄し、捜査に流用しない。提供する側がそうした条件を明文化することが必要です」

追記

警察庁から回答があった旨、追記しました。