• covid19jp badge
  • medicaljp badge

厳しい目で見られ続ける「接待を伴う飲食店」 存続を賭けた取り組みとは?

緊急事態宣言解除後も、感染リスクの高い場所としてなかなか自粛要請が解除されない「接待を伴う飲食店」。存亡の危機にある業界は独自のガイドラインを作って感染対策をし、営業を再開し始めています。夜の街はコロナと共存することができるのでしょうか?

緊急事態宣言解除後も、感染リスクの高い場所として、なかなか自粛要請が緩和されない「接待を伴う飲食店」。

最近では、再び夜の街で感染者が増え始めているという報道もなされ、この業界への視線はますます厳しくなっている。

そんな強い逆風が吹く中でも、生活がかかっている業界では、独自の感染対策ガイドラインを作って、営業を再開する動きも出てきている。

夜の世界は、新型コロナウイルスと共に生きることができるのだろうか?

入り口で検温と消毒 マスク拒否の客は断ることも

5月27日に営業を再開して、29日に初の金曜日を迎えた新宿・歌舞伎町のキャバクラ「FOURTY FIVE」。

赤じゅうたんの敷かれた階段を登って2階の入り口に入ると、黒服の男性が「体温を測らせていただきます」と、非接触型の体温計をおでこに向けてきた。

夜9時を過ぎ、マスク姿で出勤してきたキャスト(接客係、いわゆるキャバ嬢)の女性たちも体温を測る。入り口にあるアルコール消毒をしてから、控え室に入っていく。

客も同じ入店手続きを経た後、店内の席に案内され、今度は「問診票」を書いてもらう。「体調管理チェックシート」だ。

入り口で測った体温を書き込む他、2週間以内の海外からの渡航歴、発熱症状、咳、息苦しさなど、新型コロナウイルス感染症を疑う症状がないかチェックする。

署名や電話番号も記入の上、コロナの疑いはなさそうだとなったら初めて、キャストの女性が席につく。書くことを拒否すれば、女性はついてくれないのだ。

黒服のスタッフは言う。

「お客様はもちろん、キャストの女の子も守るためで、みなさん、快く応じてくださいます。この3日間で数名、『なんでそんなことやらなくちゃいけないんだ』と拒否されるお客様がいましたが、入店をお断りしました」

同店は、「日本水商売協会」が作成した、「接待飲食店におけるコロナウィルス対策ガイドライン」に沿った感染対策を徹底することで、営業再開に踏み切った。

常連客「逆に、こういう対策をしてもらえてありがたい」

接客フロアに入ってみよう。

記者が取材した午後9時過ぎは時間が早かったせいか、客は5組ほどだった。

シャンデリアのきらめく広い店内に、まばらに客とキャストのペアが座る。ガイドラインに従って、ソーシャルディスタンス(社会的距離)を保つため、一卓ずつ席を空けて座ってもらっているからだ。

常連客の男性は、人気キャストのふうかさんを指名して、奥の席に座っていた。男性もふうかさんもマスク姿だ。

男性はこう話す。

「今のご時世ですから、キャバクラでマスクをつけることには全然抵抗感はありませんよ。お酒を飲む時にちらっと綺麗な顔を見せてもらえますからね。開けてもらえただけでもありがたいことですから、問診票でも体温測定でもなんでも協力します」

「逆に、客としては、こういう対策をしてもらえると、安心して来ることができるからありがたいです。客も歓迎すべき動きだと思います」

ふうかさんは休業中の約2ヶ月はほぼ無収入だったため、貯金で凌いだ。

「いつまでこの生活が続くのか見通しがなく、お客様も離れていくのではないかという不安がありました。頑張って働いていたのに、辞めてしまった子もいます」と言う。

久しぶりの出勤、何より良かったのは、お客さんと直接会って話せることだった。

「オンラインキャバクラにも出ていたのですが、その他の時間はほとんど家にこもりきりでした。人と話すことが好きでこの仕事をしているので、再開できて嬉しいです」

男性は六本木のキャバクラにもよく出かけているが、やはり開けているところはほとんどない。歌舞伎町でもまだ3分の1ほどの店しか空いていないという感触だという。

「月末の最終日で仕事を終えてきたのですが、こういう場所でやっと気が抜ける。仕事の疲れを癒やす時間です。不要不急と言われますが、僕たちにとっては大事な場所なんです」

「感染対策は死活問題」 対策しない店で感染も

同店の経営会社は、9年目を迎えた歌舞伎町人気店の同店の他、今年3月27日にオープンしたばかりの姉妹店キャバクラ「OVERTURE」を抱える。

3月25日に小池百合子・東京都知事が「感染爆発重大局面」として、夜間や週末の外出自粛を呼びかけたことを受け、4月2日から両店の営業自粛を決めた。

新店舗店長の刀根賢将さんはこう苦境を語る。

「新店舗も開店したばかりで休業することになり、正直、経営的にとても厳しい。オンラインキャバクラも始め、全国だけでなく海外からのお客さまもご利用いただいていますが、利益はほとんど出ません。休業中は女の子も仕事がなく、10人くらいから転職を含めた今後の仕事の相談もされています」

5月25日に緊急事態宣言は全面解除された。でも、「接待を伴う飲食店」は、集団感染が起きやすい場所として、ライブハウスなどと共に、休業要請の対象から外れる気配はない。

「このまま自粛していては業界全体が潰れてしまいます。それならば、感染対策を徹底して開くしかないと、ガイドラインを守った上での再開を決めました」

貯金やアルバイトで食いつないでいたキャストの女性たちは、「本当にできるの?」と最初は心配そうだったが、事前にガイドラインを遵守した営業のシミュレーションを重ねてみて、対策にもすぐ慣れたという。

しかし、1卓ずつ席をあける対策もあるため、来客数は通常の半分。出勤するスタッフも数を絞って、苦しい営業が続く。

「残念ですが、何も対策をせず、休業もしないでやっているお店もあります。再び感染者が出てる今『やっぱり夜の業界は問題だ』と業界全体が白い目で見られないように、感染対策には力を入れて営業していきたいと思います」

社会から信頼を勝ち得るために、ガイドラインを地道に守っていくつもりだ。

水商売業界で独自のガイドラインを作成

このキャバクラが守るガイドラインは、一般社団法人「日本水商売協会」が作成したものだ。

同店の人気キャストで、経営にも携わる愛沢えみりさんが4月10日に、「私たちもガイドラインのようなものを作った方がいいのではないか」と協会に呼びかけた。

日本感染症学会の評議員で、同学会などで組織する協議会認定のインフェクション・コントロール・ドクター(感染対策の専門医師)の医師、奥村徹さんの監修を受けて作成した。

マスク着用、30分ごとの手洗いの徹底から、万が一感染者が出た場合の保健所への協力など、スタッフ、キャスト、客が守るべき感染対策を並べている。

1000人ほどいる会員に導入するようTwitterやInstagramなどで呼びかけているところだ。

5月22日にガイドライン公表の記者会見を開いた日本水商売協会代表の甲賀香織さんは、「無防備な状態ではなく、ガイドラインを守って慎重に営業していただきたいということで作成しました」と語る。

監修に協力した奥村さんは、「メガネもつけてはいけないという厳しい業界なのに、業界の方からマスクをつけますと言われた時に感銘を受けました。また、保健所への協力を業界の方から言われるのは想定していなかったので本気度を感じました」と業界の真剣さを強調した。

既に追い込まれている業界 既に閉めた店や性風俗に転職した女性も

同協会によると、ある大手キャバクラチェーンでは、この休業期間中に50店舗が閉業した。収入がなくなったキャストの女性の中には、性風俗産業など別の業界に転職していく人もいるという。

「終息した後に半減では済まない。とても厳しい状況」とコロナの影響を見積もる。

そんな状況下で、闇営業を始める店も出てきており、甲賀さんはこうガイドラインの意義を語る。

「飲食店の短時間営業と違って売り上げゼロの状態が続いているので、既にこの業界は追い込まれています。お店を再開するところが数多く出てくることが予想され、無防備な後ろめたい状態でこそこそ開けるよりは、万全の状態で開けていただく方が感染症の防止という観点からは良いのではないか」

現在、銀座のクラブを閉業中のオーナーママ唐沢菜々江さんは、大家から家賃を軽減してもらっても毎月の固定費が1500万円かかっていることを明かした。「銀座の店はどこも、6月から開けざるを得ない」と訴える。

緊急事態宣言解除後に、接待を伴う夜の店で感染者が出ていることが連日報道されているが、甲賀さんはこう理解を呼びかける。

「ソーシャルディスタンス(を守る)ためには、空席をたくさん作ることになります。ガイドラインの活動は、目先の利益をあげることと相反することです。誰から頼まれたわけではなく、自らこういう厳しいルールを課そうとしている我々なりの誠意と本気をみなさまにご理解いただけますと幸いです」

その上で、自らには、こう厳しい言葉を投げかけた。

「守らないところは出てくると思います。お互い、業界内で牽制し合うのは良いことだと思っています。それによって悪い状況に追い込まれるところがあればそれも良いことだと思います。目先の利益や面倒くさいからということで守らないところがあれば、淘汰されて良いと思っています」

公衆衛生の専門家、感染症専門医、懸念はしつつ評価

専門家会議の提言作りにも関わっている公衆衛生が専門の国際医療福祉大学教授、和田耕治さんは、接待を伴う飲食店では、比較的若い世代のキャストと、比較的年齢が高めのハイリスクな男性が接触する場であり、集団感染が起きやすい場所だったと指摘する。

その上で、アルコールで理性が効かなくなり、感染対策が甘くなることを懸念する。

「人の行動を予測したり制限したりするのは難しく、お酒の力はそれなりに強い。他の国でも外出制限で夜の時間は早めに切り上げるように打ち出しているのは、深酒を避けさせるためともいえます。夜遅くなればなるほどお酒の量が増えてきて、コントロールができなくなるからでしょう」

ただ、業界がガイドラインを作って感染対策を強化することは評価している。

「名指しされているような業界でもガイドラインを作って、『新しい生活様式』を導入いただき、すこし大げさにでも十分な対策をしてほしい。それで、感染を拡大させないようなサービスができるなら名指しがとれる可能性はありますが、時間はかかるかもしれません」

接待を伴う飲食店での集団感染者を診てきた別の感染症専門医は、「こうしたガイドラインを作ったとして、この通りに守れるかどうか疑問です」と懸念を明かす。

これまでの診療では、流行を広げている自覚があまり見られず、研究への協力もしてくれない人が多かった。保健所の追跡調査に応じない人が多いことも問題視されていた。

その上で、この医師はこのガイドラインについて、「基本的な3密対策は取られているので方針としては良いと思います」と評価したうえで、さらに加えた方がいい項目があるとアドバイスする。

「大勢の人がたくさん店内に入らない方が良いので、一度に入れる人数の制限があったほうが良いかもしれません。あとはお酒を飲むことが前提で、ついついこまめな手洗いなどを忘れがちになると思います。個人個人が心がけるというよりも責任者が定期的にチェックするのが良いと思います」