祖父母にカミングアウト。その時の反応が温かかった

    この記事、最後まで読んでみて。後悔させないから。

    BuzzFeedの読者におじいちゃん、おばあちゃんにカミングアウトした時に何が起こったかを教えてほしいと頼んだら、こんな回答が寄せられました。ちょっと長いけれど、時間をとって読んでみて。ぶっちゃけ、寄せられた回答を読んで、泣きました。

    1. ソフィアの話

    おばあちゃんにカミングアウトをしたら、おばあちゃんは落ち着いた様子で私をハグしてくれました。その後、おばあちゃんがやってくれていることが、いつもあったかい気持ちにしてくれます。おばあちゃんはちょっと遠くに住んでいて、休暇のたびに小包を送ってくれるのですが(クリスマス休暇を除いてね。そのときは彼女が来てくれます)、カミングアウトをして以来、彼女は小包にいつも何か、LGBTの尊厳を象徴するレインボーカラーのものを入れてくれるんです。

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    2. リザの話

    当時のガールフレンドと婚約したので、自分の家族のほとんどにカミングアウトしました。でも、おばあちゃんはとても保守的で健康状態が良いとは言えない状態だったので伝えていませんでした。ところが、あるいとこの結婚式の間、叔母の一人が私のところに近づいて来て、おばあちゃんが私の婚約を知っているけれど、私の口から聞きたいと言っていると伝えてくれました。おばあちゃんは、自分が死ぬ前に私にカミングアウトしてもらいたがっていたのです。その時の母のリアクションは一生忘れられません。母は祖母の人柄を知っているから、心底驚いていました。でも、祖母は知りたがっていたんです。

    その週の後半に、祖父母の家に行ってリビングルームで緊張しながら、私は同性愛者で結婚するために婚約していると伝えました。おばあちゃんは私の手を取って、本当によかったわねと言ってくれました。おばあちゃんが私に一番言ってほしかったのは私がゲイだということ。そして、おばあちゃんは私が幸せでいることだけが重要だと言ってくれました。

    そして泣きながら、体の調子が悪いから私の結婚式には出席できないだろうと思うと言いました。そして、出席はできなくても、おばあちゃんは私をとても愛しているし、できれば参列したかったと言いました。

    おばあちゃんはその後数ヶ月で亡くなりました。私たち家族にとっては非常に苦しいことでした。私は絶対に祖母がくれた言葉を忘れません。おばあちゃんが私にカミングアウトしてほしいと強く主張したのは、どれだけ私という人間を愛しているかを直接伝えるためだったのです。おばあちゃんの言葉は私の心を強くしてくれました。そして、どんなことがあっても自分自身のことを愛せるように励ましてくれるものでした。

    おばあちゃんが亡くなった後、いろいろなことがあって、当時のガールフレンドとの関係が私にとって本当に幸せなものではないとわかりました。それで最終的には婚約を解消し、実家に戻ることになりました。でもおばあちゃんが亡くなって5年たった今、幸せなことに、別の素晴らしい女の子と婚約しています。おばあちゃんはもうおらず、フィアンセを紹介できないのは寂しいですが、今の自分があるのは、その時の祖父母のおかげだと思っています。おばあちゃんがいないのが毎日本当に寂しいです。もう一度ハグして、あの日が私にとってどれだけ意味があったかを伝えられたらいいのにと思います。

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    3. メアリーの話

    お母さんがおばあちゃんに電話して伝えました。すると、おばあちゃんは「わかったわ。で、クリスマスはどうするの、ハニー? あなたがいつもギリギリになるまで計画を立てないのがいやなのよ」と言ったんです。

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    4. マットの話

    ちょっと背景を紹介すると……

    ウェストバージニア州に住んでいます。歴史的にダイバーシティやインクルーシブに関して悪名高いところです。しかし住んでいるのはヒューストンで、ここは本当にLGBTQコミュニティに対して前向きに支援的しています。ここ何年か、アメリカ最大のLGBT人権用語団体HRCがヒューストンにオールスターシティというタイトルをつけているほどです。マイノリティの人々が地域の人々と知り合い、地域につながりをつくるために積極的に追加投資をしたり、イベントを行ったりしているというヒューストンの姿勢が評価されているのです。

    こういった地域の背景に加えて、当時、祖母は様々な疾患による健康問題を抱えていたという祖母側の背景もありました。そのせいで家とベッドに縛り付けられているだけではなく、人格、考え、メンタルヘルスまで影響を受けていたのです。

    そんななか、私は市長から、TedTalk風の形式のイベントで、アパラチア地方、特にウェストバージニア州でLGBTQだと明らかにして生きることの現実を話してほしいと頼まれていました。私はナーバスになっていました。なぜなら、私は祖父母と親戚にはカミングアウトしておらず、冗談めかしてなんとなく匂わせる程度にとどめていたからです。

    幸運なことにイベントの日に祖父母や親戚が知ると言うことはありませんでした。というのは、こんなことがあったからです。そのイベントに関して何人もの記者から連絡をもらい始めました。加えて、母からも連絡が来ました。母は私に帰って来るべきだと言いました。私と親戚は良い関係を築いているというのに、親戚が地元メディアの報道を通じて私がゲイだと知るのは、フェアじゃないと言うのです。

    家まで運転して帰る道すがら、祖母がどんな反応をするか心配で、ドキドキしていたのを覚えています。祖母が私のことを愛しているのは知っていましたが、祖母の当時の状態を考えると、祖母がどんな反応をし、なんというか、確信が持てなかったのです。

    家に着いた時、祖母は眠っていました。私は祖母と話すために永遠とも思える時間を待ちました。ようやく目を覚ますと、祖母は一緒に玄関ポーチに座らないかと言ってきました。

    私たちはようやく春が来て花々がやっと咲き始め、鳥がにぎやかにさえずるようになったことを話しました。

    そして、会話が途切れると

    「おばあちゃん、僕はゲイなんだ」と伝えました。

    なんのためらいもなく、なんの会話の淀みもなく、祖母は私の手を取り、さらりと「この世界には全ての人に居場所があるんだよ。それに世界には全ての人に十分に行き渡るほどの愛があるんだ。おまえのことを愛しているよ」

    その言葉を聞いた途端、泣きそうになりました。祖母は私にただただ幸せになってほしいのだと言いました。そして今誰か大切な人はいるのか、なぜカミングアウトをしようと思ったのかと聞いてきました。私がイベントで話してほしいと言われた経緯を伝えると、祖母の目には涙が浮かんできて、私のことを誇りに思うし、いつか日曜日に教会に行った後でお祝いをしましょうと言いました。

    数日後、イベントでプレゼンをする時になって壇上にあがると、部屋の後ろで何か動きがあるのに気づきました。見るとそれは、車椅子に乗った祖母と親戚全員でした。もちろん、泣きそうになりました。

    話し終えてみんなに会いに行くと、祖母はこのイベントを何があっても見逃すわけにはいかないから、私が祖母の家を出た瞬間、親戚全員に電話をしてみんなで一緒に行くことにしたのだと言いました。

    この日のことは、今でも涙なしには語れません。私はずっとおばあちゃんっ子でしたし、特別な絆を感じていました。今では、その気持ちがさらに強くなっています。

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    5. イレーヌの話

    祖父母は私の家から4時間ほどのところに住んでいるので、電話をすることにしました。友達の寮の部屋に座り、恐る恐る電話をかけました。おばあちゃんはすぐに受け入れてくれましたが、「そういう時期だということではないの?」と何度も尋ねてきました。おじいちゃんも同じことを考えていました。祖父母が現実から目を逸らそうとしているのかとも思ったのですが、二人にすばらしい女の子のことを好きになったと伝えると、二人はとても喜んでくれ、彼女のことを快く受け入れてくれました。祖父母は非常に保守的な考え方の持ち主ですが、私を完全に受け入れてくれたのです。とても幸運だと思ったし、その時以来、祖父母をさらに身近に感じるようになりました。

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    6. ジェームズの話

    おばあちゃんにカミングアウトするつもりは一切なかったのですが、ある日おばあちゃんは何となくいらいらした雰囲気で携帯メッセージで私にゲイなのかと聞いてきました。その後おばあちゃんは20日連続で私に質問してきました。それで最後には「そうだよ」と伝えました。その後おばあちゃんは、毎週私にメッセージをしてきて、まだボーイフレンドができないかと聞いてきます。

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    7. クリントの話

    祖母は私がカミングアウトできるようになる前に亡くなってしまいました。祖母は非常に信心深く、生きている間はLGBTのことを受け入れていなかったんです。

    祖母が亡くなって1年ほどたってから、私は初めて祖母の墓参りに行きました。墓前に座り、祖母に私自身のことを伝えてカミングアウトしたんです。今は前よりももっと幸せだし、今おばあちゃんがここにいて、私がどんな人間かをもっとわかってもらたらよかったのにと伝えました。祖母が私を受け入れてくれたかどうかはわかりませんし、それは大きな問題ではありません。ここで大きな声で言いたいのは、祖母に伝えたことによって、私の肩の重荷が取り除かれたように感じた、ということなのです。

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    8. ルナの話

    おばあちゃんに私がバイセクシャルだと伝えると、おばあちゃんは私のことを1分間は見つめていて、小首を傾げて「は?」と言いました。私がもう一度繰り返すと「何それ? ああ、気にしないで、自分で調べるから」というような感じで答えました。それで今、おばあちゃんはバイセクシャルとは何かについて、本格的な研究にとりかかっています。

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    9. リードの話

    ナナ(祖母のことをそう呼んでいるんです)と私はいつも仲良しです。私のお気に入りはナナだし、ナナのお気に入りは私です。それは家族全員が知っていることです。大工仕事を一緒にやったり、ヤードセールに行ったりと、趣味が似ていていつも一緒にやる関係なんです。ナナはいつでも最も信頼できる人です。誰も味方がいないようなときでも、ナナだけは私の味方だと思えます。私もいつでもナナの味方です。というわけで、私は自分が同性愛者だとナナに伝えるのを恐れていました。もしナナが私から離れて行ったら、心底打撃を受けるからです。リスクを取るのを恐れていました。

    でも、あるとき自分がナナに嘘をついているような気持ちになったんです。人生で一番大事な人に嘘をつくのが耐えられなくなりました。そこである日、ナナの家にいるときに大工仕事で作っている家具にやすりがけをしながら、「言わなきゃいけないことがある」みたいに言ったんです。ナナが私を心配そうに見るので「付き合っている人がいるんだ」と伝えると、ナナは「その彼女はどんな子なの?」と聞いてきたんです。それで私たちはやすりがけをしながら、話し続けました。

    その後、ナナは完全に受け入れてくれ、いつもと同じように全ての物事が進んで行きました。それ以来、ナナは家族のイベントや誰かの結婚式に私とガールフレンドが参加すると、相手が望もうと望まなかろうと、ガールフレンドのことを紹介してくれます。私がテネシー州の小さな街出身だと言うことを考えると、非常に意味のあることです。文字通りナナは絶対に大事な人です。ナナなしではやっていけるか、本当にわかりません。 ❤️

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    10. アンジェラの話

    6年前から今のフィアンセと付き合っています。次の3月に結婚するのですが、母が祖母のリアクションを気にしていたので、私はおばあちゃんにはカミングアウトしていませんでした。母と祖母はラテンアメリカ系でカトリックなのです。母は、私たちについて話すときはいつでも、フィアンセを私の「友達」とか「ルームメイト」と呼びたがっていました。そんな状態のなか、私とフィアンセのダフネは祖母を訪ねて行って、気軽な感じで祖母に結婚式の招待状を渡しました。そして「で、ダフネと私は来年結婚するんだ」というと、祖母は「あら、本当?」と行って、招待状が素敵だと褒め、額に入れたいからあと3つほしいと言いました。

    後になって叔母が電話で教えてくれて知ったのですが、祖母の最大の疑問は「でも、どうやって二人はセックスするのよ!?」ということだったようです。

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    11. ジェシカの話

    実は母が私のことを祖母に最高の方法で伝えてくれていました! 祖母は敬虔なカトリックで、母と私は祖母が私の性的指向やデートする相手を知る必要はないだろうと思っていました。祖母は80代後半ですし、心臓にストレスをかける必要もないですからね。とにかく、母は私と私のガールフレンドについて良い印象を持っていて安心していたので、祖母との夜の電話で私がどこにいるか聞かれたときに「ああ、ジェシカはマリアンヌとデートよ」と言ってしまったんです。

    やっちゃった。

    でも驚くことに、祖母とマリアンヌはウマが合ったんです。祖父母はマリアンヌと彼女の家族を大好きになりました。夕食を招待したりされたりするような関係になったんです。あまりのことに祖父母がマリアンヌを、私の恋人だとわかっていないのではないかと疑いましたが、母は100%わかっていると確信していました。祖母はかなり保守的に育ったので、母に、私の妹が私とマリアンヌのことを受け入れているか聞いてきました。あはは! ほぼ90歳のお堅いカトリック女性が、同性愛の孫娘とその恋人が周りに受け入れられているかを心配しているんです! 

    何年か後、2年付き合ったマリアンヌと別れたのだと伝えると、祖母は私に、マリアンヌにiPadの使い方を教えてくれるように頼んでもいいかと聞いてきました。なぜなら、マリアンヌは非常に忍耐強く、アップルストアはうるさすぎるからだというのです。私はもちろんいいよと答えました。マリアンヌはすばらしい家庭教師で、iPadの使い方を図解して説明し、祖母がemailやFacebookを使えるようにしてくれました。二人はいまだにお互いを好きでいて、ときどきメッセンジャーでチャットしています。

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    12. アビーの話

    祖母に、自分がジェンダーを男性、女性のどちらかに限定しないノンバイナリーだと伝えたいと思いました。そうできるだけの勇気はある、必要なのは適切なタイミングと場所で伝えることだけだと思っていました。

    しかし、ほとんど何も前触れもなく、祖母は亡くなってしまいました。家族もそうですが、私は完全に打ちのめされました。祖母にカミングアウトできなかっただけでなく、残りの家族にカミングアウトする計画もダメになったからです。祖母に最初にカミングアウトするつもりだったのに、ためらっていたんです。それは、どんな反応をされるかはっきりわからなかったからですが、振り返ってみると祖母は私がどんな人であっても私を愛しただろうと思います。

    祖母に伝えなかったのは人生最大の後悔です。なぜなら、伝えなかったことで殻に閉じこもることになったし、祖母に私のことをもっと知ってもらう機会を無くしたし、亡くなる前にもっと近い存在になることができなくなかったからです。

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    13. ソフィアの話

    私はFacebookの投稿でカミングアウトしたのですが、祖父母にはそういった形では知らせたくありませんでした。そこでメッセージを書いて伝えました。祖父母は「忘れないで。あなたは私たちの孫娘で、どんなことがあろうと、まぁあなたがトランプみたいにならない限り、あなたのことを愛しているよ」と返信してきました。

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    14. ディランの話

    14歳の時のことです。祖父母には両親の数ヶ月後、友達の2、3ヶ月後に伝えたことになります。祖父母は家から数時間のところに住んでいて、毎年夏の間1、2週間を祖父母の家で過ごすことになっていました。

    さて、14歳の男の子の常として、18歳だと偽って特定のサイトを訪問する習慣があったとだけ言っておきましょう。私が祖父母の家に出発するときになって、母が座るように言ってきて、はっきりと、こういったサイトは絶対に見てはいけない、さもないとすぐにひどいことになるからと告げました。14歳の男の子が親の言いつけを素直に聞くということは驚きですが、その日から私は見なくなりました。私は主に、LiveJournal(うう)、NeoPets(うわああ)、AOLインスタントメッセンジャー(なんてこった)をちょくちょくチェックしていたんです。

    で、明らかに祖母は偶然私のLiveJournalを見つけたようでした。(余談ですが、私のその時のLiveJournal名は"悲劇の女王"…痛いですね)そして祖母は、私が書いた、好きになった男の子に関する赤裸々な日記の投稿やBuzzFeed的なディルドーに関するクイズの投稿を読み始めたのです。

    祖母は、キレました。

    祖母は、なぜ私がいやらしいサイトを見るのか、なぜ私がそんな変な感じなのか、などなどと詰問してきました。

    祖母は母に電話をし、家から追い出すために4時間をかけて運転すると主張していました。

    私はその後4時間の間、祖母の家の客用の寝室に閉じ込められました。

    母の車が止まり、母がドアをバタンと開けるのが聞こえました。そして、キッチンのドアを開けるのが聞こえると、金切り声が、祖母に向かっての、母のこんな金切り声が聞こえてきたんです。「お母さん、何を考えてるの!? あの子がゲイだってことは3歳の頃からみんな知ってたじゃないの。こんなことをするなんて、彼を今、どんな気持ちにさせていると思うの?」

    祖母は泣きながら、私を祖母のうちにいさせたくないといい、「私はそんなことしらなかったよ」と言いました。母は最後には

    「えーと、お母さんおめでとう。あなたの孫はゲイで、どうやらあなたのせいで、ゲイが悪いことだと思ったでしょうよ。私は息子に自分をそういう風に思わせたくない!」 そして何分後かに、母は玄関ホールで私を呼び、荷物をひっつかんで「今すぐ帰るわよ」と叫びました。

    祖父はその後家に帰ってきて、何が起こったかを聞き、母に電話をしてきて私と話したいと言いました。

    「私たちはおまえのことを愛しているよ。ずっと愛しているよ。おまえがなんであろうとね。おばあちゃんは育った時代が違うからきているから、まだ準備ができていないだけなんだよ」

    数ヶ月後がすぎました。その間、私の家族は誰も祖父母と話していませんでした。しかし、その年の感謝祭のパーティーは我が家が主催する番でした。祖母がうちに到着した日、私はもう一度怖くなりました。自分が感謝祭の日を台無しにする原因になるのではないかと怖くなったのです。祖母は、何か包装された贈り物を抱えて車から降りてきました。祖母は何も言わずにそれを私に手渡し、身ぶりで開けるようにと伝えました。それはウィリアム・シェイクスピア全集でした。その中にはシンプルに「私の悲劇の女王へ。私はあなたのことをずっと愛しているよ」と書かれていました。私は泣きました。祖母も泣きました。母も泣きました。

    次の夏、また祖父母の家にいくと、祖母は「クィア・アイ」と「ふたりは友達? ウィル&グレイス」のオリジナルビデオを持っていました。私たちは一緒にそれを見て、祖母は時々私にあれやこれやと質問しました。

    今私は28歳。祖母に受け入れられる前と後で同じだけの時間がすぎました。そして、私は支えてくれて、愛してくれて、受け入れてくれる祖母を求めていました。今、私の祖母はそういう祖母なのだと、幸せな気持ちで報告します。

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    15. サリーの話

    とても怖かったので、両親に祖父母に伝えてくれるように頼みました。一人のおばあちゃんは喜びませんでしたが、耐えられると言いました。もう一方の祖父母は最初はショックを受けましたが、それを私に知られないようにしているのが伝わってきました。二人はその現実に慣れると、私のガールフレンドに何度も会ってくれました。そして祖母は自分の友達の孫がLGBTだとわかるたびに、私にそのことをメッセージしてくれます

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    16. ジェンの話

    私は神経質な19歳だったので、母に母方の祖父母と父方の祖母に伝えてほしいと頼みました。愛されなくなどということは全く心配していなかったのですが、みんな1930年代に生まれていたので、わたしのおばあちゃんのアンがどう対処するか確信が持てなかったのです。

    母がアンおばあちゃんに伝えると、アンおばあちゃんは私に電話をくれて、そんなことは気にしないし私のことをとても愛していると言ってくれました。彼女はきつい性格で女性で欠点はたくさんありますが、その夜は世界で一番いい人でした。私は寮の部屋にいたのですが、興奮し、自分を抑えられなくなって寮の廊下を走り回りました。心臓が破裂しそうでした。私は信じられないぐらいラッキーで幸せ者だと思います。この夜のことを私は絶対に忘れないでしょう

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    17. 「ヒップスター」さんの話

    私が大学生の時、祖母はテキサスに住んでいて、私は南カリフォルニアに住んでいました。私たち二人はとても親しい関係でした。なぜなら、祖母は私の母が亡くなった後、私の子供時代をずっと一緒に住んでいたからです。だから、祖母に伝えるのは当たり前だろうと思っていました。

    祖母とはLGBTQであることや、それについてのどう思うかを、全く話したことがありませんでした。祖母は毎日曜日に電話をかけてくるので、ある日「今日話そう」と決めました。

    でも祖母はとっても伝統を重んじ、聖書を愛する女性です。そこで私は電話で話す前に、もし祖母が否定的なリアクションをとったら何をしたらいいか書き出して計画しました。平然と落ち着いた様子でいるためにすることの計画も立てました。電話がなり、いつものように軽いおしゃべりをしながら、いつ「ベティ、私はレズビアンでそれってマジですごいことなのよ」と言おうかと、期待と不安でどきどきしていました。

    それで少し時間稼ぎをして自分を落ち着かせてから、こう切り出しました。「おばあちゃん、愛してるよ。で、知らせたいんだけれど、私はレズビアンでガールフレンドがいるの。おばあちゃんに応援してほしい。だって、おばあちゃんは私の人生の重要な人だから。でももし縁を切りたいと言うなら、理解できるよ」

    電話の向こうでは何も返事がなく、私は祖母が電話越しに同性愛が感染ると心配でもしているのじゃないか、などと考えました。祖母に聞いているかどうかを尋ねたときに、ようやく祖母が笑っているのに気づきました。祖母は私にこう言いました。「ハニー、全然驚かないよ。私はあなたが4歳の時に幼稚園の女の子のことをまったく話やめないのを聞いて、あなたのお父さんにあなたが同性愛だと思うって伝えたよ。それに、あなたが8歳の時に友達と森の中の小屋で人参を育てながら暮らしたいと言ってきた時に確信したんだよ。心から愛しているし、何も変わらないわよ。神様はあなたを愛しているし、それを忘れることは誰にもできないわ。その女の子に心を傷つけられないようにしなさい。若い時の恋って、心が繊細になるものだから」

    私はすすり泣いていました。なぜなら、いろんなことを計画をしたメモには、こんな時のためのことは書いていなかったからです。祖母がこんなにも受け入れてくれているとは、まったく想像もしていませんでした。

    楽しい事実:祖母は6月に通路を私と歩くことになっています。なぜならその女の子は私の心を傷つけなかったからです。私の妻を愛しています(私には妻がいるんですよ、みんな!)。私の素晴らしい76歳の祖母には本当に感謝しています。

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    18. ケンズの話

    妹の結婚式の前に祖母に伝える必要がありました。なぜなら恋人を式に連れていきたいと思ったからです。祖母に伝えると、答えは「わかったわ、いいね。それであなた、やっぱりドレスを着るの?」でした。

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    19. テイラーの話

    祖母はずっと親しい関係だったので、23歳の時にレズビアンだとカミングアウトする時には、祖母がそれをどうとらえるか、私たちの関係が傷ついてしまうのだろうかと心配していました。

    ほぼ2年経った今、なぜ私が心配していたかよくわかりません。祖母は定期的に私に電話をかけてきて、Facebookの投稿で誰かがセクシャルマイノリティーの娘、孫娘、いとこ、などなどがいるという投稿を見かけたので、デートの約束をとろうかといってきます。

    初めて祖母がそれを持ちかけてきた時、祖母が私の恋人探しのために見知らぬ人に電話をかけるという発想に怖いと思ったものの、祖母の献身的な姿に、感動して涙が出そうになりました。祖母が長らく期待した私のパートナー像とはきっと違うのに、頑張ってくれているんですから。そして、今でも誰かに私の祖母がどれだけすばらしいかを伝えると、目頭が熱くなってきます。

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    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:フェリックス清香 / 編集:BuzzFeed Japan