• covid19jp badge
  • medicaljp badge

感染爆発か、乗り切るか 連休と東京五輪が重なる首都圏の勝負の時 「途中で中止も選択肢に」

東京五輪と連休を控え、首都圏では新規感染者の増加が著しくなっています。最後の切り札「緊急事態宣言」の効果はあるのか。沖縄、北海道などの観光地の行方は? 感染症のスペシャリストに再び聞きました。

緊急事態宣言中に始まった4連休と東京五輪。

現在、首都圏は新規感染者数の拡大が止まらないが、これからどうなってしまうのか?

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、東京2020大会における新型コロナウイルス対策のための専門家ラウンドテーブル座長なども務めた、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに聞きました。

※インタビューは7月21日に行い、その時点の情報に基づいている。

首都圏で感染者は急増しているが、人の流れはやや落ちている

ーー東京は7月20日時点で新規感染者数の報告が1387人、1週間前より557人増えています(その後、22日現在で1979人)。やはり急増していますが、現状をどう見ていますか?

増えるということ自体は想定内といえば想定内です。

ショックだったのは、昨日(20日)、埼玉県の会議にオンラインで出たのですが、埼玉の感染者数は急上昇しているという報告を受けました。倍加速度(感染者の数が倍になるスピード)がものすごく速くなっています。神奈川や千葉も似たような状況です。

全国的に見るとそうでもないのですが、現在、新型コロナの流行は首都圏を中心とした問題になっています。2009年の新型インフルエンザの流行の時も思いましたが、感染症はやはり人が密集している大都市が最も大きな問題になるのですね。

ーー7月12日に東京に出された緊急事態宣言の効果が出るのはもう少し後だということでしょうか?

そうですね。今の感染状況は、緊急事態宣言があろうがなかろうが、オリンピックがあろうがなかろうが関係なく増えているわけです。

緊急事態宣言による何らかの効果があるかないかは1〜2週間たってからなので、今週末から来週くらいの状況を見る必要があるでしょう。

ーー宣言が出てからの人の流れはどうでしょう?

今日(7月21日)の厚労省のアドバイザリーボードに出された東京都医学総合研究所社会健康医学研究センターの西田淳志先生の資料を見ると、緊急事態宣言が出されたあたりから、東京の繁華街の人の流れは落ちています。

緊急事態宣言のアナウンス効果なのか、「新規感染者が1000人を超えた」となって「大変だ」と思ったのか。自浄作用と考えたいのですが......。雨や雷のせいもあるかもしれませんし、日中の方がより強く落ちているのは夏休みになった影響もあるかもしれません。

一方、東京の実効再生産数(※)は上がっています。

※1人当たりの二次感染者数。1を超えると感染者は増加に転じる

夜間の繁華街の人口は下がっていることは、感染症を見る立場からはありがたいことです。

今は感染者の報告者数は増えていますが、それに伴って、実効再生産数や新規感染者が下がってくるかどうか。1、2週間後にその効果が見えてくるかどうかを注目しています。

ーーでは明るい兆しも見えているということですか。

明るいとまではまだ言えないけれど、期待感も一方ではある、ということです。

沖縄、神奈川、埼玉も増加傾向

ところが、緊急事態宣言が延長された沖縄の繁華街の人の流れは増えています。

ーー沖縄が増えているのは、やはり夏休みの旅行者の影響でしょうか?

沖縄は緊急事態宣言後、新規感染者報告はずっと減っていたのです。

ところが、夜間の人の流れが増えてきたのを追いかけるように、感染者報告も上昇に転じています。そして実効再生産数も1を超えて、増えてきています。

増加のきっかけは県外からの来訪者のようですが、その後の増加は沖縄県内での広がりと分析されています。

神奈川は、夜間の人流もじわっと増えているし、新規感染者や実効再生産数も増えています。

神奈川版緊急事態宣言を出すと知事が表明してから人の流れは少しだけ減っているのですが、それほど下がってはいません。

「人の流れは感染者の増加と直接関係ない」という人もいますが、確かに人の流れと感染者数はほぼ一致しています。

千葉は少し下がっています。

埼玉は日中の人の流れは減っていますが、夜は上がっています。

そして実行再生産数も新規感染者報告数も急増しています。

昨日(20日)埼玉の会議に出たところ、感染経路として飲食店・会食が再びじわっと増えているとの状況が示されました。

東京で感染した人が自宅のある埼玉で感染を広げているというパターンです。データを見てみると、京浜東北線や東武東上線など東京とつながる沿線沿いで見事に増えています。

北海道も上昇傾向 沖縄と共に連休で上がる傾向

ーー各自治体で微妙に傾向が違いますね。

そうです。例えば、北海道の新規感染者は一度大きく下がった後に、最近また増えています。道知事はじめ関係者はピリピリしていると思います。

そして、人の流れも高止まりで、下がっているとはとてもいえない状況です。

22日から4連休がありますが、沖縄や北海道はこれまで必ず連休などの後に新規感染者数が上がっています。観光客の影響はあると言えるでしょう。

観光地としてはお気の毒ですが、道外の人に来てもらいたいけれど、来てもらいたくない、というジレンマを抱えていると思います。

医療の逼迫はどうか? 患者の若返りによる負担

ーー東京は期待が持てるかもしれないということでしたが、医療はもち堪えられるでしょうか?

この春の大阪も、みんなが「これはまずい」と思った時から少し遅れて医療が逼迫しました。東京は今、その警戒感と緊張感がある時期です。

ーー東京の医師たちのSNSでのつぶやきを聞いていると、徐々に医療が逼迫してきたという声が増えています。

第一線で働く現場の医師の感覚は一番重要です。

「逼迫」と「忙しい」は違うのですね。

「逼迫」とはコロナの患者を診ているところだけが忙しいのではありません。病院全体として普通の患者さんを受け入れられない、あるいは病院外で地域の入院の調整を行っている担当者が、あちこちに入院先を問い合わせても引受先がなくなってきているという状況です。

たとえば病床が10床空いている時に、2床ずつ5日間にわたって入院を受け入れている状況なら問題はないのですが、そこに5人急に入ると、たとえ空床があったとしても人手にいっぺんに負担がかかり、緊張は高まり、逼迫感が出てくると思います。

また、病棟は3床空いていたとしても、人工呼吸器を管理できるスタッフは7床にかかりきり、などという状況も逼迫感につながります。

一般の人は「逼迫」というと病棟パンパンに患者さんがいることを思い描くでしょうけれど、そうではないし、数字だけでのことではないのです。

幸いに致死率は以前より改善してきています。対処法や治療法が進んできて、高齢者の患者数が少なくなっているからです。

高齢者のワクチン接種が進んで、高齢の患者が減ってきていること、高齢者施設でのクラスターが減少していることなどが理由だと考えられます。そうなると、患者さんの命が危険になることは減ってきています。これはとても良いことです。

しかし、今度は別の負担が増えてきます。

ある知り合いの医師が少し前の会議の最中に「これからECMO(体外式膜型人工肺)を2人の患者で回さないといけないので」と途中で会議を離れられましたが、20代と50代の患者さんでした。

それ自体ももちろん大変なことなのですが、何より20代と50代だと、医療現場も「絶対に助けなければならない」というプレッシャーが強くなります。年齢によって手を抜くというわけではありませんが、70代、80代を治療する時とは意識が違ってくると思います。

このように人数だけでは測れない負担の重さがあります。「治せる」ということ自体は良いことなのですが、かなりの手をかけて何とか治せそうな人が10床の病棟に10人入ったら、医療者の肉体的心理的負担は重くなります。

そして、感染者が大きく増えてくると、高齢者に比べて割合が少ないとしても、重症、中等症者の絶対数も増えます。

ーー病床が足りなくなるというデータは見えていないですか?

現時点での首都圏では数字としてはまだなんとかなっていると思います。

ーー年齢層が若返ったことによる負担感の強まりがあるということですね。

40代、50代を中心に重症者の中で若い人の総数が増えているわけで、一人にかける治療の懸命さがそれは違ってくる。

お年寄りは尊厳をもって見送ることも医師の仕事のうちになります。僕は小児科で長いあいだ診療をやっていましたが、子どもの患者を諦めるということはほとんどありませんでした。

患者が若返っている今の新型コロナの医療は、今まで以上に「救う治療」、より「できる限りの手を尽くす医療」になるでしょう。

「これはまずい」という危機意識 感染者数で強まる?

ーーそんな状況の中で、東京で人の流れが減っているのは、心配されていた最後の切り札「緊急事態宣言」の効果が現れているということでしょうか?

天気のせいかもしれない、夏休みのせいかもしれません。しかし多くの人の「このままではやばいかも......」という気持ちが反映されているのであってほしいと思います。

いま、感染リスクが高いとされている若い世代は、重症になればどのような光景になるかということは、テレビのニュースで見るぐらいで、現実感がないと思います。怖くはあるけれど、現実に自分に起こり得ることとは考えられないと思います。

しかも、今、感染者数が多くなっているとはいえ、インフルエンザのようにすぐそばにいる人が次々とかかるような状況ではないので、「自分もかかるかもしれない」という危機意識は少ないでしょう。

でも、「東京の新規感染者数が1000人を超えて2000人に届きそうだ」という数字を見れば、「これはこのままではまずい」と思うことがあるのではないでしょうか?

ニュース番組で繁華街に遊びにきている人のインタビューを見ていると、「みんな遊びにきているからいいと思いました」などと言っていますが、心の中ではどこか少しまずいかなと思っている部分があるように見えます。

それが現実的に数字が上がってくると、「これはさすがにまずい」という意識を強める人が増えてくるのではないかと思います。

もちろんそれに反発する人もいるでしょうけれど。

人の善意や良識を信じたい

ーーアドバイザリーボードの西浦博先生、古瀬祐気先生の予測はかなり悲観的でしたが、最後の切り札の削減効果は出ていると考えてよろしいですか?

僕は期待したい。不安になることも、不信感を持つ必要もないけれど、自分や大切な人を守るために警戒感は持ってもらいたいわけです。僕はまだ人の自然な善意や良識を期待したい。

ーーしかし、今日(21日)から東京五輪の予選競技が始まり、明日(22日)から4連休が始まり、23日には東京五輪の開幕式もあります。テレビも新聞も五輪モードになってきました。この空気が感染対策に与える影響をどう見ていますか?

テレビは様変わりしていますね。新聞もすっかり五輪紙面になっています。

ーー4連休だからでしょうけれども、今日の夜から旅行に出かける人で満席の航空便も多いです。効果が出始めるか、というところで、五輪開催、連休、夏休みと人の動きを促すイベントが目白押しです。

それは常々言っているように、動くこと自体は止められないですが、空いている所に空いている時間に行ってほしいのです。

2020年のお花見の時期に言ったことと一緒ですね。家族だけで人の少ないところに行くならば、感染のリスクは下げられる。「お花見」は楽しめる。お墓参りも静かにできる。

要は、みんなで集まってつるまないでくれと言いたいのですね。この1年半、みんなこの感染症についてよく学んできましたから、安全に楽しむ方法はわかってきているはずです。それが昨年と大きく違うところです。

東京五輪、感染爆発、医療逼迫なら中止を

ーー東京五輪について改めて聞きます。残念ながら感染者がかなり増えて、医療が逼迫する事態になったら、始まっても中止すべきという考えに変わりはないですか?

それは選択肢の中に入れるべきだと思います。その選択肢は全くないとすべきではない。

本当に中止するかどうかは、大会運営上の問題など色々な問題があると思いますし、判断には色々な要素が絡むと思います。

でも医療に携わる者からすれば、その選択は常にあるべきです。

ーー始まったからと言って、感染状況が悪化しているのになし崩しに終わりまで続けるということはあってはならないということですね。

でもそれは逆もあり得るのです。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が「感染状況が改善したら観客を入れてくれ」と言いましたね。あれも、「感染状況がよくなれば、そうできるといいですね」と答えてもいい。

そこからチケットを売ったりしなければいけないでしょうから、運営上は有観客に切り替えるのは難しいかもしれませんね。

ただ、それは同時に増え過ぎたら中止も考えなければいけないということです。

バッハ会長がどういうニュアンスで言ったか、英文でのスピーチを見ていないのでわかりません。「I hope(〜が望ましい)」と言ったのか、「It should be(〜すべきだ)」と言ったのかでもかなり違うと思います。

感染症とマスギャザリング(大勢が集まること)の関係に長くかかわってきた者として、「感染症が国内で大流行し深刻なダメージが生じる(生じそうな)状況では、マスギャザリングの中止も事前に念頭に置いておくべきだ」という考えは変わりません。

ーーとは言え、緊急事態宣言中に開催するわけですね。

重症者の発生が急増し、医療がこれを支えきれなくなるような状態では、中止という選択を取らざるを得ないと思います。

(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。