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「怖いのは感染ではなく風評被害」 精神疾患や認知症患者専門のコロナ病棟を開設した病院の悩み

精神疾患や認知症があると、新型コロナに感染した時に受け入れが難しいことがあります。来るべき第2波に備えて、ある精神科病院が専門病棟を開設しましたが、怖いのは感染ではないといいます。どういうことなのでしょうか?

精神疾患や認知症の患者がもし新型コロナウイルスに感染したら、どんな病院が診るかご存じだろうか。

都内でも限られた病院しか診ていなかったが、流行の第2波に備えて、精神科の病院が診療体制を整えつつある。

BuzzFeed Medicalは、最近、そうした患者を受け入れ始めた精神科病院に取材した。

病院名や医師名を伏せる約束で取材に応じた同院の担当医師は、これまでクルーズ船での診療や医師会のPCRセンターでの検査にも当たってきた経験がある。

「怖いのはコロナへの感染ではなく、風評被害です」とコロナ診療の難しさを語った。

きっかけは武蔵野中央病院での院内感染

同院で新型コロナ対応について具体的に動き出したのは、5月に武蔵野中央病院(東京都小金井市)で院内感染が発生したことがきっかけだ。

同院では6月16日現在、患者42人、職員12人の計54人が感染した。そのうち13人は、精神科閉鎖病棟の患者だった。

精神科や認知症の患者は、元の病気のコントロールが専門科の医師でなければ難しい。また、特別な配慮が必要になることも考えられる。

「認知症の患者さんはマスクをしてくれないですし、コミュニケーションが難しい場合もあります。精神科の患者さんもそうですが、不穏になった時に対応する医療スタッフも濃厚接触を避けられず感染リスクが高まる可能性があります」と男性医師は言う。

「普段から精神科の患者さんが他の身体の病気になっても、『精神疾患のある患者は無理』と断る病院も多いですから、我々も乗り出さなければならないと腹を決めました」

それまでにも、もし自分の病院で感染者が出たら、どの病棟を使うのか、患者の動線はどうするかなどをシミュレーションはしていた。

男性医師は集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で医療支援をした経験があり、自分ごととして新型コロナを考えるようになっていたからだ。

「実際に船上で診療に関わってみて、このウイルスは水際対策で防げるものではないと実感しました。第2波が来るはずですから、自分の病院でも診ることを考えなければと思っていた時でした」

陰圧設備を完成、患者受け入れ開始

そのうち、患者を受け入れられる体制があるか、男性が勤める病院にも問い合わせが来るようになった。

「元々検討はしていたので、受け入れを考えます」と答え、受け入れ体制を作ることを決めた。

がんやそのほかの身体疾患、自殺未遂や自傷行為などによる怪我を抱えた精神科や認知症の患者は、それまで入院していた精神科病院では治療できないことが多い。男性医師の働く病院では専門病棟も作り、積極的に受け入れている。

男性医師は言う。

「精神疾患や認知症の患者は、医療の中で容易に居場所を奪われてしまう存在なのです。そんなことを許してはいけない。どこも受け入れてくれない患者さんを受け入れることは今までもやってきたことで、新型コロナ対応もその延長でした」

元々、身体疾患との合併がある患者を受け入れてきた病棟のベッドを空け、外にウイルスを逃さない陰圧システムを突貫工事で作った。

病棟内で、ウイルスがいる可能性があるレッドゾーンと、感染を心配しなくていいグリーンゾーンを床に色テープを貼って目でわかるようにした。1週間でコロナ患者の専用病棟が完成した。

病棟の準備ができた直後から、新型コロナに感染した統合失調症などの精神疾患の患者を受け入れ始めた。

怖いのは周囲からの偏見 辞めた職員も

そして今、コロナに関しては軽症の精神疾患患者を複数この病棟で診ている。

実際に受け入れてみると、患者の動線の問題や対応すべき事柄に予想を上回るものはなく、順調に診療できている。

ところが、予想外だったのが、院内の一部のスタッフの反発だった。

男性医師は言う。

「ほとんどのスタッフは前向きに働いてくれていますが、『こんな病棟を作るなんて』『あの病棟では働きたくない』という人がスタッフの中でも一部います。これまで受け入れている多くの病院でも一部反対者がいると聞いています」

「怖いのは仕方ないですが、きちんとした知識を身につけ、どんな患者も受け入れるというプロの矜持と勇気を持って挑もうとしている人を邪魔するのはおかしい」

医療者では今のところ辞職者はいないが、受け入れを理由に辞めたスタッフもいる。

それよりも深刻だと思うのは、実際にこの病棟にPPE(個人用感染防護具)を着て働いている精神科医や看護師の声だ。

「『感染するのが怖いなんて思っていない。ここに出入りしていることがプライベートで知られるのが怖い』と言うのです。看護師さんだと、保育所などで預かり拒否になることなどを恐れています。それほどコロナ診療に関わる医療者に対する世間の目は冷たい」

考えてみると、ダイヤモンド・プリンセス号の支援後にも、船内でどの医師と一緒に働いたかは口外しないようにしていた。相手やその病院が風評被害にあうのを恐れてのことだった。

誰もが当事者になる可能性がある 寛容な社会を

その結果、今回の取材も匿名で応じることを決めたのだという。

「自分は良くても、医療スタッフがいわれなき偏見や差別に晒されるのはたまらない。院内はまだしも、近隣住民の反応は読めません。もし近隣の方が心配だと反対するなら私が受けて説明しますが、スタッフは動揺するでしょう。それは避けたい」

男性医師は地元医師会のPCRセンターや、軽症者の滞在施設となっている地元ホテルでの診療にも積極的に参加する。コロナが流行しても、地域の人たちが安心して暮らせるようにと願っているからだ。

「感染は個人の責任ではなく、誰もが当事者になる可能性があります。精神疾患や認知症も偏見に晒されやすい病気ですが、やはり誰もがなる可能性がある。他者に向けている差別の目は自分に返ってくることを考えて、寛容な社会になることを願います」

こうした新型コロナ患者を診る医療者に対する偏見や差別の問題については政府の専門家会議も度々注意喚起してきた。

4月22日の提言では以下のように言及し、差別を許さない姿勢を打ち出している。

医療機関や高齢者福祉施設等で、大規模な施設内感染事例が発生し、医療・福祉従事者等に対する偏見や差別が広がっている。こうした影響が、医療・福祉従事者本人のみならず、その家族に対しても及び、子どもの通園・通学を拒まれる事例も生じている。
また、物流など社会機能の維持に必須とされる職業に従事する人々に対しても、同様の事例がみられる。さらに、こうした風潮の中で、新型コロナウイルス感染症に感染した
著名人などが、「謝罪」を行う事例もみられる。

こうした偏見や差別は、感染者やその家族の日常生活を困難にするだけでなく、
・ 感染者やその家族に過度な不安や恐怖を抱かせること
・ 感染した事実を表面化させることについて、本人が躊躇したり、周囲の者から咎め
られたりする事態に及び、そのために周囲への感染の報告や検知を遅らせ、それによ
って更なる感染の拡大につながりかねないこと
・ 医療・福祉従事者などの社会を支える人々のモチベーションを下げ、休職や離職を助長し、医療崩壊や、物流の停止などといった極めて大きな問題につながりかねない
こと
などの事態を生むおそれがある。(専門家会議4月22日提言より)

第2波を前に、新型コロナ診療に携わる医療従事者のモチベーションを下げるのは、受診する可能性がある私たち一人一人のリスクを高めることにもなる。

私たちは感染症にまつわる差別や偏見への”感染”を防ぐことができるのか。市民社会の成熟も求められている。