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デルタ株にオリンピック、お盆や連休......それでもなぜ感染者は減った?西浦博さんが4つの仮説を検証

デルタ株、東京五輪開催、お盆に連休と感染者増加の要素が重なったのに、東京は減少傾向に転じています。何が減少の決め手となったのか。西浦博さんが考えた4つの仮説をお伝えします。

感染性の高いデルタ株の蔓延に、東京五輪、お盆や4連休。

手がつけられなくなるほど感染爆発することが恐れられた第5波の流行だが、減少傾向に転じていることが確認されている。

自粛のお願いしかできない日本の対策の中で、なぜ感染者は減ったのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに減少した理由について4つの仮説を検証してもらった。

※インタビューは8月31日夕方にZoomで行い、その時の情報に基づいている。

減らすのは無理かと思ったのが....なぜ減ったのか?

ーーオリンピックもあり、お盆に4連休とみんな結構出歩いていた気がします。感染力の高いデルタ株でも感染者が減ったのは不思議です。

デルタ株の流行が起き、他の国の流行状況も見ていると、人出がこれだけある中で減らすのは「もう無理かもしれない」と本気で思っていました。

7月の4連休や盆での移動は制御できていませんでしたし、実際にそれに伴って地域で感染者数が増えました。

だから、感染者が落ちているかもしれないデータをこの数週間見ている時、なぜなのだろうとずっと思考を巡らしていました。

7月の後半では実効再生産数(※)は2を超えていたのです。

※1人あたりの二次感染者数。1を超えると増加に転じる。

今週先週比(※今週と先週の同じ曜日を比較した数字。1 を超えると増加傾向にある)は、最近1週間の東京都で0.7~1.0程度になっています。

全国の直近の今週先週比の値を踏まえた上で、この後の予測シナリオを描いたのが次のグラフです。

これは直近1週間ぐらいの今週先週比がどれぐらいだったかを推定し、その傾向が続くと仮定して、上限幅、下限幅を決めて未来を予測しています。

7月後半は2を超えていたので、当初、8月後半には万を超えるだろうとする予測値を出していました。明らかにそれは過大評価でした。でも、その予測を出した時は十分にあり得ると思っていました。

先週今週比で予測を出している主な目的は、自治体に「これぐらいの数の検査ニーズや保健所の電話対応・入院調整のニーズが生じますよ」とか、保健医療の関係者たちに「このぐらいのレベルの入院者数、宿泊療養者数、自宅療養者数に医療が対応しなければなりませんよ」と、リアリティを持って想像してもらうために出しています。

自治体によっては臨時医療機関を流行ピークを迎える随分前から早く準備するとか、どの重症度の患者までを入院適応として、どの程度を自宅療養とするのか早いうちに決断することもできます。そのシナリオは8月前半のものが過大でした。

当初の予測と違って、なぜここまで感染者が減ったのかを考えているのですが、いくつかの仮説があります。だいたいわかってきた4つの仮説を共有しましょう。

仮説1:リスク認識による自粛と緊急事態宣言での接触減

一番大きいのは、感染者が増えて医療が逼迫したことがわかると、みなさんがリスクを認識して行動を自粛したことです。これまでの流行と同様、リスク回避行動がそれなりにあったのだと思います。

人出はありました。会社によっては、日中の仕事も行われ続けていました。もちろん、ハイリスクな行動は緊急事態宣言による勤務体系の変化などで避けられたところがあるものと思います。

他方、より重要だと考えているリスク回避行動があります。例えば「感染状況が悪いから今は食事をやめておこうか」と皆さんが行動を変える判断をしたことが、相当、効果があったと考えています。

これまでの流行で緊急事態宣言による施策がどれだけ有効だったのかは検証しなければなりませんし、できる限り数値化してアプローチしてきました。他方、定量化することは困難なのですが、感染者数の増加や医療逼迫に伴って皆さんの心理がどれほど変わるのかも極めて重要です。

リスクを認識して、リスクを回避する行動にどれほどつながったのか。

実は、夜間滞留人口を分析していると、「過去最高」というニュースが連日報じられた時に滞留人口が減少することはこれまでも水面下でわかっていました。

今回も「医療が逼迫している」というニュースが、オリンピックが終わった瞬間に一気に流れ始めました。医療が大変な状態である、他の病気や事故でも今は病院にかかれないからなるべく気をつけた方がいい、というリスクを皆さんが認識しました。データに基づく分析は未完成ですが、これが相当大きかったのだと考えています。

でもそれが中心的な影響だったとすると、逆に皆さんが「大丈夫」という認識になるとまた感染者が増え始めることが考えられます。リスク認識の影響は、両刃の刃のような存在です。

仮説2:ワクチンの普及

もう一つ注目しているのは予防接種です。

高齢者の接種が終わって、遅いところだとまだ50代が接種している自治体はあります。それでも12歳以上も含めて接種しているところがたくさんあります。

それぞれの年代の接種率が上がっていくと、人口全体の集団免疫が少しずつできてきて、再生産数が減っていきます。

この右の図は、6月20日時点の再生産数を1とした場合、8月後半では0.85程度に落ちたことを示しています。

年齢群別の接種率を見ながら、再生産数がどれだけ減ったかを時刻ごとに捉えるべきフェーズにとうとう入ってきた、ということです。もちろん、集団免疫と呼べる効果を実感できるくらいになるには人口全体の接種率は低くてまだまだ足りません。

ただ、皆で必死に接種してきた成果が、接触減も合わせて相乗効果で効いているものと思われます。これまで、医療従事者や高齢者、職域の人から接種が始まり、今は一般の人に広がって、今でも1日80万人超のペースで接種が進んでいます。その影響で伝播が起こりにくくなってきたように思われます。

接種後しばらく経つと抗体が減ることを考えても、少なくとも向こう2ヶ月はこの状態が続くことが考えられます。

もちろん、秋が深まるまでに予防接種の効果が失われ始める方もいるので、喜びすぎると痛い目にあいますから注意が必要です。

仮説3:若年世代の行動の変化と自然感染による免疫

もう一つは、若者、特に19〜39歳の行動変化の影響と、その人たちが自然感染したことで免疫ができた可能性です。

年齢別の感染者数の推移を見ると、0〜39歳の人たちが上がり止まっていますね。

上がり止まっている理由が何なのかははっきりとさせることはできません。

ただ、流行状況が悪くなって接触が止まっていることや、大学生世代の人たちが休みに入って接触が止まっていることなど、複合的な要因で伝播が止まった可能性が高いと思います。

かつ、諸外国の無症状の感染率のデータを見る限り、若い世代では無症状の感染がたくさん起きていると思われます。場合によっては自然感染による免疫を得ている人が既に一定割合いる可能性もあります。

首都圏の他の県も同じような年齢群別の変化が見られましたが、今、流行が心配になっている愛知県などは19〜39歳の感染者数が上がってきています。都道府県によって違います。

自粛プラス夏休みの影響だと思いますが、行動が変わって止まった可能性が考えられます。

仮説4:気温の影響

4つ目は気温の影響です。湿度の影響も指摘する人もいますが、それはさらに研究が必要です。

少なくとも高い気温で高い湿度だと伝播が起きにくいと言われていて、高い気温だと伝播しにくいことは研究で一定の実証がなされています。

ーーウイルスの性質上ですか?暑いと外出しないなどの行動の変化による影響ですか?

メカニズムはまだわかっていないのですが、暑くて外に出にくいという話ではなさそうです。もちろん、労働経済学で気温が高すぎると室内に居がち、という研究はあります。

北から南まで様々な気候が含まれている国は日本やアメリカぐらいなので、WHOのオンライン会議で気温の影響分析を話すとみんなに羨ましがられます。

それぞれの国で気候条件が違いますが、気温が高ければ高いほど伝播が起こりにくい状況は確かにあるようです。東南アジアなどにおいて従来株で流行が起こりにくかったことを裏付けています。

シンガポールの人は「気温が影響しているというけれど、僕らはほとんどエアコンが効いている室内で過ごす」と言うのですが、それでも伝播が起こりにくいのは事実です。ウイルスの生存に関連する何らかの物理的な条件があるのだと考えられています。

1+2が1番もっともらしいシナリオ

ーーこの4つの仮説のどれが一番影響がありそうなのでしょうか?

この中で言うと、一番あり得るのは1+2です。リスクを認識してハイリスクの接触を避けたことと、予防接種が進んでいることが合わさって減っているのだろうと思います。

1の評価はすごく難しい。7月後半は専門家がたくさん警鐘を鳴らしました。僕たちとしてはオリンピックの影で報道されにくい流行状況を何とか知ってほしいと思って必死に訴えたのです。

この影響を評価した上で、今後上手にリスク認識というものを利用する手立てを考える必要があります。

しかし、いずれにせよ要請ベースの対策が続けば、流行に対する認識は皆さん次第になります。長引けば長引くほど疲れがたまり、サイズの大きな感染者数に慣れていってしまう。要請ベースの対策はいずれにしても足かせであり続けています。

要するに、法律の下、罰則つきで何かをするわけではないので、皆さんがどれだけ協力してくれるかにかかっている、というのが日本の対策の実体ということです。

例えば第4波の時に、緊急事態宣言を打つと再生産数が相対的に何%低下するのか、国立感染症研究所や東京大学、慶応大学などとチームを組んで一緒に緊急報告をしました。

何をしたら何%減ったかは計算として出せましたが、実は、次の緊急事態宣言で同じことをやれば同じ効果が期待できるかと言えば、必ずしもその保証はありません。

それぞれの宣言でどれだけ減るかは、その要請がどれだけ皆さんの心に響いて、皆さんがどれだけ従ってくれるかにかかっています。だから科学的に措置内容で制御することは難しいのです。

しかし、2や3については科学的アプローチとしてできることがあります。

今、人口のそれぞれの年齢群や社会リスク層の中で何%がまだ感受性(感染する可能性)を持っていて、今後感染する可能性があるかを定量的に(数値として)把握できていません。これが結構大きな問題です。

第1波、第2波の時は、厚労相の特命で、年齢群別に血清サンプルを大規模にとって抗体の有無を調べる疫学調査が行われました。日赤のデータや病院のデータがありましたね。

「血清疫学調査」というのですが、研究レベルでの実施も重要ですが、大規模に把握しないといけないので国レベルでやらないとダメです。今のところ、日本では大規模に系統立てて実施できていません。

リアルタイムでその状況が把握できれば、感受性を持った人口サイズがわかりますので、結果としてデルタ株の基本再生産数もわかります。いま何%の人が免疫を持っていて、自粛がこれぐらい行われているから、流行対策がなかった場合は血清データからすると再生産数はいくつだな、とわかる。そうすると、対策がもう少し客観化される。

日本ではそれを知ることができない現状は問題です。僕もとても興味のある学術課題ではあるのですが、毎日のリスク評価に必死になって手が回らず、このリアルタイム調査に手が付けられていないことを残念に思っています。

ーー海外では行われているのですか?

香港は世界の急先鋒で、水面下調査ではありますが、すごく短い時間間隔で血清をとっています。オーストラリアでも献血などから協力を得て、成人の血液で常にモニタリングができる体制を備えています。

オリンピックの影響は?

ーー4つの仮説を提示していただきましたが、オリンピックの影響で外出しなかったという指摘についてはどう考えますか? 先生はずっとオリンピックの中止を訴えていました。

東京都医学総合研究所社会健康医学研究センターの西田淳志先生の分析したデータが示していますが、4連休が終わった時は繁華街の夜間の滞留人口が減りました。その後は横ばいです。

どちらかというとオリンピック後半期は、「人流」と言われたものを見れば増加しました。

接触とか夜間の繁華街でハイリスクの行動を取ることに関して言えば、オリンピックの影響はほぼなかった、つまり、明らかな増加も減少もなかった、と思います。

減ったということもなければ、途中から人流が増えてもいる。滞留人口は変わっていないので、あとは、バブルや定期的検査がきちんと実行されていたか、五輪中の接触の変化が日本での影響に流行を及ぼしたか。オリンピックの影響を人流以外で示していくことが必要だと思います。

元からスタジアムの中での伝播の可能性は低いことはわかっていました。運営上は、全国民の移動率や接触率が急上昇せずに終わっていることは確かです。

だから主な影響として疑いなく言えるのは、心理的インパクトだと思います。心理的インパクトは数値化するのが困難ですが、他の点については、いくつかの分析はしていますので、より詳細な分析は今後研究として報告します。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。