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江戸時代がエコだった7つの事実

ある意味、今より進んでいます。

1. 照明は行灯(あんどん)だった

出典:『大江戸リサイクル事情』(講談社)

江戸時代の照明といえば、小皿に入れた油に火を灯す「行灯」が主流でした。庶民は「いわし油」などの安い油を一合単位で買って、行灯に使っていました。照明といっても、ほぼ明るさはありませんでしたが、当時の人たちにとっては「夜は寝る」ということが常識だったので問題ありませんでした。

2. お風呂は「湯屋(ゆや)」で済ませていた

『図説 世界があっと驚く 江戸の元祖エコ生活』(青春社)、『江戸に学ぶエコ生活術』(阪急コミュニケーションズ)

「湯屋」とは、今でいう銭湯のことです。風呂を持つ家がほとんどなかったので、数日に一度、湯屋に通って体をきれいにしていました。1軒あたり1日およそ300人が利用していたので、1人1人が自宅でお風呂に入るよりも、大幅に水や燃料を節約できていました。

3. 限られた衣類でおしゃれを楽しんだ

『図説 世界があっと驚く 江戸の元祖エコ生活』(青春出版社 )、『大江戸リサイクル事情』(講談社)

江戸時代の人たちは、所持品が少なくても、帯と着物の組み合わせや小物で変化をつけて上手に着まわしていました。また、古着屋がかなり発達しており、流通している着物の大部分は古着でした。古着屋には端切れなども売っていたので、襟や裏地に当てて個性を出していました。

4. モノが壊れても何度でも修理していた

『図説 世界があっと驚く 江戸の元祖エコ生活』(青春出版社 )、『大江戸リサイクル事情』(講談社)

当時は物資が限られていたので、壊れたものを修理してくれる専門業者が発達していました。陶器が壊れたら修理してくれる「焼接ぎ(やきつぎ)」や提灯の張り替え、見えにくくなった鏡を復活させてくれる鏡研ぎ(かがみとぎ)などです。壊れたものは職人に修理してもらい、使えなくなるまで使い尽くしていました。

5. 廃棄物や不用品を資源として活かしていた

『図説 世界があっと驚く 江戸の元祖エコ生活』(青春出版社 )

これ以上修繕できない、というレベルのものもゴミにしないところが江戸のすごいところです。紙くずや落ちた髪の毛、さらには不用品を燃やしたあとの灰まで。ありとあらゆるものを買い取る業者が存在し、新しい商品に活かされていました。

6. 食べ物は「必要なときに必要なだけ」

『図説 世界があっと驚く 江戸の元祖エコ生活』(青春出版社 )

行商人が野菜や魚、豆腐、塩などを売り歩いたので、家にいながらほとんどの食材を手に入れることができました。そのため、買い溜めの必要がありませんでした。ちなみに、容器持参で量り売りしてもらっていたため、使い捨ての容器は存在しませんでした。

7. 限られた食材を活かす工夫をしていた

『図説 世界があっと驚く 江戸の元祖エコ生活』(青春出版社 )

米は高価だったので、大根やイモ、マメなどの具を混ぜてかさを増やしていました。冷めたご飯をおいしく食べるために、冷え飯茶漬けや雑炊なども考案されました。また、江戸時代から、調味料を使って同じ食材で料理の幅を増やす工夫がされるようになりました。酒造過程で出る酒粕を有効活用した「粕酢(かすず)」が広まったのも江戸時代です。

当時はほとんど捨てられていた酒粕を有効に活用すること――それが「ミツカンのお酢づくり」のはじまりでした。

ミツカンの創業者である又左衛門は江戸の街で人気の『早ずし』に出会いました。そのころ『早ずし』に使われていた酢は米酢。

「米酢を粕酢にすることができたら、もっとおいしく手軽なすしが作れるはずだ」と考え、当時はほとんど捨てられていた酒粕を原料に使った粕酢を完成させました。

江戸時代から、食の無駄を省き、人と社会と地球のためをずっと考え続けてきたミツカン。それは、これからも一緒です。10年先に目を向け、「おいしさ」と「健康」を限りなく一致させるための「未来ビジョン宣言」を策定しています。具体的には、人や環境への負荷が少ない食生活を目指す「ZENB initiative」をはじめました。

この取り組みでは、食品廃棄を減らすため、野菜の皮や芯など普段は捨ててしまう部分まで可能な限り“ぜんぶ“使用した商品「ZENB」を作っています。

ミツカンは、これからも人と社会と地球のために新しい食の未来をめざしていきます。

Illustrations by Emi Tulett / BuzzFeed