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感染リスクの高い在宅の重度障害者やヘルパーにも優先接種を ALS患者に感染させた例も

在宅で暮らす重度障害者の医療的ケアを担うヘルパーが、ALSの患者と家族に感染させる問題が起きました。重度障害者の自立生活を支える5団体は、障害者やヘルパーに優先接種させるよう自民党の幹部に要望書を提出しました。

自宅で暮らすALSなどの重度障害者やヘルパーが新型コロナウイルスに感染したら、これまでの生活が破綻してしまうーー。

それを防ぐために、重度障害者の自立生活を支援する5団体が5月18日、自民党幹事長代行の野田聖子氏に、「在宅の重度障害者・児、在宅介護職員(ヘルパー)に対する新型コロナウィルス感染症ワクチンの優先接種及びPCR検査の定期検査化を求める要望書」を提出した。

長時間の見守り介助や医療的ケアが必要な重度障害者やその介護を担うヘルパーに優先的にワクチンを接種させ、高齢者施設と同様、介護事業所の職員にも定期的な検査を求める内容だ。

要望書を提出したNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会代表の川口有美子さんと、一般社団法人日本在宅医療連合学会の新型コロナ対応ワーキンググループ委員で在宅医の佐々木淳さんにお話を聞いた。

交代できるヘルパーがいない

きっかけは東京都内の自宅で暮らす高齢のALS患者の男性とその妻が、ヘルパーから新型コロナウイルスをうつされたことだった。

ヘルパーは陽性であることを知っていたが、「マスクをしていればうつらないだろう」と介護に通い、利用者と配偶者に感染させた。男性と妻は入院し、男性は回復に向かっているが、妻は悪化し元の生活に戻れるかわからない状態にあるという。

このことを知り合いから聞いた川口有美子さんは、「本来、感染したら必ず休まなければいけませんが、きっと交代してくれる人がいなかったから無理を押して行ったのだろう」と考えた。

たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアは、ヘルパーは研修(第三号研修)を受けなければできない。その研修を受けた人は常に不足している。

「一人暮らしの利用者は特に、直前のドタキャンはできません。1人では生活できませんから。感染しても『自分が行かざるを得ない』と考えるヘルパーもいるかもしれず、重度障害者の介助を行う事業所は他人事ではありません。絶対、感染できないのです」

家族が濃厚接触者になった場合でも、ヘルパーはマスクをして距離を取りながら介護するしかない。

「他社から入っているヘルパーが陽性になったと聞くと戦慄します。利用者にうつっているかもしれないし、利用者からうつされるかもしれない。家族がいる人の場合はしばらく家族で頑張ってもらってヘルパー派遣を控えるのですが、単身者ではそうもいきません」

代わりがいない、個別性が高い介護 

また、ALSなど生活の全てに介護が必要で文字盤などでのコミュニケーションもよほど慣れた人でないと務まらない介護は、利用者ごとの個別性が非常に高い。

「20年来の友人のALS患者がいますが、私はその口元を読めません。体の介護の手順も個々の患者で全て決まっていて、手を置く位置から力の入れ方まで、その人ごとに細かく違います。患者からOKが出るまで研修には半年ぐらいかかります」

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永井誠さん提供 / Via youtube.com

ヘルパーの医療的ケアを受けるALS患者

2018年からALSや筋ジストロフィーなど、長時間の見守りをする重度訪問介護サービスを受けている重度障害者は、入院の際にヘルパーの付き添いができるようになった。しかし、今はコロナの影響で付き添いも難しい可能性がある。

「家族の面会も許されないのに、ヘルパーの院内の出入りが簡単に許されるとは思えません。看護師などは文字盤も読めないでしょうから意思疎通はほったらかしになる。そうなると患者は生きていけなくなります」

感染力の高い変異ウイルスが猛威を振るい、入院さえもできなくなったら、在宅で感染した障害者の介護もしなければならなくなるかもしれない。

「その危機が目前のものとなり準備に時間はありません。早めにヘルパーにワクチンを受けさせて、利用者が感染したとしても派遣できるように手立てを考えておかなければなりません。犠牲者が出るまで何も手を打たないという後手後手の対応はやめてほしい」

4月12日に日本 ALS 協会などが神経難病患者へのコロナ対応を求めて厚生労働省健康局の予防接種室や難病対策課の担当者と交渉した時、難病患者は「基礎疾患を有する者」 という位置付けと回答された。

つまり、65歳未満の難病患者は、

  1. 医療従事者
  2. 高齢者
  3. 基礎疾患を有する者や高齢者施設等の従事者

と公表されたワクチン接種の優先順位の3番目に当たる。65歳以上なら高齢者の順位だ。

在宅のヘルパーについては「疑い患者が出た場合に、そういう方にもサービス提供する、とうことであれば優先します、という考え方。全ての方を(優先接種の対象に)入れる、という考え方では無い」との位置付けと回答された。

川口さんは「感染した人のところには行かないという事業所もあります。利用者が感染しても行くと約束しているところならワクチンも優先するという回答なんです」と話す。

「でも相手が感染しているかなんてわかりません。長時間同じ部屋にいて、たん吸引などの医療行為もトイレや歯磨きなどの介助もするヘルパーは感染リスクも高い。私たちも介護せざるを得ないと思っているので、それならば感染しないようにワクチン接種をさせてほしいのです」

重度障害者の介護は、感染リスクが高い

重度障害者も含めた訪問医療を行なっている医療法人社団悠翔会理事長・診療部長の医師、佐々木淳さんは、優先接種を受けている医師や看護師よりもむしろ重度訪問介護を担うヘルパーは感染リスクが高いかもしれないと指摘する。

「医療的ケアをやっている障害者のヘルパーは、たん吸引や経管栄養のケアが必要です。ケアの都度、細かいエアロゾルが発生しますし、長時間のケアで自立度も低いのでどうしても濃厚接触にならざるを得ません」

しかも多くの事業所には、医療的ケアの度に飛沫感染予防のための特殊なマスク「N95」などを用意する経済的な余裕もない。

「それほど感染リスクが重なる職種なのですから、ワクチン接種は最優先であるべきだと思います」

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たん吸引の様子。管で吸引する時に細かい飛沫「エアロゾル」が発生する可能性が高い

現在、高齢者に接種券が配られ始め、ワクチン接種をする医師たちはその対応でてんてこまい。接種券が配られていない介護職に意識が回らない状況だ。

「厚労省は介護職もふんわりと優先接種の枠に入れていますが、実際には医療職の接種も終わらず、訪問看護ステーションも終わっていないので介護職は後回しです」

「感染者に対するケアを提供する事業所は優先接種としていますが、感染者と知らずにケアをする状況はあり得ます。このままだと、重度障害者やヘルパーにワクチンが届くのはあと何ヶ月かかるかわからないので、とにかく優先して接種券を配ってうってくださいとお願いしたのが今回の要望書です」

「特にコミニュケーション障害のある患者は入院すれば意思疎通ができなくなるの、みんな入院を恐れています。『陽性でもいいからヘルパーさん来て』と思う気持ちもわかるのですが、それが感染を広げてしまう」

「コミュニケーションも口を使うことが多いので、マスクをしないでケアをすることになります。こんなことに悩むぐらいなら、人数は少ないのだから先に障害者やヘルパーにうってくださいと願うのです」

前向きに検討

要望書では以下の3点を要望した。

  1. 在宅障害者・児とそのヘルパーに、医療従事者と同等に最優先でワクチン接種
  2. 介護事業所職員の集中的・定期的PCR検査の実施支援
  3. 介護事業所に対する感染防止策の周知徹底

当日、川口さんや佐々木さんと面会した野田聖子氏は自分の長男が障害を持っていることもあり、当事者意識を持って話を聞いてくれたという。

「本当は重度訪問介護を担うヘルパー全員を優先接種の対象にしてほしいのですが、まずはたん吸引など感染リスクの高い医療的ケアができる研修を受けたヘルパーという風に数を絞って考えたいと話してくれました。前向きに実現に向けて考えてくれている印象です」と川口さんは言う。

「自分が這ってでも行かなければいけないという責任感の強いヘルパーは多いのです。インフルエンザにかかってもマスクして来てくれと患者さんから言われる人もいます。それぐらい利用者も切実です。常日頃親しんでいるヘルパーが感染して2週間休むと在宅は破綻します」

佐々木さんも言う。

「変異ウイルスの蔓延で、感染リスクや重症化リスクはますます高まっています。ワクチンはもう自治体に届いているので、必要な人に届ける最後の一歩の鍵を握っているのは自治体。もう少し柔軟な対応で、リスクの高い人に早く届けられるように動いてほしいです」

野田氏に2人を繋いだ木村弥生議員は「接種券が手元になくても必要な人が早く接種できる弾力的な方法を考えたい」と話している。