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Updated on 2020年9月14日. Posted on 2020年9月10日

大麻―薬物規制の功罪 専門家「薬理作用よりも、刑罰やバッシングが人生を台無しにしている」

俳優の伊勢谷友介さんが大麻の所持で逮捕され、バッシングが始まっています。そもそも大麻の健康影響ははっきりしているのでしょうか? 薬物問題の治療を専門とする松本俊彦さんに緊急インタビューをしました。

自宅で大麻を所持していたとして、俳優の伊勢谷友介さんが9月8日、警視庁に大麻取締法違反容疑で現行犯逮捕された。

ワイドショーやスポーツ新聞はいつものようにセンセーショナルに報じ、伊勢谷さんが出演したドラマの配信も停止された。

「問題児が輝ける機会の提供」を掲げて伊勢谷さんらが開校した「Loohcs(ルークス高等学院)」は、「誠に遺憾であり、また教育事業を行うものとして、その責任を痛感しております」と謝罪文を掲載した。

大麻は日本で確かに違法薬物とされている。だが、その健康被害ははっきりしていない。つまづいた人をさらに叩きのめし、再起しづらくすることを私たちの社会はなぜ繰り返すのか。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

「これを機会に違法薬物、とりわけ大麻の取り扱いについて議論を」と呼びかける松本俊彦さん

BuzzFeed Japan Medicalは、薬物依存症が専門の国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、松本俊彦さんに緊急インタビューをした。

大麻の場合「刑罰」もおかしいが「治療」も必要か?

ーー有名人が薬物が逮捕される度に、その「転落」を消費する報道が繰り返されています。薬物の専門家としてどのようにご覧になっていますか?

作品の配信停止や、スティグマ(負のレッテル)を強めるような報道に不満があるのは毎度のことです。

一方で、全て断ってはいるのですが、メディアから「薬物依存症の治療プログラムについて教えてください」「治療現場を撮影させてください」という依頼も増えてきています。「刑罰よりも治療」を意識するメディアも出ています。これ自体はありがたいことです。

ただ、大麻使用者の場合、刑罰を与えるのもおかしいけれど、治療の対象にするのもおかしいというケースが多いのです。

覚せい剤なら話は簡単です。逮捕された人の相当な割合が何らかの治療や支援を必要とするでしょう。でも、大麻はこの数年で芸能人が逮捕された例がいくつかありますが、みんなそんなにおかしい行動をしていたでしょうか?

今回捕まった伊勢谷さんは個人的にとても好きな俳優で、映画『あしたのジョー』の力石役や『るろうに剣心』でも素晴らしい演技をされたアーティストだと思います。そしてそれは、大麻をやっていたからできたわけではない。

他の捕まった人も素晴らしい仕事をされていて、おかしくはなっていないのです。

大麻よりも問題な「適法薬物」の影響は見過ごされている

それよりも週末の盛り場で酔っ払っている人たちの方がよほどおかしいです。お酒で問題を起こした芸能人もたくさんいます。

アルコールは違法ではないので飲んだだけでは捕まらないからというのもあるのでしょうが、暴力をふるったり、性暴力を起こしたりしたタレントもいます。タクシーの無賃乗車もありましたね。

大麻ではそういった話はきいたことがない。

今日僕は、外来診療で三人の新規患者を診察したのですが、問題になっていた薬物は、医者が処方した睡眠薬や抗不安薬、そして、がん性疼痛に対して出された痛み止め「オピオイド」、それから、市販の咳止め薬でした。

3人とも合法な医薬品で問題が起きていて、健康被害という点ではそちらの方が目につきます。

もちろん大麻で問題を起こしていない人が全くいないわけではありません。ただ、興味深いのは、一般の人たちにおける大麻使用経験率と治療に訪れる大麻関連精神障害患者の数とのギャップなのです。

私たちが行なっている地域の住民調査では、生涯経験率が一番高い違法薬物は大麻です。海外の影響もあって、確かにじわじわと増えています。

しかし、大麻使用による様々な精神障害で薬物依存症専門外来を訪れる人は非常に少ない。それでも、少数ながら受診する患者はいるにはいて、そうした人たちは大きく二つに分類できます。

一つは、元々他に精神障害があった人たちです。精神障害の症状を和らげるために大麻を使用し、一時的には確かに効果があったものの、最終的にかえってこじれてしまったケースです。

もう一つは、逮捕され、保釈中で裁判を控えている時期に、減刑を求めるための法廷戦略として、専門病院で治療を受けた実績作り、あるいは、依存症水準ではないという証明がほしいなどといった理由から、受診する人たちです。

後者のタイプの人たちは、しばしば20~30年にわたって連日大麻を使用していたりするのですが、それで幻覚や妄想が出たり、粗暴な行動におよんだり、仕事をしなくなって生活が立ち行かなくなったりしている人は、滅多にいません。ただ、法律で禁じられている薬物を使っていただけです。

その意味では、依存症治療の最前線では、大麻よりも、むしろ処方薬や市販薬の乱用の方が問題で、もしかすると規制や流通のコントロールが必要なのはそうした医薬品の方ではないのか、と思うこともよくあります。

規制を強めた結果、どこでも手に入る市販薬へ

ーー違法薬物よりも、市販薬や処方薬の乱用が問題となっているのはなぜなのでしょう。

この十年あまり前、有名大学の学生たちが大麻を使ったということで取り締まりが厳しくなり、盛んに報道された時期がありました。

その結果、今度は規制を逃れようと「脱法ハーブ」が出てきました。国が規制を強めれば強めるほど中身がより有害性の高いものになり、交通事故や暴力事件が多発するようになりました。

Kumikomini / Getty Images

むしろ市販薬や医師が処方する医薬品の乱用で困っている人の方が多い

それが収まった後で、今、10代の子の中で問題になっているのが市販薬です。ドラッグストアもコンビニの数より増えているし、対面販売で1人1箱と規制しても、ネット通販でも買えるようになった。

国としても医療費を下げるために色々な薬を処方薬から市販薬にスイッチしている状況があります。その中で新たな問題が生じているのです。

大麻の作用ではなく、刑罰やバッシングで人生が台無しに

人類の歴史の中で、薬物を法と刑罰によってコントロールすべく、実効性のある国際協調した規制を始めたのは、今からおよそ60年前です。1961年の「麻薬に関する単一条約」からです。

以降、いくつかの薬物規制に関する条約を提唱され、それらに批准した国々が、そうした条約に基づいて規制法を作りました。日本もです。

麻薬に関する単一条約の前文には、「人類の健康及び福祉に思いをいたし」と書かれています。そのために、薬物を法と刑罰によってコントロールしていくと書かれているのです。とても納得がいきますね。

締約国は、人類の健康及び福祉に思いをいたし、麻薬の医療上の使用が苦痛の軽減のために依然として不可欠であること及びこの目的のための麻薬の入手を確保するために適切な措置を執らなければならないことを認め、麻薬の中毒が個人にとつて重大な害悪であり、人類に対する社会的及び経済的な危険を伴うものであることを認め、この害悪を防止し、かつ、これと戦う締約国の義務を自覚し、麻薬の濫用に対する措置が効果的であるためには、協同して、かつ、世界的規模で行動することが必要であることを考慮し(省略)(「麻薬に関する単一条約」前文より)

それなのに、現状を見ると、大麻の薬理作用でこれといった健康被害は生じていないのに、刑罰や社会から与えられるスティグマやバッシングによって人生が台無しになっている……。あくまでも薬物依存症専門外来から眺めた感想ではありますが、そんな印象がどうしても拭えないのです。

時事通信

才能のある俳優の人生を刑罰や社会的なバッシングで葬り去ることは、社会にとってプラスになるのか?

誤解しないでほしいのですが、法で規制するのが悪いと言っているわけではありません。やはり一定程度、それは必要です。

ただ、この機会に、規制や刑罰というスティグマ化が個人にもたらす弊害と、薬物使用による個人の健康被害とを天秤にかけてみて、その功罪を慎重に検討してみてはどうかと思うのです。

大麻の健康被害は日本でほとんど研究がない

薬理作用だけで言えば、アルコールで人生を台無しにする人は結構いると思いますし、アルコールは、肝臓や脳をはじめとして、人間の諸臓器に深刻な健康被害を起こし得る薬物だと思います。

では、それに比べて大麻の健康被害はどの程度のものなのかを考えてみる必要があります。

そもそもなぜ大麻が規制されたのか。

生涯経験率が一番高いのに、大麻で病院に来る人はほとんどいません。覚せい剤はたくさん来ます。そのギャップは何なのでしょう。

大麻の精神医学的障害に関しては、それほどきちんとしたデータが日本にはないのです。

昨年度、我々は9つの薬物依存症専門病院に協力してもらって、71例の大麻に関連する精神障害を呈した患者の分析をしました。どんな人が依存症になりやすいのか、大麻の後遺症で起こり得るとされてきた慢性・持続性の精神病の発症には、何がリスク要因になっているのかを調べたのです。

例えば使用頻度、使用期間、10代から始めているか、親族に精神疾患がある人がいるか、元々本人が精神疾患があるか。大麻でも多幸感を与える成分「THC(テトラヒドロカンナビノール)」が一番少ない乾燥大麻のようなものを使うのか、樹脂のような濃度の高いものを使うのか。

その結果、依存症のリスク要因は、長く、高頻度に、THCの含有濃度が高いものを使うことだとわかりました。これは、お酒でも、度数の強いものを、長い期間、高頻度に飲む人が依存症になるのと同じですね。

でも、後遺症の精神病は、逆にTHCの濃度が低いものだけを使っている人が多くなっていて、精神病と大麻の総使用量との関連についてははっきりしないのです。

71例の研究から言えることは限られますが、少なくとも大麻をたくさん使ったから後遺症が出るわけではなさそうです。

大麻による精神障害の先行研究といえば、これまで日本には最大6例程度の症例報告しかなくて、その意味では、71例でも破格に多い研究です。しかし逆に言えば、このことは、それぐらい大麻の患者は少ないということを意味しています。

結局、大麻の健康影響について、みんなきちんとした研究や十分な臨床経験に基づいて言っているいるわけではありません。「みんなそう言うから」そう言っているだけで、専門家も含めてそれほどよくわかっていないのです。

規制ありきの大麻の取り締まりの歴史

海外でも、アメリカでも長い間、研究目的でも大麻を使うことは禁止されていました(州単位では合法化や許容するところが出てきた今でも、連邦政府としては禁止されたままです)。大麻については国際的にもわかっていないことが多いのです。

国際条約の規制対象薬として最初にあがったのはアヘンやモルヒネやヘロインのオピオイドです。コカインも入れた後に、厳罰化を狙ったアメリカが政治的な力で強引に大麻もねじ込んできたのが歴史的経緯です。

これも最近では、大麻をオピオイドやコカインと同列に捉えるのはいかがなものか、見直すべきではないか、として国際的な議論が始まっています。

なぜアメリカがそこまで大麻を規制しようとしたのでしょう。決して大麻の乱用が問題になり、健康被害が拡大したからではないのです。

George Rinhart / Getty Images

禁酒法の時代、密造ビールを摘発した当局によって樽からこぼされるビール

あくまでも噂レベルの話ですが、1933年までのアメリカで行われていた禁酒法が廃止となってしまい、それで不要となったアルコール捜査官たちの再雇用先を確保するためだったのではないか、などともいわれています。もちろん、真偽のほどは不明です。

ただ、大麻使用による直接的な影響が何らかの健康被害をもたらしていた、という実態はありませんでした。

当時、大麻を使っていたのは移民の人たちでした。プエルト・リコやメキシコから来て、貧しくてたばこが買えなかった。たばこよりもはるかに安く、生まれ故郷で普通に使われていた大麻を使った。貧困が大麻使用の一番の理由だったのです。

その少数民族に対する嫌悪感や差別感情も手伝って、大麻を規制しようということになりました。でも、その数年後にNY市長が「大麻の健康被害はあるのか」との疑問から独自の研究班を作り、それほど問題ではないという報告書を出しました。

連邦政府は怒って報告書を否定し、研究目的でも大麻が使えないようにしました。それからオバマ政権あたりまで、長らく研究もできない状況でした。

大麻に関しては乱用実態もないまま規制され、日本は敗戦後にGHQの指導で大麻取締法を作ったという経緯です。

カナダは合法化 日本は米国の影響下で依然厳罰的に

米国はその後も大麻の規制を強めていきました。特に1970年代前半、ベトナム戦争でニクソン大統領の支持率が下がった時に、若者やヒッピーが反戦運動を展開し、連邦政府への反抗心を示すためにあえて大麻を使いました。

その反戦運動を抑えるために、ニクソンは大麻に対する厳罰を課していきます。当時のアメリカのネガティブキャンペーンはもの凄かったんです。大麻をやると、女性は淫乱になって、男は凶暴になるなどと、非現実的なまでに弊害が誇張されたネガティブ・キャンペーンが展開されました。

でも、2018年にカナダで娯楽目的の大麻が合法化された時に、10万人以上の若者たちが集まって大麻を吸ったのですが、少なくとも報道を見る限り、暴動は起きませんでしたね。もしも同じ状況で、大麻ではなくアルコールだったらどうだったでしょうか?

Steve Russell / Getty Images

カナダで大麻の合法化を祝う人たち

そういう意味で、大麻に関して十分な知見がないまま、第2次世界大戦後、GHQの指導のもとで大麻取締法を制定し、それを無批判に維持しているのが今日の日本であるという見方も、あながち間違いとはいえません。

ーー厚生労働省は大麻がもっと強い薬物のゲートウェイドラッグ(入り口)になるとキャンペーンをやっています。

ゲートウェイになっているのは、違法化しているからでもあります。反社会勢力と接触しないと買えないものにしているからです。

カナダ政府がなぜ大麻を合法化し、娯楽的使用を認めたかといえば、大麻の研究で、「10代のうちからやるのは、依存症や精神障害の発症リスクが高くなるかもしれない」という点だけ比較的はっきりしているからです。

10代の子が密売から買ってしまうぐらいなら、国が管理して売ろうとしたのです。合法にすることによって、ゲートウェイドラッグにしないという科学的根拠に基づいた取り組みです。

誤解しないでほしいのですが、私は決して「日本でも大麻を解禁すべきだ」などと言いたいのではありません。それどころか、今、それをやればいろんな混乱が起きるのは間違いない。

ただ、大麻使用者をあたかも凶悪犯罪者のように非難し、集中的な治療を受けないと激しい禁断症状に襲われる、といった情報が、ワイドショーなどで喧伝されるのはおかしいのではないか、と思うのです。

すでに言いましたように、僕の外来には、大麻で逮捕されて法廷戦略で受診する人を診ているといつも不思議に思うのです。彼らの多くはミュージシャンなど、比較的自由な職業の人たちですが、大麻を30年ぐらい毎日、たばこ感覚で吸っていたけれどもどこも何ともない。

もちろん、様々な医学的検査もしますが、率直に言って、内臓障害の程度にせよ、脳萎縮の程度にせよ、長年、習慣的にアルコールを飲んできた人よりもはるかにましなのです。

「大麻は酒やタバコよりも安全だ」という主張が必ずしも正しいとは思いませんが、だからといって、「それは絶対間違っている」と強く反駁できるようなエビデンスもまったくないわけです。そういったことを理解した上で、メディアはこの問題を取り上げるべきだと思います。

少数派の愛する薬物は違法とされ、多数派は合法に

薬物使用によって医学的もしくは社会的な問題を呈している人に対しては、刑罰ではなく、治療を提供すべきです。でも同時に、「治療が不要な人」も数多存在します。

それは、ニコチンやアルコール、あるいはカフェインのヘビーユーザー全員に必ずしも治療が必要ではないのと一緒です。

Copyright Artem Vorobiev / Getty Images

アルコールで酔いつぶれる害の大きさが指摘されるが、違法ではないため放置されている

もちろん人に煙などで迷惑をかけてはいけません。

でも基本的に個人の趣味嗜好の問題であって、少なくとも本人がこれまで頑張って築いた実績を全部剥奪され、社会から総スカンを食らうほど悪いことなのかどうか、今回をきっかけとして考えていただけないかと思うのです。

ーーアルコールやたばこは健康被害は大きいのに規制されていないですね。依存性はどうですか?

全国の病院調査でも大麻の依存症に該当する人は確かにいますが、他の薬物に比べると少ない。

もちろん、それでも、アルコールやニコチン、カフェインと同じ嗜好品ですから、度を超した使い方をすれば依存するのは当然です。そうした危険を踏まえて、成人があくまでも自身の嗜好として個人の責任で使用する。それに対して、国がいちいち介入すべきなのかについては、この機会に再考してほしいです。

ーー酒飲みの私も耳に痛いです。

たとえば、ニコチンを考えてみましょう。高度成長期の日本は男性の喫煙率は8割を超えていて、そうした人々がある時期の日本の経済的成長を支えてきたともいえます。

あるいは、深夜の残業を乗り切るために濃厚なコーヒーをがぶ飲みするサラリーマンや、仕事帰りにカレーショップで激辛カレーを頬張るキャリアウーマン。アルコールもニコチンもカフェインも、それからカプサイシンも、所詮は嗜好品です。

嗜好品が体に100%いいわけがない。でも、少しだけ健康によくないことをすることで頑張れている人がいる、というのも事実ではないでしょうか?

「ドラッグとの戦い」と言いますが、人類が薬物と戦っているというよりは、様々な薬物同士が戦っている印象です。

そして少数民族の愛する薬物は違法薬物とされて、メインストリームの民族が愛する薬物は合法とされている気がします。

例えば、ペルーではコカの葉を昔から吸っていますし、大麻も南米やアフリカの一部の地域では昔から使われている。北米のネイティブ・アメリカンの間では、かつて成人式の際に、新成人は年長者からペヨーテ(幻覚サボテン)の正しい使い方を指南される風習があったと言われています。

それから、レゲエミュージシャンに多いラスタファリズムにおいては、酒とタバコが毒物として禁止されている一方で、大麻は「神の草」「健康にいい」として推奨されている。アルコールをタブーとするイスラム圏では、サウジアラビアのようにアルコールを違法とする国もあります。

現時点ではキリスト教を中心とした白人文化が世界的にメインストリームです。ワインはキリスト教ではイエスの血ですから、アルコールは広く受容されている。薬物の問題は、もう少し歴史的な経緯などを広い視野で見たほうがいいです。

ーー薬物の問題を抱える人は、生い立ちなど何らかの理由でありのままの自分を認められない人が多いと指摘されています。その心の穴を埋める「心の酔い」が必要な人もいると。これは全ての人に当てはまりませんか?

そう思います。僕は自粛警察のように依存的な行動をしている人を警告して回ろうとなんて思っていません。

周りを見ても、依存している人こそが優れた仕事をしていることもある。人は少し無理をする時に、何か別の体に悪いことをしながら、苦しい一時を突破して文化や文明を作ってきたと思うのです。

全ての依存性物質がこの世からなくなればいいとは思っていません。

ただ、それによって自分らしさが破綻してしまったり、深刻な健康被害が出てしまったりする人は助けなければいけないし、少しでも害の少ない使い方を警鐘しなければいけない。それが医療職の役割なのだと思います。

もし、伊勢谷さんがいろんな問題があっても使わざるを得なかったとするならば支援が必要だと思うし、もしもそうだとすれば、薬物とは別に何らかの生きづらさを引き起こす問題があるのかもしれません。

でも、その一方で、単なる「愛好家」だったという可能性もあります。

行き過ぎた予防啓発は排除を生む

コロナ禍でいろんなことを考えているのですが、人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもあり、薬物との戦いや共存の歴史でもあると思います。

薬物と感染症で共通していることが2点あります。

1点めは、行き過ぎた予防啓発は差別や偏見の温床となるということです。予防啓発が行き届けば行き届くほど、少数の当事者になってしまった人たちは、偏見の目に晒されるし、自己責任と責められ、謝罪する立場に追い込まれます。

コロナでも感染症の少ない地方に限って、感染した人たちは追い込まれましたね。

薬物規制が表向き成功している日本では、薬物をやる人は差別の対象になります。「ダメ。ゼッタイ。」と言う。乱用防止と回復支援は別だと言われますが、それは違います。

自殺対策も、「自殺予防基本法」ではなく「自殺対策基本法」となったのはなぜかと言えば、「自殺予防」というとご遺族が自責の念にとらわれて苦しくなるからです。予防に失敗した者とされる。だから、「予防」という言葉を廃して、あえて自殺対策と言っています。

だから予防啓発に関しては、当事者や周りの人たちが孤立しないような配慮をするべきだというのがまず1点です。

薬物も感染症も「敵対的な政策」ではなく「友好的な政策」を

もう1点は、敵対的な政策、つまり「撲滅」とか「せん滅」とか「駆除」とか「駆逐」とか、問題あるものがない世界を目指そうとする内容の政策はともすればことを複雑化するということです。

感染症も、天然痘を撲滅した時に人類と感染症との戦いは終わったと思ったのに、その後もHIVをはじめとするいろんな感染症が出てきて、今もコロナで我々は苦しんでいます。

ペニシリンが発見されて、その後も様々な抗生物質が出てきて、人類が感染症を克服したと思ったのに、今や耐性菌に苦しんでいます。

薬物もそうです。アヘンを禁止したら、モルヒネを使うようになり、モルヒネを禁止したらもっと濃厚なヘロインを使うようになった。脱法ハーブなどの危険ドラッグもそう。規制を厳しくしたら、どんどん中身がやばくなって、社会が危険にさらされる状況に陥った。

だから我々は感染症でも薬物でも、「敵対的な政策」よりも「友好的な政策」が必要なんです。感染症も薬物も「ある程度あるのは仕方ないよね」と受け入れる。これは半ば冗談で言うのですが、「ウィズコロナ」にならって、「ウィズドラッグ」という考え方があってもいいくらいです。

先日、BuzzFeedでも記事に書いていましたが、国連のキャンペーンである「国際薬物乱用・不正取引防止デー」を厚労省が「国際麻薬乱用撲滅デー」と言い換えているのはなぜでしょう。

厚生労働省

厚労省の作った薬物啓発ポスター。「ダメ。ゼッタイ。」と大きく書き、右下に国連のキャンペーン「国際薬物乱用・不正取引防止デー」を言い換えた「国際麻薬乱用撲滅デー」という言葉を使っている

国連のメッセージは元々、「Yes To Life, No To Drugs(人生にイエスと言い、薬物にはノーと言おう」だったにも関わらず、厚労省は前半をカットし、後半部分を抜き出して「ダメ。ゼッタイ。」としています。

そういう風に啓発した結果が、世間の薬物に対する厳しい態度につながっていると思うのです。

1980年代、90年代でもワイドショーでは芸能人の薬物問題を取り上げていましたが、あの頃捕まった人たちはその後も普通に大河ドラマに出て活躍しています。

この世の中を作ったのは、ここ20年の政策だと思います。その政策の掛け声で、国民もメディアもこの排除の感覚を内面化していきました。

犯罪化、スティグマ化で利益を得る人たち 本来の目的に帰れ

ーーバッシングや社会的な排除は、薬物の問題を抱えている人にとっては逆効果なのですよね。

逆効果ですし、戻る場所がなくなるということは回復を妨げます。逮捕された芸能人の回復を願うなら、今の報道の仕方、バッシングの仕方はマイナスでしかありません。

ーー松本先生たちが作った「薬物報道ガイドライン」は、「逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと」「『がっかりした』『反省してほしい』といった街録・関係者談話などを使わないこと」など具体的な提言を行なっていますが、反する報道が繰り返されています。届いていないのでしょうか?

今回も、伊勢谷さんの近所の人たちにインタビュー撮りしていますよね。住んでいる場所が特定されかねないような報道をしています。

自殺報道もそうですが、大きなニュースだということなんでしょうね。メディアとして、国民の知る権利や好奇心に答えるという大義名分があると思っている。

ーー薬物の問題をなくしていくために、というよりは視聴率を稼ぐという姿勢が透けて見えます。

「視聴率依存症」ですよね。民放もスポンサーが減っていって、視聴率至上主義にますます傾いています。自分たちの死活問題なのだと思います。

捜査側の方も、僕らが「ダメ。ゼッタイ。」に反対することによってますますムキになっている印象もあります。

やはり犯罪化すること、スティグマ化を強めることによって既得権益を得ている人がいるのは事実だと思います。残念ながら。

なぜ薬物が法律で規制されているのかのそもそもの立脚点、「麻薬に関する単一条約」の前文を我々はもう1度確認する必要があると思います。刑罰やバッシングによる不利益が、薬物が与える不利益を超えることはあってはならないと思います。

ーーヨーロッパでは個人の使用は罰せずに、健康被害を軽減する「ハームリダクション」の方向に動いています。日本でもそれを考えるべきですか?

法律によって禁じたりバッシングしたりすると、問題を抱えている当事者や周辺の人たちを支援や治療から遠ざけてしまいます。それによって孤立が生じます。それが一番深刻な害だと思うのです。

ーーメディアに求めることは何ですか?

薬物報道ガイドラインをこの機会に見直してほしいです。薬物の報道をする時には真剣に悩んでいる人、薬物の問題で深刻に悩んでいるご本人やその周囲の方達がいるんだということ、その人たちもテレビを見ているんだということを忘れないでほしいと思います。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

人は体に悪いことをしながら、なんとか頑張って生き延びていると話す松本さん

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)など著書多数。

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訂正

鹿児島で生徒が自殺したという情報は事実が確認できず削除しました

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