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「しんどいって言えない」 自傷する子どもに向けて作ったリーフレットで、大人にも伝えたいこと

自分を傷つけることでなんとか生きのびている子どもたちに向けたリーフレットを医師たちが作りました。子どもだけでなく、周りの大人にも読んでほしいというこの資料でどんなことを伝えようとしているのでしょうか?

コロナ禍で子どもが受けた健康影響を調べている国立成育医療研究センターの「コロナ×こどもアンケート」で、明らかになった子どもの自傷の増加。

調査している「コロナ×こども本部」は、自傷に苦しんでいる子どもたちに向けたリーフレット「しんどいって言えない -ひとりで自分を傷つけ 癒しているあなたへ-」を作りました。

自傷は苦しい今を生き延びるための手段で、決して悪いことばかりではありません。それでも、苦しい自分を一人ぼっちにせず、誰かに相談してほしい。

そんな思いを込めたリーフレットについて、「コロナ×こども本部」の澤田なおみさん、半谷まゆみさん、山口有紗さんと、監修者の国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長の松本俊彦さんに聞きました。

相談が必要とわかっているが、相談できない子どもたち

——前半ではコロナ禍で子どもがストレスを感じ、自傷が増えている調査結果について聞きました。その対処法ですが、心がしんどくなった時に人に相談した方がいいと答えつつも、自分がそんな状態になった場合、相談できないと答えた子どもが多いことも気になります。

半谷 うつの子どもの太郎くんのエピソードを読んでもらって、太郎くんに助けが必要か聞くと、ほとんどの子どもは「助けが必要だ」と答えます。それにもかかわらず、自分が太郎くんだったら助けを求めるか聞くと、求められないという子どもが多いのです。

思った以上に助けを求められない子どもが多いことがわかりました。また、実際にうつ症状がある子ほど、助けを求められていません。

しかし、これは子どもたちにはどうしようもないことです。だから「助けを求めなさい」というのではなく、こちらから手を差し伸べることが必要なのだと改めて感じました。

松本 これは我々も診療の中でずっと感じていることですが、「助けを求めなさい」と言っても、一番助けが必要な子が求められない傾向にあります。助けを求められる子はそれだけでも健康度が高く、社会資源に恵まれている子が多い。

リーフレットを当事者の子どもたちに届けることは大事なのですが、一番リスクの高い子に届いたとしても、この通りに行動しないかもしれません。

むしろ比較的健康度が高い周りの友達がこれを見ることで、メッセージを受け止めてくれる可能性があります。

またこれを読んで、助けを求める能力が高まった子どもが、対応方法を間違える大人に失望しなくて済むように、まず大人たちに知ってもらいたい内容です。

自傷が自分を救う力になっている可能性を理解したうえで、別の方法を探る

——このリーフレット、自傷行為を否定しない言葉で呼びかけていることが印象的です。何に気をつけて作ったのですか?

山口 調査を続ける中で自傷行為が多いことをずっと気にしていたのですが、センシティブな問題なので、どういう風に発信したらいいか悩んでいました。

気をつけたことの一つは、自傷する子どもたちが自分のことをすごく責めているということです。「自傷はいけないことなのに、止めるにはどうしたらいいかわからなくて、余計しんどくなってまた自傷する」という状況です。

でもそれはそんなに責められるべきことではありません。自分にとって役立っているのかもしれないし、自分を癒す力になっているのかもしれない。

私たちはいつも子どもたちの内にある「レジリエンス(回復する力)」を一緒に発見していくことを大事にしながら調査を行ってきました。子どもたち自身が自らを癒す力があることに気づき、さらに別の方法があることに気づけたらいいなと願ってリーフレットを作りました。

偶然、自傷の現場や傷跡を発見された時、「なんでそんなことするの!」「命を大事にしてよ」と叱られると、子どもたちは「2度と相談するのはやめよう」と心を閉ざします。あるいは、この方法は悪い方法だからやってはいけないと我慢することで、余計追い詰められてしまいます。

まさに自傷が見つかって助けを求めようとしたタイミングで、誤った対応をされたせいでカーテンを閉じてしまった体験を、子ども達から何度も聞いてきました。

だから偶然見つけた時に、「それはもしかしたらあなたに役立っているのかもしれないね」と受け止め、そうではない方法を一緒に探す大人が自然に増える方法を見つけたいと思って内容を考えました。

——このリーフレットは印刷して学校などに配ったりするのですか?

半谷 今のところ印刷はせずに、SNSなどを通じて色々な人に読んでほしいと思っています。

山口 子どもたちにより届くようにするには動画の方がいいのかもしれませんし、TikTokのようなSNSを使う方法がいいのかもしれません。今後、模索していきます。

周りの人が間違った対応をしないためのメッセージも

半谷 私が小児科医になった原点には、中高生の時に親しかった友人がリストカットしていた経験があります。自分の周りに自傷している子がたくさんいることに気づき、なぜ彼女たちはリストカットしているんだろうと考えました。

彼女たちの話を聞いたり、本を読んだりして、寄り添い方について私なりに悩んでいました。もし自傷について知らない人が接していたら、拒否する気持ちが現れていただろうと想像します。

だから、自傷について知ることは、周りにいる人の助けにもなるということがこのリーフレットの隠されたメッセージでもあります。「しんどいあなたへ」となっていますが、「しんどいあなた」を理解するために、周りの人にも役立つのではないでしょうか。

当事者だけでなく、周りの人に知ってもらうことも必要です。

澤田 私はどうやったら中高生など若い人やその親御さんに伝わるかを練る担当でした。中高生は固い言葉や正しさを押し付ける言葉に拒否感がある子も多いです。

あえて柔らかく、温かい言葉にし、でも派手でキラキラまぶしすぎる感じにはしないことを心がけました。心の「闇」や「病み」の中にいる時でも受け入れやすいように、暗めのトーンの中に灯りがともるイメージにしました。

松本 出来上がったものを見て、皆さんの配慮は伝わりましたし、適切な内容だと思いました。

10代の子たちを診療していて思うのは、自傷はつらさやトラブルを抱えていることのサインで、色々な人につながるきっかけのはずだということです。それなのに、自傷があると、残念ながら児童の施設やさまざまな社会資源から断られてしまうことが多いのです。

自傷を軽視するべきではありませんが、そんなにビビるなとも言いたい。そして頭ごなしに押さえ付けるなということも、もっと広く大人たちに伝えたい。

自傷は若者にはよくあることで、ここできちんと関わり、責めないことが、色々な意味での突破口になるよと多くの人に知ってほしいです。「リスカ、ダメ。ゼッタイ。」ではダメだということです。

自傷する子と周りの人へ 4つの具体的な対処法

——具体的な対処方法として、傷付けた後の応急処置、傷付けたくなった時の気の逸らし方、気持ちが落ち着いている時の予防策、人に相談する時の注意点として4項目を並べ、相談先リストのリンクも貼っています。具体的な対策を示すことも大事ですか?

山口 自傷していることを否定しているわけではないのですが、自傷でない対処方法も一緒に考えたいので具体的な対策を書いています。

血を見て楽になるなら、手首に赤いペンで線を引いてみてホッとするとか、実際に子どもたちがやって効果があった対処法を少しぼかす形で書いています。

限られた代替案しか書けませんし、大人たちがどういう声かけをしたらいいかは具体的に書いていないので、発信の時に補う必要があるかもしれません。

松本 「手首を切るぐらいなら手首に巻いた輪ゴムをパッチンと弾きなさい」と言っても、代替案をやれば自傷しなくなるわけではありません。

大ごとのように騒ぐのではなくて、「もしかしたらそれで気持ちが逸れるかもしれないよね。また切っちゃうかもしれないけど、いきなり切るよりは一歩前進だよね」と子どもたちに言ってあげるための代替案です。

「切っちゃダメ」と叱るのではなく、「切りたくなったらこれをやってみたらどうかな」と周りの大人たちに提案してもらうためのリストでもあります。

たとえば家でいつも両親が大げんかしているのが耐えられなくて自傷する子がいたとして、それを耐えさせるために「はい、まず深呼吸をしましょう」と言われたら本人はキレると思います。

置き換えのスキルを学んだからといって問題が解決するわけじゃない。まずは自傷しようとすることを否定せずに、その子と関わりを作っていく態度が大事なのです。

大人たちには、頭ごなしに否定するのではなく、自傷した場合の関係作りとしてまず代替案を提案して、大ごとにしないでほしいと伝えたい。自傷の背景にある問題を打ち明けてもらうために、まずはつながり続けるのが大事です。

山口 一時保護所の職員でさえ、自傷がわかると次の声かけがわからないので、無かったことにしてしまったり、触れないようにしたりすることがあります。一般の人はもっと次の一手がわからないので、自傷を否定し、動揺した自分を守っているのだと思います。

周りの大人に次の一手を知ってもらうためにも、具体的な対処法を書いています。

自傷している子どもは何に苦しんでいるかもわからない

半谷 子どもたちは自分が何にイライラしているのかわからないで切っている子もいます。

いきなり相談するのは難しい場合もあるので、一つずつステップを踏むことが大事です。相談する前に自分が何に困っているのか気づいてほしいし、気づく前には、一歩立ち止まれるといいかもしれない。立ち止まる前には、自分を傷付けたことに対して、自分をねぎらう気持ちも持ってほしい。

この4つの項目には、そういう意味もあると思っています。

松本 自傷する子どもは「なんで切っちゃうの?」と聞かれても、なぜなのか自分でもわからないのです。「どんな気持ちがあるの?怒りなの?」と聞いても、それもわからない。

自分の感情を表す言葉が、自傷するうちにどんどん退化していくのです。「よくわからないけど、強い気持ちなんです」と言われることもあります。

「何も感じなくなるために、心を麻痺させるために、切っている」と言ってもいいかもしれません。

いきなり「何に困っているの?」と聞く関わり方は不可能に近いと思います。

自傷行為は短期的には自殺を防ぐが...子ども自身も気づいている「一時しのぎ」

——自傷は今目の前にあるつらさをやり過ごすのには役立っているかもしれませんが、これが続くと自殺のリスクが高くなると松本先生は常々おっしゃっていますよね。

松本 手放しで肯定するのではなくて、肯定的な部分もあるということなんです。一時しのぎであって、根っこの苦しい問題が片付いているわけではないから、このままだと危険だよね、と認識することが大事です。

自傷行為は長期的には自殺のリスクを高め、短期的には自殺を防ぐ働きがあります。今すぐ死ぬのを延期するのには役立っているのです。だからこそ、ただちに手放せない難しさもあるのだと周りの人間も知っておく必要があると思います。

山口 それは自傷している子どもたち自身がよく知っていると思います。

私が通う一時保護所では自傷の経験を持っている子どもも数多くいます。自傷していることを教えてくれたり、傷ついた体を見せてくれたりした時に、「これってあなたにどんな風に役立っているの?」と聞くと、「嫌なことを忘れる」とか「生きているという感じがする」とか色々教えてくれます。

でも、「どれぐらい楽になるのは続く?」と聞くと、だいたいみんな「15分」とか「一晩」とか答え、一時的なことだとよくわかっています。

子どもたち自身が一時しのぎであることに気づいていることに、大人も気づく必要があります。

子どもの声を聞き、関わりづくりのきっかけに

——このリーフレットはコロナ禍で苦しい思いをしている子どもに手を差し伸べる一つの試みだと思いますが、そもそもコロナはしばらく無くなりそうにもなく、感染対策も続くと思います。子どもに対して、どんな社会作りを考えるべきだと思いますか?

半谷 コロナがどうなるかは見通しが難しいですが、私が今住んでいるアメリカでは切り替えがすごく早くて、子どもたちはマスクを外して登校し、先生とハグしたりしています。

日本は感染者が減っている時期でも規制を緩めない姿勢でいるし、子どもへの制限の解除は後回しになりがちなところがあるように感じています。

また、今後コロナ前の状態に近づいたとしても、子どもたちの心がすぐに戻るわけではないでしょう。

長期化する中で、大人はそこに気づき、サポートする力がますます求められます。家族も医療者も学校関係者も街の人も子どもの心が傷ついていることに気づき、こちらから声かけしていくのが必要だと思います。

山口 今まで子どもにとって何が悪いかは考えられてきましたが、コロナが今後も長く続いていくことを考えると、何が子どもの心を守るのかを考えていくことも必要だと思います。

コロナ×こどもアンケートを続けてきて、子どもたちから「声を聞いてもらえてよかった」という言葉をたくさんもらっています。コロナ禍でも「自分達の意見には価値がある」「自分達の声をちゃんと聞いてくれる大人がいる」と思えることは、子どもの心を守る方向に働くのではないでしょうか。

コロナ以外の研究でも、逆境にある子どもは、周りの大人が自分達のことを真剣に考えてくれたり、真剣に話を聞いてくれたりすることが将来にプラスに働くことがわかっています。

今後は、子どもたちの声を聞いて、子どもたちの生活に活かす大人を増やすことが大事だと思います。

リーフレットはこちらから「しんどいって言えない -ひとりで自分を傷つけ 癒しているあなたへ-

澤田 アンケートでも、コロナ対策や学校での生活について決める時に、子どもたちは自分達も参加したいと思っていることがわかっています。アンケートで受け取ったその思いを、今後、子どもたちと一緒に社会に反映していけたらと思っています。

松本 僕はこれは一つのチャンスだとも受け止めています。

間違っても今回の結果を「どうやって子どもたちの自傷を減らすか」「防止対策」として受け取るのはやめてほしい。

「ウィズコロナ(コロナと共に生きる)」と同じように、「ウィズリストカット(リストカットと共に生きる)」という考え方が必要だと思うのです。

減らす必要があるのではなく、それとうまく付き合い、自傷をきっかけに子どもたちとの関係性を深めたり、子どもたちの孤立を防ぐ社会を作っていったりすることが大事です。

ヨーロッパを見ると、自傷の多い国は西側の国で、東側の国は自傷は少ないけれど自殺率が高い。自傷は自殺のリスクを高めますが、自傷をきっかけに周囲の人とつながることによって最終的に死なずに済んでいる人は多いのです。

我々は自傷を見て見ぬふりをするのではなくて、何かトラブルを抱えているなと気づき、関わりづくりを始めるきっかけにしてほしい。

子どもの自傷が問題になって、社会で取り上げていただくことが、日本の地域保健やメンタルヘルスを変えていくような気がしています。

(終わり)


【澤田なおみ(さわだ・なおみ)】国立成育医療研究センター社会医学研究部 共同研究員/東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻医療コミュニケーション分野 博士課程大学院生


2015年、名古屋大学医学部卒業。小児科等での臨床経験を経たのち、2020年、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻で公衆衛生学修士(専門職)を修了。現在は博士課程大学院生として「小児の医療コミュニケーション」を専門に研究、実践している。国立成育医療研究センター「コロナ×こども本部」では、一般の方々向けの情報発信を主に担当。

【半谷まゆみ(はんがい・まゆみ)】国立成育医療研究センター社会医学研究部 共同研究員/いのち支える自殺対策推進センター 子ども・若者自殺対策室長

2010年、東京大学医学部卒業。地域の中核病院や大学病院での小児科臨床経験を経て、2017年より国立成育医療研究センター社会医学研究部にて研究に従事。2020年4月に同センター内外の有志とともに「コロナ×こども本部」を立ち上げ、以降コロナ×こどもアンケート等に中心的に関わる。2022年4月より現職。

【山口有紗(やまぐち・ありさ)】小児科専門医、子どものこころ専門医

大学入学資格検定に合格後、立命館大学国際関係学部を卒業、山口大学医学部に編入し、医師免許取得。東京大学医学部附属病院小児科、国立成育医療研究センターこころの診療部などを経て、現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所や一時保護所での相談業務などを行なっている。

国立成育医療研究センターこころの診療部臨床研究員、こども家庭庁有識者会議構成委員。ジョンズホプキンス大学公衆衛生修士課程在学中。 一児の母。

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

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