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「おもてなしどころか、国際的に恥をかく事態も」 医療崩壊も想定される東京五輪で考えておくべきこと

開催に向かって突き進む東京五輪ですが、感染が拡大し、医療崩壊する可能性も想定されます。「その時は躊躇なく中止、中断を」という専門家の声を為政者はどう聞くのか。政府から独立した専門家組織のあるべき姿も語ります。

再びの感染拡大傾向が見えている東京で、開催に向けて進む東京五輪。

変異ウイルスの影響もあって感染爆発が起き、医療機関が逼迫すれば海外からの訪問客にも医療を十分提供できない事態になりかねない。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

「おもてなしどころか、必要な医療が提供できない事態もあり得る」と話す西浦博さん

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに、五輪開催中に大流行が起きた時に日本が失うもの、そして組織委員会の判断や政治家と専門家の役割についても聞いた。

※インタビューは6月25日夜にZoomで行い、その時点での情報に基づいている。

おもてなしどころか、医療が提供できず恥をかく事態も

ーー東京も、今春の大阪のような医療崩壊が起きかねないということですが、海外からの訪問客の医療提供にも影響がありそうだと指摘していますね。

今回の流行でとても怖いことが2点あります。

1つは、オリンピックのリスク評価に政府が正面から対峙していないことです。もう1つは、感染者数が増加しても五輪が近づいたり、開催中だったりすれば緊急事態宣言をなかなか発出しないことが見込まれる、ということです。

流行対策の判断に遅れがある場合、東京都は、これまでの中で医療崩壊に至るリスクが最も高い波になるだろうと危惧しています。

先にも述べましたが、予防接種が高齢者の多くに行き渡る中の話ですから、重症患者数は従来よりも格段に生じにくくなるものと思います。

でも、判断の遅れを伴って流行が大規模になる可能性がたとえ小さくとも残されています。それを確実に想定内に入れておくことが必要です。

組織委員会は各自治体と相談して五輪関係者のためのベッドの確保をして開催日程に備えています。ただそれは、感染状況や医療の状況が計画通りに維持された場合の計画です。

今の感染者の増加状況や、政府がリスクと向き合えていないことを考えると、いざ医療崩壊となっても外国人の患者に対応しきれないことも十分起こり得ます。

政府は、これから入国する人、観客として東京五輪を観に来る人に、「肺炎が起こっても酸素を投与するのが遅くなるケースがあるかもしれない。高齢の帯同者が感染して重症化しても人工呼吸器が使えない事態も起こり得ます」と説明しないといけなかった。おそらくしていないでしょう。

大阪では、医療が逼迫した時に、予防接種をうっていない高齢者たちに保健所の人が言えるのは、「とにかく人と接触しないで身を守ってください」ということでした。「感染して重症化しても若い人が優先される」と、現場で治療を諦める判断をせざるを得なかった。

それがオリンピック関係者にも起こる可能性があります。特別扱いはできません。確率は低いかもしれませんが、開催者は危機管理として、十分にそのような事態を想定することが必須だと思います。

申し訳ないけれども、医療が過度に逼迫したら、日本人よりひいきして酸素を投与したり、挿管してあげたりするわけにはいかない。命の選別をするのに、来訪客を特別視するのはおかしいです。こういうことが現実的に起こらないでほしい。

「おもてなし」どころか、日本は酸素投与や人工呼吸を提供できない中で五輪のホストになった、と批判され、大恥をかくリスクがあります。

今の突っ込み方で五輪に突入した政治家が恥をかくのは自身らの政治判断なので仕方ないですが、現場の医療者はたまらないでしょう。迷惑を被る人たちが出てきます。

ーー政治家は「日本の威信をかけて」や「日本の誇りをかけて」などと言っていますが、それが崩れる可能性もあるのですね。

リスクと向き合っていない中で、突進するとこういう問題が起こり得る。悪い流行状態で人口全体における免疫を持つ人の割合も未だ十分でないのに、意地になって開催しようとしている結果、支払わなければいけないツケです。ここまでリスクを無視したツケとして、体面を守らせてあげられない状況になり得るのです。

コロナ対策で協力している東京都の職員も、表情が曇っています。流行状況を分析して伝えると、遠くないだろう未来に嵐が来ることはわかるわけです。キャパシティを超える流行が起きる可能性をつぶしておきたいのに、そこに飛び込まざるを得ない。知事が判断しているので従うしかない。気の毒です。

専門家提言「本来、有志で出すようなものではない」

ーーこれまでデータ分析を出し、専門家有志で提言を出した後に、組織委員会は「観客上限1万人、関係者はそれに上乗せ」と観客を入れる判断をしました。一時は会場で酒を出すことも検討されていました。どう思いましたか?

ただただ悲しく見ていました。

もちろん専門家には何も決定権はないのです。

五輪に対して夢を抱いている人がいるのは事実ですし、僕もマラソンが好きなので大迫傑選手とか鈴木亜由子選手などマラソン選手の応援をしたい。選手たちは一人一人長い人生の時間をかけて挑戦しているわけです。その夢を奪う権利は専門家には絶対にありません。政治が決断しなければいけません。

政治家の人たちが観客を入れる決断をしたこと自体は尊重しなければいけないのでしょう。

一方で、そこでリスクと十分に向き合えたかというと、その先もリスクに関する見解を述べていませんから、ちゃんと認識できているのかは問い続けなければならないと思います。

政治側からリスクに関して説明がない間は、僕たちがなるべく正確な情報を伝えるのが責務だと思います。ただし、それだとボールを投げ続けた状態のままになりますので、解決は求め続けていかないといけないでしょう。

その中で、もちろん一連のことにはたくさんの後悔があります。

その中でも重要な再認識事項として、専門家は、リスク評価に対して全く忖度なく発表できなければいけないと思いました。未来の世代が苦労しなくて済むよう、いまを生きている私たちに課せられている課題です。

時事通信

専門家有志で提言を出し、記者会見する尾身茂さんら

尾身茂先生はものすごく苦労して言葉を選びます。瞬時に適切な言葉を選ぶセンスも持たれている。

あの会議ではそれに敬意を払わなければいけないので、僕自身、できるだけ自分を抑えようとしていました。

それでも二つ問題があると思います。

そもそもこれを有志で出しているようでは、日本が今後同じようなリスクに向かい合わなければならなくなった時にリスク評価が脆弱なままです。ずっと有志でやっているようではこの国の科学的評価は倒れるでしょう。

あのメンバーで出せたことは率直に言って良かったと思いますが、有志で出さないと出せないという状況はやはりおかしい。将来、変えていかなければならないと思います。

二つ目はリスク評価に対して専門家が口をモゴモゴさせないといけないのもおかしい。国際的に見てもリスク評価の仕方を見直す部分があると思います。食品安全委員会でリスク評価が明確になされているのは、国際基準があって、それが守られていることがあります。

そういう仕組みや組織づくりも、今後、同じような感染症があった時に、同じような苦労をしないために必要なのだろうと思います。

ーー分科会が政府の諮問を受けて出すべきでしたか?

理想的にはそうなのですが、それ以前に分科会というものの立ち位置、位置付けを考えるのが不十分だったと思います。分科会は、政府の真下にあります。政府の真下にあって、諮問されない限り政府の考えに背く発言をし難い組織から厳しいことを言いにくいのは当然のことだと思います。

分科会はリスク評価だけでなく、政策を提言する組織にもなっているのですが、政策を決定する機関とはかなり距離を置かなければならないと思います。いざという時の倫理規範や価値観もぐらぐらする構成になっている。位置付け上の問題と機能についても反省すべき点があると思います。

ーー政府から独立した専門家のリスク評価機関があるべきだということですね。

そうですね。世界保健機関などが主導して、科学的評価の実践を国際基準で守ることも必要です。

「中止が最もリスクが低い」 明確に入れるべきだった

ーーずばり先生は専門家有志の提言で「中止」を書くべきだったと思いますか?

リスク評価をする立場で、「中止は最もリスクが低いです」と明確に言うべきだったと思います。

一方で、「中止してください」とか「中止しかない」と書くのは、専門家の提言の範囲を逸脱していると思います。

「中止が最もリスクの低い選択肢です」と言及するのは、あくまでリスク評価の一環としての記述です。リスク評価として、「中止が最もリスクが低く済むし、今回考えられる選択肢の中では最適だと思う」と提言にあることは科学的にはおかしいことではないし、僕はそうするべきだったとは思います。

しかし、和田耕治先生や他の先生も語られている通り、みんなで相談をして、あの中で出した合意だったので、それは尊重しています。

特に、政治で決まってしまったからという前提がある中で、提言というものをどう考えるかということにはもう少しだけ記載に狡猾さが必要でした。

例えば、組織委員会の橋本聖子会長が「尾身先生が中止と言わなかった」と言っていましたね。会長ご自身も僕たちの役割をわかっていないという点では極めて勉強不足ですし、尾身先生は「今の状況で普通は(開催は)ない」と言っていたわけですから、僕としてはただただ失望させられる出来事でした。

ただ、ああいうことを言われてしまうのは、こちらの書き方にも不十分な点があったからなのでしょう。

つまり、「あなたたちが開催ということなので、それを前提とするとリスクはこうです」と書き出していれば、そんな言い訳は防げたわけです。「中止又は延期は政治的な選択肢として実現可能性がないので」という意ですね。

要するに、さわやかに「開催自体しないのが一番リスクは低いのだけど、開催するとしたらこうだ」という提言を次の世代で書ける状態になるといいのだろうと思います。政治的プレッシャーがある中で今回のことは進みましたから、到底簡単なことではありませんが。

こういう仕事を社会の中に残している専門家として、こういう経験や仕組みの問題は改善した上で、苦い記憶も含めて次世代に継承する義務があるのかとは思っています。

医療崩壊は想定外ではない

ーーワクチン接種が進むのは明るい材料ですが、東京では感染者が増加傾向にあり、変異ウイルスに置き換わっています。開催されたとしても、途中での中断も視野に入れるべきですか?

強い意志で開催しようとしていますね。直前で中止するとか、開始したけれど途中で中断するというのは、おそらく多くの人が想定していないのではないかと思います。

しかし、ここまで新型コロナウイルス感染症に付き合ってきた私たちが言えるのは、リスクそのものを直視していると、感染者数が継続して増え得るし、医療崩壊は十分に起こり得るということです。

これを絶対に「想定外」と言ってはいけません。大阪の事例を見たわけですから。他にも兵庫県や北海道、沖縄でもそれに近い事例を見ています。医療崩壊は十分に想定内にあるわけです。

そうなると、最悪、避けなければいけないのはたくさんの人が亡くなることです。そのメカニズムの端緒となるのが、人工呼吸器が足りなくなることや、酸素投与をしたいけど酸素ボンベがないという事態です。

「このままの状態が継続してしまうと…」と、その状況が予測できるから今まで緊急事態宣言を出してきたわけです。しかも今回は変異ウイルスなので、流行を要請ベースで止められるかどうかも含めて怪しみつつ対応することが求められます。

それを考えると、中止、中断は、「こういう時に判断する」と事前にきっちり決めておいて、毅然とした態度で実行する。それができるかどうかが、日本の政策機能に希望を持てるかどうかの最後の分水嶺なのかと思います。

もしこれが遅れたり、できないということになったりすると、安全・安心どころではありません。国民の健康と命だけでなく、訪問客の命も守れなくなります。高齢者の予防接種が進む中で可能性としては低くなっていますが、このシナリオが残っていることを今の時点で理解しておくことが必要です。

専門家有志が合意された提言では、ステージ4で観客を入れて五輪をやることはできないということです。他の通常医療が提供できないという医療崩壊が起こっている状態では、さらに強い判断をしてもらわなければならない。リスク管理者には、それを事前に約束しておいてほしい。

そういった流行拡大の予兆は東京都医学総合研究所の西田淳志先生が夜間繁華街の滞留人口をモニタリングして先取りできるようになったり、京都大学の古瀬祐気先生がPCR検査の陽性率が高くなったらその後必ず急増する、ということを見つけています。いずれも東京ではそろそろ当てはまりそうですね。

あとは、どうなったら、どう対策をうつのか決めておくことが必要になります。疫学的なエビデンスの乏しいデルタ株での流行対応を強いられますので、前回のアルファ株の時と同様、流行状況を見つつ判断を更新しなければならない難しい局面となるでしょう。

中止、中断 専門家の分析、リスク評価を取り入れた決断を

ーー緊急事態宣言が出たらおそらく無観客にするのでしょう。それ以上の状態になった時に、中止、中断できるでしょうか?

皆さんの安全が守れなくなりますので、その場合は躊躇なく中断することが必要です。

ーー専門家がどれだけデータを示しても、世論調査やアンケートで中止や無観客を求める人が多くても反映されてきませんでした。先生は「諦めてはいけない」と自分に言い聞かせるかのように何度も呟いています。

この流行のゴールがそこまで遠くないのは、予防接種が進んでいて、それが効いていることから見ても明らかです。接種率の推移は見守らないといけませんが、社会機能全体が影響を受けてグラグラするような状態を脱するまでは遠くない状態になりつつありますから、市民の皆さんは希望は捨てないでほしいです。

西浦博さん提供

6月26日に1回目の接種を済ませた西浦博さん

少なくとも、増えてしまってから「あと少し走り抜けるだけだったのにね」と後悔するのだけは避けたい。

リスク評価や科学的分析が軽視されていると言われますが、本当の意味で軽視されているかどうかはわかりません。けれども、適切に取り入れた上で政策判断ができているかといえばやはり怪しい。

僕が先日シミュレーションを発表した頃のタイミングで、イギリスでも数値計算に基づく厳しい見通しが発表されました。蔓延したデルタ株の感染性はアルファ株の1.5倍程度にはなるだろうという見込みです。

どう考えても「ロックダウンを解除しない方がいい」という科学的な分析が示され、他の要素も勘案しつつ英国ではロックダウンを延長することになりました。ここまでの観察データでは、延長してもまだ新規感染者数が増えている状態です。

かたや、デルタ株の置き換わりが進み、予防接種が広がる中でも未だ流行拡大の可能性が日本でも十分あるという評価が出される中で、日本では緊急事態宣言が解除されて、国内制御にマイナス要素の多いリスクを伴う大きなイベントを迎えようとしています。

リスクとの向き合い方を考えると、歴史の審判を受けるようなおかしな判断がなされているわけです。

政治家の意志で五輪をやるなら、自身の責任で腹を切る以上は付き合わざるを得ません。でも、私たち専門家ができることは科学的な分析をしながら最適な対応はこうだろうと伝えていくことです。

7月の後半は危ないと素人が見てもわかります。そうすると「日本の科学的分析は大丈夫なのか」と海外では危ぶまれています。現状を見て、僕のヨーロッパの理論疫学の先輩たちや米国やアジアの関連領域の友人たちから「お前はちゃんと政府にアドバイスしたのか」と疑問を何度も投げかけられています(出来ることはやっている、と中身を伝えています)。

それぐらい日本の専門家の科学的な能力が疑われている。医療の現場も必死に患者を救おうと頑張っているのに、医療崩壊のリスクと向かい合わざるを得ない状態を強いられる。

僕たちは、最終的には医療に携わる者としての倫理規範の下で物事を考えています。人の命を守る決断は少なくとも保ってほしいと願っています。

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。


Contact Naoko Iwanaga at naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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