• covid19jp badge
  • medicaljp badge

「五輪は開催するけど、感染拡大防止のために我慢して」という「矛盾したメッセージ」 国民は協力できるか?

五輪開催の影響としてもう一つ危ぶまれているのは、国民の感染対策意識が緩んでしまうのではないかという問題です。「矛盾したメッセージ」を解消するには何が必要なのでしょうか?

観客1万人、一時は会場での酒類の提供も検討されるなど、専門家の提言とはかけ離れた緩い方針が示されている東京五輪。

飲食店が長期の休業や営業時間の短縮を要請される中、丸川珠代五輪担当相は、酒類提供に関して「大会の性質上、ステークホルダーの存在がどうしてもある」と、スポンサーを優遇するかのような発言もしています。

感染拡大防止のために国民に我慢を強いながら、五輪開催やスポンサーを優先する「矛盾したメッセージ」に国民は納得できるのでしょうか。

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、東京2020大会における新型コロナウイルス対策のための専門家ラウンドテーブル座長、東京オリパラにおける新型コロナウイルス感染症対策調整会議のアドバイザーも務める川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに聞きました。

※インタビューは6月22日夜にZoomで行われ、その後もやり取りをしたうえで掲載しています。

矛盾したメッセージの危険 専門家はどう発言した?

ーー緊急事態宣言の後半は、東京で繁華街での人の流れは増え、飲食店も酒を出すところが増えていました。メディアも五輪開催ムードに流れていけば、「感染対策をしてください」という注意が耳に入らなくなる可能性があります。

新聞も1面や社説では「五輪開催は止めるべきだ」と書きながら、スポーツ面や社会面では「聖火ランナー被災地で走る」と前向きに伝えたりしている。矛盾しています。どういう姿勢で報道するか、もうそろそろメディアも腹を決めてほしいですね。

ーーテレビも新聞も五輪モードになってくると、一般市民は緩むと思います。まさに専門家有志の提言で書かれた「矛盾したメッセージ」ですが、「感染拡大を防ぎましょう」と呼びかけても、「でも五輪は開いてるでしょ」と聞いてもらえなくなる可能性はありませんか?

人間の社会はそういうものなんですね。苦しみながら何かを我慢し続けるのは難しい。少しでも楽な方向に流れてしまいます。

ーーメディアが五輪に厳しい論調の記事を書いても、スポーツのコーナーや広告で「五輪金メダルおめでとう!」とお祝いムードになったら、一般の人が緩まないはずはないでしょうね。

だから浮かれて祝賀パーティーなどを開くのはやめてほしいと繰り返し訴えています。五輪の競技という中心的な部分だけを、そっと楽しんで、そっと応援し、アスリートに競いの場を提供してあげたい。それが理想ですけれどもね。

でも理想と現実を考えると、我々専門家の役割は今やっていることの範囲で、どこまで感染リスクを少なくするか、重症者を減らせるか、しかありません。

ーー調整会議やラウンドテーブルではどう伝えていますか?

「自分は分科会やアドバイザリーボード(ADB)のメンバーでもあるから、そこで合意が得られたこと大きく異なることを言うことはまずありません」と会議のメンバーになることを依頼された時に、伝えてあります。また最初の会議でそのように挨拶をしています。

調整会議(内閣官房)やラウンドテーブル(組織委員会)では、まず専門家の意見を集約した形で発言しています。アドバイザーとして入っている僕と国立感染症研究所の斎藤智也・感染症危機管理研究センター長の二人だけの意見で五輪の感染症対策を判断することはとてもできないとも伝えています。

私の意見として調整会議の場では、開催するならばまず「地元の自治体の医療と保健所などに、過剰な負担をかけることは避けること」を条件とすべきことを提言しています。

またステージ4で周辺病院が春の大阪のような危機的な状態になって、患者を収容できない状態になれば、オリンピックをやっている場合ではないのではないかと伝えました。

医療が保たれているのだとすれば、「無観客」を考えるべきだと伝えています。ステージ3では、ステージ2からステージ3に上がっている時なのか、ステージ4からステージ3に戻ってきたのか、感染者数だけではなく医療の状態はどうかなどの状況を踏まえながらの難しい判断になるだろうと述べています。

後からできた組織委員会の新型コロナ対策を考えるラウンドテーブルでも全く同じことを発言しています。

ただラウンドテーブルは座長を依頼されたので、座長としてメンバーの様々な意見を集約して合意を得るため、自分の意見をそのままラウンドテーブルの意見とするわけにはいきません。自分の意見と違うこともあり得ることになります。

感染爆発起きた場合、方針は変えられるのか?

ーーもしこのまま開催して春の大阪のような感染爆発が起きたら、政府だけでなく、専門家への不信も生まれませんか?

それは不信があっても仕方ないですよね。

しかし、どんな状況であっても、そこから少しでも感染症による重症化と感染の広がりを小さくするための努力、提言を続けることが専門家としての役割だと思います。諦めないでその時点で最善と思われる対策を示すしかない。途中で放り出すわけにはいきませんから。

ラウンドテーブルでも、専門家有志の提言の中にもありますが、感染拡大の「予兆」や重要な局面になった場合は、早めの判断をし、対策を変えなくてはならないと告げています。

観客を入れた場合は「無観客」に変え、「無観客」の場合は「中止」という判断を下すこともあり得るわけです。それはラウンドテーブルのメンバーのなかでは合意が得られていと言ってよいと思います。

ーー今までの組織委員会の判断を見ると、感染が爆発的に拡大して医療が逼迫し、死者が増えても、「五輪は何がなんでも続行」としかねないのではないかと不信感を抱きます。

本当の危機管理は、やることをやりながら柔軟に頭と行動を迅速に切り替えることだと思います。

五輪期間中の初期に感染の大きな拡大が数字として見られてくるとすれば、それは五輪のせいだというより、日常の国内の別の要因の中から生まれてしまうことだと思います。

「五輪」がきっかけで感染拡大が起きるとすれば、五輪の最中というよりも、後半か閉幕後に起きる可能性が高いと思います。

「今日の新規感染者数〇〇名」という報道の数字を見るときは、その数字は昨日今日増えたり減ったりしたものではなく、10日間ぐらい前の状態が数字として現れてきたと見なくてはいけません。

重症患者も、新規患者数と平行して増えたり減ったりするのではなく、1週間ほどの「ずれ」があります。死亡者数はもっと遅くなります。

つまり、例えば開会式の日が感染の広がりに関わったとすると、そこから感染者数として明らかになるのは数日後になり、重症者はさらにそこから日を経て明らかになり、そこからの治療によって生死に関わりが出るので死亡者数として明らかになるのはもっと後になります

ーーということは、オリンピックで感染拡大したとしたら、8月24日開幕のパラリンピックの開催中に影響が出てくる可能性がありますね。

そうですね。オリンピックの直接の影響が出てくるとすると、オリンピックの閉会式後、パラリンピックが始まる前のあたりでしょうね。

ーーその頃にどれだけ医療が逼迫しそうだと予兆が見えていても、オリンピック続行が最優先事項になって突っ走りそうな気がします。

死者が急増するような状態になる前に中止する選択があるはずですし、そこはそうするべきだと思います。そこは「予兆」を感知しなければいけません。

ーーそれは組織委員会や政府の良識を信じるということですか?

良識というより、危機管理上の判断で、合意で行うようなものではないと思います。ラウンドテーブルに出ている委員たちも、「判断は感染状況によって柔軟に変えていくのが危機管理である」との考えで一致しています。

ちゃぶ台を返すわけにはいかない 専門家の責任

ーー厳密な世論調査ではありませんが、Yahoo!のネット投票では、観客1万人上限という決定に対する意見として、「妥当だとは思わない」が9割を超えています。政府や組織委員会が専門家や国民の声を聞かずに暴走し、どれだけ感染状況は悪化しても止まらないのではないかと疑います。その場合、専門家がもっと強い提言を出すことは考えられませんか?

もちろん何かが起きる前に様々な提案・提言をするのが専門家の役割だと思いますが、そこが通らなかったから手を引けばいいかというとそうもいきません。

何か起きた時に、その状況の中でできるだけのことをやり、重症者を少なくし、感染の広がりを少しでも小さくする努力は続けるべきだし、またそうせざるを得ません。

しかし、その時の感染発生のレベルによっても異なり、「感染者は少なくなったけれども、社会はめちゃくちゃ」というのも避けなくてはいけないところです。感染症の専門家だけで対策を考えてはいけない理由です。

いずれにしてもどんな状況になっても諦めてはいけないから、その状況に応じた対策を専門家は粘り強く打ち出すしかないです。

ーー専門家がテーブルを蹴って退場したら、日本の感染対策は本当におしまいになると心配しています。

ちゃぶ台をひっくり返すのは簡単です。それで良い方向に向かえばいいですが、ひっくり返すことによって悪い方向に向かうかもしれませんね。ひっくり返すには結構重いちゃぶ台だと感じるようになりました。

ーー有志の中で、「この提言を飲まないなら、もう政府には協力しない」という声は出てきませんでしたか?

それに近い意見はないわけではないと思いますが、私は止めたら何も残らないのではないかと思います。我々専門家は何を言われても「そうだ。そうだ」と政府に賛同しているわけではありませんし、政府も我々の意見をすべて無視しているわけではありません。

ーーしかし、政府が真摯に専門家の声に耳を傾けているようにも見えません。歯がゆさを感じていらっしゃいませんか?

歯がゆさという点でいえば、 それは(新型インフルエンザの流行があった)10年前からそうです。

でもそこで立ち去ってしまったら何も進まないのだから、少しでもいい方向に事態を向ける責任が専門家にはあります。そして全く聞き入れられないことばかりでもなくて、いい方向に向いていることもあります。

ーー五輪に関していいことはありましたか?

何もしていなかったら、選手たちの行動制限や(五輪の対策のルールを決める)プレイブックのようなものは出てこなかったでしょう。あれは働きかけの努力があって出てきたものだと思います。仮に五輪が中止になったとしても、大会における感染症対策に必要なことはあれ、これ、といったものは残ると思います。

感染症そのものが消え去るわけではないので、数年後か数十年後か、どこかの国が担当するときには必ず参考になると思います。もちろんそれまでには修正を重ね、より完成度の高いものにして行く必要はあります。

僕はオリンピックそのものにそんなに関心があったわけではありませんが、東京開催が決まった時に、感染症対策のオリンピックも始まったなと感じました。リオの時は「ジカ熱」というものが発生し、かなり寸前まで開催できるかできないかという議論が続けられてもいました。

ただ、残念なのは感染対策に関する取り組みは、東京も、国も、組織委員会も腰が重かったと言わざるを得ないと思います。

感染者が増加したら専門家はどう動く?

ーー開催した結果として、大阪のような感染爆発、医療逼迫が起きたとしたら、専門家は政府や組織委員会に警告すると考えてよろしいですか?

その前におそらくADBや分科会は開かれるでしょうね。オリンピックを止める止めないをそこで決められるわけではありませんが、今の感染状況はこうだとは言うはずです。

リスク管理というのは、リスクを分析・評価する部門、それに基づいた対策(政策)を実施する部分に分かれますが、ADBや分科会は前者になります。さらにこれを説明する部門も必要になります。

そして組織委員会は、感染拡大の予兆がある場合には対応を変えることを明言しています。

ーー今まで分科会やアドバイザリーボードは直接的に東京五輪については意見を言ってきませんでしたね。政府に諮問もされていませんし。

分科会やADBはオリンピックのために開かれた会議ではありません。日本の感染症対策をできるだけ良い方向に持っていくための組織です。その結果がオリンピックに利用されることはもちろんありますが、私はオリンピック開催のための感染対策とは位置づけたことはありませんでした。

ただし、感染拡大に関わるイベントの一つとして考えた場合、オリンピックはリスク要因の一つになります。

これについて専門家として黙っているわけにはいかないということで専門家有志の提言が出されました。分科会は諮問されたことに対して答申するものですし、アドバイザリーボードはリスクの分析をする組織です。役割が違うと考えられ「有志による提言」となりました。

東京五輪をどうするかは、五輪のリスクをマネジメントするところが決めることです。そこに意見を言うということで、専門家有志で提言を出したことになります。

ーー6月18日に専門家有志として提言を出しましたが、開催されてからリスクが上がってきた場合、専門家が意見を言う場所がないように思います。提言をまた有志として出すことはあり得ますか?

「可能性」ということであればそれはいくらでもあります。でもそういうことを今話しているわけではありません。

ーー走り始めたら専門家は口を出せないということはないですよね?

みんなと話しているわけではないので他の人の意見はわかりませんが、専門家は口出しすべきだと思います。口出しはするでしょう。

この先の分科会の議論でも、まん延防止等重点措置の延長や緊急事態宣言の発出を考える場合、それに関わる課題として東京オリンピックも出てくるでしょうね。

ただ現実にそんなことが起きた時、平常時と同じプロセスを経るような時間はないと思います。中止にするとか無観客にすることを決めるために、いちいち大きな会議を何回も開く余裕はないと思います。

オリンピックの本質に立ち帰れ

ーーネット上の声やテレビ、新聞での声を見る限り、一般の人も今回の組織委員会の方針決定に納得していない印象があります。感染症の専門家として、五輪開催に近づいていくこの時期、どういう注意を呼びかけたいですか?

オリンピックをやると決まった以上は、出場する選手たちが雑念なく競技できるようにしてあげたい。その場を提供するのがオリンピックの中心の目的、コアだとしたら、途中からでも削れるリスクは削った方がいいと思います。

そのためには、観客となる一般の人たちにも自制が必要です。開催に怒っている人は会場に行かなければいい。反対を表明しているなら行かないことです。それが感染対策にもなります。

メディアもまさしくそうです。五輪開催に反対ならば、五輪について報道しなければいいのです。

ーー緊急事態宣言が明けた21日、私も居酒屋に行きましたがどこも満席でした。繁華街には人があふれています。

僕はこのごろ寂しく思うことがあります。結局、誰かが決めた方針にしたがって、良い・悪い、行く・行かない、やる・やらないなどを決めるということですよね。どう行動すべきかの判断を他者に預けて、責任も他者に預けています。

ーーそれを踏まえた上で今の時期、どう行動してもらいたいですか?

昨年のお花見の時も言いましたが、花を見るのが目的ならば混んでいるところに行く必要はないのです。

五輪でも競技が見たければテレビでも見られます。生で見ることは今はなかなか難しい。自分を感染から守ろうと思うなら混んでいるところには行かない方がいいし、どこかに出かけるなら近しい人と少人数で、すいている所に、すいている時間に行ってほしい。

オリンピックの開催期間はオリンピックだけが楽しみではないですね。開催地でないところで家族だけで楽しむこともできるはずです。

今回のオリンピックは不幸で、かわいそうですね。

僕が高校生の時に開催された東京五輪は、みんなで盛り上がっていました。オリンピック音頭があちこちで聞こえ、街の風景はどんどん変わっていく。

一方、今回のオリンピックは最初からスキャンダラスな話にまみれ、スポーツが脇に置いていかれているように思います。オリンピックの本質に立ち返り、アスリートが余計なことを考えずに力を発揮することに集中できるようにしてほしいし、してあげたい。

ワクチン接種も広がって、少しずつリスクは変化しています。皆さんには、どういう条件で一人一人が行動すればリスクが下げられるか、それぞれ考えてもらいたいです。

私は、君子危うきに近寄らず、です。ただし、私は医療側にいる身としては、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という時もあります。

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。