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HPVワクチン、世界の動きは? 日本はどうする?

CancerXのサミットで開いたHPVワクチンのセッション。日本産科婦人科学会で担当理事を務める宮城悦子さんは子宮頸がん撲滅へ進む世界の現状と、周回遅れの日本の状況を報告しました。

がんに関わる社会的な課題を、医療だけでなく、産官学など様々な分野の連携で解決しようと活動している「CancerX(キャンサーエックス)」のサミット「World Cancer Week 2021」。

筆者がモデレーターを務めた「HPVワクチン」のセッションの詳報第2弾は、横浜市立大学産婦人科主任教授で、日本産科婦人科学会特任理事(子宮頸がん検診・HPVワクチン促進担当)の宮城悦子さんです。

宮城さんは子宮頸がん撲滅のために進む世界と、周回遅れの日本の現状を報告し、私たちはどの方向に進むべきなのか問いかけます。

※岩永直子はこのシンポジウムでモデレーターを務めましたが、謝金は受け取っていません。

一度でも性交渉の経験があれば誰でもなる可能性

HPV(ヒトパピローマウイルス)は性的な接触で感染します。
年頃のお嬢さんや男の子の8割ぐらいは若い時期に感染すると言われているぐらい、ありふれたウイルスです。

ただ、ほとんどの方は検査でも検出されないぐらい排除されるのですが、潜伏するかのように残ることがあります。

持続的に感染した人の中から、約10%ほどの人に病気が出てきます。

上皮内の細胞の形態に変化が起きて、軽度から中等度、高度の「異形成」という前がん病変が出てきます。高度異形成は「上皮内がん」とも言います。

ここまでであれば命に関わることはないのですが、そこからさらに遺伝子の異常が出てきて、本当のがんである浸潤がんになっていきます。

実際はHPV感染者の中で、1%未満の方が浸潤がんになるということがわかっています。

ここまでに感染から数年から数十年がかかりますが、私の患者さんでは最短3年です。18歳でボーイフレンドができて、がんになりやすいHPV18型に感染して、21歳で亡くなった子宮頸がん(腺がん)の方がいます。

進行のスピードはそれぞれの免疫に左右されます。

これを裏返すと、一度でも性交渉の経験がある全ての女性に子宮頸がんのリスクがあるということです。

このことは男性が知っていただかないと本当の予防は進まないということを強調します。

HPVワクチンとは? がんになりやすいウイルスへの感染を予防

ヒトパピローマウイルスは数多くの種類があります。特に今あるワクチンで予防できる16型、18型が子宮頸がんの過半数を超える原因だということを発見したツア・ハウゼン博士はノーベル賞も受賞しました。

この研究を元にHPVワクチンやHPVの検出ができる検査キットの開発につながりました。

今、日本で小学校6年生から高校1年の女子が無料でうてる定期接種となっているのは、2価と4価のワクチンです。

2価は、16型、18型への感染を予防するもの、4価はそれに加えて男性にもできる良性のコンジローマというイボの予防効果もあります。

実は多くの国は9〜14 歳は2回接種で十分免疫ができるということがわかっていて、2回に切り替えています。日本はまだ3回接種です。

さらに米国では90%以上の子宮頸がんを予防する「9価ワクチン」が女子にも男子にも定期接種化され、11〜12歳に男女とも2回接種をしています。

ここまで海外と日本には大きな差ができています。

「HPVワクチン接種プログラムに失敗した国」日本

日本は先進国の中でもHPVワクチンの接種プログラムに失敗した国、というレッテルを貼られています。

もう一つ知っていただきたいのは、WHO(世界保健機関)は全世界に高らかに、世界的な公衆衛生上の問題として、子宮頸がんを排除しようと宣言していることです。

つまり、国ごとにきちんと接種プログラムを作って、子宮頸がんを排除していこうという宣言です。

この宣言の重要なところは、

  1. 90%の女性が15歳までにHPVワクチン接種を受けること
  2. 70%の女性が35歳と45歳の2回でいいから精度の高い子宮頸がん検診を受けること
  3. 9割の子宮頸がんと診断された女性が適切な治療とケアを受けること

を目標としていることです。

これを2030年までに成し遂げようとしています。

子宮頸がん排除には程遠い日本の現状

現状では10年足らずでの到達は難しいですが、徹底的な検診とワクチン接種をすることでこの夢のような目標が達成できると試算しています。

「がんを排除」したとする基準は、10万人あたり4人以下しかかからなくなった状態を指しますが、日本は10万人あたり17人ぐらいいます。

まだまだ目標には届いていない。さらに検診もワクチンもうまくいっていない。それが日本の現状です。

私は子宮頸がんの治療を専門とする医師ですが、日々、患者さんと接する時、なぜこんなに健康な美しい方たちが子宮頸がんで命の危険に晒されるのか、本当に悲しく思っています。

海外のエビデンスを日本に届けたい

自分の医師としての無力も感じていたので、このような啓発活動をしています。

海外から素晴らしいエビデンス(科学的根拠)が出ても、それが日本の一般の方々に伝わっていません。せめて、私たちが海外のデータをわかりやすい言葉で紹介しようと、「横浜HPVプロジェクト」というサイトを立ち上げています。

ぜひ一度、訪れてみてください。びっくりするような海外の進んだデータを紹介しています。

その中で特筆すべきものとして、2018年のLancet誌に載った論文があります。アイルランドでも日本のようにメディアの報道の影響で、いったんHPVワクチンの接種が減ったのです。

それがどうして回復したのかということが書いてある論文です。

その答えは行政も政治家も学校の先生も医療従事者もみんなが同じ方向を向いて、このワクチンの安全性は確立されていますし、若い女性が性交渉を始める前にうつワクチンだという同じメッセージを送り続けたということです。

それによって接種率が回復して同じように接種率が下がったデンマークや日本のようにならずに済んだ、という書き方をしています。

日本からも有効性、安全性のデータ

次は日本から出ている素晴らしいデータです。

接種後の体調不良が報道されて、HPVワクチンの積極的勧奨が差し控えられた直前まで、7〜8割の高い接種率の年代があります。その方たちが20歳になって検診デビューをするようになり、そこでHPVの検査を行って分析した論文です。

ワクチンをうった人というっていない人で比べると、特にがんになりやすい16型、18型への感染率も93.9%防いでいます。

また、本来は予防対象ではないのですが、16型、18型に構造が似ている31、45、52型への感染も7割近く抑える効果がありました。このデータを日本から発信しています。

また、色々報道されている接種後の慢性疼痛や運動障害について、疫学調査を行った「名古屋スタディ」では、HPVワクチンを接種していても、接種していなくても、同じような症状が出ることを示しました。ワクチン接種と症状に明らかな関連性はみられなかったとしています。

HPVワクチンががんを防ぐ効果もデータで示される

日本が積極的勧奨を差し控えた2013年の段階では、HPVワクチンが前がん病変を減少させる効果は証明されていましたが、浸潤がんを減らすという効果がまだデータとして出ていませんでした。

2018年の時点で接種率が高かったフィンランドからは、接種していない人では子宮頸がんが8人出たのに、接種した人では発症しなかったというデータが出ました。

ただこれは8人だけというのが、検診もすごくうまくいっている国なのでインパクトが少なく、メディアに取り上げられることはありませんでした。

待望の論文は2020年10月にスウェーデンから出ました。公的接種がいち早く進んでいたイギリスかオーストラリアからくるかなと思っていたらスウェーデンからでした。

スウェーデンは80%の接種率で、10〜12歳の女の子を対象に、学校でワクチンが受けられるプログラムを導入しています。

多少年齢が上の人も後から無料でうてる「キャッチアップ接種」の期間を設けて徹底しています。

また検診についても、非常に有効なプログラムを使っています。

この論文の概略を見ると、1回でも4価のHPVワクチンを受けたことがある53万人の中で19人しか浸潤子宮頸がんが出てこなかったのに対し、接種しなかった115万人の中から538人が浸潤子宮頸がんが出てきました。

これを分析すると、10歳から16歳の若い年代で接種すると、接種していない人に比べ、88%も子宮頸がんになるリスクが減っていたことがわかりました。若いうちに接種することが大事だということです。

17〜30歳の少し高い年齢で接種した人たちも半分リスクが減少していました。

やっと疫学で、科学的なワクチンの効果が証明されたという論文であり、私たちにとっては「この数字を待っていた」という論文が出されたのです。

9価ワクチンが日本でも遅れて承認

9価のHPVワクチンは4価よりも接種時に少し痛いという報告が出ています。

9価のHPVワクチンの接種が始まると、自分で知識を得た方や定期接種を逃した方たちが自費でうつようになるのではないかと思います。

有害事象(因果関係の有無にかかわらず、接種後に確認されたあらゆる望ましくない症状)をモニタリングしたり、痛くないように注射をする方法を準備しています。

発売は2月の下旬なのですが(※シンポジウム後、2月24日に発売開始)、流通の目処がたってないという問題もあります。

2価、4価のワクチンを定期接種で無料で受けられるお嬢さんたちが9価の普及を待ってうてないと、5万円かかるワクチンですから大きな損になってしまうのではないかと思います。

9価ワクチンを性交渉開始前にうちますと、97%も関連した病変が減るという試算もされています。

今は2価、4価が先進国では9価に置き換わっているという流れにあると思います。

理想的な子宮頸がん予防とは?

私が理想的だと思う子宮頸がんの予防法についてまとめますと、まずは鉄は熱いうちに打てということで、がんの予防教育の中で、たばこのリスク、HPV感染のリスクは女性だけの問題ではなく男女共通の問題だと教えてほしいです。

そして、定期接種となっているからには、HPVワクチンは7割、8割、9割という高い接種率を目指す。

多少お金に余裕があって、接種を逃したのでうちたいという人のうち20代の人はうった方がいいと思います。そうすることで、接種していない人にも予防効果が及ぶ「集団免疫」を獲得することができます。

また20代は細胞診で一過性のHPV感染がよく見られますので、2年ごとの検診を受けることが重要です。

30代を過ぎて、パートナーが決まってくると、新しい手法としては、ハイリスクのHPV感染の有無を調べる検査があります。その検査をして、陽性の方には細胞診を行う。あるいは、お金に余裕のある国では細胞診とHPVの併用検査も可能かもしれません。

こういうことを体系的に成し遂げていけば、本当にこれができれば日本も子宮頸がん予防で先進国の仲間に入れる日が来る。それを祈りながら、毎日診療や予防啓発活動を行っています。

【宮城悦子(みやぎ・えつこ)】横浜市立大学産婦人科主任教授、日本産科婦人科学会特任理事(子宮頸がん検診・HPVワクチン促進担当)

1988年、横浜市立大学医学部卒業。神奈川県立がんセンター婦人科医長、2007年、横浜市立大学医学部産婦人科准教授、2014年、同大学大学院医学研究科がん総合医科学教授を経て、2015年、同大学附属病院産婦人科部長(現在に至る)。2017年、同大学医学部産婦人科学教室教授(現在に至る)。

日本臨床細胞学会細胞診指導医・理事。日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医・理事。日本産科婦人科学会特任理事。