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「自由をどうか手放さないで」 緊急事態宣言にうなずきながらも専門家が感じる寂しさ

間もなく発令される緊急事態宣言。慎重な姿勢を貫いてきた岡部信彦さんは、宣言下でも「自由を守って」と呼びかけます。どういうことなのでしょうか?

新型コロナウイルスの感染拡大が首都圏で収まらず、緊急事態宣言が今週中にも1都3県を対象に発令される見込みとなっている。

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、内閣官房参与も務める川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんにお話を伺った。

学校や受験は影響なし

ーー学校や受験に関しては、文部科学省も緊急事態宣言下でもそのまま続行という意思を見せていますね。

分科会の合意事項は、緊急事態宣言下でも通常の生活はできるようにするということです。通常よりも不便な生活ではありますが、衣食住に困るようなことにはならないようにする。

仕事に出るなとはしない。ただし、人との接触を避けるためのリモートワークが可能な職種では積極的に行ってもらう。

交通は動く。

そして、小中高などの学校を一斉には止めない。

ーー大学は別なのですね。

大学については専門家の間でも議論がありますが、対面ではなくリモートで授業を受けてほしい。しかし対面ではないと教育できない部分は当然あるので、「すべてが」というようにならないでほしいと思います。

ーー大学に入ると活動範囲が広くなるからですね。

ほぼ大人ですものね。

ただし、授業で集団感染が起きているわけではないです。大学生にとって必要な課外活動で起きる。そこは「学生生活の一端」として理解したいのですが、そこがリスクの高い場所でもあるのも確かなので、「今は」と捉えて頂きたいです。

ーー先生は大学時代、サッカー部でしたね。そういうサークル活動などで感染してしまう。

スキー部にもいました。サッカーの試合で感染が危ないわけではないのですよね。部活が終わればみんなで喋るし、風呂にも入る。大学生だったら飲みにも行きます。そういう機会を避けてもらうためなのですね。僕の母校のグラウンドは、誰も使わなくなって草ぼうぼう、という寂しい状態です。

ーー共通テストは行うのですね。

宣言下でも変わりないです。共通テストをどうするか文部科学省で議論した時に、たとえ、その地域が最悪のステージ4の状況になっていたとしても何としてもやるとしました。

共通テストは予備日を1日増やしています。濃厚接触者だったらどうするかも決めています。公共交通機関は使えないなどの不便はありますが。濃厚接触者だからといって試験を受けられないわけではなく、なんとか試験はやるという姿勢を見せています。

受験はその人の一生に関わるかもしれないことですし、病気とのバランスを考えれば、このチャンスを奪うのは気の毒だという判断です。

ーーしかも試験の感染リスクは低いわけですよね。

そうです。試験中に喋っていたらたちまちつまみ出されますね。ただ、試験の合間に友達と密になって慰めあったり励ましあったりするのはダメだと受験生には自覚してもらいたいところです。

ーーそういう意味では医師国家試験などもやるのでしょうね。

少し先の話ですが、やるでしょうね。

ワクチンへの期待 「思ったよりも良さそう」

ーー菅首相は2月下旬までにワクチン接種を開始するために準備を進めていると言いました。そんなに早く準備を進められますか?

2月下旬開始はどうでしょうかね。

通常のスケジュール感から言えば、承認申請が出て、専門協議会が開かれて、そこの委員には段ボール箱1~2箱分ぐらいのファイルが届いてそれをチェックして協議することになります。

審査したPMDA(医薬品医療機器総合機構)の意見は客観的に見てどうかなどを協議し、その結果、申請内容について問い合わせ、データーの再確認などをして、それをPMDAが薬事審議会に諮るのです。

治験が終了したものについて、製造会社から膨大な生データと共に申請書が出されるのですが、どうしても一定の手続きと協議・審査には時間が必要です。

最優先に協議・審査するとしても、それを依頼される専門家はは他の仕事もたくさん抱えているので、それだけやっているわけにはいきません。もちろんそのチェックを省くわけにはいかないので、最短にするにしても一定の時間は必要になります。

ーーこれまで海外ではかなりの数うたれていますね。

アメリカでは100万接種がなされたとの報道がありますが、その中で急性の重症な反応が起きたという報告は目下ないです。

ーーアナフィラキシー(重症のアレルギー反応)は出ていますね。

アナフィラキシーは他のワクチン、あるいは医薬品でも一定程度出てくることは十分想定内で、それに対してきちんと対処ができれば大事には至らないことがほとんどです。

このワクチンの場合も、ものすごくたくさん起きているというわけでもありません。あってもおかしくない。注意していれば回復できます。ただこれまでに重篤なアレルギー反応を起こした人は、その原因は何であれ接種前に十分な相談ができるようにすべきだし、またあらかじめ相談すべきです。

ーー海外の実績を見ている限り、直接の判断はできなくとも、安全そうだなとは言える印象ですか。

短期的にはかなり安全だと思います。長期的な安全性については未知の部分があります。

ーー誰もわかりませんね。

そうですね。短期的には、目下あったとしても対応できる範囲あるいは経過観察で十分回復できるようなものではないでしょうか。重い副反応事例があれば公表になると思いますし、それが偶然なのか、因果関係がありそうなものかなどの調査が行われるはずです。

日本で実施する場合でもそうあるべきです。そういう意味では、現時点では特別な副反応が出やすいというものではなさそうです。もちろん最終判断は国内での治験例なども含めての総合的な判断が必要です。

ただ、痛みや腫れに対する感受性は人によってずいぶん違います。日本の人は全般により感受性が高い(心配度が高い)ので、そこについては諸外国と同じレベルで考えない方がいいと思います。

ーー体質的に感受性が高いのですか?それとも心理的な問題ですか?

体質的な問題ではなく、受け止め方、不安感ではないかと思います。しかしそれも副次的な反応の一つではあるので、ワクチン接種というのは丁寧な説明と丁寧な接種、そして納得感が必要です。当然といえば当然ですが、痛かったり腫れたりするのは誰でも嫌ですよね。

ーーHPVワクチンと同じ筋肉注射で新しいワクチンということで、すでに警戒感を強く持っている人がいそうです。

筋注そのものは危険な方法ではなく、むしろ皮下注よりは痛みを軽減し、また接種効果が高くなります。

ーー先生ならうちますか?

日本のデータを含めて公的に発表され、それを確認して安全だと判断したならば、自分で受けます。自分が接種することを迷うようなワクチンであれば、人に勧めることはできません。

大体のワクチンは自分で自分にやってみています。また自分の子どもや孫に接種をためらうワクチンであれば、人様のお子さんに接種を勧めることはできません。

ーー効果も期待できそうですか?

そうですね。今のところ発表されたデータを見る限りは、抗体(ウイルスが体内に入ってきた時に、攻撃したり体外に排除したりするために作られるたんぱく質)の上昇具合もいいようです。

接種群と非接種群の感染の割合を見ても、100万件の接種後の状況を見ても、幸い使えそうなワクチンではないかと思います。

しかし前にも述べたように、目下のところでは最終判断は国内での治験例なども含めての総合判断が必要である、とさせて下さい。現時点で太鼓判を押すものではありません。

ーー日本人に信頼して受けてもらうために、メディアに何を注文しますか?

1例1例に一喜一憂するのではなく冷静に見てもらいたいです。また、ワクチン接種がスタートした時に、〇〇地域は接種率何パーセントで高いが、〇〇地域は接種率何パーセントで低いなどのように、数字をあおるような出し方もやめて頂きたいと思います。

そして信頼を得るためには透明性と迅速性が大切です。情報公開もしっかりしてもらい、メディアはそれを冷静に報道してほしい。HPVワクチンと同じことの繰り返しにならないようにして頂きたいと思います。

宣言解除は何を目標にする? コロナ診療病院の負担軽減

ーー緊急事態宣言は、今回は何を目標とするのでしょう? 解除の目安は何が達成できた時なのですか?

それはまだ議論中です。

ーー新規感染者数が何人とか、重症者がどれぐらいとか、病床の利用率が何%とか、様々な数値を総合的に判断して、ということになりますか?

やはり目標値は必要ですが、4月の宣言の時と同じで、患者さんを診ている医療機関に病床の余裕出て、医療が落ち着いてきた、落ち着きそうだということが、一番の目標ではないかと思っています

ーーそこを最優先の指標とするということですね。

その負担が軽くなった場合は、仮に他の数値が高くても解除することはあり得ると思います。仮に他の数字が低くなったとしても、医療機関の負担が軽減できなかったらダメということもあり得ると思います。

いつまで宣言を続けるかという議論は政府の方でやっていると思いますが、仮に3週間、4週間続き、「そろそろどうでしょうか?」と聞かれるのは分科会だと思います。その時は疫学的な数字も見る必要はもちろんありますが、特定の数字だけが判断基準にはならないと思います。

ーー専門家としては本当はあまり振るいたくないハンマーなわけですね。

誰も振るいたくないし、できるだけ振るわなくていい方法を模索したいと思っていますが、やることが決まったのであれば、その中でより有効な、そして副作用を極力抑えるような選択肢を取る。ベストな選択にはならないとしても、です。

法律や決まりで自分たちの手足を縛りたいのか?

ーーここまで先生方も政府も、自粛で感染者を抑え込みたいという姿勢で協力を呼びかけていました。それでも新規感染者は増えています。例えば、「Go To事業自体は問題がないが、行った先で感染リスクの高い行動は取らないで」というメッセージはわかりにくかったのではないかとも言われています。実を結ばなかったのはなぜだとお考えですか?

1年間我慢を続けるのは大変だと思うのですね。

でも、ここが法律や決まりで自分たちの行動を縛るかどうか決める踏ん張りどころでもあると思うのです。

「法律で縛らなければ俺たちはだめなんだ」と多くの国民が考えるなら、そういう国にすることを決めなければいけません。そこであえて「自由がいい」というわずかな声を押し通すのであれば、それは民主主義ではありません。

ーー感染症の専門家ながら、一人一人の自由に配慮する発言を繰り返してきた岡部先生としては、市民が自ら自由を手放す規制を求めることをどのように感じますか?

少し寂しいですね。しかし繰り返しになりますが、やることが決まったのであれば、その中でより有効な、そして副作用を極力抑えるようなベターな選択肢を取る。ベストな選択にはならないとしても、です。

それでも期待したいのは、そこを法律でガチガチに決めるようなことはしなくて済むのではないかということです。

例えば欧米のように個人の主張を強く打ち出す国は、どこかで個人の自由を強く押さえつけないと制御できないことがわかっているのでしょう。だから法的に強制力のある行動制限を加えているのだと思います。

でも日本はそういう国ではありません。そこは日本独自のやり方で乗り切りたい。そして欧米のような感染状況にはなりたくない、したくないです。

今の日本を監視や強制力で感染を抑え込むような体制にしたいかというと、多くの国民がそうは思っていないと思います。

自由を求めたいなら、自分たちで不自由を忍ばなければいけません。人に言われたから止める、というのではない。自分たちで行動を選ぶ。それが自主性ということなのだと思います。

自分を守るということは、自由を守るということでもある

ーー緊急事態宣言が出そうな今、一般の人に伝えたいことは何ですか?

確実に宣言は出るでしょう。それでもやはりかなりの強い規制や罰則を持ち出さない方がいいと僕は思うし、多くの人もそう思っているのではないかと思います。

そのためには、感染を押さえ込むための一定の我慢は今のところ必要です。そこは自主的に行った方がいい。

そして、緊急事態宣言が出ても、家の中でじっとこもっている必要はありません。メリハリをつけて、公園などに行って体を動かしたり、よい空気を吸うのもいいでしょう。一人で土手を散歩しているのにマスクをつけているのは、いらないでしょう。寒さよけやアレルギー対策であればもちろん別ですが。

注意すべきところはだいぶわかってきているので、多くの人たちに自分、そして自分の身の回りにいる人たちをも守るために、行動してほしいです。

自分を守るというのは病気にならないということだけではなくて、これからも自分の自由を守るということでもあります。

難しいかもしれないですが、そう考える人が一人でも二人でも増えていけば、それが多数派になっていくはずです。

ーー自らの手足を縛ってくれと多くの人が望むのは恐ろしい世界でもあります。

人はなかなか自分の考えで動ききれないことがあって、どうしても人に決めてほしいところがある。国はその求めに対して動かなければなりません。

ただ経済と病気予防はどちらが大切とは言えませんが、今、ことがここに至ったのならば、経済を優先すべきではないと思います。経済はあとで取り戻す。感染症は取り返しがつかなくなります。そしてこの感染症との付き合い方を次に考えていくことになります。

ーー宣言を発令しても、政府への信頼が落ちていて聞いてもらえないのではないかという声も出ています。

こういう状態になったらやることはやらなければいけません。政府が悪いとか野党が悪いと言っている場合ではありません。政府のためではなく、私たち自身が少しでもいい方に向かうために、だと思います。

ーー国民がということですね。

国民ではなく市民という言葉を使いたいです。日本に住んでいるのは日本人だけではありません。日本に住んだまま身動きが取れない人もいます。日本にいる人々にとって、その人々に対して、今できることをやるべき時だと思います。

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。