コロナでスポーツ大会中止 目標を失った選手たちにケアを 依存症支援団体が緊急アンケート
新型コロナでスポーツ大会が中止や延期になっています。心配なのは選手たち。急に目標を失うと依存症になる可能性が指摘されており、支援団体はケアの必要性を訴えています。
新型コロナウイルス流行の影響で、夏の高校野球や国民体育大会が軒並み中止や延期になっている。

守備練習する大分県・明豊高校野球部の3年生部員たち。練習後、第102回全国高校野球選手権大会の中止が伝えられた=5月20日、大分県別府市
もっともショックを受けているのは、こうした大会を目指して練習を重ねてきた選手たちだ。
そこで心配されるのが、依存症。
部活動などでスポーツに打ち込んできたアスリートが急に目標を失うと、依存症を発症してしまう可能性が海外の先行研究などでも明らかになっている。
一般社団法人「ARTS(Addiction Recovery Total Support 、依存症回復の総合サポート)」がスポーツ経験のある依存症者に緊急調査をしたところ、スポーツからの引退が依存症発症に関係していた人が3分の1に上った。
調査したARTS代表の田中紀子さんは、「国体や甲子園に出場予定であった選手らの喪失感は非常に大きいものと思われ、アスリー トたちへの依存症予防教育とメンタルケアの充実を求めます」と呼びかけている。
「やることがなくなった」「ぽっかりと心に穴が空いた」
調査は6月、回復途上にあるアルコール・薬物・ギャンブル(ゲームを含む)依存症者のうち、スポーツに打ち込んだ経験のある295名に対して行った。
中学か高校卒業まで打ち込んでいた人が最も多かったが、プロだった人も2人含まれている。野球やサッカー、バスケットボールなどの球技が多かった。
この295人に、スポーツからの引退が自身の依存症に影響があったかどうかを、質問紙やネット調査で聞いた。
その結果、「打ち込んでいたスポーツを辞めた時の心境」としては、「ホッとした」(84人)が最も多かったが、「やることがなくなった」(68人)、「ぽっかりと心に穴が空いたようだった」(45人)がそれに続いた。


依存症の啓発イベントで話す清原和博さん(右)と精神科医の松本俊彦さん
田中さんはこの結果から、スポーツ選手が辞めた時の喪失感の大きさが想像できるという。
「元プロ野球選手の清原和博氏も、 薬物に手を出したきっかけを『ひざのリハビリをしなくてよくなり、時間ができたことと、今の選手って、野球を辞めた後のビジョンとか作っていますけど、僕は野球ばっかりやってきて心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったんです。どうやって生きていったらいいのかわからなくなりました』と話されています」
「辞めたことがきっかけで依存症に」1割
次に打ち込んでいたスポーツを辞めたことは、依存症に影響があったかという問いに対しては、「辞めたことがきっかけで依存症を発症した」が30人と、回答者の1割に及んだ。
「もともと依存傾向もしくは依存症であったが量や頻度が増えた」と答えた人も64人と22%に上った。

全体で32%がスポーツを辞めたことが依存症に影響していた
専門家「元アスリートの患者多い」「予防策が必要」
この調査結果について、依存症治療が専門の「国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長、松本俊彦さんはこうコメントを寄せる。
「元アスリートの依存症患者さんは意外に多い。 人と競ったり比較したりする心性は依存症と非常に親和性が高い。 スポーツによる達成感は脳内で大量のドパミンを放出し非常に大きな快感をもたらすことから、優秀なアスリートほど『脳内麻薬』依存症になっているといえるかもしれない」
「引退後は何をやっても無味乾燥にしか感じられず達成感を体験しにくい。そんなところやアルコールや薬物、ギャンブルが入り込むと、あっという間に依存症になってしまう人もいる。 部活の顧問やプロスポーツ業界も、『アスリートのセカンドキャリアにおけるメンタルヘルス』を意識した指導・教育が必要だろう」
日本の球技リーグを支援する「一般社団法人日本トップリーグ連携機構」理事・事務局長の田口禎則氏は、アスリートの依存症対策を始めていることを明らかにする。
「2016年より『アスリートアディクション対策プロジェクト』を立ち上げ、アスリートの依存症予防教育推進に力を注いできました。2019年には各リーグのアスリートやチーム関係者に向けたアルコールやギャンブル依存症予防啓発冊子を配布し、ホームページでも公開しています」
「アスリートに起こりうる依存症リスクは知られておらず、 啓発やサポート体制の強化が課題。 今年はコロナ禍という未曾有の事態で大きな大会が次々と中止されており、 選手たちのメンタルケアについて慎重に対応していくことはもちろん、学生スポーツ界でのケアの必要性も感じています」
依存症問題に取り組む「NPO法人アスク」代表の今成知美さんは、アスリートはもともと依存症リスクが高そうだと指摘する。
「挫折や喪失感、ライフステージの変化は依存症の大きなリスク要因。そう考えると、 アスリートは依存症におちいるリスクが高いことになる。 スランプや怪我など挫折はつきものだし、華やかな成績を収めた選手にも必ずピークを過ぎる日は来て、第二の人生へと踏み出さなければならない」
「依存症の予防に必要なのは、『正しい知識』とストレス対処などの『ライフスキル』、 そして『回復できるという実感』と考え、依存症予防教育アドバイザーを養成している。どん底を乗り越えた回復の知恵は、 そのまま予防に活用できる。 それは、若いアスリートがもう駄目だと打ちのめされたときの支えにもなってくれると思う。 アスリートにこそ依存症予防教育が必要だ」
田中紀子さん「指導者がアスリートと依存症についての知識を」
調査をした一般社団法人ARTS代表の田中紀子さんが以下のコメントを寄せた。

指導者が「アスリートと依存症」の正しい知識をと訴える田中紀子さん
日本のスポーツ界で現在指導にあたっておられる殆どの方が、「アスリートと依存症問題」について知識や経験をお持ちではないと思います。
目標を見失ってしまった学生アスリートの中には、深く心のダメージを負ってしまう人が必ずいることでしょう。その学生たちは、決して弱者ではありませんが「自分の心が弱いからだ」と自分を責めてしまいます。
学生アスリートには正しい知識とケアが必要です。指導者の方々にまず適切な依存症の予防教育を学んで頂きたいと思います。
そして学生アスリートに「悔しさをバネに」「この経験もまた役に立つ」といった未来へ向けた精神論・根性論だけではなく、現在起こっている一人一人の悔しさや、喪失感、悲しみなどにじっくりと耳を傾け、傷が癒されるまで寄り添って頂きたいと思います。
また、喪失感や急にできた余暇の時間を、アルコールや、薬物、ギャンブルなどで埋めようとすると、依存症リスクが高まることを必ずお伝え頂きたいと思います。