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コロナ禍で多くなった「自傷をする子ども」 感染症対策によって失われた大切なこと

コロナ禍で自傷する子どもが多くなっていることが、国立成育医療研究センターの調査で明らかになりました。どんなストレスが子どもたちを追い詰めているのでしょうか?

長引く新型コロナウイルスの流行は、子どもの心にも影を落としています。

国立成育医療研究センターの「コロナ×こども本部」が、コロナ禍での子どもの健康状態を調べるために続けているオンライン調査や郵送調査で、自傷している子どもが多くいることが明らかになりました。

そこで「コロナ×こども本部」は、自傷に詳しい国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんの監修を受け、自傷している子どもや周りの人に向けたリーフレット「しんどいって言えない -ひとりで自分を傷つけ癒しているあなたへ-」を作りました。

コロナ禍でどんな風に子どもの心は追い詰められているのでしょうか。BuzzFeed Japan Medicalは「コロナ×こども本部」の澤田なおみさん、半谷まゆみさん、山口有紗さんと松本さんに話を聞きました。

ウェブ調査でも郵送調査でも1〜2割の子どもが自傷という結果

——「コロナ×こども本部」のオンライン調査と郵送調査で子どもの自傷が増えていることがわかったのですね。まずどういう調査なのか教えていただけますか?

半谷 私たちは2020年4月、コロナ禍が始まった頃から、「コロナ×こどもアンケート」として小学生から高校生までの子どもにウェブで答えてもらうアンケートを7回行ってきました。

コロナ禍で子どもたちがどんなストレス症状を抱えているのかも、何回か調査しています。自分の体を傷つけることによってなんとか頑張って生活している子どもたちがすごく多いことに初期から気づいていました。

10〜20%の子が自分の体を傷つけているという結果が出ていたのですが、結果を出すたびに学校の先生などから「そんなに多いとはショックだ」という声をいただいていました。

実際にコロナ禍で自傷が増えている印象はあるし、「死にたい」と言う子どもたちに何かアプローチできないかずっと考えていたのです。

「コロナ×こどもアンケート」は成育医療研究センターのウェブサイトで告知して、SNSで広げていたのですが、そういうアンケートに答えてくれるのは、子どもの健康に関心のある保護者のお子さんが多い可能性があります。

つまり、恵まれている家庭環境のお子さんが多く答える偏りが心配されるので、2021年12月にウェブアンケートと並行して、住民基本台帳から無作為に抽出した小学5、6年生と中学1〜3年生を対象とした郵送調査も行いました。

そこでも小中学生の1〜2割がここ1週間で自分の体を傷つけたことがあると回答しています。より信頼度の高い調査方法でも同じ結果が出て、これは本当に深刻な状況なのだ、と実感しました。

厚生労働省の自殺の統計でも、残念ながら子どもの自殺は増えています。女子中学生ではコロナ前の2019年で47人だったのが、2020年に69人、2021年に74人となりました。女子高校生は2019年に80人、2020年に140人、2021年に143人と特に女子で急激に増えていることがわかります。

自傷は自殺しないで済むようにやむを得ず行なっている側面もあります。耐えきれなくなった時に自殺につながりかねません。自傷は今ある危機でもあるし、今から数年後の自殺の危機でもあると捉えています。

——なぜ女子で自殺が増えているのでしょう?

半谷 推測の域を出ませんが、家庭外で対人関係が希薄になっている影響を特に若年女子が受けやすいのではないかと考えています。

山口 トラウマ症状の出方には性差があって、男性はいわゆる非行や暴力など外部に向かって出やすく、女性は抑うつや自傷など内部に向かって出る傾向が強いと言われています。

一方で、女性は人と話したりコミュニケーションを取ったりして対人的な心理的葛藤を解決しやすいとされているので、コロナ禍での閉鎖的な状況が女性の逃げ道を失わせてしまったのかもしれません。

松本 あくまでも成人における一般論ですが、「男性は家の外の関係性で傷ついて自殺し、女性は家の中の関係性で傷ついて自殺する」と言われています。コロナ禍では「家の中が大変」ということなのかもしれません。

コロナ禍で増えた市販薬依存やリストカット、摂食障害

——コロナ禍で子どもの自傷が多くなっているという調査結果を見て、松本先生は何を感じましたか?

驚きましたが、自分自身が診察室で感じていることとそんなに違いがないなとも思いました。

僕たちも10年ぐらい前に一般の中学生、高校生を対象とした無記名の自分で書く方式のアンケートで自傷の生涯経験率を調べています。他の研究者も生涯経験率や直近1年の経験率を調べていますが、中学生、高校生ではだいたい1割でした。

ところが今回の調査の対象は小学校5年生以上であり、我々がやってきた調査よりもう少し下の世代を含んでいます。

我々も小学生を対象とした調査をしたことはあるのですが、中学生、高校生よりもはるかに少なくて、自傷を始める年代は12歳、13歳が多かった。だから自傷は思春期のもの、という印象だったのですが、今回の調査ではもう少し低年齢化していることがわかりました。

また、生涯経験率ではなく、最近1週間について聞いているのに、十数%から20%前後と、かつて自分がやった調査よりも大きい数字が出ています。

確かに薬物依存の専門外来を開いていると、コロナ禍になってから10代の市販薬依存の子どもがすごく増えています。

高校生や高校をドロップアウトした子が多いのですが、市販薬のオーバードーズ(過量服薬)だけが問題ではなく、たいていその前にリストカットをしています。摂食障害も起こしている子もいます。摂食障害もコロナ禍では増えているのです。

そういう自分の診療での肌感覚と一致する結果が、今回の成育の調査から出てきていて、「やはりそうなのか」と思いました。

コロナ禍で高まる家族間の葛藤やストレス

——例えばコロナ禍のどういう影響を受けて自傷しているお子さんがいるのでしょうか?

松本 僕が診ている中で多いのは、もともと虐待などの葛藤がある家族が、ステイホームで家の中でこもることでストレスが強まって起きているパターンです。

もちろん学校で傷ついて死にたくなる子もいるのですが、家族との関係で傷ついているけれど、学校があるおかげで生きていられるという子どもたちもいました。でもコロナ禍で学校生活がなくなってしまい、追い詰められているわけです。

しかも2年もコロナが続くと、新たにできる友達という社会資源は確実に減ります。子どもたちに聞くと、子どもたちが救われているのは、学校帰りに寄り道をしたり、放課後掃除しながら友達とじゃれあったり、先生とちょっとした言葉を交わしたりする時間なんです。

分類しにくい、看板を掲げていない社会資源に支えられている子どもたちが多いわけですが、コロナはそこを奪っていった気がします。その中で、つらい現在に過剰に適応しようとして、自傷や市販薬が必要となっているのではないでしょうか。

山口 私は主に児童相談所の一時保護所などで、家族内で葛藤があったり、いわゆる非行ということで保護されたりしている子供たちの話を聞くことが多いです。

コロナ自体のストレスもあるのですが、家族の中で密度が高くなったことによるストレスを抱えている子がたくさんいます。夜になるとリストカットしたくなると言う子どもも数多くいます。

自分の心の行き場がなくなって、何か対策を探しているうちに、ネットなどでリストカットをしている子の投稿を見て、「楽になる方法があるんだ」と見つけ出す。それでやり始めた子が結構います。

子どもに何から楽になりたいのか尋ねても、それがわからない子も多くて、「気がついたら切っていました」と言う子もいます。もはや習慣化していて、「つらいから切る」というわけではなくて、習慣のように切っている。

それによって、なんとなく生きている実感を得ている子も多いと感じています。

親のストレスの影響を受ける子どもたち

半谷 私は今、診療はしていないのですが、アンケートから見えることで言えば、家庭と学校、両方の要因があると思っています。

アンケートの自由記載欄では、家庭の中で親がイライラしていてすごくつらいという回答が見られます。アンケートでは親のうつ症状やストレスも調べているのですが、親もコロナ禍で心の負担が大きくなっているのが見えています。

家庭の中でイライラしている親と一緒に生活する時間が長くなっている子どもたちのつらさが、自傷にも影響していそうです。

学校生活では、さまざまな余暇の時間が奪われているストレスがあります。もう一つ気になるのは、コロナで人とコミュニケーションを取る時間が減り、逆に「コミュニケーションしていいよ」と言われた時に、どうしていいかわからない子どもたちが増えていることです。

「人と接するのがすごく怖い」とか、今まで感じなかったストレスを感じている子どもたちの声も届けられています。

第5回のアンケートで聞いているのですが、「大人に相談しづらい」と子どもたちは感じています。親もコロナ禍でイライラしているし、先生もコロナ対策で忙しくなっていて、普段なら何気なく相談できたことが言えなくなっています。

逆に先生も普段なら気づいてくれていた子どもの表情や変化になかなか気づけなくなっています。今まで以上にSOSを出さなくてはいけない時なのに、出しづらくなっているわけです。

——マスクで顔を覆っていますから、表情の変化はより見えづらくなっているかもしれませんね。

そうですね。マスクで余計にコミュニケーションが取りづらくなっているという声もあります。

「気持ちを楽にする方法」として「自傷」を書く子どもたち

澤田 私が印象的だったのは、第5回調査で子どもたちに気持ちを楽にする方法を自由記載で書いてもらった時の回答です。

「スポーツをする」とか「美味しいものを食べる」という回答もあったのですが、「自傷をする」というのを一番手に挙げていた子どもたちもいました。

今回のリーフレット作成に至った動機となったのが、その時の子どもたちの声です。

——その5回の調査結果を受けて作ったのが「こどもが考えた『気持ちを楽にする23のくふう』」なのですね。

澤田 そうです。これは第5回の調査の回答をもとに作っています。

——23の工夫を紹介した後に「打ち明けてくれた子たちがいました」として、自傷している子どもたちの声を紹介していますね。

澤田 その1枚を載せるのは譲れないところでした。

山口 コロナ×こどもアンケートで私たちが大事にしているのは子どもの声を聞くことです。

調査の質問自体も、子どもたちが他の子どもたちに聞いてほしいことを取り入れることが大事だと考え、一度、2020年12月に「コロナ×こども会議」をやって、小中学生に集まってもらったことがあります。

その時、他の子どもたちがどういう風にストレスを発散しているか、どういう風に自分を癒しているか知りたいという声が子どもたちから上がりました。

そこでそういう質問を入れたところ、子どもたちからいろいろな方法が出てきて、私たちも驚きました。その多様な方法の中に、「自分を傷つける」という方法もあったのです。

子どもの自殺が少ない時は行事が多い時 中止が子どもに与える影響を考え直せ

——コロナの感染対策では、若者が感染を広げる中心人物になっていると名指しされてきました。特に初期は若者が動くことが感染を広げると専門家もメディアも言い、若者を悪者扱いするような注意もしていました。また子どもにとって重要なイベントも感染対策の名の下に軒並み中止されてきました。感染対策の必要性があったとはいえ、社会的に子どもが軽視されたストレスはありそうですか?

半谷 それは初期から言われています。大人たちは飲み歩いているのに、なぜ子どもたちばかりに制限を押し付けるのかとか、子どもたちの行事を簡単に中止しているけど、どれぐらい大事なことなのかあなたたちは忘れてしまったのか、という意見は子どもたちから多く寄せられてきていました。

山口 アンケートの第2回第7回で、子どものことを決める時に大人はどれぐらい子どもの声を聞いているかという質問をしているのですが、学年が上がるほど、自分達に関わることの意思決定に自分達の声が反映されていないと感じる子どもが増えています。

自分達の声が届いていないし、聞かれてもいない。それが不全感や諦め、言ってもどうしようもないという感覚を呼び、自分を傷つける行動につながっているのではないでしょうか。

松本  休日や放課後に友達と遊ぶ、出かけることがコミュニケーションを深めるのに必要な時間だと思うのですが、それを控えている子どもたちが多いです。

学校の授業が再開されても、子どもたちの自殺は減らずに、むしろ上昇傾向は続いています。そうした行動自粛の影響は大きいと思います。

文部科学省の児童・生徒の自殺対策の委員としてデータを見て思うのは、これまで児童・生徒の自殺が少ない時期は学校行事が多い時なんです。いろいろな行事が自殺予防にも役に立っている可能性がある。

修学旅行とか遠足とか文化祭などが中止になっていますが、それは子どもにとってどういう意味を持つのか、もう一度大人は考えなくてはいけません。

特に流行当初はお年寄りが感染すると危険だということでいろいろな対策が打たれてきましたが、そろそろ高齢者を優先する感染対策のあり方を、我々も考え直さなければいけないかもしれません。

山口 「コロナ×こども会議」で印象的だったのは、対策が緩和された時に、それが気になる子とそうでない子の心の間にギャップが出てくることです。そのギャップによって、これまでの人間関係が崩れてしまう。解除されら元通りになるわけではないのです。

そこで生じるさまざまな人間関係の葛藤を、子どもたち自身が調整しなければいけない負担は大きいなと思います。

(続く)

【澤田なおみ(さわだ・なおみ)】国立成育医療研究センター社会医学研究部 共同研究員/東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻医療コミュニケーション分野 博士課程大学院生


2015年、名古屋大学医学部卒業。小児科等での臨床経験を経たのち、2020年、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻で公衆衛生学修士(専門職)を修了。現在は博士課程大学院生として「小児の医療コミュニケーション」を専門に研究、実践している。国立成育医療研究センター「コロナ×こども本部」では、一般の方々向けの情報発信を主に担当。

【半谷まゆみ(はんがい・まゆみ)】国立成育医療研究センター社会医学研究部 共同研究員/いのち支える自殺対策推進センター 子ども・若者自殺対策室長

2010年、東京大学医学部卒業。地域の中核病院や大学病院での小児科臨床経験を経て、2017年より国立成育医療研究センター社会医学研究部にて研究に従事。2020年4月に同センター内外の有志とともに「コロナ×こども本部」を立ち上げ、以降コロナ×こどもアンケート等に中心的に関わる。2022年4月より現職。

【山口有紗(やまぐち・ありさ)】小児科専門医、子どものこころ専門医

大学入学資格検定に合格後、立命館大学国際関係学部を卒業、山口大学医学部に編入し、医師免許取得。東京大学医学部附属病院小児科、国立成育医療研究センターこころの診療部などを経て、現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所や一時保護所での相談業務などを行なっている。

国立成育医療研究センターこころの診療部臨床研究員、こども家庭庁有識者会議構成委員。ジョンズホプキンス大学公衆衛生修士課程在学中。 一児の母。

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

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