• covid19jp badge
  • medicaljp badge

1時間おきに吐く、5日間何も食べられずに授乳…在宅医がコロナ診療で見た風景

感染爆発で入院ベッドが足りず重症者以外は自宅療養でという方針が打ち出されました。コロナ診療に乗り出した在宅クリニックの医師はどんな風景を見ているのでしょうか? 千葉県での往診に同行取材しました。

「救急車を呼んでも『まだ酸素の数値は低くなっていないから我慢して』と言われて来てくれないし......。先生が来てくれて、やっと助けてくれたという思いです」

千葉県内に住む40代の女性は、自宅のベッドにぐったりと横たわりながら、往診でつけてもらった点滴を見上げた。

10日前に新型コロナウイルス感染症を発症し、38度の熱がずっと続く。夜中に嘔吐を繰り返し、ほとんど眠れず、食べられない状態が続いていた。

この日の朝、地元の保健所から自宅療養者のコロナ診療を行っている「悠翔会在宅クリニック稲毛」に往診依頼があった。

BuzzFeed Japan Medicalは8月19日、同クリニック院長の内科医で、在宅療養患者の診療に本格的に乗り出した「医療法人社団悠翔会」理事長の佐々木淳さんの往診に同行取材させてもらった。

まず電話で問診 脱水を疑い往診に

往診に出向く1時間前、佐々木さんはまずクリニックから女性の携帯電話に電話を入れる。

「マンパワーは限られているので、往診しなくても大丈夫そうだなと判断したら、電話かオンラインで完結させています。薬を処方して薬局に届けてもらい、電話でフォローします。軽症でも診てもらうと安心するという患者さんは多いのですが......」

弱々しい声で電話に出た女性は、体調を尋ねる佐々木さんに「熱も下がらないし、かなり具合が悪いです」と訴える。

「1時間おきにもう何も出てこないのに吐いてしまう。水も甘く感じて飲めない。味覚がおかしくなっていて飲むと戻しちゃうんです。食事もほとんど取れません」

酸素飽和度(※)は97%で大丈夫そうだ。しかし、脱水の可能性が気になる。往診している患者の半分に嘔吐や下痢の消化器症状が見られるのも今回の波の特徴だ。

※血液中の酸素の濃度を見る数値。正常は99〜96%程度で、93%以下になると酸素投与が必要になるとされている。

「新型コロナは呼吸器症状だけじゃなく、消化器症状を起こす方も結構いて、嘔吐や下痢で悩んでいる方は結構います。発症から10日でこんな症状だとしんどいですね」

そう声をかけると、女性はこの数日間、夜中だけでなく昼も吐いていると告げた。

この様子だと女性はまだ「軽症」の部類に入る。それでも脱水の可能性が気になり、往診に行くことを決めた。

佐々木さんは往診に行く患者に必ず2つのお願いをする。

「換気をお願いしたいのでお部屋の窓と玄関ドアを少し開けておいてください。また、診察中はマスクをつけておいていただけますか?」

感染力の強いデルタ株から自分の身を守るためだ。

点滴と吐き気止め 患者に安堵の笑み

女性の住む自宅に着くと、玄関前で感染防護のためのガウンやウイルスを防ぐ効果の高いN95マスク、2重のグローブ、キャップ、足カバーやフェイスシールドをつけ、1人で中に入る。外では同行した看護師が医薬品や医療機器の準備をする。

女性はベッドのそばの窓を開けて、ぐったりと横たわっていた。

「熱が下がらなくて...。吐いて寝られません」

佐々木さんは体調を確認した上で、聴診器でお腹の音を聴いた。

コロナの患者には感染対策のために聴診器はあまり使わないようにしているが、消化器症状が強いのが気になって当てる。

「聴診器はたくさんあるので消毒すればいいですし、患者さんも安心するところがあるのですね」

ほとんど腸が動いていない。

「腸の働きがだいぶ落ちてますね」

「基本的には自然治癒を待つしかないのですが、症状が長引いていますね。普通、軽症の人だと1週間か10日ぐらいで改善します。今できることは、お腹の働きを良くすることと、熱をちゃんと下げることです」

飲んでいる薬を確認し、別の種類の薬を処方する。水を飲む量と尿の量も聞くと一定の水分は取れているはずだが、症状が長引いて脱水を起こしている疑いがある。呼吸状態は大丈夫だ。

生理食塩水を点滴し、それに吐気止めも入れた。点滴の抜き方も指導して診療を終えると、緊急連絡先を渡しながら佐々木さんは女性をこう励ました。

「保健所もなかなかつながらないと思うので、何かあったらここに連絡してください。我々24時間対応しますからね。頑張りましょう!(回復まで)あと1週間はかからないと思います」

女性の顔に初めて笑みが浮かんだ。

「本当ですか?それを聞いたらちょっと元気が出てきました。ありがとうございました。大変な時にきていただいてすみません」

診療は約30分かかった。玄関の外で汗だくになりながら感染防護具を脱いで看護師に手伝ってもらいながら消毒する。シャツを着ていると汗でびしょびしょになるので、最近、スクラブ(Vネックの医療用の簡易的なユニフォーム)に変えた。

「感染対策のために15分を目標としているのですが、患者さんの不安を解消するために一つ一つ説明していると、どうしても30分ぐらいかかります」

30代男性も「重症化リスクのある中等症」に

この日午前中に往診した一人暮らしの30代の男性は、15日に発熱と嘔吐で発症。連日40度の熱と関節痛、嘔吐、下痢が続いて動けず、味覚・嗅覚障害もあって、ほとんど食べることができなくなっていた。

「元々、100キロある肥満体で、たばこも1日20本吸っています。喫煙・肥満はどちらも重症化リスクです。19日の朝、血中酸素飽和度が92%まで下がり、ご飯を食べられていないからということで往診の依頼がありました」

午前中に往診した。「たばこも試してみたのですが、味も匂いもありません」と言う。脱水のせいなのか、動くと手足がつる。

「診察の間も時折つるらしくて腹のあたりを押さえて『ウッ』とうめく。何か問題が起きていないか採血もしました。脱水がひどいので生理食塩水1000ccと、消化管運動改善薬とステロイドも点滴で入れました」

現状では「中等症1(呼吸困難がある)」だが、「中等症2(酸素投与が必要)に進行する重症化リスクの高いグループ」と判断。酸素吸入も始めたかったが、既に千葉県のこのエリアでも患者が急増して酸素濃縮機は足りなくなりつつある。

「もっと具合の悪い人のためにとっておきたいと思って、本当は吸わせてあげたかったのですが、節約のためにこの男性にはやめておきました」

東京都医師会から診療協力を受託 先週から本格始動

首都圏に17拠点(東京都8、埼玉県3、神奈川県2、千葉県4)、沖縄県に1拠点の全18拠点を持つ在宅専門クリニックのグループ「医療法人社団悠翔会」は第3波の頃から、自分たちの患者でコロナに感染した人の診療は始めていた。

しかし、本格的にコロナの在宅診療に乗り出したのはこの第5波からだ。現在、東京、千葉、神奈川、沖縄で、保健所の要請に対して往診を始めている。

東京都では、感染者の爆発的な増加で自宅療養者が2万人を超え、従来の医療体制では対応しきれなくなった。8月初め、東京都の福祉保健局や東京都医師会から「地区医師会をバックアップする往診の協力を」と同会に協力の要請があった。

8月11日から、東京では昼間は「悠翔会」が、夜間や休日は「ファストドクター」という役割分担で、地区医師会で受け入れなくなった患者の往診を始めている。現在までに診た患者は110人だ。

佐々木さんは、東京では、都内の8クリニックで働く20人の医師が全員参加で「1人1日2人ぐらい診る」という目標をたてた。

「1日最大40人ぐらい往診できるかなと思っていたのですが、いざ蓋を開けてみると、コロナの往診の需要は地域偏在があります。住民数に対してコロナ対応できる医療機関が少ないのか城東エリア(葛飾、江戸川、足立、江東、隅田)の依頼が多く、このエリアの診療所3ヶ所がフル稼働です。4〜5人の医師で1日20件ほど担当し、日常診療を圧迫し始めています」

千葉県でも今週から依頼を受け、他の地域のクリニックと協力しながら、現在までに36人の患者の依頼を受けた。

「僕らは本来、高齢者とがんと神経難病が専門なので、このような急性期疾患はあまりみてきませんでした。現在、コロナは災害の状況です。コロナ診療でも在宅医療が求められるようになったのだと思います」

幸い、元からの患者さんで、コロナ診療に乗り出したことに不安を訴える人はほとんどいない。

「むしろ、『大変ですね。頑張ってください』と応援してくれる人が多くて、共感してくださっているのではないかと思います」

患者の部屋に入る時に感じる「淀んだ重力」

コロナ診療は普段行っている慢性疾患の在宅診療とは違う緊張感がある。

先日、自身のFacebookでこう書いた。

僕はコロナの往診を始めてみて、ますますコロナが怖くなりました。

ワクチンは接種しているし、感染防御具も装着している。だけど、部屋に一歩足を踏み入れると、澱んだ重力のようなものを感じます。特に第五波では、家族全員が感染しているケースも多いです。一度、家庭に持ち込まれたら、もうその時点で他の家族を感染から守ることは難しいと考えたほうがよいと思います。

「この空気の中にたくさんのウイルスが漂っているのだろうなと思うと、マスクはぴったりくっついているだろうかとか、フェイスシールドの隙間から入ってこないかとか、やはり不安になります」

「自宅に帰るとまずシャワーを浴びます。もともと大雑把な性格なのですが、コロナ診療を始めてから神経質になりました」

そして、コロナ診療を行う患者の部屋の空間と外の世界とのギャップにも驚く。

「空気が全然違うのです。外はとても平和だし、『マスクを外して飲食をしよう』という空気があります。でも患者さんの家に行くと、ここにウイルスが漂っているということはわかっているので重苦しい空気がある。ドア一つ隔てて、切り替えがなかなか難しいです」

一人感染すると家族はみんな感染 そして入院はなかなかできない

患者の症状にはかなり幅がある。

「電話で聞くより往診したら軽症に見える人もいるし、電話では元気だったのに、行ってみたらぐったりしていて『死んでしまう』と危機感を感じる人もいます。それは見立てや問診が不十分だったわけではなく、コロナは具合が悪くなるスピードが速いからです。午前中保健所がキャッチした情報と、午後の状態は全く違うことがあります」

「なるべくオンラインで済ませたいと思いますが、時間的な症状の変化は予測できません。電話で聞いて『この人の様子は何か嫌な感じだ。夜に急に低酸素になるのではないか』と思ったら、慎重に対応しています」

本来、中等症や軽症で持病など重症化する要因を持っている人は入院依頼するものだと理解していたが、最近は入院先がなかなか見つからない。取材した19日には、自宅で療養中の千葉県柏市の妊婦が入院先が見つからないまま自宅で出産し、新生児が死亡したニュースが流れた。

「判断の基準を一つ上げて、今は中等症1の人はそのまま在宅で診て、重症の人と中等症2以上で重症化のリスクを持っている人の入院を早めてほしいと保健所に伝えています。そうせざるを得なくなっているのが現状です」

数日前に往診した妻と二人暮らしの50代の男性は、高血圧があって肥満気味で、診察すると酸素飽和度は80%台と危険な状態になっていた。

在宅で酸素吸入とステロイドを始めたが90%前後しか上がらず、入院要請した。たまたま別の自治体で空きがあってすぐ入れたが、もし入院できなかったら救えたかどうかわからない。

また、夫も感染した30代の母親は、消化器症状で5日間食事が取れていなかったにもかかわらず、赤ちゃんに授乳を続けていた。点滴で吐き気止めを投与しているが、入院ができない。

「赤ちゃんはお母さんのおっぱいしか飲まないので、マスクを2重に付けてもらって授乳を続けています。濃厚接触ですから、赤ちゃんに感染していてもおかしくない。それでも、今も自宅で診続けています」

感染力の強いデルタ株では、一家丸ごと自宅療養というケースがたくさんある。

「40代の夫婦と3人の子供の家族は全員感染して、お父さんだけが重症化しました。酸素を投与しても酸素飽和度が90%までしか上がらず、なんとか救急搬送しましたが、受け入れ先が決まるまで時間がかかって冷や冷やしました」

「コロナは発症2日前から感染力がありますから、感染を自覚しないままに家族で食事をして団欒していれば感染します。一人が発熱したらみんな時間差で発症していく。『家庭療養は家族を守れない』と反対している識者もいますが、感染がわかった時点で手遅れです。家族単位のケアという意味では在宅療養は合理的な手段だと思います」

「ただ、誰かが最初に持ち込んで5人家族が全て感染すると、割合から一人は重症化する可能性があります。命が助かればいいのですが、もしお父さんが死んでしまったら悔やむに悔やみきれないはずです。そんな可能性がある病気です」

(続く)

【佐々木淳(ささき・じゅん)】医療法人社団悠翔会理事長、診療部長

1973年、京都市生まれ。 1998年、筑波大学医学専門学群卒業。三井記念病院内科・消化器内科、東京大学医学部附属病院等の勤務を経て、2006年に医療法人社団悠翔会を設立し、理事長就任。 在宅医療に特化した医療法人として、「機能強化型在宅療養支援診療所」を首都圏と沖縄に18クリニック展開。約6500人の在宅患者さんの診療・サポートを実施している。