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「HIVや梅毒でも元気に働けるって」 会社がHIVや梅毒の検査を提供する事業スタート

厚生労働省のモデル事業第1号となったコンドームメーカー大手の「不二ラテックス」で、HIVや梅毒の現状を学び、検査機会を提供する説明会が始まりました。

HIV感染症(※)やエイズは、治療を受ければ元気に寿命を全うできる感染症となった。

そして、同じく性感染症である梅毒は近年、急増し続けており、今年は44週(11月4日)までに5811人と、昨年(5820人)を間もなく上回る勢いで増えている。

この二つの性感染症は、感染していても症状がない時期があり、その間に病が進行したり、人に感染させたりしてしまうのが特徴だ。性感染症だけに検査を受けるのもためらいがちとなる。

そこで厚生労働省は今年から、企業の健康診断の中で社員にこの二つの検査を提供するモデル事業を始めた。

12月1日の世界エイズデーを前に、参加企業第1号となったコンドームメーカー大手の不二ラテックス(東京都)で11月19日、HIV/エイズや梅毒について最新の情報を学び、会社に知られずに検査を受けられる検査キットを配る学習会が始まった。

モデル事業を率い、社員に対する講演も行う名古屋医療センターエイズ総合診療部長の横幕能行さんはこう話す。

「どんな病気になっても社員の健康をサポートし続けることを約束してくれる企業だけができる事業です。社員の方はそんな会社にいることを誇りに思い、この機会を使って自身の健康をチェックしてほしい」

※ヒト免疫不全ウイルス(エイズウイルス)。ウイルスが体内で増殖し、免疫が落ちることでニューモシスチス肺炎など23の病気を発症した状態をエイズ発症という。名古屋医療センターではHIV感染者の約2割は梅毒にも感染している。

元気で生きられる 正しい知識の啓発がセット 

この日、勤務時間内の午後4時に、不二ラテックス社員約50人が社内の会議室に集まった。まずは、専門家である横幕さんがHIVや梅毒の最新情報を説明し、知識をアップデートしてもらうのだ。

横幕さんは「エイズでも”大丈夫”だって」という大きな文字が書かれたポスターを前に、こう語りかける。

「私はHIVで受診した患者さんにまず、『HIVで君を死なせることはないですよ』と言っちゃいます。今ではそれが約束できる病気です。近年、名古屋医療センターでは、エイズを発症していなければ、97%の患者さんはしゃんしゃんと生きられます。エイズを発症するまで重症になっても、92%が5年後も元気で生きられます」

「1日に1回、1粒か2粒の薬を飲み続けてくれれば、絶対にウイルスは増えませんし、病気の進行はありません。死ぬこともありません。薬を飲んでウイルスを検出限界以下に抑えていれば、セックスしたって人にうつすことはまずありません」

さらに、「そのままでいいって」というポスターを前に、感染する前と変わりない生活ができることも強調した。

「治療をしていれば、どこでも働けますし、他の病気になっても臓器移植だって受けられます。女性であれば、パートナーにも赤ちゃんにも感染させることなく産むことができ、大人になるまで育て、孫を見ることだってできます」

「パンツの中だけ」ではない 手のひらや口の中にも

さらに、今回の検査対象の一つ、梅毒についての説明に入る。

「かつては、男性同性間の感染が目立っていましたが、近年は異性間の感染も増えています。女性は若年層で、男性は壮年期で増えているのも特徴です」

そして、性感染症と言っても、症状が出るのは「パンツの中」、つまり性器だけではないことを伝える。

「最近、口の中に病変がある梅毒患者さんが多いので、私は『喉が痛い』と言ってきたら、まず梅毒を疑うぐらいです。また、手のひらにボツボツができたと言われたら、まず梅毒を疑います。ボツボツは普通、手のひらにはできにくいのです。手のひらにあると、足の裏にもヤマモモのような赤紫のボツボツができます」

参加者の中で、手のひらを確認する姿も目立つ。

「また、口の中にも口内炎のようなものができる人もいます。口を使ってするような性的接触をすると感染するからです。顔にもニキビのようなボツボツができることがあります。脳梗塞でわかる人もいます」

「粘膜や傷がある皮膚に病原体を含む体液が触れると、色々な性的接触から、色々なところに炎症を起こすのです。パンツを脱いで行為をしないからかからないということではありません」

3つの約束をしている企業だけで実施

この講演の最初に、横幕さんが強調したのは、この検査によって、社員が不利益を被らないことを会社側が約束していることだ。

「病気を知られることで、雇用や社内の立場に影響することを恐れ、個人情報が漏れることに神経を尖らせている人が多いです。なぜかHIVは過去の凄まじい差別の記憶があるからで、会社には絶対に本人の不利益につながらないことを約束してもらっています」

この事業に参加する要件として、企業には次の3つを約束してもらっている。

  1. 受ける受けないは本人が決め、結果は本人のみに通知するなど、社員のプライバシーを確保すること
  2. 検査を受ける受けないや、陽性・陰性に関わらず社員が雇用上の不利益を被らないこと
  3. 社員が求めれば専門医療機関への受診や相談へのアクセスを支援し、いつまでも社内で活躍できるよう支えること


「そういう最高のプライバシーである健康情報の扱いを約束した企業としか組めない事業です」と社員に語りかけると、最前列に座っていた社長や専務が大きく頷いた。

参加した社員には、自身で採血ができる検査キットが渡され、これについても説明される。

「強制ではありません。通常、自分で受ければ6000円ぐらいかかりますが、無料で皆さんに検査の機会を提供するだけです。会社に情報は把握されず、社員は自分でパスワードを設定して、後日、ウェブで検査結果を確認することができます」

陽性となった場合はどうするのか。

HIV陽性者支援を行うNPO法人「ぷれいす東京」が横幕さんらと一緒に事業を行う事務局となり、相談にのったり、適切な医療が受けられるように医療機関の紹介をしたりすることも伝えられた。

「イメージと違っていた」「HIV陽性者でも安心して雇用できる」

講演後、質疑応答も行われ、「HIV陽性だと治療費はとても高いのでは?」という質問に対し、横幕さんは「治療費の心配をする必要はありません」と答えた。

「1日分の薬は7000円程度ですが、身体障害者手帳が交付されるので、最も負担が多い人でも、月に実質6000〜7000円の自己負担で済みます。日本は最高の治療を少ない負担で受けられる制度が整っています」

そして、そのためには、保険診療を受ける必要があり、そのためにも働き続けてほしいと訴えた。

「元気で生活していくためにも就労は重要で、働き続けてほしいし、保険証を維持してほしい。会社にとっても人材難の時代に、元気に生きられる病気で社員が才能を発揮する機会を逸しないようにしてほしいのです」

説明会を聞いた女性社員の1人(28)は、「HIVは亡くなってしまう病気だと思っていたので、イメージと全然違いました。これまでと同じ生活ができるなんて知らなかったし、そんな話を聴く機会もなかった」と驚いた様子。

「せっかくなので検査も受けようと思います」と話す。

また、今回の事業に参加することを決めた同社社長の伊藤研二さんは、「コンドームメーカーですから、性感染症に立ち向かうという点では目的は共通します。HIVも梅毒も早期発見して、治療すれば全く怖くないことがわかったので、積極的に雇用もしたいし、社員も1人で悩むことなく元気に働き続けるためにこの機会を利用してほしい」と話す。

同社では工場も含めて社員約300人全員が学習会に参加する予定だ。

性感染症への偏見を解消する活動に

この事業は、アメリカのCDC(疾病管理予防センター)が1992年から企業と協働して、社員へのHIVの啓発や検査の機会を増やすために行っている取り組み「BRTA(Business Responds to AIDS)」をモデルとしたもの。

横幕さんらは、日本でも「BRTA Japan」を立ち上げて事業を行い、今年度はさらに社員3000人規模の大手製薬会社も参加を決めている。

「BRTA Japan」事務局を務めるぷれいす東京の生島嗣さんは、「会社も応援してくれるなら検査を受けようと思う人も増えるでしょうし、検査や治療の機会を広げるだけではなく、HIVに感染した人への偏見を解消する一歩となれば」と期待している。

横幕さんも、「社長らトップも参加してくれて、社員の不利益にならないという説明で頷いてくれたのは社員にとって安心できる材料となったはずです。言われなき偏見を持たれているHIV感染症や梅毒の検査提供を通じて、どんな病気になっても仕事で活躍し続けることを会社が支援する文化が日本に根付くことを願っています」と話している。

企業の健康診断にもHIVや梅毒の検査機会を 参加企業未だにゼロ