• covid19jp badge
  • medicaljp badge

「自宅でオリンピック観戦」では減らない 少し先の未来に怯える理論疫学者が再び東京五輪中断を訴えるわけ

デルタ株によって感染拡大が加速し、医療崩壊が差し迫る中、理論疫学者の西浦博さんは改めて東京五輪の中断を訴えます。「もうダメかもしれない」と怯えつつ、それでも次の一手を考える理由とは?

デルタ株への置き換わりが進み、加速化する感染拡大。

通常の医療ができない「医療崩壊」も間近に迫ることがデータでも示されている。

専門家は過去最高に厳しい状態だと口をそろえるが、「最後の切り札」である緊急事態宣言も発出中の今、さらにどんな手が打てるのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに、次の一手として何が考えられるのか聞いた。

※インタビューは7月28日にZoomで行い、その時の情報に基づいている。

首都圏、北海道、沖縄に緊急事態宣言を 東京には追加措置を

ーーデルタ株で感染者の拡大は今後も加速することがわかり、一般診療も逼迫しそうだとわかりました。もう最後の切り札である緊急事態宣言は東京では打っているわけですが、これ以上、何ができますか?

選択肢は多くないです。

分析している限りでは、緊急事態宣言は効いていないわけではないのですが、デルタ株の感染性の上昇が強過ぎるので、宣言の減少効果が足りないのかもしれません。

感染性が高くなって、悪化した状況に対応しなければいけません。

ですから緊急事態宣言に何かプラスするしかないのです。冗談ではありますが、「スーパー緊急事態宣言」のようなものを考えなくてはなりません。

それよりも今大事なのは、とても高いリスクに晒されていることをいち早くわかってもらい、1日も早く首都圏で強い措置を打つべきだということです。

神奈川、埼玉、千葉でも緊急事態宣言を打たないと、首都圏は生活圏が一緒ですから、東京と別に考えるのは厳しいです。かなり前からこの話は対象となる県から政府にリクエストしてきたはずです。

また、北海道や沖縄では感染者が増え、都心部から4連休に遊びにきた人の影響も今後さらに出てきます。これからより厳しくなると思います。

政府から道へは「まずはお酒の提供から対応せよ」というコメントだけを返したと報道されていますが、全くもって危機対応能力がない。いまはグッと新規感染を下げないといけない段階であって、1日でも早い対応が良いと思います。

オリンピック開催中ということで強い措置を出すことをためらっていると、自宅療養で待機している人が積み上がりながら放置されることになります。オリンピック終了を待たずに、1日も早く緊急事態宣言をうつべきです。

それがまず一つです。

それに加えて、東京では現行の緊急事態宣言は効き目が悪い問題があるので、強い措置を追加する。例えば、集団で行動することを制限するなどです。

ヨーロッパのロックダウンの事後評価で何が効いているかと言えば、集団行動、要するに集会の制限です。一番リスクが高いのは普段会わない第三者と集まって、屋内でミーティングし、時にはお酒が入るような行動を取ることだとわかっています。

そういう時に伝播が起きるので、何人かで会う状況を抑えることは大きな追加措置になると思います。

ーー要請ベースではありますが、具体的に言うと何人以上で集まるのはやめてほしいと考えますか?

本当は2人までというのが一番効果のある措置です。香港ではそれをやって第2波、第3波を凌いできました。パートナー以外と食事はしないという政策で、感染者ゼロも達成したのです。韓国でも現在までに科学に基づいて集会を厳しく制限していますね。

それを何人まで認めるのか、そして、どういう集団の集まりを対象に対策をするのか。これは政治のさじ加減があるのだろうと思います。

しかし、デルタ株の感染性が高いので、範囲や対象を日和ってしまって新規感染を下げられなければ致命的になります。

こうした対策で最善を尽くす間、外出や移動の規制の立法を議論していただかないといけません。

また、尾身茂先生もおっしゃる通り検査数が拡充されており、加えて様々な技術の実装が急速に進んでいます。

直接的な影響よりも、声が届かない東京五輪の影響

ーーオリンピックについては先生は一貫して中止を求めてきました。ほぼ無観客になりましたが、オリンピック開催で感染者が増えたというデータはあるのでしょうか?

今の流行は、決して、オリンピック選手や関係者の間で増えた上で、そこからコミュニティに広がって増えている、というものではありませんよね。あくまで短期的にみた場合ですが、直接的な2次感染の影響はあまりないと言えばない。

重要なのは、オリンピックを開催することによって人の流れが増えることや、感染拡大防止の声が届きにくくなっていることです。だから流行状況の悪い中で、少なくとも無観客にしたことは皆さんご存じの通りです。

人がお祭りムードの中で長距離を活発に動くことは無観客の判断で多くが止められたと思うのですが、声が届かない問題については政府は何もしてくれませんでした。首相はお祭りに「挑戦する」と声高に言う一方、矛盾した政策が十分な説明もなく行われている。その結果、現在、本当に声が届かなくなりましたね。

そうなると、緊急事態宣言が要請ベースであることをますます実感せざるを得ないのですが、工夫して呼びかけないと、接触を減らすことができません。

他方、流行なんて忘れるかのように盛り上がりが過熱しながらオリンピックが開催されているため、「接触を避けようなんてことを言ってももう無理だよ」と一般の人は思っているでしょう。

オリンピックを中断して安心・安全を守るという姿勢を示さないと、通じないと思うのです。国民感情をなめてはいけない。

ーーそれはいわゆるアナウンス効果を狙うということですか?五輪を中止して、人出が減る、人の接触が減るという効果よりは、人の心に与える効果でしょうか?

アナウンス効果を定義するとき、恐怖を抱くことによって行動が変わる場合と、現状に納得をした上で皆さんが協力するという本来あるべき姿、の2つがあると思います。特に後者が重要です。皆さんが納得した上で、リスクと向き合って、行動する状態にしなければいけません。

今はどう考えてもオリンピックが足かせになっていることは明白で、それによって危機対応ができていません。

特定の党派性がある主張に聞こえてしまったようで唐突に中止を訴えすぎたことに反省もしているのですが、決してそうではなく、純粋に自宅療養や入院調整の数が積み重なっているデータを見て言っていることです。

僕の強みは他の人よりも近未来が定量的に見えていることで、いま数週先が相当に厳しいことがわかっています。

まずそれを伝える。もちろん中断の提案や数週後の姿の公表前に専門家内で議論をしています。その結果を踏まえても、改めて「いま勇気を持って引き返す方がいいのではないですか?」と問いかけたい。

ただし、一部の層にはその声も届かない状況です。原因を取り除くしかないという意味で五輪の中断を求めています。

「自宅でオリンピック観戦」では減らない

ーーただ、オリンピックが開幕して、メディアも五輪モードになり、一般の人たちも選手たちの活躍に盛り上がっています。その人たちに「中断せよ」と訴えるのは、嫌な提案をすることで、「せっかく楽しんでいるのに水を差すな」という反発を招くことも考えられます。昨日(27日)の和田耕治先生のインタビューでは、「オリンピックを利用して、自宅で観戦して」という呼びかけに切り替えた方がいいのではないかと提案していました。どう思いますか?

新型コロナウイルス感染症の伝播データを分析して、リスク評価をしている立場からするとそれでは甘いと考えています。

というのも、今のデルタ株による流行は、昨年4月に最初の緊急事態宣言を出した時ぐらい接触を減らしても、感染者数が落ちるかどうかわからないレベルの流行だからです。

「オリンピックを尊重しながらステイホーム」で解決する次元を超えたリスクであると認識しています。

Twitterでもオリンピックを中止しようと呼びかけた時に、同じような論旨の声がかけられました。

「『オリンピックをテレビで観戦してください』と政府も呼びかけてきて、みんなテレビで見ているのだからいいじゃないか。今、中断するよりテレビで見続けた方が安全だ」と言われます。

しかし実際のところ、夜間の滞留人口データから見えるように、人出はオリンピック前後で著しく減っているわけではありません。微減が起きているだけです。

既にお伝えしたように、現在までに得られた減少度合いでは、デルタ株の感染性を考えると、新規感染者数が減少傾向に転じるとは思えません。オリンピックの自宅観戦が感染拡大予防に果たすであろう役割はそれほど大きくない。もちろん、危機が共有された今週後半以降はまだわかりませんが。

ーー和田先生も、感染者が減らなければ「4人以上の家族以外の集まりをやめてもらうなど、さらに厳しい対策を打ち出す必要がある」と指摘しています。

本当にステイホームしなければいけないのは、オリンピックを見ている人ではなく、声が届いていない人たちなのだろうと考えています。抜本的にその人たちの行動が変わるとか、行動が制限されるレベルで変わらないと、変異株の伝播はおそらく止まらないのではないかと考えています。

和田先生が「これがオーバーシュートです」と言ったのは、みんなにリスクを認識してもらいたい一心で、批判を受ける覚悟で言ったのだと思います。危機時のコミュニケーション判断の1つですね。

僕は彼と流行対応の仕事を1年半以上一緒にやってきてよくわかっていますので、和田先生の公衆衛生学者としての考えや判断自体は支持したいと思います。

しかし、実際には火曜日の報告数は4連休の感染者の積み残しもあって増えた数字ですし、まだ制御不能なほど増えているわけではありません。

恐怖を抱かせるだけのコミュニケーションではいけないことは、これまでに何度も痛い思いをしながら僕たちは学んできました。

和田先生が口火を切ってくれましたから、そこから危機時のコミュニケーションへ一気に移行しなければならない。私がここで取材に対応したように各専門家はこれから説明を開始しますし、政治のリーダーにこそ正しい役割を果たす軌道修正を至急行っていただく必要があります。

批判を覚悟の上でも、今、どうしても減らさなければいけないという強い思いが専門家にはあるのです。

危機時のコミュニケーションは、現状の科学的認識を粛々と正確に伝達していくほうへと舵を切っていくことが必要です。だから、僕も含めて厳しいことは言うと思いますが、緻密にリアルなことをお伝えしていくことに注力しようと思っています。

リスクが自分ごと化していない20代に声を届かせるには?

ーーしかし、20代で夜間の繁華街に飲みに出かけている人が、オリンピックを中止したとして飲みにいくのをやめるでしょうか?

それだけでやめるとは決して思っていません。オリンピックを中断するのは一つのショックセラピーではあるのですが、それにプラスして、外出自粛を強く打つ規制をかけることなどが組み合わさって、やっと伝播の頻度が下げられるのではないかと思います。

それぐらい流行は厳しい状態にあるということです。

ーー感情的なショックと、実質的な制限を両方かけるようなイメージでしょうか。

五輪に賛成している人も反対している人も、これまでに政府から説明がなされないままモヤモヤを抱いていると思います。その状態に拍車をかけるかのように、感染リスクが上昇していることはみんな肌で感じ始めていて、輪をかけてモヤモヤした状態にあると思います。

まずリスクの認識や迫りくる現状の危機が共有されることが重要です。五輪を中断しなければならないぐらい医療崩壊のリスクがあって、安全・安心の問題どころではない状態になってきたという強い認識が広がらないといけません。そうでないと、その次の判断には至らないと思います。

国と自治体、民間の全てがショックを受けつつも、制御する側はファイティングポーズを決して崩さないという芯の強い向き合い方がなければ、感染性の高いデルタ株は減らせないものと思っています。

ーーしかし、若い人の声を聞いていると、「自分たちは感染してもそれほど症状が強いわけではない」と感染リスクを低く見積もっている様子が伺えます。実際には重症化する人もいるし、後遺症もあるわけですが、リスクをあまり感じていない人が利他的な行動をとるにはもう一押し必要な気がします。

確かに20代の人たちが利他的な行動を取るハードルは高いかもしれないですし、すぐには難しいかもしれません。彼らに届く声や措置でないといけません。デルタ株は感染性が強いことで、20代の間だけでも感染を拡大できてしまいます。

その対策ができないと、新規感染者数はいつまでも減り始めません。

それを考えると、より強制力を伴う措置を取らないと無理なのかもしれません。そういう状況に至らせてしまった、そこまでコミュニケーションを怠ってきたことのツケを今支払っているものと思っています。

ゴールした自分に恥ずかしくない対策を考える

ーー最後に皆さんに訴えたいことをお願いします。

今度の波は、過去最大のリスクです。仮にいったん下げられたとしても、悪い戦況が続くことには変わりありません。

これまでの緊急事態宣言も軽々しく発したものではなく、本当に効くかどうか胃を痛めながら見守ってきましたが、今回ほど見通しが悪いことはこれまでになかったことです。

こういうリスクに向かい合わなければならなくなった時に、どういう風に判断するか。僕はマラソンのメンタルコーチなどが書いたスポーツメンタルの本に書かれている方法を思い出すようにしています。

例えば、マラソンで走っていて35㎞地点で本当にきつくて「もうダメだ!」と思った時、「ゴールした後の自分からいまの自分へ呼びかけてください」とメンタルコーチはアドバイスしてくれます。

「あの35キロ地点で辛かったけど、あそこでスピードを落とさなくて走り抜けたら次第に楽になって戻せてよかった。あそこで粘れた、頑張れたね」という言葉を自分自身に語りかける。

そう考えながら走ると、本当にマラソンではレース後半のしんどさが回復して楽になることがあるのです。

今回も僕は、「流行が終わった後の西浦さん」にアドバイスをもらっています。

「あの時点では絶望的なデータだったけれども、データ分析やデータに基づくアドバイスをする時に、十分に分析専門家の義務は果たしたか? 理路整然とやるべきことをやったのか?」と呼びかけています。

そう問われると、今の流行状況で制御を目指すなら、オリンピックのリスクを中断した方がいいという結論に至ります。何度考えても同じ結論です。

ですから、今こそ政策を考える人たちとコミュニケーションして、徹底した措置を打って流行を止めたいし、皆さんにはデルタ株の感染性が高いことをぜひ理解してほしい。

インドでは人口の7割近くが自然感染などで免疫を得た上で、ロックダウンしてやっと流行が止まりました。かなり犠牲を出した上で止めています。それに対し、今の日本は高齢者と医療従事者が接種して人口の3割未満が免疫を保持しているだけの状態です。

私たちは今、7割が免疫を持ってもロックダウンしないと制御できなかったウイルスと向き合っているのです。

どうしても皆さんの協力をもらって切り抜けたい。ダメかもしれないけれど、僕がファイティングポーズを崩すと終わりだと思っています。最後まで僕の役割を果たしたいと思います。

(終わり)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。