避妊の失敗や性暴力による望まぬ妊娠を防ぐために事後に飲む「緊急避妊薬(アフターピル)」。

薬局での処方箋なしの販売が検討されているが、日本産科婦人科学会の木村正理事長は、12月12日に開かれた記者会見で、「いろんな条件がまだ、成熟していないのではないか」と懸念を示し、現時点での導入に反対する姿勢を示した。
犯罪への悪用、薬剤師の知識に懸念を示す
木村理事長は、緊急避妊薬について日本産科婦人科学会としての見解を問われると、「緊急避妊薬を薬局で買えるような成熟した社会になればいいなと思っています。個人的にはそう思っています」と前置きした上で、こう述べた。
「しかし、その状況になっているかということになると、かなりいろんな条件がまだ、成熟していないのではないかなというのはちょっと懸念を持つところであります」と、現状での導入に疑問を呈した。
「ネット等で実際に買うことができるという現状も把握していますので、そっちに行ったら終わりじゃないかということにもなるかもしれません」
その上で、「例えば、犯罪的なことに使うような形で1度に何十錠も買うというようなことに関してはどのようになるのかというのは、全く今回の議論の俎上に上がっていないように思います」と犯罪に悪用される可能性を指摘した。
具体的には、避妊なしの性交渉を提供する性風俗などに悪用される懸念などを例に挙げた。
そして、あるべき姿として、「彼と性交渉して避妊に失敗してしまった。そうしたら、その彼が一緒に薬局にまでついてきた。薬局の薬剤師に副作用について一生懸命説明してくれた。だけどそれだけでは心配だったので、『まだ心配です』と言ったら、産婦人科の先生をちゃんと紹介してくれたーー。こういう世界になったら、私は個人的にもウェルカムですし、いいなと思います」との例を示した。
しかし、その前提となる薬剤師の知識にこう疑問を投げかけた。
「薬局の方がそこまで知識がおありかというと、やはりなかなか難しいのではないか」
さらに、「悪用・乱用という観点で言いますと、弱い立場の方がそのようなことに巻き込まれはしないかということを非常に心配いたします」とし、
「そのあたりの懸念をどのように解決してくれるだろうかということは私はまだ聞いておりませんので、そのあたりの解決法をきっちり見せていただいたら、一番いいのかなというように思います」と述べた。
緊急避妊薬は100%ではない 「誤解がないか?」
さらに緊急避妊薬の効果について、世間で実際よりも高く見られていないかという疑問も示した。

「よくご理解いただきたいのは、緊急避妊薬は確かにある程度効いていると思いますが、100%効くわけではありません。有効性は全然妊娠しないはずの人も飲んで何%という数だったように理解しています」
「本当に妊娠するタイミングが当たっている人が何%効いているのか。そもそも妊娠するはずの時期に1回の性交渉でどれぐらいの妊娠が起こるかというと、人としての生物の妊娠率は30%ぐらいです。例えばそれが5パーセントになったら、6人中5人は大丈夫なんだけど、逆に6人中1人は妊娠しちゃっているんですね」
「そのあたりのデータがもう少し広く知られてほしいなと思います。万能薬ではないということもぜひお知りおきいただきたいし、これがあれば全ての妊娠の不安、避妊の失敗から逃れることができるという風な、時々そういう感じに読めるような情報が入ってくる。これはかえって多くの女性を不幸にする情報の提供の仕方ではないかと懸念しております」
その上で、「そのあたりがもう少しうまく伝わってほしいと思いますし、そういう社会になってほしいし、そういう社会になった時点で産婦人科医がやめてくれという筋のものではないと思います。現状ではそういったところだと思います」と話した。
反対ということなのか確認されると、
「反対というか、もう少し条件を提示していただかないとなかなかよくわかりませんねと。ばんばん売ったら、それ(懸念点)がOKとなるわけです。国として、例えば『50錠買ってもOK』というサインになっちゃうわけです。今のまま行ったら」
「誰かが誰かを支配して、そういう予防なしの性交渉をさせていいよという信号になっちゃいますよね? それがOKだとすれば。それは私たちはちょっとまずいんじゃないのと思っています。そのあたりの懸念をどのようにこれから解決するのか。これはみなさんが知恵を出さないといけないことではないかと思います」
必要だという当事者、産婦人科有志の声は?
こうした悪用の可能性だけに注目する姿勢に対し、BuzzFeed Japan Medicalは、「当事者団体や産婦人科医の有志が、妊娠するかもしれないと不安を持つ人のアクセスをあげることが必要なのだと訴え、署名活動も行い、賛同者も集まっている。これに対して、懸念点だけをあげていると、懸念点が解決されないといつまでたっても導入されないことになる」と疑問を投げかけた。
木村理事長は、「今の懸念はそんなに難しいことでしょうか? 例えば1錠ずつ売るということは難しいことでしょうか?」と質問で返した。
「安全性を担保する要件をつけて処方箋なしの薬局販売で、アクセスを良くすることに学会として取り組まないのか?」とさらに質問すると、
「学会として絶対反対とか、絶対やってくださいという立場では今はないと思いますし、やはりそのようないろんな懸念は懸念です。僕はすごい心配なんです。すごい心配。そういう業界やいろんな人たちがいるし、いろんなところで仕事をしたことがあるので、そういうところの存在は知ってますので」
「もちろんお使いになりたいという議論はわかります。だけど、今のままで『はいどうぞ』と言っていいのかしら?というのは思います」
そして、「その懸念が解決されるまで、処方箋なしの薬局販売はするべきではないというお考えか」と改めて確認すると、「と、思いますけれどもね。だって、それをやっちゃったら、そういう人たちが使っちゃうことを国としてOK、認めるということになりますからね」と述べた。
アフターピルの処方箋なしでの薬局販売については、学会とは別の開業産婦人科医中心の団体、日本産婦人科医会の木下勝之会長も反対意見を表明している。
薬剤師「制限ではなく、薬剤師が学ぶ機会と不安な女性が入手しやすい環境を」
薬剤師向けのアフターピルの学習動画を産婦人科医と作って11月6日から公開し、薬局での販売開始に備えている、京都大学社会健康医学系専攻健康管理学講座健康情報学の特定講師で薬剤師の岡田浩さんは以下のコメントを寄せた。

薬剤師の専門的な知識が不足しているのであれば、販売を制限する方法ではなく、学ぶ機会と資材を整えることを考える方がいいと思っています。10分程度、動画を見ただけでも、現在行っている調査では、薬剤師が知識問題は正解していますし、チェックすべき点についても、問診票などを活用すれば可能ではないかと思います。万能薬ではないのですが、手に入らないことで妊娠への不安におびえることを考えると、入手しやすい環境をつくることも考える必要があるのではないかと思っています。
産婦人科医「アクセスと安全使用のための環境整備を両輪で」
また、薬局での販売を求めて活動している「#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」共同代表で、産婦人科医の遠見才希子さんは以下のコメントを寄せた。

日本では入手のハードルが高いからこそ、フリマアプリでの転売や風俗店経営者による転売で逮捕者が出る社会問題になっています。安全な正規ルートの選択肢を増やし、必要とする全ての女性が安心して入手できるシステムをつくる必要があります。
緊急避妊薬の妊娠阻止率は約85%ですが、残りの15%が妊娠するわけではありません。
妊娠阻止率とは、予測される排卵日と性交した日の関係などを考慮して割り出されるため、実際の妊娠率とは異なります。添付文書上、ノルレボ錠を72時間以内に服用した場合の妊娠率は1.34%(1198人中16人妊娠)です。緊急避妊薬は、避妊の失敗や性暴力被害など万が一のときのバックアップ(備え)として女性の健康を守るために重要で、タイムリミットの間になるべく早く飲むことで多くの意図しない妊娠を避けることができます。
もちろん効果は100%ではなく、日頃の避妊法として使えるものではありません。内服後に月経を確認したり、必要であれば妊娠検査薬を使用し緊急避妊が成功したかどうかを確かめること、妊娠検査が陽性の場合や不安なことがあれば産婦人科を受診することはとても大切です。
意図しない妊娠は女性の人生や健康に大きな影響を及ぼします。緊急避妊薬へのアクセスと、適切な情報提供によって安全に使用される環境整備は、一刻も早く両輪で推進すべきと考えます。