• medicaljp badge

「今年1番心に残った医療ニュースは何?」  血液クレンジング問題、薬物逮捕バッシング...色々ありました

BuzzFeed Japan Medicalに寄稿してくださっている医療者や患者団体代表、ライターさんたちに、「今年一番心に残ったニュース」についてアンケートしました。みなさんは何が印象に残りましたか?

2019年もいよいよ終わろうとしています。

今年もたくさん医療ニュースがありました。BuzzFeed Japan Medicalの寄稿者である医療者や患者団体代表、ライターのみなさんは何が一番心に残ったのでしょうか?

アンケートをとって、今年を振り返ってみます。かなり濃厚なご回答をいただいているので、前編後編に分けてお伝えします。

【感染症】

中年男性の風しんワクチン定期接種化

岡部信彦さん(川崎市健康安全研究所所長)

感染症対策のスペシャリスト、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんは、やはり、様々な感染症の動向について印象に残ったようです。

  • 1962年度~1978年度生まれの男性に対する、国の追加的対策がスタートしたこと
  • 麻疹(はしか)の世界的な再流行
  • HPVワクチンをめぐる空気が少し動き始めてきたこと
  • 世界的な話題となってきたvaccine hesitancy(ワクチンへのためらい)

などを挙げてくださいました。

風しんは、これまでの国の予防接種策の対象とならずに免疫を十分獲得していない人が一定数いるため、約5年ごとに大規模な流行を繰り返しています。

今回は2018年の夏から流行し始め、2019年もまだ収束していません。

風しんが怖いのは、妊娠初期の妊婦が感染すると、赤ちゃんの目や耳や心臓に障害が残る「先天性風しん症候群」をもたらす可能性があることです。今回の流行で、既に4人の先天性風しん症候群の赤ちゃんが生まれました。

国は2019年度から、これまで予防接種を受ける機会がなく、風しん流行の中心となってきた中年男性に、風しんウイルスへの免疫があるか調べる検査と予防接種を無料にする追加的対策を始めましたが、検査を受ける割合は低迷しています。

HPVワクチンをめぐる空気が変わってきたこと

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチンは、2013年4月から公費で受けられる定期接種となっています。

しかし、接種後に体調不良を訴える声が相次ぎ、国が対象者に個別にお知らせを送る「積極的勧奨」を差し控えるように自治体に通知して、6年半が経ちました。

森戸やすみさん(小児科医)

小児科医の森戸やすみさんも、自身が宮原篤さんとワクチンの本小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(内外出版)を出したこととともに、「HPVワクチンの報道のされ方と一般の人の意識が変わってきたこと」を挙げています。

その理由についてはこう語ります。

「今までは、ワクチンの本といえば危険性を煽る本ばかりだったし、出版社も私達の本のようなものを承諾しなかったと思います。ワクチン全般とHPVに対する考え方が、やっと改善されてきた感じがあります。それは、従来からいろいろな専門家や担当部署の人の努力があってのことです」

しかし、国の動きを待っていられないと、自治体が独自にHPVワクチンについて知らせる動きが増え始めています。

国の方針を決める厚労省の有識者会議「副反応検討部会」でも11月22日に開かれた会合で、「積極的勧奨を再開すべきだ」という声が相次ぎました。

自民党は、子宮頸がんの経験がある参議院議員三原じゅん子氏の呼びかけで11月26日、HPVワクチンの積極的勧奨再開を目指す議員連盟を発足しました。

産婦人科医の立場からもHPVワクチン

太田寛さん(産婦人科医)

産婦人科医の太田寛さんも、「HPVワクチンに関しての世の中の動きが大きく変わってきていること」を選びました。

「とても大きいと思います。それは、医療デマに対する批判と表裏一体の関係にあると思います」


母親の立場からも「ワクチンを正しく知ったこと」

青鹿ユウさん(漫画家)

漫画家の青鹿ユウさんは、「個人的にはHPVワクチンのことを正しく知れたのはとても良かったなぁと思います」と回答を寄せてくださいました。

現在、子育て中の青鹿さん。

「子どもが産まれたと同時にワクチンへの興味も出て『麻疹・風しん』の記事も真剣に読みました。MRワクチンは妊活してる男女に妊活必須項目として広まればいいなぁと思ってます」

「個人的にですが医療監修をお願いして麻疹の漫画も描いたりしました。そのぐらいMRワクチンのこと、ワクチンが大切なんだということは心に残りました」

【薬物で著名人逮捕相次ぐ】

松本俊彦さん(精神科医)

薬物依存症の治療を専門とする国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長の精神科医、松本俊彦さんは、「厚労省の依存症啓発事業で清原和博さんが登壇したことと、その後すぐにピエール瀧さんが逮捕されたこと」を挙げました。

「回復支援に向けて社会の空気が暖まりかけたところで、急転直下、それが一気に再び冷え込んだありさまにショックを受けた」

清原さんの登壇のわずか6日後の3月12日には、ミュージシャンで俳優のピエール瀧さんが、11月6日にはタレントの田代まさしさんが、11月16日には女優の沢尻エリカさんが逮捕されています。

多くの著名人が逮捕されたことで、「厳しい処罰を」「2度と復帰させてはいけない」などと、バッシングする声も増えました。

しかし、生きがいや生活の糧を失い、社会から弾かれることで孤立は強まり、回復への道は遠のきます。

ピエール瀧さんを私がバッシングしない理由 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(1)

「バイキング」のバッシングにもの申す 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(番外編)

薬物を使用したからといって、必ずしも依存症ではないし、治療が必要な状態であるとも限りませんが、治療や支援が必要な病気の可能性もあります。被害者のいない犯罪やつまづきに社会はどう向き合うべきか、課題を残す1年となりました。

【ニセ医学】

片木美穂さん(卵巣がん体験者の会スマイリー代表)

患者会代表で、がん患者が被害に遭いやすいニセ医学に対する批判や勉強会を続けて来た片木美穂さんは、「血液クレンジングの問題」を選びました。

血液クレンジングとは、200ミリリットル程度採取した血液に、オゾンを混ぜて、再び体内に戻すことで、美容や健康に効果があると宣伝されているニセ医療です。

中には「がんやHIVの除去にも効果あり」とうたうクリニックもあり、体験する様子や体験談を芸能人やインフルエンサーと呼ばれるネットの有名人が宣伝していることも批判されました。厚労省も調査に乗り出しています。

芸能人が拡散する「血液クレンジング」に批判殺到 「ニセ医学」「誇大宣伝」指摘も

「トンデモ医療であると、断言します」 血液クレンジング、医学的に徹底検証してみた

「再発したら...」不安につけいる血液クレンジング 「主治医になんでも相談できる関係を」

著名人の来院写真、個人の体験談、誇大広告...... 血液クレンジング提供のクリニック 医療広告ガイドライン違反のおそれも

芸能人やインフルエンサーがニセ医学を宣伝する時代

自身も患者さんから「がんの再発防止になるでしょうか?」と血液クレンジングについて相談を受けてきた片木さんはこう語ります。

「インチキ医療がインフルエンサーや芸能人を通じて簡単に宣伝されてしまう時代になったんだなと思いました。芸能人の名前を出してどんな投稿をしているかまで報じられるのはウェブメディアの強みだなと感じました」

一方、問題が発覚しても再発防止につなげる動きがまだ弱いとも感じています。

「Twitterなどを見ていると血液クレンジングがトンデモ医療であることや、提供する側の言い分の間違いを指摘するいい発信はありましたが、実際どういう形でこうした医療が広まらないようにするのかというところにまだまだつながらないんだなと思いました」

「インフルエンサーと呼ばれる医師たちのおかげで、Twitterでは医療リテラシーの高い方が増えたと実感することが多い一方、その人たちが得た知識がさらに広まるのか、はたまた限定的なのかわかりません」

そして、この批判が騙された人への攻撃に向かわないことや、再発防止策の検討を願います。

「騙されてしまう人が、まるで意識が低いバカのように扱われることにつながらなければいいなと思います。また血液クレンジングが国会で取り上げられた際などに、私たち患者会がアメリカのIND制度(未承認の薬を使う時は、臨床試験で行うことを定めている)のようなものの創設や、国が積極的にトンデモ医療の実態調査をすることを求める声明を出したらよかったと反省しました」

塩野崎淳子さん(在宅訪問管理栄養士)


管理栄養士の塩野崎淳子さんも「血液クレンジング問題」を挙げました。

「インチキ医療を有名人が拡散しているという、前からあった話題にスポットが当たったので」と理由を語ります。

【遺伝子医療】

鈴木英介さん(医療コンサルタント)

一部のがんについて、自分に合った主治医や病院を探すサイト「イシュラン」の制作・運営にも関わっている医療コンサルタント、鈴木英介さんは、「がん遺伝子パネル検査の保険適用」を選びました。

がんは遺伝子が何らかの異常を起こすことで発症すると考えられています。

「がん遺伝子パネル検査」とは、一つの遺伝子の異常を調べるのではなく、がんに関わる複数の遺伝子を一度に調べ、患者さんのがんがどのような遺伝子の異常から起きているのか突き止める検査です。その結果に応じて、もっとも効果が高く副作用の少ない治療を探します。

がん治療の向上を目指してきた鈴木さんは、この検査が保険適用となったインパクトをこう語ります。

「将来的に全てのがん患者さんにとって、いずれ関わりが出てくるだろうという意味で重要なニュースと思います」

ただし、課題が山積していることも指摘します。

「検査自体の費用が高額なこと、変異のある遺伝子が判明してもそれに見合った治療法が必ずしもないこと、家族性の遺伝子変異がわかることを誰しも望むわけではないことなどから、遺伝子パネル検査をどのように運用していくべきかについては、まだまだ流動的と言えます。しかし、時代の節目を予感させる出来事です」

【生命倫理】

安楽死の是非についての議論「病人が生きていく福祉が貧困」

新城拓也さん(緩和ケア医)

在宅緩和ケア医の新城拓也さんは、今年6月、NHKで安楽死の番組「彼女は安楽死を選んだ」が放映されたことをあげました。

神経難病で徐々に体が動かなくなっていく女性が、スイスで安楽死するまでの本人や家族とのやりとりを映したドキュメンタリー。亡くなる瞬間まで放送したことなどに賛否両論が湧き上がりました。

障害者団体「日本自立生活センター」からは、「障害や難病を抱えて生きる人たちの生の尊厳を否定し、また、今実際に『死にたい』と『生きたい』という気持ちの間で悩んでいる当事者や家族に対して、生きる方向ではなく死ぬ方向へと背中を押してしまう」などとする抗議声明も出されました。

新城さんは、こう感想を語ります。

「この中で、自殺幇助を担当した、プライシク医師が『日本で安楽死ができるのなら、こんなに元気なうちにスイスで安楽死を受ける必要はなかった』と話しました。最近熊本大学教育学部で安楽死に関する授業を担当し、大学生と討論しました。世論と同じく、大学生も安楽死を認めて良いという見解が多数でした。一方で、自殺と安楽死がどう違うのか考えていました」

そして今、安楽死に賛同する声が広がっていることについて、日本の福祉制度の貧しさが背景にあるのではないかと語ります。

「日本では、医療は充実していても、病人が生きていく福祉が貧困で、そのギャップが安楽死に賛同する世論が広がっているように思います。この番組を放映できるNHKも、世論を味方に付けられる確信があったからこそ、刺激の強い内容でも放映できたと考えています」

やはり安楽死番組の放映「比較的好意的に受け止めた」

西智弘さん(緩和ケア医、腫瘍内科医)

やはり緩和ケア医で腫瘍内科医でもある西智弘さんも、「個人的な関心と、社会に与えた影響から」を理由に、このNHKの安楽死報道を選びました。

西さんはこう語ります。

「私は報道を比較的好意的に受け止めたが(宮下洋一さんの著書を事前に読んで心の準備ができていたことも大きい)、世間からは非難の声も大きかったことも印象的でした」

この番組で安楽死した女性については、世界の安楽死の問題を追いかけてきたジャーナリスト・宮下洋一さんも『安楽死を遂げた日本人』(小学館)で詳細に取材して書いています。

しかし、この番組への物足りなさも西さんは同時に抱いたと言います。

「私としては、主治医や看護師など医療者との関りや、社会的なサポートとの関連に対する情報が乏しかった点は残念」

人工透析中止事件

大塚篤司さん(皮膚科医)

皮膚科医の大塚篤司さんは、公立福生病院の人工透析中止事件を選びました。

公立福生病院で人工透析の治療中だった女性(44)が透析を中止して、1週間後に死亡した事件。本人が苦痛を感じて再開を求めたのに、主治医が聞き入れなかったために死亡し、説明も不十分だったとして、遺族が10月17日、病院側を相手取り、慰謝料など2200万円を求める訴訟を東京地裁に起こしている

人工透析を中止し患者が死亡 提案する医師とその選択を支持する声に反論する

公立福生病院の透析中止問題の核心

死の数時間前、夫のもとには何通ものメッセージが。 人工透析中止をめぐり、遺族が病院を提訴

自身もアレルギー疾患や皮膚がんを専門とする大塚さんは、こう語ります。

「安楽死の問題とも絡みますし、患者さんの心のゆらぎについて医療従事者が正確に理解すべきだと思いました」

新型出生前検査の議論 妊婦のためになっているか?

松永正訓さん(小児外科医)

小児外科医としてクリニックを経営している松永正訓さんは、新型出生前検査の広がりについて、懸念を抱きます。

新型出生前検査は、血液だけで、胎児の3種類の染色体異常(ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミーの3つの染色体異常)の可能性を調べる検査です。これで確定ではなく、最終的には羊水検査をして確定診断をします。

妊婦の体への負担が少ないことから、導入当初に「安易な検査や中絶が増える」との声が相次ぎ、臨床研究の名目で行われることになり、厳しい施設基準や要件が設けられました。

そのため、検査を希望する妊婦の多さに比べて対応できる施設が限られてしまい、郵送で結果を届けるだけで、結果について相談できる体制もない、非認可のの施設が増えていきました。

これに対し、日本産科婦人科学会が遺伝について専門知識を持つ臨床遺伝専門医や小児科医がいなくても良いとする基準を緩和する案を出し、再び議論が巻き起こっていました。結局、この基準緩和は見送られ、厚労省が国として検討することになりました。

産婦人科医の立場から、宋美玄さんがこの流れについて寄稿してくださっているので、以下の記事も参考になさってください。

規制しても広がる出生前検査 議論する前に知っておくべきこと

出生前検査は自由に行える方がいいのか? みなさんの声を届けてほしい

松永さんは、新型出生前検査をめぐる議論が本当に妊婦のためになっているのか疑問を投げかけます。

「新型出生前検査(NIPT)を無認可で行うクリニックが増え、多くの妊婦がそれらを利用した。日産婦がこうした流れを食い止めるため、認定施設の基準を緩和しようとしたところ、小児科学会などの関係学会から猛反発を招き、厚生労働省が介入することになった」

「無認可施設の実態は妊婦の不安を煽るような営利主義的なビジネスになっている。そうしたワーストな事態を避けるために、日産婦がワースの道を選択したことは学会の倫理性が問われる残念な判断だった」

(後編に続きます)

UPDATE

青鹿ユウさんの回答を追加しました。

UPDATE

太田寛さんの回答を追加しました。