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「経済を回すために無症状への検査拡大」専門家はどう見るか?

新型コロナウイルスの感染が再び拡大し続けている日本。経済界や一部の自治体からは、無症状の人へのPCR検査の拡大が提唱されていますが、感染症のスペシャリストはどう見ているのでしょうか?

再び新型コロナウイルスの感染拡大が始まっている日本。

感染対策と経済を回すことの両立が叫ばれる中、経済界や一部の自治体からは、無症状の感染可能性の低い人にも検査を拡大することが繰り返し提唱されています。

感染症対策の専門家はこの動きをどう見ているのでしょうか?

川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに再びお話を伺いました。

※インタビューは8月8日午後にZoomで行われ、その時点の情報に基づいています。

第2波かどうかはともかく「感染再拡大」

ーー新規感染者が全国で増えていますね。これは第2波が来ているという認識でよろしいのでしょうか?

「第2波」と言っている専門家や行政の人もいますが、「第2波」の定義は明確ではありません。あとで振り返ってこれが第2波だったのかなと名付けるということでよいのではないでしょうか。

例えば北九州で感染者が増えた時、北九州はあの時点で「第2波」という言葉を使いました。

日本での感染拡大の最初は中国・武漢市からの来たもので、これを第1波。次にヨーロッパから持ち込まれたものが第2波、という見方もできます。もっと時がたって振り返れば、3月4月のピークと7月8月のピークは一緒に考えられるかもしれない。

定義づけは様々ですが、少なくとも今は「感染再拡大」の状況にあるということは言えます。

3、4月よりも受け手側は進歩している

ーー現在の拡大ぶりを見ていると、新規感染者数では3月4月を超えていますが、医療機関の逼迫は抑えられています。前に比べると準備が整っていると考えていいのでしょうか?

一つは病気の正体が以前より見えてきていることが大きい。

逆にわからないことも出てきたところはありますが、受け入れている医療機関もなんだかわからない病気に暗中模索で対応しているのではない。この患者はこうなるという見通しがある程度つかめて、患者対応にも落ち着きが出てきていると思います。

医療資材が不足する中で感染者が増えて、「この先どうするんだ」というような不安は以前よりはかなり軽減されているのではないかとも思います。

病棟の準備も、慌てて隔離病棟を用意するという段階から、こうなった場合はこうするという段取りができている。

また、前は入院がどんどん増える一方で、退院させる出口がありませんでした。溢れる患者の行き先がなかったのです。

それが今は療養先としてホテルが準備されたり、自宅療養というルートも示されたりしています。ただしそれが十分かというと、そうでもないという課題もあります。

検査方法も整理されて、ひと頃よりもスムーズになってきた。

不安が全て払拭されたわけではないですが、一般の人の理解も進み、この病気の存在を受け入れて、日々の生活の中で注意するようになってきた。

そして、一番大きいのは、手も足も出ないと思われていた重症になった患者さんに対して、経験を積んだ結果、暗中模索からは脱してきています。

ーー重症患者に対する特効薬ができたわけではないですよね。

重症例には人工呼吸器をつけたり、さらに重症例にはECMO(体外式膜型人工肺)を回したりという対症療法ではあるのですが、抗ウイルス剤レムデシビルやステロイド剤であるデキサメタゾンを投与するという治療が、認可されてきました。

まったく未知の治療をするというところからステージは上がっていると思います。

さらに、現在の患者さんの年齢層を見ると若い人の割合が多いので、重症度で見れば下がっている。合併症を持っている人の発症も少ないです。人工呼吸器やECMOの必要数、死亡数は以前の割合に比べればずっと少なくなっています。

同じ人数を診ていても、以前の医療機関の負担と現在の負担は違います。以前とは違う新たな課題も見えてきていますが、暗中模索で追い込まれるということではなくなってきています。

以前とは違う新たな課題も見えてきた

ーー以前とは違う新たな課題とは何ですか?

例えば、患者について言えば、今まで重症化と言えば、亡くなるか、人工呼吸器やECMOをつけるかでした。

ところがPCR検査が陰性になり、肺炎が治っても、あとで血管の炎症である「血管炎」の問題が出てきて合併症を引き起こしたり、高齢者だと長い間のベッド生活から活動力が低下し、今まで動けていた方が動けなくなったりという問題が出ています。

若い人だと、味覚障害が戻らないなどの後遺症も見られます。

治療のレベルが高くなった後の、後遺症、合併症は新たな課題だと思います。

また、前に国は「緊急事態宣言」という劇薬を使ったわけですが、最小限に抑えたかった劇薬の「副作用」、つまり経済的な問題や雇用の問題、分断の問題は残っています。

医学や病気だけでない問題をどう解決するかが、新たな課題として残り続けています。

必要な人へのPCR検査、十分か?

ーー相変わらずPCR検査について不足しているという問題が指摘されています。症状がある、または感染者の濃厚接触者で医師が検査が必要と判断した人にも、まだ不足しているのではないかと言われています。

一般論として、患者さんや健康な人が「検査が必要だ」と考える度合いと、医療的に診て「この人には検査が必要だ」という度合いには差があります。

例えば救急にしても、医療者側は「本当に必要な人だけきてください。そうでないと救急はいっぱいになって、本当に必要な人も救えなくなります」と言い、来院前に事前に連絡してくださいと電話窓口などを紹介しています。

でも、患者さんからすれば、自分が危ないと思ったものが救急で、「救急」のレベルの意識にかなりの差があります。

それと同じように、コロナが不安だという本人の意識と、医師が医学的に診てあなたはそうでもない、という認識のずれはなかなか埋まらない。

自分が必要だと思うのに検査してくれない、別のところに回された、電話しているのにつながらないという例は、結構あるようです。

少なくとも病気が疑われる人や患者と接触した人に対する検査は、優先的にやらなければいけないと思います。


保健所の職員を増やすとか電話交換の人を増やすとかが必要でしょう。これは拡充が進んではいますが、全部満足には至っていません。特に専門性がある人、トレーニングを積んだ人はそうはすぐには集められないのです。

行政検査の拡充はですすんできていますし、民間への検査の委託も進んでいます。

川崎でも当初は1日数十件しか検査できていなかったのが、今はPCR検査の機械も増やして毎日100〜200件ぐらいは検査できるようになっています。ほぼ2〜3倍の検査を民間の検査機関にお願いしています。

ただ、民間に出す時に、検体を届けて検査結果が手元に届くまでに時間がかかっているというのも事実だと思います。

無症状者への検査への過大な期待 どう見るか?

ーー他方、特に経済界の要請に従って、ソフトバンクグループがPCR検査会社を作りました。世田谷区も「いつでも、どこでも、何度でも」をキャッチフレーズに、無症状の人で濃厚接触者でもない人への陰性確認のための検査を行う方針を打ち出しました。社会や経済を回すことを目標として掲げる、こうした無症状の人への検査をどのように見ていますか?

PCRなどの検査は今までは行政検査として行われています。

よくわからないウイルスの病気に対し、検査法も慣れていないものを始める場合、日本の場合は国立感染症研究所が標準的方法を示し、日本全国の地方衛生研究所でほぼ同じ方法、同じような試薬を使い、標準化され、かなり精度の高い統一的な方法を使うようにしています。それが行政検査です。

行政検査は重症化しそうな人や、拡大しそうなところに集中してやるのですが、医療現場では入院する患者に対してコロナ感染があるかないかのふるい分けのために行う場合もあります。院内感染を防ぐためです。

それに加えて、「心配だ」「仕事をするために陰性を確認しておきたい」という人々がいます。

この検査までも国や自治体が行政検査として税金で負担して行う必要はないと思います。またそのための検査数が急増し、肝心の患者さんなどへの検査が圧迫されるのは問題です。

行政検査をする僕らからすれば、きちんとした検査法は死守すべきです。

数を取るか質を取るかという話で言えば、行政検査は質を確保した上で、なおかつ一定の数を確保しなければいけない。ただ、数を増やした場合に十分な質は担保できません。ある程度量をこなすことを優先にする、そこはいわば検査ビジネスでも良いと思います。

行政検査の場合は、熟練した職員がきちんと標準化された試薬と器材を使って、精度管理も定期的に行なっています。

一方、数を追求するビジネスとして検査をしているところでは、精度管理などしていない会社や検査機関もあります。

そちらの検査が広がってきた時に、精度管理は検査する側が責任を持ってやるべきです。つまり、一定のレベルを保ちながら数をこなしてほしい。

元気で感染の疑いもない人が、明日会社に行っていいか、出張に行っていいか、サッカーや野球の試合に出ていいかなどを確認するために検査する時に、行政検査として税金で面倒を見る必要はないのではないでしょうか。

税金でやる検査は、質を確保し、なおかつこれはやらなければいけないという対象にある程度絞って行うべきです。

そして検査は完全ではないので、どうしてもグレーゾーンが出てきます。偽陽性や偽陰性が必ず出る。たくさんやればやるほど判断に困る結果が出る。

でも、その都度、「この検査の結果は本当はどうなのでしょう?」とか、「この検査結果はどう見たらいいのでしょう?」ということを保健所や専門家に聞けば良い、というのではなく、あらかじめそのような事例をどうするかは検討しておいてほしいと思います。

また、無症状の人に、雇用側が一方的に検査を義務的に求める、ということの良し悪しも検討してほしいと思います

保健所や行政に後始末させるな

ーー孫正義会長は、自分たちの検査はあくまでも「疑い」を見るものであって、確定検査は保健所にやってほしいというスタンスです。先日も保健所に確定検査を断られたと、批判するツイートを投稿していました。

結局、そういうことになると思うのです。

もちろん疑い例はきちんと再検査を行う必要がある。

しかし、それが一時に多数保健所に持ち込まれると、これもまた肝心の人の検査に支障が生じてしまうことを危惧します。これらのプロセスもあらかじめ明確にしておいてほしいと思います。

我社設立の唾液PCR検査で陽性反応者を発見。 ある保健所に確定検査依頼したら「発熱等の症状が出るまで病院によるPCR検査は不要」と断り。 感染拡大防止には積極検査と隔離が良策と思いますが...?

@masason

ーー保健所は「症状が出るまで検査は不要」と断ったそうなんです。結果の後始末を保健所などにさせるのは筋違いということですね。

そもそも断られたということは、検査のシステムができていないということです。保健所は「疑いのある人を検査する」という命題があって、そのような人には税金を使って検査する(行政検査を行う)という決まりがあるわけです。

「無症状で感染の疑いもないが、検査で陽性が出たから確かめてほしい」という検査は、保健所のルールからは外れます。またそのような人から多数検査をを引き受けた場合、やはり肝心な人への検査が圧迫される可能性もあります。これは避けたいところです。

健康診断のように検査を一斉にするなら、その検査結果を受けてどうするかというルールもはっきりさせておかなければいけないと思います。

「検査だけシステムを作りました。後の判定はそっちでやってください」ではなく、民間でも医療のアドバイザーを置き、「この場合は再検査しなければいけない」という一定の基準を作らないといけない。

我々の検査の精度は車で言えば、超高性能のスポーツカーのようなものを使っているわけです。誰でも簡単に乗りこなせるわけではないし、相当な性能を持っている。

しかし、ちょっと近所に買い物に行くらいの時にはそんな良い車を引っ張り出すのではなく、軽自動車で十分です。

ーー自分たちはどんどんやる、あとはお任せ、と検査のその先を考えていないことに保健所や医療現場の人は疑問を持っています。

「このような検査ができるようになった。こういうことが考えられるが、それをやるためにはどうしたらいいでしょう」と、事前に話し合いがあるならいいですが、何もないまま「困った時はよろしく」では一方通行です。

我々は重症になる人、なりそうな人にきちんとした検査を行い、また疫学調査で感染の広がりを抑えるという目標があります。そして、きちんとしたデータで監視を続けることが必要です。その目的を外れたものに関しては別のシステムが必要です。

「偽りの安心」 検査する側の見識が問われる

ーーそもそも、PCR検査は「陰性確認」にはならないということが、いまだに理解されていないと感じます。

PCR検査の陰性は「今、陰性である」結果に過ぎません。たぶん、一般の人の受け止め方は、「陰性だから、今日働ける」というだけではなくて、「これで1週間の休み中にどこか遊びにいける」「飲み会にも出ていいんだ」というものだと思うのです。

今日の陰性は明日の陰性を保証しないということが理解されていない。それが伝わらないまま、偽りの安心を与えてしまえば、その人が無自覚に行動して感染を拡大してしまう可能性も生まれます。検査する側の責任や見識が問われると思います。

ーー「精度を上げるために、同じ人に同時に2回やればいい」と誤った情報を発信するテレビ番組さえあります。

どうぞやってください、と思います。でもその結果が医学的に正しいのかと求められても、2回陰性でも3回目が陰性だという保証はありません。

ーーソフトバンクの検査の場合、研究として行い、国際医療研究センターが協力すると発表されています。

その協力の内容がわからないのでなんとも言えません。

もし研究目的としてやるのであれば、我々ならそのためにサンプルはどのように取るのか、検体の提供者にどのように説明をしてそのように同意をどう取るのか、結果はどのように公表するかなど、研究評価委員審査会、倫理委員会などにかける必要があり、ものすごく書類がたくさん必要になり、時間も必要になります。

対象となった人に結果を伝えるのか伝えないのか、匿名でやるのか。思いつきレベルの研究では引き受けられないはずです。

ーー世田谷区のような自治体が検査拡充を打ち出すなら、税金が使われるはずです。それが科学的に妥当なのか、説明責任もあるはずです。

行政が新しい工夫をして一歩踏み出すこと自体はいいと思うのです。でも、人口90万の世田谷区が、本当に「いつでも、どこでも、誰もが何度でも」検査ができるのか、キャパシティは大丈夫なのか、他人事ながら気になるところです。

また、(複数の人の検体をまとめて検査する)「プール方式」を取るとのことですが、5人分、10人分の唾液を集め、1回の検査をやることについて、すでに科学的な根拠が得られているのかどうか。精度は大丈夫かなど、私には疑問点があります。

また、PCR検査でやるならば、「今日の陰性は明日の陰性を意味しない。いわゆる陰性パスポートではない」と検査を受ける人にきちんと説明しなければいけません。陰性証明という認識でスタートするならば検査の使い方を間違っています。

やはり、PCR検査にものすごく信頼と期待が置かれ過ぎているように思います。

「PCR、PCR」と言い続けている間に、インフルエンザの迅速診断的な抗原検査も開発され、インフルとコロナを一緒に検査できるキットも開発されているわけです。科学は進んでおり、半年後には全く違う戦略が取られるかもしれません。(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。