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結局、大麻は健康に悪いの? 薬物依存症の専門家が訴える一番の害は......

唐突に始まった大麻規制強化の議論。そもそも大麻は健康に悪いのか、改めて国内外の研究報告について聞いてみました。

年明けから唐突に始まった大麻の「使用罪」創設などについての議論。

国際的には、使い方をコントロールして健康被害を最小限に抑える「ハームリダクション」の動きが広がる中、厳罰化は必要なのか。

有識者会議「大麻等の薬物対策のあり方検討会」の構成員で、薬物依存症が専門の国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、松本俊彦さんに、そもそも大麻の健康影響はどうなのか、聞いた。

日本では大麻に関する知見はほぼなし

ーー改めて、大麻を常用することの危険性はどうなのか、現状での研究報告を教えていただけますか?

実は責任を持って、「これがエビデンス(科学的根拠)だ」と言えるものがすごく少ないということをまず言っておきます。

日本では薬物を規制する時には、必ず細胞を使って、細胞毒性が起きるとか、細胞死が起きることを示し、動物実験でもこんなに依存性がありましたということを報告しています。

でも、それはアルコールでもカフェインでもニコチンでも示せることです。

それこそ、昔、小学校でシンナーを使わないように啓発するために、ビーカーの中のシンナーにミミズを入れるとちぎれることを見せた実験のようなものです。いくら酷いシンナー依存症でもシンナー風呂には入らないのに(笑)。

そういう極端な実験をやって、「これには毒性がある、依存性がある」と規制を増やしていきました。

たとえばある薬物を規制対象とするかどうかを判断する動物実験で対照群として用いられるのは、いつもきまって生理食塩水なんですよ。生理食塩水と比べれば、砂糖だって毒性や依存性があるという結果が出るはずです。

検討会の場でも、臨床医学の健康被害の報告をちゃんと吟味して確認する必要がありますと伝えました。

でもそれが国内では非常に少ないという状態がまずあります。

まず、大麻が身体の病気にどう影響したかについての報告はほぼ皆無です。

国内であるのは主に精神科領域からの報告になるのですが、私自身が調べると、従来、5つぐらいの症例報告があるだけです。最小1例、最大6例とかそれぐらいの規模です。こうした症例報告をもってエビデンスということはできません。たくさんの使用者がいる中でごく一部の報告に過ぎないわけですから。

昨年の記事(大麻―薬物規制の功罪 専門家「薬理作用よりも、刑罰やバッシングが人生を台無しにしている」)でも取り上げてもらった、私の71例の大麻に関連する精神障害の研究が、日本の中では圧倒的にサンプル数が多い研究なのです。

非常に恥ずかしい有様です。国際的には71例の研究は、統計的にものを言える数字ではありません。しかも、あくまでも精神科医療にアクセスした症例だけです。

大半のケースは他の薬物も使っているばかりか、そもそも大麻使用とは独立して、別の精神障害も合併している人です。そう考えると、日本には純粋に大麻に関する健康被害に関する知見がほとんどないと言えます。

参考までいっておくと、私たちが2年に1回、全国1600の精神科病院に協力してもらって行っている薬物関連障害の患者さんに関する悉皆調査では、大麻の人に対する影響を推測することはできます。

個々の患者さんの状態を比較してみると、他の薬物の依存症に比べると、精神医学的な問題が少なかったり、依存症の該当者が少なかったり、仕事をちゃんと続けている人の割合が多かったりするのです。

つまり、他の薬物の影響との比較をみると、大麻使用者が一番社会的な適応度が高い印象を受けます。市販薬や処方薬を乱用している人と比べても、はるかに健康度が高い。

もちろん、この調査も非常にざっくりとした情報しか収集していないので、この結果をもってエビデンスとは言えないことはくりかえしておきたいと思います。

世界の研究は? 精神障害と無関係ではないかもしれず、10代から使うと危険

ーー海外の研究はどうでしょうか?

海外ではいろいろな研究があるし、そうしたいろいろな研究をまとめて解析した「メタ分析」もあります。

主要な結果をいくつか箇条書き的に列挙してみると、はっきりしているのは大麻の使用経験がない人と比較すると、大麻の使用と精神障害とは関連があります。ただ、それが大麻による影響なのか、元々精神障害がある方が大麻を使っているのか、因果関係については分析できていません。かなり議論が多いところです。

また、元々遺伝的に精神医学的な脆弱性をもっている人や、10代から大麻使用を始めた方々については、長期的には精神病の症状が出てきたり、うつ状態や自殺したいという気持ちを持つようになったり、自殺リスクと関連がありそうだということもわかっています


全年代で比べると、その関連ははっきりしなくなります。その意味では、そのように10代という早期から大麻を使用している人は、もともと何らかの精神医学的な脆弱性を持っているのではないか、という指摘もあります。

このあたりが、現時点での国際的なコンセンサス(合意)だと思います。

だから大麻が精神障害と無関係だとは絶対に言えない。ただ、もともと精神障害を持っている人がその症状を緩和しようとして大麻を使ったのか、それとも、大麻によって様々な精神障害が生じたのか、という因果関係について証明するのは難しい。


要するに、大麻がうんと危険かどうかはわかりませんが、少なくとも10代から使っていると良くないらしい、といったことはわかっている程度です。

濃度が高いものを、長く使うのは問題

それから、私自身の研究ではっきりわかっているのは、有効成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)の濃度が高い製品を、より長期間使うと、依存症に罹患する危険性が高まるかもしれない、ということです。

これはまあそうだろうなと思います。

お酒だって、毎日ビールを飲んでいる人よりも、毎日焼酎のようなアルコール濃度の高いものをより長期間飲んでいる人の方が依存症になりやすいのは当然ですね。

それと同じような結果が大麻でも出ているということです。

そう考えると、やはり大麻は依存性のある物質であることはまちがいなく、なんらかの中枢神経に対する影響はあることは否定できない。当然、濃度の高いものを長く使えばその影響が大きくなり、特に成長期に使ってしまった場合にはさらに影響が大きいかもしれない。

これが現時点での国内外の研究で言えることだと思います。

大麻はゲートウェイドラッグ(入り口の薬物)か?

ーーよく厚労省がいう「大麻はゲートウェイドラッグ(入り口の薬物)になる」、大麻から他の強い薬物にどんどんハマっていくから入り口で止めないといけないのだという考えは研究で裏付けられているのですか?

これは色々な研究が出ています。

昔はそう言われていたけれど、それを否定し「ゲートウェイドラッグではない」という研究もあるし、確かに他の精神作用物質の使用を促すところもあるという研究もあります。

JAMA(米国医師会雑誌)に出た論文では、特にニコチン依存症とアルコール依存症の合併率が高くなるということは言われています。どちらも合法ドラッグなのでなんとも言えないですけれども、要するに嗜好品が好きな人たちが大麻使用者の中に一定の割合でいるということなんだろうと思います。

そもそも、たばこやお酒もゲートウェイと言われれば、確かにゲートウェイですからね。

日本に限って言えば、大麻がゲートウェイドラッグとなるのは事実だと思います。最初の入り口として大麻からドラッグカルチャーにハマるということはある。

というのは、大麻は違法薬物にされていますから、扱うのは反社会勢力なんです。反社会勢力とのコミュニケーションの中で、どうしてもさらにハードなドラッグと遭遇する機会は増えるのは当然だと思うのです。


かつての米国のような禁酒法の時代だったなら、アルコールは間違いなくゲートウェイドラッグだったでしょう。

大麻を使うことの一番の害は? 犯罪化によって社会から爪弾きにされること

ーー値段なども他のドラッグに比べたら手に入れやすかったり、初めの一歩になりそうな感じではあるのですか?

そうですね。手に入れやすいかどうかは別として、値段はそうです。

いずれにしても大麻が全く害がないとは言えないと思いますが、その害がアルコールやたばこなどと比べてどうなのかということについては議論が多いところです。

僕らは使っている人たち、外来に来る患者さんの言葉を聞いて思うところがあります。みんな大麻を軽く見ています。「大麻ぐらいはいいんじゃないですか?」という人がほとんどです。

私たちが行っている全国の一般住民の疫学調査では、日本国民の中で違法薬物として生涯経験率がもっとも高いのは大麻です。覚せい剤などよりも遥かに高い。

しかし、全国の精神科病院に治療を受けている薬物関連の患者さんのなかで、使用薬物として圧倒的に多いのは覚せい剤で半数を占めます。次に多いのは処方薬や市販薬で、あわせて40%くらいです。その次に大麻なのですが、せいぜい4、5%程度。使っている人が多い割に、病院に来る人が少ないのが大麻です。

これまで精神科で大麻の研究がほとんど行われてこなかったのは、大麻だけの問題で精神科に来る人が少ないからです。大麻で体調を崩したり、精神的に不安定になる人は珍しいのです。だから数が集まりにくい。

さらに法廷戦略で、逮捕されて保釈中に「依存症と診断してください」とか「診断しないでください」ということで受診してきます。多くの人はミュージシャンやサーファーで、20年、30年毎日、たばこ感覚で大麻を吸っていた人たちです。

その人たちに様々な問診を行い、また、いろんな検査をするのですが、どこもおかしいところはない。単にレゲエが好きだったり、ラッパーだったりするだけです。大麻を使っていなくてももっと酷い人はいくらでもいる感じがします。

それどころか、これまでは一日の終わりにリラックスするために大麻をすってきた人が、逮捕を機にその習慣をやめて、人並みに晩酌するように切り替えたところ、かえって翌朝体調が悪くなったり、血液検査で肝臓のデータが悪化してしまったりすることもしばしばです。どう考えても、内臓への負担はアルコールの方が深刻なんだろうなと思います。

そんなわけで、僕らが診察室で出会ってきた大麻で捕まった人を見ていると、つくづく大麻を使うことの一番の害は、刑罰だなと思うのです。正直、一体何のための規制なのかと頭を抱えることもたびたびです。

和歌山県の薬務課が出した大麻の怖さを若者たちに啓発する「薬物乱用防止啓発まんが」が最近、話題になりました。

友達に勧められて好奇心から使ってみたら捕まって、近所から後ろ指を指されて、全てを失ったと後悔する内容です。

これを見ると、怖いのは大麻の薬理作用ではなく、社会って怖いな、人間って怖いな、村八分は勘弁してほしいなということだとよくわかります(苦笑)。

なぜそういう風になるかと言えば、大麻を犯罪化しているからですよね。

予防啓発が行き過ぎると、差別や偏見も強くなる

さらに犯罪化するだけでなく、「ダメ。ゼッタイ。」の啓発キャンペーンで、絶対ダメなことをしてしまった人、ということでスティグマを植え付けています。

このキャンペーンを行っている麻薬・覚せい剤乱用防止センターのある幹部は、「予防と回復支援は別で、一致しなくてもいい」「子どもたちに最初の一回をさせないための教育には、依存症の当事者や家族のことを知っている必要はない」と断言していましたが、私はそうは思いません。

予防・啓発は行き過ぎると、一般の人たちの差別や偏見も強くなります。

これは感染症と同じ構図ですよね。

ーーHIVなどもそうですね。新型コロナでも同じことが起きています。

アメリカも大麻の乱用実態はなかったのに法律を作ったのは、禁酒法がなくなって、アルコール捜査官が職を失うから、彼らの雇用を作るためだったという話もあります。

はっきりしているのは、アメリカが大麻規制に乗り出した最大の理由は、有色人種に対する差別意識に端を発しているということです。

当時大麻を規制しようとした時に多くの白人が賛成したのは、メキシコやプエルトリコからの貧しい移民たちが、高価なたばこの代わりに、彼らの文化的習慣である大麻を喫煙していたのです。決して大麻使用による健康被害や社会的弊害があったわけではありません。

それにもかかわらず、アメリカでは、1930年代後半以降、コマーシャルや映画などを通じて、大麻使用を暴力や性的逸脱と無理矢理絡めた啓発キャンペーンが大々的に打たれ、それによって人々の恐怖心を煽ってきました。

大麻を使うと人は殺人鬼になるとか、女性は淫乱になって突然全裸になってしまうとか、現実離れした内容のネガティブキャンペーンです。ちょっとわが国の「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーンに似ていますね。

そうした啓発に疑問を感じた専門家もいました。それで、大麻が本当に危険なのかどうかを学術的に調査し、「それほど危険ではない」という報告書を提出したのです。

ところが、どういうわけか何の学術的根拠もないまま、政府によって報告書は握りつぶされました。以来、大麻については研究することすら禁じられる時代が長く続くこととなります。

乱用実態がないにもかかわらず、なぜアメリカはそこまで強硬な規制がなされたのか、もしかすると、かつてニクソン大統領が提唱した「薬物戦争」とは、かつての帝国主義や人種差別政策が形を変えただけのものだったかもしれません。

ーー日本では大麻を使う人に対して、そういう差別感はなさそうです。

元々の法律はアメリカから言われたから作ったわけですからね。

1970年代には、ベトナム戦争が続けている当時のニクソン政権に反発する若者たちが反戦運動をして、その時に連邦政府が禁じている大麻をことさらにやった。それでニクソンはますます厳罰主義を強め、結果的に多くの若者たちが逮捕、収監され、人生を台なしにしたといわれています。

若者たちの反体制のシンボルであって、アーティストもことさらに大麻を使う。日本もそういうアナーキーなかっこいいものとして大麻が入ってきていると思います。かつて摘発されていたヘアヌードと一緒です。禁止されているから魅力が出る世界です。

(続く)

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)など著書多数。

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